no.031 アガートラームと呼ばないで
時は少し遡り、コウタがハスキィとの試合を開始した頃。
スタジアムの地下。
ハークはアミスと共に、神器警備の巡回をしていた。アストに来たあたりから一緒に行動することが多かったのは、これの打ち合わせのためだ。
「悪いなアミス。コータの試合を見たかったろうに」
『いえいえ。録画はしてますし、お仕事なら仕方ないです。それに――』
「それに?」
『どうせなんやかんやでコウタさんが勝ちます』
「……ふっ。確かにな」
ハークは優しく笑ってそう返す。グダグダグチグチと文句ばかりの弟子だが、最後はなんだかんだやる男だと知っている。
「それでアミス。あの神器についてなにかわかったことはあるか?」
『埋まってる部分をスキャンしたところ、やっぱり斧ですね。あと、エネルギーの波長的に偽物の線はなさそうです。時折その波長が少しだけ乱れますが、これは恐らくコウタさんのアークに反応してるのかと』
強い力を持つものどうし、特に神器どうしはなぜか引かれ合う。一説には万有引力が関係していると囁かれているが、具体的なことはあまりわかっていない。
「適合者が見つかれば一番楽なんだがな。そう簡単にはいかないか」
『大国の全国民を探せば居なくもないって感じですしね。せめて大会期間中は無事に終わって欲しいです』
神器は一定期間適合者が見つからなかった場合、勇者が属する【円卓】に保管される。現在保管されている神器は八振りあり、そのどれもが未だ、適合者を見つけられていない。
それでも人は、取り憑かれたように神器を求める。
ハークは左腕が痛むのを感じながら、厳重に囲まれているまだ主のいない神器を見つめていた。
すると、どこか遠くから、地鳴りのような音がかすかにハークの耳へ入った。
「……なにか聞こえる。アミス」
『14時の方角になにかいますね。音は多分人の声かと』
「確認しに行く。神器の様子をモニターしておけ。何かあれば逐一報告しろ」
『イエッサー!』
ハークとアミスが騒ぎの確認に向かうと、そこには。
「ど、ドラゴンだぁあ!!」
「グレイスケール……!? なんてデカさだ!」
グレイスケールのサラマンダー、シンデレラが居た。
精鋭の一部はドラゴンとの戦闘経験があるため、幾分か落ち着いているが、それでも相手は自身の数十倍もデカい生物だ。多少のざわつきは仕方がない。
「一体どこから……アミス」
『監視カメラの映像的には壁の向こうから急に現れた感じですね。トンネルでも掘ってた……ドラゴンが通れるほど? ないですね。あとは上から普通に来た、ですが位置的にスタジアムの真横なので上が騒がしくなってないのでこれもほぼないです。……この事件は迷宮入りです!』
「……まぁいい。起きたことを嘆いてもどうにもならん。他に敵影は?」
『今のところありません!』
「なら正面からだな。叩き潰す」
ハークは肩に担いでいた変形狙撃銃【フェイク】を展開し、有無を言わさぬ早業で引き金を引いた。
大して狙いを定めてもいなかったが、その弾丸は狂いなくシンデレラの逆鱗に突き刺さる。
『命中! ですが……』
だが、シンデレラはそれを意に介さない。そもそもドラゴン、外殻は戦車砲すら通さない。内部でもなければライフル弾でもダメージはない。
「やはり実弾では効果はないか。――お前達! 一度ドラゴンから距離を取れ! ここはハーク・ベンジャーが指揮を執る!」
ハークの声が地下に響きわたる。低いながらよく通る声で、慌てる有象どもにピシャリと気を入れる。
「ハーク・ベンジャー!?」
「あの銀腕! 本物だ!」
「来てるって噂はホントだったのか!」
ハークはこの精鋭たちの中でも頭が五つほど抜けており、その界隈では知らぬ人は居ないほどの人物でもある。
『隊長さんモテモテですね。この日のためにミスリル使って新調したかいがありましたね!』
「茶化してくれるなアミス。この銀の腕は、俺にとって恥でしかない」
『えー、カッコイイのに』
アミスは不満そうにそう漏らすが、ハークの顔は浮かない。
そして沈黙を誤魔化すように、ドラゴンの存在について言及する。
「そもそもの話、だ。いくら神器に惹かれたとはいえ、賢いはずのドラゴンが単体で来るわけがない」
「そう、正解です」
「――っ!!」
後ろから聞こえたその声に、ハークは振り向きざま、裏拳を繰り出す。一切の加減なしで放たれたそれは空を切り、あとから豪風が吹き荒れる。
「相変わらずの剛力。その筋骨を間近に見ただけで私は達してしまいそうです」
「お前は相変わらず気色が悪いな。スレンヒルデ・ボルグ……!!」
そこには、スレンヒルデが立っていた。物々しい雰囲気の槍を携え、とろけるような表情でハークと相対する。
それに対しハークの表情は、およそ穏やかな様子とは程遠い。明らかに殺意の交じった眼光でスレンヒルデを睨めつけ、いつでも殺しに行けるよう、身体は極限の臨戦態勢だ。
「そうですよ。アナタだけのスレンヒルデですよ。よそよそしいのは嫌なので、是非ともスレンとお呼びください。熟年夫婦らしくお前、でも構いませんよ? いやはや、それにしても、仕事ながら貴方と会えるとは、やはりこれが運命というものでしょうか?」
しかし、スレンヒルデは殺気立つハークに対して、艶かしく、舐めまわすような視線を向ける。それは明らかに狂気に満ちていて、逆にむしろ純粋と思えるほど。
「俺と貴様の間にある運命なぞ、殺し合うことだけだ」
「殺し、愛。貴方は殺意、私は愛。それはどちらも自己満足で一方的な押しつけによるもの。つまりは殺意とは愛とも言えます。つまり、相思相愛ですね。結婚しましょう」
「残念ながらメカーナでは重婚も一夫多妻制も導入していない。そうでなくとも貴様だけはないがな」
通じているのか通じていないのかわからない会話を聞いたアミスが、ぽそりとハークの耳に囁くように尋ねた。
『隊長さん隊長さん、この方誰ですか?』
「私はスレンヒルデ・ボルグ。ハーク様の元カノです」
『えぇっ!?』
無論妄言だ。ハークとスレンヒルデは過去一切そういう関係になく、なんなら友人関係ですらない。
「寝言は永眠してから言え。おぞましい。俺が愛しているのは後にも先にも妻と娘だけだ」
『ええぇっ!? 隊長さん妻子持ちなんですか!?』
「そういえば言っていなかったか。そのうち紹介する」
そう言ってすぐ、ハークは自分の迂闊な発言を悔いた。目の前の狂人から漂う熱が明らかに熱くなっているからだ。
「私の前で他の女の話をしないでくださいッッ!!」
「――! アミス、下がれ!」
『うわわっ!』
スレンヒルデの絶叫と共に、一瞬で辺りへほとばしる爆熱。それは周囲の空気を焼き、地下の気温を数度上昇させた。
『ただの癇癪が摂氏2000オーバー……!? 隊長さん、もしかしてこの方って――』
「あぁ。そのもしかして、だ」
『そんな……! 今のコウタさんじゃ太刀打ち出来ませんよ!?』
「俺でも無理だ。昔、仲間とこいつを止めるために戦ったが、全員殺された。それに――」
スレンヒルデはハークよりも強い。今のコウタより強い数人の手練と組んでもそれは覆らなかった。
そしてその最たる証拠が、ハークのその身に刻まれている。
「俺の左腕はこの女に落とされた」
ハークがサイボーグとなったその元凶が、スレンヒルデであった。
――――――
「熱い!! 熱い!」
コウタは身体についた火を消そうと、遮二無二ころげまわっていた。
「洗浄水! 洗浄水放出!」
コウタは全身から洗浄水を放出し、なんとかまとわりつく炎を消化した。
「や、やっと消えた……。死ぬかと思った……」
「――という訳だコータ。これが俺の恥ずべき、忌むべき過去だ」
「いや、なにがですか?」
コウタはのたうち回るのに忙しく、ハークの回想を欠片も聞いていなかった。
「……人の話はちゃんと聞け」
「熱くてころげまわってる人間にその余裕があるとでも?」
全くもってその通りである。
「それではコナーさん。互いに改めて自己紹介をしましょうか。欺いた詫びとして、まずはそちらからお願いします」
「僕はジョン・コナー……じゃなくてキガミ・コウタ。ここにいるハーク隊長の部下で、一応弟子。あとユーリ・サンダースのマブダチです。大人しく投降しないとアレです。ユーリ呼びます」
コウタは全力で虎の威を借りた。
「雷の勇者の友、ですか。相手にとって不足ありませんね。こちらも全霊でお応えしましょう」
「えっ」
しかしスレンヒルデは欠けらも臆することなく、望むところだとでも言いたげな様相だ。
スレンヒルデの周りの空間が、陽炎のように歪む。
「魔王国サタニア超人部隊【堕者】所属。【愛】のスレンヒルデ・ボルグと申します。以後お見知りおきを」
にたりと、底知れぬ気味の悪い笑みを浮かべた。
「堕者……?」
「勇者と同じ力を持ちながら、それを世界を滅ぼそうとするために使う連中だ。魔王の直属の部下だ」
「……なるほど」
短くそう返すと、コウタはすうと息を大きく吸い込んで。
「助けて勇者さまー!!」
全力で大空に助けを求めた。
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