no.029 こみゅにけーしょん いず でふぃかると。はうえばー……
「コータ。太った?」
シンデレラは首を傾げ、何故か二割ほどゴツさが増したコウタにそう尋ねた。
先程までのやりとりが原因なのはわかるが、それがなんなのかは科学には疎いシンデレラにはよくわからなかった。
「追加兵装だよ。ここにきて僕もようやくSFっぽいことが出来る」
『存在がSFってことにツッコんでいいですか?』
「原因があなたなのでダメです」
『えー』
アミスはぞんざいな扱いに軽くぶーたれながらも、最適化の手順をテキパキと進めてゆく。コウタはついつい忘れがちだが、彼女はメニカに電子工作員を任されるくらいには有能なのだ。
『最適化完了。同期も終わってます。いつでもいけます』
「了解。シンデレラ。悪いけど次の仕事があるから、もう終わらせる」
クロスアームの砲塔が四本全て後方へ展開し、アークがそれにエネルギーを与えてゆく。
「ブースト/スクエア」
瞬間、四つのブースターがコウタの身体を爆発的に加速させた。
空を自由に飛ぶほどの推力はないが、そもそも飛ぶための機能ではない。アキレス腱であった初速の遅さをなくすためのものだ。
時速にして500km。シンデレラとの距離たった十数メートルを詰めるのに、一瞬すら必要ない。
初速で最高速度を叩き出したコウタは、瞬く間もなくシンデレラの背後を取った。
「――」
「遅い!」
シンデレラが何かをするより早く、コウタはその突き出された腕を掴んで投げ飛ばした。
凄まじい勢いで壁面へと叩きつけられ、シンデレラは硬直する。
自ら作らせたその隙を、アミスのパックアップありきで逃すコウタではなく、直ぐさま次の行動に移る。
「ブラスト/ツイン」
ブースターのうち二本をブラスター機構へ変形させ、その砲塔へエネルギーをチャージする。
ABCツールはその名の通りあらゆる状況に対応出来ると、開発者たるメニカ及びアミスは豪語する。そのため、Bツールのみにも様々な機構が組み込まれているのだ。
「ファイア」
『びーむ!』
二つの砲から放たれた青い光が、シンデレラの両肩を貫いた。
時間にして一秒にも満たない照射だが、それでもシンデレラの灰の体を砕き、焼き焦がすには充分な火力を持っていた。
「熱い。コータ。シンデレラ。同じ?」
シンデレラは特段焦る様子を見せず、崩れた身体を繕いながら、コウタのビームについて分析を始める。
『ふふふ、シンデレラちゃん。同じようで違うんですよ。シンデレラちゃんのビームは熱の圧縮熱線なのに対し、コウタさんのビームは荷電粒子とかですね』
「なるほど。わかった。ありがとう。白いの」
『いえいえ! アミスでいいですよ!』
「なんで手の内ばらすの?」
「じゃあ。シンデレラも」
シンデレラは己の右腕を筒状へ再構築すると、魔力と熱を溜め始めた。
「砲台……!?」
「びーむ」
熱線より太い熱ビームが、その手製砲台から放たれる。食らっても死なないだろうという確信がコウタにはあったが、特段食らってやる理由もない。
「アミスさん!」
『エネルギー位相合わせます! 撃てーっ!』
同じ波長のエネルギービームをぶつけ、シンデレラのビームを相殺する。
熱量では圧倒的にコウタのビームが上だ。やがて押し退けると、ビームの根元であるシンデレラの右腕を吹き飛ばした。
更なる追撃。
「ブースト/デルタ!」
残る三本をブースターに変形させ、コウタは駆ける。
シンデレラが腕を直すよりも、体制を立て直すよりも早く、その背後を取った。
「捕まえた!」
コウタはシンデレラの両脇に手を差し込み、そのまま羽交い締めにした。
「コータ。えっち」
「だからそのケはないって……!」
コウタの狙いはどさくさに紛れてシンデレラにセクハラすることではない。確実に本体を捕らえるため、ゼロ距離の捕縛が必要なのだ。
「う……!」
「全身を圧迫すれば!」
コウタは右腕をシンデレラの頚椎、左腕を腹の辺りに回すと、そのまま力を込めて締め付けた。
数度の攻撃で、シンデレラの本体は背中側にいるのだろうとコウタは推論していた。だからこそ、背後に回っての裸絞めだ。
仮に前から脱出した場合でも、いつでも撃ち落とせるようにブラスターにはエネルギーを溜めている。
「機式剛術 億力鉄絞……!」
万力どころではない圧力で締め付け、コウタはシンデレラの意識を奪いにかかる。
――やれビームやら、やれブレスやら、やれ魔法やらと小細工を弄したが、結局最後にものを言うのは圧倒的なフィジカルなのだ。
やがてくたりと、シンデレラは力なく、コウタに身体を預けるようにして地面に落ちる。
だが。
「まだやめない。どうせ死んだふりだろ?」
「……ばれた」
シンデレラの賢さをコウタは思い知っていた。騙し討ちすら出来ぬように、徹底的に意識を刈りとる必要があると考えていた。
「落ちろ……!!」
コウタはさらに力を強めてゆき、やがてついに、シンデレラの意識を奪った。
――シンデレラはくたりと倒れ、ピクリとも動かなくなる。
本来なら、ここでとどめを刺すべきなのだろう。だが、どうしてもその気が起きない……否。そうではない。
殺したくない。
『コウタさん、トドメを……!』
「……動物は殺せるってさっき言いましたよね。けど、やっぱりシンデレラは無理です」
『ドラゴンは動物ですよ?』
「ドラゴンは動物です。それはわかってます。けど――」
――なぜシンデレラが人型になって、戦意が削がれたのか、ようやくわかった。
命を奪いたくない。それはなぜか。会話が成立するからだ。
「シンデレラは、人間じゃないですか」
『――!』
コウタは、人間とはなんたるかを定義した時、ヒトの姿であることを重視していない。もちろんそれも判定にはあるが。
なによりも、言語による円滑なコミュニケーションが取れることを人間である条件としていた。わかり合う必要はない。ただ言葉が通じればいいだけだ。
「シンデレラ。人、間。?」
「……まだ意識があったのか。懲りずに嘘をついて欺こうとするその狡さを含めて、人間だよ」
いきなり人間判定されたシンデレラも戸惑っている。
しかし、それでも。コウタにとっては、ヒトの姿をしていなくとも、知性と人語を得た動物も、感情を得た人工知能も。言語によるコミュニケーションで意思疎通が出来れば、等しく人間なのだ。
「ごめん。僕の勝手で傲慢な判断だから……気にするなって言っても無理か。えーっと、だから……負けを認めて、これ以上、人を傷付けないって約束してくれるなら、僕は君を見逃す」
『コウタさん、甘すぎますよ……』
コウタとハーク、アミスの活躍により、シンデレラによる人的被害はゼロだ。シンデレラ自身あまり人間に危害を加えたがらなかったところも起因している。
ドラゴンはシンデレラほどでなくとも賢く、人間に手を出すことの危険性を理解している。そしてなにより、感情というものの存在を理解している。だから、無闇に命を奪いたくないという意識も存在する。
「シンデレラ。見逃し。いい。?」
「いいよ。さっき言ったこと約束してくれるなら」
「約束。する」
「うん。じゃあ見逃す……といってもどうすればいいんだろ」
『暫くここで大人しくして貰えますか? 悪いようにはしないので』
「わかった。羽折れてる。逃げられない」
シンデレラの翼は、コウタによりへし折られていた。内臓も少しだが傷付いている。
シンデレラは白旗をあげた。
「……話のわかるドラゴンでよかった。全く、ヘタレだなぁ僕は……」
「うん――」
次の瞬間。下から来たなにかが、シンデレラの身体を貫いた。
「いた、い……?」
「……は?」
根こそぎ抉りとるような、大きな穴。それが地面に空いている。その穴が空いた影響か、地面は崩れるように揺れており、事実地盤が沈み始めていた。
そして、シンデレラの身体の左足から右肩にかけて、同じく大きく長い風穴が伸びていた。
――流れ出る血液は尋常な量ではなく、確実に死を予感させる。
地面が大きく崩れ始め、そして、落ちた。
「シンデレラ!!」
崩落に巻き込まれぬよう、シンデレラを抱えるコウタ。
シンデレラは灰の体を保てず、本体が顕になってしまっていた。
そして、その左半身は大きく抉られており、左前足と左後脚、同じく左側の翼も消し飛ぶようにちぎれてしまっている。辛うじて息はあるが、それも絶え絶えだ。
「シンデレラ、身体が……!」
『バイタル低下! このままじゃ……! ついでに地面も崩落しそうです!』
「シンデレラ抱えて浮いといてください!」
『り、了解です!』
コウタはアミスの身体にシンデレラを括りつけて託すと、崩落の流れに乗って地下へと降りてゆく。諸々の犯人がいるであろう、未知の領域へと。
――嘆いている暇も、迷う暇もない。まだ仕事が残っている。
地下までの距離はそうなく、直ぐに落下の衝撃に襲われた。
「っと……」
『コウタさん、埋まってませんか!』
「無事です。……シンデレラをケイトさんのとこに! 僕は隊長と合流します!」
『了解!』
アミスにシンデレラを任せ、コウタは瓦礫の山から滑り降りる。
――崩れたのは立っていた周辺だけらしく、地下にはまだ広々とした空間が残っていた。
シンデレラがやったのだろうか、ところどころ炎が燃え上がっており、壊れているせいか灯りもまちまちで遠くまでよく見えない。
「隊長ー! ハーク隊長ー! 生きてたら返事してください!」
地下ゆえ、声はよく響く。しかし返事はない。コウタはまさかと思う。
「崩落に巻き込まれてもあの人なら死なないだろうし、となると勇者クラスのやばい奴にやられたのか……!? いや、バイタルはモニタリングしてるはずだから、なにかあったら連絡がある。気絶してるか遠くで戦闘中か……」
――がら、と瓦礫が崩れる音がして、同時に人の気配もした。
振り向くと、そこには待ち人にはほど遠いシルエットの人物が居た。暗くて良く見えない。
コウタは警戒し、構える。しかし、それは直ぐに解かれることになる。
「あら? コナーさん?」
どこか聞き覚えのある声が、どこか聞き覚えのある名前を呼んだからだ。
ありがとうございます




