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no.002 コウタ、大地に立つ

よろしくお願いします。

 

 メカーナの研究用山岳森林区画のひとつ、フォレスト3。

 コウタはそこに墜落、もとい着陸していた。


 ――パラシュート無しの絶体絶命のスカイダイブは、アークから発した不思議なエネルギーバリアにより、〜墜落のち爆裂四散そして死〜という悲劇は免れた。

 しかし、ろくに立つことも出来ず、うつ伏せのまま大地に感謝の頬擦りをするくらいには、死を感じた。



「ありがとう大地……」



 ――本物の悪(アミス)がギリギリで出した不思議なバリアのおかげで助かった。

 が、そもそもそのバリアの存在を直前まで言わず、大丈夫ですよとだけ繰り返していたアミスは意地や性格や、そもそも人が悪い。あとついでに多分頭も悪い。

 おそらく悪魔の親戚かなにかだろう。



『いやー、いい雄叫びでしたね!』

「悲鳴ですけど!? な、なんであんなアホみたいなことを……!?」



 怒りで膝の震えを押さえつけながら、コウタはなんとか立ち上がる。押さえつけても膝は相変わらず産まれたての子鹿だが、それでも復讐心により決して倒れない。

 そこには絶対にこのアホ女をとっちめるという、確固たる意思があった。



『あそこを正面から出るのは面倒なんですよ。ほら、コウタさん見た目が……』

「これあなたのせいなんですけど!?」



 ――見た目のせいでこうなったと言うが、そもそもこの見た目になったのはアミスのせいだ。棚上げにも程がある。


 コウタは生まれて初めての殺意を抱いて、頭上で浮いているクリオネもどきを睨みつけた。



『そうカッカしないでください。カッコイイメタルフェイスが台無しですよ?』

「表情筋ないんですけど。アミスさんみたいなアホとマトモに話そうとした僕が悪かったです」

『そうなんですよ、私みたいなアホと……あほ?』

「それで、ここはメカーナって科学大国なんですよね? それにしては文明の気配すらありませんけど」



 辺りの木々を眺めながら、コウタはそう言う。


 ――落ちている間は景色を見る余裕もなく、気付けば見渡す限りの木、木、岩、自然の中にいた。


 ホログラムで隠されているわけではない、ホンモノの自然だ。ここが科学大国ですと言われてもピンと来ない。



『現在地はメカーナのフォレスト3という研究用森林区域ですね。こう見えて砂漠地帯に土壌からなにまで、人の手によって造られたものなんですよ』

「砂漠を……凄いですね。全く砂漠感ないのに。行ったことないけど」



 踏みしめる大地は、素人のコウタからも土壌の豊かさがわかるほどだ。生い茂る草花は瑞々しく、木々は堂々と佇んでいる。すぅとひと息吸えば心地よい空気と土の香りが鼻腔をくすぐってくる。



『街まではそう遠くないはずなので、こっそり街に忍び込んで……その後のことはその時考えましょう。もし捕まっても私はシステムハックくらい出来ますし、コウタさんならたぶん力づくでも脱獄できます』

「つまり成り行きに任せようってことですね」

『そうとも言いますね!』



 元気よく返してきたアミスに、コウタはいっそう不安になる。

 たとえアシストする相手に前科がつこうとも不法であろうと違法であろうと脱法であろうと、どんな手を使ってでも入国させてみせるという確固たる意思だ。

 手助けと言うよりはむしろ、助長や教唆に近い。



『メカーナは科学大国なだけあって、見た目だけはコウタさんと似たような、一般的にオートロイドと呼ばれる人型のマシンはそこら辺にうじゃうじゃいます。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、メカを隠すならメカの中なのです。大丈夫です、私に全て任せてください!』



 自信満々にどんと胸を叩いていそうな声音で、アミスはそう言い切った。

 メカーナは科学大国と評されるだけあり、その国内において、警備などの危険な仕事はその殆どが機械化されており、機械依存の懸念がされているほどだ。

 今回はそれを逆に利用してやり、機械化そのものの穴を突く算段だ。

 しかし、コウタにはどうしても払拭できない懸念があった。


 

「……この人に任せるとろくな事にならないって僕の本能が言ってる気がする」



 既に前科二犯、信用なんてものは微塵もなく、コウタが不安になるのも無理はなかった。



『コウタさん、普通に聞こえてますからね?』

「聞かせてるんですよ」

『……そんなに私は頼りないですか? くすんくすん』



 アミスはわざとらしい嘘泣きを披露し、あわよくば同情を買おうとするが、既に彼女を敵と認識しているコウタには効かない。



「そんなに気落ちしないでください。頼りないってよりは信用が出来ないだけです」

『そっちの方がよりショックなんですが!?』

「そういうのは信用にたる行為をしてからほざきやがってください」



 コウタは厳しくそう吐き捨て、続ける。



「ともかく、当面は拠点の確保を目標にして動きます。もちろん合法的な手段を用いて。生身に戻る云々は色々落ち着いてからにします。一億回徳を積むなんて検討もつかないですし」

『そんなに戻りたいものなんですか? 説明したとおり、人間にできるほぼ全てのことができますよ? わざわざ弱くなるなんて……』

「いや、だってどんな無茶させられるかわかりませんし」

『あははははー……そこまでさせませんよ』



 ――初っ端から全裸スカイダイブを喰らわせてきたので、今後も何度か命がいくつあっても足りない展開になる可能性が高い。

 本当になんてことをしてくれたんだこの人は。



「だいたいアミスさんは……」


 

 嫌味のひとつでも言ってやろうとしたその瞬間、コウタの脳髄に爆音が襲いかかった。



「ぐぎゃあっ!?」



 突如能内に響き渡った爆音から生じる激痛に、コウタは地面に崩れ落ちた。



『救難信号受信! 北西に10キロの地点です……ってなにしてるんですかコウタさん、早く救助に向かいますよ!』

「耳がーー!」



 コウタは耳を抑えながら、じたばたとのたうち回っている。

 地震などの災害が起きたときや、隣国から飛翔体が発射されたときなどにあちこちから鳴り響く緊急警報。

 それとよく似た、危機感と焦燥感を煽り、非常事態を思わせる耳障りに不快な音色。それが脳内に直接鳴り響いたのだ。

 はっきり言って音響兵器である。


 しばらくのたうち回っていると、やがて痛みがマシになったのか、コウタはふらふらと立ち上がった。こうなった元凶のクリオネに恨み節をこぼしながら。



「まだキーンってなってる……。なんで痛覚あるんですかこのマシンボディ……!」

『高性能! 高出力! 高機動! と三高揃ってますからねぇ』

「……チッ」

『舌打ち!?』



 乱雑に扱われたことに不服を覚えつつも、アミスはアシスタントとして、コウタにどうするかを尋ねる。



『コウタさん。これは私たちに向けられたものではないですし、そう遠くない場所にいくつか警備ロイドの詰所がありますので、無視することも出来ますが……どうしますか?』



 この警報の周波数を拾ったのはたまたまだ。落下に際し侵入者扱いされていないかアミスが確認していたところ、混線してしまったかたちだ。彼女の言うとおり、これを放置してもコウタにはなんの責任もない。

 しかし。



「僕、出来る事は出来るだけやるって決めてるんです。この身体の使い方を知るのにも良い機会ですし、強い力を手に入れたのなら、僕が今までされてきたように、誰かの助けになりたいんです」

『コウタさん……』



 コウタのこの『出来る事は出来るだけやる』という思想は、幼い頃に両親から説かれた教えだ。

 できると思ったことだけで構わないから、全身全霊で臨む。あるいは、無理だと思ったことでも、細分化すれば何かは出来るはず。その何かを、出来るだけ多くやる。

 そんな教えだ。




「北西でしたっけ? どっちですか?」

『こっちです。マーカーつけました』



 アミスがなにやら操作すると、コウタの視界に矢印が表示された。左隅には現在時速と目的地までの距離に加え、HPやSP、FPなどといった数値がメーターで表示されている。



「なにこれすげぇ」

『他にも上からの俯瞰図なんかも備えてますよ。コウタさんは人間にできることはなんでもできるのです』

「余計な機能いっぱいついてそうだなぁ。さて、行きます」

『はい! 出発進行!』



 ――記念すべき一歩目、思いっきり地面を踏みしめ、そして前に進むために蹴った。

 すると、地面が後方に爆裂した。


 コウタは割と凄まじい速度で、顔面から大地に飛び込んだ。



「……へぁ?」



 突如地面に叩きつけられたことに、コウタの理解は追いつかなかった。

 前に進むはずが、なぜか前回り宙返りを失敗したのだ。

 突っ伏しながらぽかんとしていると、アミスが呆れたように声をかける。



『なにやってるんですかコウタさん……。あなたは二足歩行で新幹線より速い速度を出せるんですよ? そんな脚力でスタートの踏ん張りを加減なしに、しかもこんなやわい地面でやったら吹き飛ぶに決まってますよ?』



 現在立っている地面はぬかるんでこそいないが、植物が元気に育つくらい土壌が豊かだ。

 化け物じみた豪脚たるコウタが全力でスタートダッシュするには、全く密度も硬さも気合いも足りないのだ。



「……転ぶ前に注意して欲しかったです」

『一応視界の隅に脚力メーター的なものは用意していたんですが……。ほら、FPってあるでしょう?』

「まさかフットパワーの略とは誰も思いませんよ!?」



 ――この分だとHPやSPが想定通りとも限らない。

 

 常識は捨てる必要があるようだと今一度、相棒の頭がおかしいことを確認して、コウタは頭を切り替えた。



「……じゃあ初めのうちは軽く流すので、全力出してもいい地盤とやらに来たら教えてください」

『はいはーい』



 今度は慎重に軽く、そろーりと地面を蹴り、コウタは進み始める。

 弛めた走り出しとはいえ、一般道路の自動車くらいには速く、初速で時速50キロほど出ている。



『いい調子ですね。少し速度上げてみましょう!』

「了解!」



 ――FPメーターを見つつ、少し強めに踏み込むと、一気に景色が流れていく。

 途中ある木々や岩岩をすり抜け飛び越えても、バランスは崩れる事なくすいすいと進んでいける。

 しばらくすると、剥き出しの岩にぴこんとマーカーが付けられた。



『あの岩なら多分崩れませんよ! 全力で!』

「合点!」

 


 速度を保ったまま、ぴょん、と硬い岩盤の上に飛び乗り、軸足に思いっきり力を込める。

 硬い大地はコウタの豪脚による踏み込みをしっかりと押し返し、爆砕音とともに景色が加速した。



「は、速い……!」

『現在時速大体250キロです。まだまだ倍近くは出せますよ』



 スポーツカー並みの速度で、木々の生い茂る森を駆ける。

 なにかひとつ間違えば大事故だが、高性能ボディはそれを許さない。そもそも事故った程度ではコウタにダメージはほとんどないが。現にたった今、熊を一匹轢き殺した。



「うわ!?」

『この辺にいる熊ですね。ばっちいので洗浄しますね』



 血と肉片だらけになったボディを自浄機能できれいさっぱり洗浄し、乾かしついでに高速機動を続ける。

 既に人間にはない機能がいくつか発揮されているのだが、走るのに夢中なコウタはそれに気付いていない。

 それどころかアミスへの懸念や恨みをどこかに置き去りするほど、この速度を楽しんでいた。



「た、楽しい……! どれだけ走っても疲れないし、心臓も肺も痛くならない……! アミスさん、凄いですねこの身体!」

『ふふん、そうでしょう? ようやく気付いてくれましたか! さてさて、コウタさんが私の偉大なる功績を認めたところで、目的地までおよそ…………あっ』

「え?」



 珍しくコウタに褒められ、鼻高なアミスだったが、突如不穏な声を出す。



『え、えーと……着地の衝撃に備えてください!』

「!?」



 ――眼前に迫る景色では木々が途切れ、ついでに道も途切れていた。


 既に時速300キロにまで到達していたコウタは当然、止まることもろくに減速も出来ず、崖から勢いよく飛び出してしまった。



「なにしてくれてんですかアンタ!」

『ま、まぁこれくらいなら死なないですし、死なないなら実質ノーダメなのでセーフですよね!』

「このポンコツ……!」



 着々と前科を積み上げ信頼を亡き者にしているアミスに振り回され、コウタはこの日十分ぶり二度目となる飛び降り他殺に見舞われた。



「この人を一瞬でも信じた僕がバカだった……!」



 なんとか空気抵抗で減衰しようと四肢を大きく広げるが当然焼け石に水、無慈悲にもほとんど変わらない。



『あ、コウタさん! あの研究所っぽい見た目のあそこが目的地です! このままぶち抜きましょう! あっちもこっちも緊急事態なので! 目的地不時着までおよそ五秒です! 』

「こっちの緊急事態はアミスさんのせいなんですけど……! そうだ、さっきのバリアは!?」

『エネルギー足りません!』

「無限炉とは!?」



 無限炉アークは無限ではあるが無限ではなかったという混乱する事実が露呈し、叫びがまたも風切り音に掻き消される。

 空も飛べず、バリアも出せず、為す術は当然なく、コウタは目的地に着弾した。




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