no.034 2対1。されど。
よろしくお願いします。
質量も速度も、ハスキィやシンデレラに向けたものとは桁違いだ。数千ある大小様々な瓦礫の群れは、広範囲ながらひとつひとつがゆうに音速を超える。
「――!」
音速を超える広範囲の質量弾を回避できず、スレンヒルデは瓦礫の波とそれに伴うソニックブームに呑み込まれた。
もうもうとたちこめる土煙と凄まじい轟音が地下に轟く。
だが。
「少し驚きましたよ。コナーさんがここまでやれる方だとは思いませんでした」
スレンヒルデは爆炎を纏い、地面に突き刺した槍の石突の先にふわりと立っていた。その下にはちょうど弧を描くように、溶けた瓦礫がマグマのように赤く散っている。
「無傷か。知ってた。だってユーリなら、今のが効くわけない」
驚いたとのたまう割には、スレンヒルデは当然のように無傷で、冷や汗すらかいていない。
だが、コウタもこの程度でなんとかなるとは思っていない。自分より強い相手としか戦ってこなかったゆえ、慢心などありはしない。
「なかなかの攻撃でしたよ。普通の相手なら、あれだけで勝負が決するくらいには」
「平然と防いでおいてよく言う」
「ふふ、熱魔法に関しては一家言ありますので。それでは、反撃といきましょうか」
スレンヒルデは槍から降りると、穂先を地面から引き抜いた。2メートル半はあろう長槍をぶん、ぶんと軽く二度ほど振るい、右の小脇に携える。
「音速を超える瓦礫弾。珍しいものを見させてもらいました。ですが」
そう言って、スレンヒルデは槍の穂先を少し上げ、片手ながらしっかりと握る。腕を弦のように引き絞る。
そして。
「音を置き去りになんて、割と誰でも出来るんですよ?」
――そう言ってスレンヒルデは一歩、踏み込んだ。
そう認識した、その瞬間。コウタは腹を穿たれていた。
「コータ!」
ハークが手を伸ばしたが当然間に合わず、コウタは数十メートル後方へ電車道をこしらえながら弾き飛ばされる。
痛みを感じるより迅く、槍を振るう音が聞こえるよりも疾く、回避が間に合わなかったと思うより速く、コウタは吹っ飛ばされたのだ。
「なんて硬さ……。それに、彼方まで飛ばしてやるつもりで突いたはずなんですが、この程度とは」
スレンヒルデは刃が通らなかったコウタの硬さと、生意気にも踏ん張られたことに驚嘆する。
しかし、耐えたといっても凄まじい威力の一撃を受けたことには変わりない。
衝撃から幾ばくか遅れて、コウタに激痛が襲いかかる。
「――っ!!??」
激痛が腹部から広がり、コウタは反射的に腹を抱えてうずくまる。のたうち回りたくなるのを何とかこらえて、歯を食いしばることでなんとか痛みを紛らわそうと試みるが、全く痛みを和らげる効果はない。
「ぐおおお……!」
「コータ、無事か!?」
ハークはすぐさまコウタに駆け寄り、その安否を確かめるべくうずくまる身体を起こしてやる。
幸い目立った損傷はなく、直撃した箇所が煙を立てている程度なことを確認すると、ハークは内心ほっと安堵する。
「た、隊長……! 僕のお腹ありますか!?」
「無事か。流石だな」
「お腹は……!?」
「ある」
「よ、よかった……」
ハークの肩を借りながら、コウタは痛みを押して立ち上がる。
「いてて……。なんて速さだ。全く反応出来なかった」
コウタの身体は半音速で駆け、音速で瓦礫を蹴飛ばせる。しかし、知覚の起点はあくまでコウタ自身の意識だ。どれだけ早く動けようと、知覚速度が上がる訳ではないのだ。
「どうにかしろ。そこがスタートラインだ」
「そんな無茶な!?」
スレンヒルデの言うように、音速を超える攻撃は割とざらに存在する。ハークも投擲は亜音速に達するし、狙撃は優に音速を超える。
コウタがユーリに蹂躙されたように、それらに対応出来なければ、戦いにすらならない。
「……予測して備えて耐えるだけならなんとか」
「今はそれでいい。今回ばかりは、俺が助けてやる余裕がないからな」
そう言って、ハークはスレンヒルデへと向き直る。コウタもそれにならい、気を引き締めて前を向く。
スレンヒルデはひどくつまらなさそうに、不機嫌そうな顔でコウタを見つめていた。
「……私の嫉妬を掻き立てるのが上手いですね、コナーさん。ハーク先輩の肩を借りるなど、羨ましいにも程がありますよ」
「それなら、音速の槍を腹に受けてみたらどうです? 心配してもらえますよ、きっと」
「ハーク先輩の子を身篭る予定の私のお腹を傷付けろと? 殺しますよ」
怒気と殺気を多く含んだ熱波がスレンヒルデから放たれるが、コウタはどこ吹く風だ。
隣にハークがいる安堵感と、友達になりかけたシンデレラを殺されかけた怒りが、恐れを上回っているからだ。
「……はっ。僕が隊長の金玉を蹴り潰せば、スレンヒルデの目的も潰えるのでは?」
「おい」
「冗談です。戦力大幅ダウンする上に、彼女は確実に怒りでパワーアップするクチですよね。モロに感情と火力が比例してますし」
息をするように魔法を扱えるレベルの人間は、感情の昂りで息が荒くなるように、強い激情によって魔法の出力が増大することがある。スレンヒルデはまさにそのタイプだ。
現に今も、放たれる熱量は毎秒上昇している。
「もしかして煽るのって愚策ですか?」
「それは場合によりけりだが……あの女の場合は気にするな。なにをせずとも勝手に爆発する」
「……じゃあ、尚更逃げちゃダメですね。下手に刺激するのは良くない。そもそもこんなバケモン放っておくわけにはいきませんし、かといって隊長だけ逃がしたら僕が死ぬし……ここで留めるしかない」
「随分と冷静だな」
「いや、なんかもう、慣れたし諦めました」
度重なる強敵との邂逅。いくらなんでも作為的なものを感じそうなものだが、コウタはもう、そういうものだと諦めていた。
「なにやら楽しそうにおしゃべりしているようですが、混ぜてもらっても構いませんか?」
「じゃあその槍とその焔しまってもらっていいですか」
「胸の高鳴り、つまり心臓の鼓動を止めろと言われて止められると?」
「隊長なら出来ますよ、たぶん」
「数分なら出来る」
「出来るんだ……」
冗談で言ったはずのことが事実だと肯定され、コウタは己が師の規格外さに若干引いた。
しかし、スレンヒルデはあきれたように浅くため息をついて。
「そんなことは知っていて当然です。そういう問題ではないのですよ。コナーさんはそんなこともわからないのですか?」
「コミュニケーションに槍も焔も必要ないってこともわからないんですか? あえて言うのを控えてましたが、そんなんだから美人でも隊長に相手にされないんですよ。いや煽り抜きでマジで」
「ふふ、死になさい」
コウタを爆炎が再び襲う。
しかし今度はコウタも予測しており、飲み込まれずに回避する。
「あっぶな……!」
「コータ、俺が近くにいるということを忘れていないか?」
「そこは隊長の運動能力とスレンヒルデの愛とやらを信用しました」
「後で敵対勢力との対話について説教だな」
「ここを無事に切り抜けられたらいくらでも受けてやりますよ」
そんな会話を交わしながら、コウタとハークは迫るスレンヒルデに向けて構える。
「コナーさん、何度も言わせないでください。これ以上ハーク先輩とイチャイチャしないでください」
「いや、初耳ですけど。そもそもイチャイチャしてません――」
瞬間、コウタの右頸椎に裂かれるような鋭い衝撃が走った。
あまりの超速にこらえることも踏ん張ることも出来ず、コウタは為す術なく飛ばされてしまう。
「コータ!!」
ハークは吹き飛ばされたコウタに駆け寄ろうとするが、それはスレンヒルデの槍によって阻まれる。
「ちっ……」
「ハーク先輩も、また部下を失いたくないなら不用意な言動は謹んでください。このままではコナーさんも殺してしまいますよ?」
「断る。……それと、俺の一番弟子をなめるな」
そう言って、ハークは一歩後ろに退いた。
決して逃げたわけではない。むしろ、攻めるための一歩だ。
「機式剛術」
背後から、コウタがスレンヒルデに飛び掛かる。右拳に莫大なエネルギーを込め、引き絞る。
「ハークスマッシュ!!!」
師の名を関する、コウタが思う最強の一撃の一つ。大地を容易く粉砕する一撃。
コウタの渾身の一撃が、スレンヒルデに炸裂する――が。
「……ハーク先輩が、わざわざ弟子と言うだけはありますね」
スレンヒルデは容易く、槍の柄でコウタの渾身を受け止めていた。衝撃は柄から地面へと逃がしたのか、地面が大きくひび割れていた。
「僕のパンチを喰らっても無事。やっぱりその槍、普通の槍じゃありませんよね」
コウタはスレンヒルデにそう尋ねる。ユーリの時に感じたものと近しいものがあると、感じたからだ。
「――ふふ。お気づきですか。ではこの神槍、グングニルの本領をみせてあげましょう」
主神オーディンの持つ神槍と同じ銘を持つ槍を構え、スレンヒルデはコウタに襲い掛かった。
ありがとうございます。ゴールデンウィーク9連投稿チャレンジ一投目です。




