no.030 世間話
「あら、コナーさん?」
どこか聞き覚えのある声にコウタが振り向くと、そこには先日介抱した相手が立っていた。整った顔立ちに、彫刻のようにエッジが立った美しい筋肉群。そしてインパクトのありすぎたファーストコンタクト。自称ハークの知り合い、スレンヒルデである。
――忘れられたくても忘れられず、見間違うはずもない。それほどのインパクトがあった。手練が幾人かいると言っていたから、彼女もその一人なのだろう。
どうも戦闘の後らしく、所々血やらなにやらで汚れている。
事実、その立ち居振る舞いはユーリやハークなどの実力者に近しい雰囲気がある。
隙を見せず、かといって強ばっている訳でもない。自然体でそうなのだと、コウタには感じられた。
「えっと、スレンヒルデさん、でしたっけ」
「ええ。コナーさん、その節は大変助かりました」
「いえいえ。僕も昔は体調に悩まされましたし、困った時はお互い様ってやつです」
コウタは過去、幾度か見知らぬ人々に助けられたことを思い返しながらそう言う。
――スレンヒルデを介抱したときはそんなことを考えもしていなかったのだが、今あえて理由をつけるとしたらそうなる。
スレンヒルデは少し考える仕草をして、それからコウタに問いかけた。
「……コナーさんは上から落ちてきたようですが、上の様子はどうでしたか? ドラゴンが居たはずです」
「僭越ながら、というか。いちおう僕がなんとかしました」
「……おぉ、それは凄いですね。流石はハーク様の部下」
「まぁそれほどでも……そうだ、勇者並みに強いのが来てるらしいですし、体調優れないなら無理はしないでくださいね。いざとなったらうちのメカゴリラに押し付けてください」
――そうは言ったものの、件のゴリラはいない。そもそも戦いの激が全く聞こえないことが少し不思議だ。戦闘は一旦止まっているのだろうか。
「メカゴリラと言えば、スレンヒルデさん。ハーク隊長知りませんか? ドラゴンなんとかしたら援護に来いって言ってたので、合流したくて」
「……ハーク様なら、負傷して下がっているはずですよ」
「あの無敵ゴリラが負傷……!? 隊長が怪我するって余程の相手なのか……? あ、あと狼男のハスキィさんも知りませんか?」
「……えぇ。その方も同じく下がっていたかと」
「なるほど……」
――と、なると。一時撤退したか、本当に戦闘が膠着、あるいは終了している可能性がある。
それにしては連絡が一切ないのが気になるが。
コウタは情報を得るため、スレンヒルデと何気ない会話を続ける。
「スレンヒルデさんは見たところ怪我してませんし、返り血みたいなの浴びてますけど、実はかなり強いんですか?」
「うふふ、買い被りすぎですよ。運良くです」
そう言って、スレンヒルデはコウタの質問をはぐらかす。
コウタもそれを察し、それ以上は聞かずに別の話題へトピックを変える。情報は欲しいが、この女を刺激してはいけないと、本能で感じ取っていたからだ。
「隊長とは無事会えましたか?」
「ええ。特に障害もなく。熱く言葉を交わさせていただきました」
「おお、それはよかったです」
「ですが、例のごとく軽くあしらわれてしまって。やはり私もメカーナに移り住むべきでしょうか」
「それは知りませんが……今はアストに?」
「いえ、ここには仕事で。あちこち飛び回ることが多く、これといった住居は構えていません。強いて言うなら、南の方に組織の基地があります」
「基地……やっぱり軍人さんなんですね。隊長とはどこで知り合ったんですか?」
「士官学校のようなところ、ですね。実は先輩後輩の間柄なんですよ」
スレンヒルデは過去を懐かしんでいるのか、少し遠くを眺めてそう言う。コウタはその回顧を聞いて、学生服がパッツンパッツンのハークを想像して内心吹き出してしまっていた。
ハークが二つほど先輩であり、年数にしてほぼ10年近い付き合いになる。
「先輩後輩……。結構付き合いは長そうですね。隊長って昔からゴリラなんですか?」
「昔は今よりもっと逞しい方でしたよ」
「今より!? 勇者候補ってホントだったのか……」
――今もかなり人外だが、それよりももっとゴリラとか想像もつかない。当たり前のように山とか投げてそう。
そんな風にたわいもない世間話を続けていると、コウタの耳に、またも知った声が知った名を呼ぶのが聞こえた。
「……コータ。なにをしている」
――低く、それでいてよく通る、聞き慣れた声。
コウタがその声に振り向くと、ハークが満身創痍の姿で立っていた。
血が滴り、肩で息をして、左の義手はほとんどひしゃげて、スパークがバチバチと時折漏れて、今にも壊れてしまいそうだ。
「隊長……!? ボロボロじゃないですか!」
立ち姿こそいつものような威圧する風体だが、全身が傷だらけの血まみれだ。
しかもそれはスレンヒルデとは違って返り血ではなく、夥しい数の裂傷と火傷、はだけた衣服の内側にも着いていることから、ハーク自身の血液だとコウタは推測した。
「俺のことはいい。何をしていると聞いている……!」
ハークの口調は荒いが、それは怒りというよりも、むしろ焦りや困惑から来ているものだった。だが、コウタにはそれがわからない。なぜ自分の上司が声を荒らげているのかわからない。
「なにって、このスレンヒルデって人と再会したから、世間話ですが……。あ、でもすぐ隊長のとこ行くつもりでしたよ? 場所わかんなかったし通信繋がらないしでとりあえずスレンヒルデさんに話を聞こうかと――」
「なにを、言っているんだ……!?」
ハークは食い気味に、かつ真剣に、コウタのその言を心底理解出来ないといった様子で聞き返す。
世間話を許されないほど切羽詰まった状況なのかとコウタは警戒するが、それは全くの見当違いであると、即座に思い知らされることになる。
「襲撃者はその女だぞ!!」
ハークの怒号が地下に響くと、コウタはしまった、と後悔すると同時に、己の至らなさに歯噛みした。
――はじめから、違和感はあった。
なぜこのスレンヒルデは、一人でここに居るのか?
崩落による轟音に惹かれてその様子を見に来たのならば、他にも見に来ている人間が居てもおかしくない。だというのに、その気配すらない。
それはつまり、その余裕すらないか、何かから離れているかのどちらか、あるいはその両方だ。そんな状況で、わざわざその忌むべき場に居る理由は何なのか。
さらに、コウタは降りたのではなく、崩落して落ちたのだ。それも、謎の物体が地下から貫通し、シンデレラを貫いたのを目撃している。
崩落の原因がその謎の物体によるものだと状況証拠からほぼ確定しており、そしてそれは、人為的なものであると仮定できる。人為的なものならば、その犯人は必然、現場の近くに居ることになる。
つまり、精鋭を遠ざけさせている原因と、崩落させた人物は同一の可能性が高くなる。
――そんな状況で、スレンヒルデはそこにいた。
偶然スレンヒルデしか居なかったのではなく。スレンヒルデだけが居るのは必然だったのだ。
「隊長――」
コウタはせめてハークを遠ざけようと、手を伸ばしたが既に遅い。
しかし、いくら後悔しようと、いくら自身の至らなさを責めようと、起きた現実が覆ることはない。
「ふふ」と笑う声が爆炎を誘い、容赦なくコウタを飲み込んだ。
ありがとうございます。あと一日分はあります




