no.20 G1レース 神器杯 舗装 一万メートル
よろしくお願いします
ファンファーレが奏でられ、ロイド達が待機所からターフへと続々と入っていく。
ロイドレース動物型地走部門の開幕である。
『さぁ今回も始まりました、ロイドレース、G1神器杯! 誰もが可能性がある神器にちなんで、参加はレギュレーションさえ満たしていればどんなロイドでも可能という大盤振る舞い! 自らの技術をひけらかす場にするも良し、ビジネスの一端にするもよし、単にギャンブルとして参加するも良し! あなたの夢、わたしの夢、全ての夢は無限大! さぁ、各機ゲートイン開始しました!』
早い話が、駆けて跳んで一番速いマシンを決めるレースということだ。
コウタが出るのは10キロの長距離部門で、最も耐久力、そして技術力が必要とされる。
『注目はメカーナ代表、G3所属のコウタ・キガミ! なんと、他の部門でもあまり見ない直立二足歩行型であります! 見た目はちょっとゴツいオートロイド程度ですが、一体どんなびっくり機構が隠されているんでしょうか! 単勝人気は最下位、現時点でのオッズは358倍となっています!』
大歓声の中、コウタは周囲を見回す。
――なるほど確かに、人型のロイドは自分以外一機たりともない。
大体が馬型などの四足、たまに昆虫や節足動物を模した足多めのマシン達が確認できる。人間の体は効率が悪いとは本当のことらしいと、コウタは改めて認識した。
一方その頃、お飾りのピットクルーとして待機しているメニカ達。その前に立ちはだかる者達がいた。出場ロイドの開発者やら整備士やらだ。
「やれやれ……。天下のメカーナともあろう国がこんなモノを代表にしてくるとは。生物学や動物学は疎かにしていると受け取っていいのかね? ロイドレースは競馬と違いマシンのスペック差がモロに出る。大穴は期待しないことだな!」
「人間型のマシンは確かに人と同じ活動スケールなら便利だ。だがこれはレース、最も速いものを決める戦いだ。人間の身体構造で出せる速度なぞ、魔力の影響下になければ知れたもの」
「念の為言っておくがこの動物地走型レースは腕部脚部駆動による推進機構がレギュレーションとして存在している。つまりブースターやスラスターは使えないのだよ。優勝候補が驕りから自滅してくれて有難いことこの上ない!」
といった煽るような内容を、数十メートルほど離れてわざわざメガホンを使ってまで伝えていた。近付かないのは至極単純、仁王立ちしているハークが恐ろしいからだ。
「啖呵切るならもっと近い方がいいんじゃない?」
「やーいやーい、ボクの弟失格ー!」
『興味があるなら後ほどご自由に観察どうぞ! レポートにまとめて頂けると助かります!』
ハークにおののく程度の輩の野次など、彼女らには全く効かない。そもそも圧倒的な自信がある故、おののいて居なくても効いて居ないのだが。
さて、そうこうしているうちに、スタートの時間となった。
『出走の準備が整いました! 注目のコータ選手はクラウチングスタートの様子です! ――レースの火蓋が今、落とされました!』
スターター代わりの花火が爆裂し、各機一斉に動き出す。加速してゆき、あっという間に時速は200キロになる。
先頭は昆虫型の一機で、その少し後に空気抵抗の少ない形の節足動物型、動物型、というふうにレースは展開してゆく。
コウタはそれらを観察するように、最後方に位置していた。
『各機きれいなスタート、注目のキガミ選手は後方からのレースとなります! この速度に着いて行けているだけでも驚異的な技術力が窺えますが、やはり人型は厳しいのか!』
コウタは様子見で後方に位置している。スタミナはともかく、自分以外のロイドがどれだけの速度を出すかわからないし、地面の硬さだってまだわからない。
「……速度を出すと関節とかに負担が大きいのか、想定より速くないな」
単に速度の効率の面を考えれば、人型だけでなく動物型のマシンは無駄オブ無駄である。前後の脚だけで時速200キロを出せるならばタイヤなりなんなりでもっと速くできるからだ。
「……なんでこんな意味不明なスペックなんだろうか」
コウタは二足歩行でその倍を出せる己のスペックのおかしさを再確認すると、トラックを一周したあたりで、少し集団から離れた。
『おっとキガミ選手、早くもスタミナダウンか! 集団から離されていきます!』
「フン。やはり人型の効率は悪い。たった1キロ着いていけただけでも表彰ものだがな」
「短距離走ならば結果を出せたかもしれないが、些か無謀が過ぎたな」
「所詮人間は野生の美しさには適わないのだよ」
場内にはやはりといった空気と、ここまでよく頑張ったとコウタを讃える空気が半々くらいで入り混じる。
ざわざわとどよめきがいっそう強くなったそのとき、メニカがぽつりと。
「勝ち誇ってるところ悪いけど、私のコータくんはここからだよ」
コウタが後ろに下がったのは無論スタミナ不足ではない。加速に他のロイドを巻き込まないためだ。
「コウタ、行きます」
コウタは全力で地面を蹴った。
爆裂音が、場内のどよめきが掻き消した。
『――キ、キガミ選手、驚異的な加速!?』
そのひと踏みでコウタの速度は倍ほどへ跳ね上がり、瞬く間に前方のロイド達を抜き去ってゆく。先頭すら歯牙にもかけず、瞬く間に一位へとおどりでた。
『なんという加速量、なんという速度でしょう! 差を縮めるどころか、あっという間に抜き去ってしまいました! さらにその差は広がっていく!』
「バカなッ! 相手は直立二足歩行、人間と同じだ! それであんな速度を出すなど……!」
「通常の三倍の速度で駆け抜けて行くなぞ信じられるか!」
「ええい、メカーナのオートロイドは化け物か!?」
会場のどよめきもなんのその、コウタは異次元のケイデンスでゴールへと脚を回す。
本来、このロイドレースは速さや迫力だけでなく、策や駆け引きなどといったものを楽しむものだ。
しかし、そんなものは所詮は小細工と断じ、全てを轢き去ってしまうが如き豪脚。
『並ばない、並ばせない! 生物学的効率など知ったことか! それすらを覆す、これが技術力というものだ! そう言っているかのようですらあります!』
一周、また一周と本来起こり得ない周回遅れを全ロイドに味わわせる。
もはや、一位や二位を決めるといった生易しいレースではない。
たった一機の最速と、その他の有象無象が同じコース同じ距離を走っているだけとなってしまった。
大半の機券がゴミクズとなってしまい項垂れる者が多い中、事の首謀者たちはレースの結果については既に眼中になく、コウタの走りのみに注目していた。
「あれ、コータくんちょっと速くなった?」
『みたいですね。現在時速500キロ、以前より12%ほど向上してます』
「三日前より身体の使い方がよりナチュラルになったな。ユーリと戦ってなにか掴んだか」
「ユーリってユーリ・サンダース? 勇者と戦って五体満足なんてさすがボクの弟」
やがて、コウタがゴールした。
タイムにして1分15秒05。コースレコードどころの話ではない。レースはまだ全て終わっていないというのに、場内は一瞬しんと静まり返った。
『なんとなんとなんとーッ!! 大会のレコードを、それも長距離部門で中距離部門のレコードを縮めたーっ!! なんという豪脚、なんという性能! これが科学大国の真髄なのかーッ!』
場内のどよめきは収まらない。負けて突っ伏す者、大穴を当てて大喜びする者、コウタの速度について議論する者と、様々な反応だ。
コウタはその阿鼻叫喚を見て、申し訳なさを抱いた。
「なんか悪いことしてる気分だ」
『まぁ今度からは確実に出禁でしょうね』
やってることはレギュレーション違反ではないとはいえ、倫理的にかなりグレーな問題だ。
魔力の影響で人智を超えた身体能力を持つ者たちが一般的なスポーツに興じないように、マナーとモラルを考えればコウタは出るべきではなかった。
まぁ、仮にそれを引き合いに出していてもメニカに言いくるめられていたが。
「……徳が減った気がする」
『ですが資金が増えたってメニカちゃん大喜びですよ』
メニカらはだいたい合計500億ギラほどの儲けを得た。なお当然、税金やら賠償金やら研究費で数ヶ月で全て消えることになる。
「それならまぁ……。僕のお小遣いは?」
『割と大金になっちゃったので将来のために私が管理しておきますね』
「お年玉徴収するお母さんですか? ……とりあえずメニカに預けといてください」
『了解です!』
得た賞金の使い方を模索していると、人間とは思えない凄まじい速度でコウタに迫る影があった。姉を名乗る不審者、ケイトである。
「はーいコータ! お姉ちゃんがぎゅーしてあげよう!」
「いやいいです」
「遠慮しないの。はいぎゅー!」
ケイトのハグを受けると、コウタの全身が軽く軋んだ。
コウタの視界には警告ウインドウが出ており、圧力検知のアラートも鳴っている。これが出たのハークとユーリとの一戦だけであり、つまりケイトのハグはハークやユーリの一撃並みの脅威ということだ。
「なにこれ鯖折り?」
『すごいですコウタさん。ダメージ入ってます。常人なら内蔵がまろびでてますね』
「…………今後僕以外へのハグ禁止で。特にメニカはダメです。死ぬので」
この狂った姉モドキによる被害者を少しでも減らすことが、コウタは己の使命と受け取った。喩えこの身が弟と成ろうとも。
「なに、独占欲? 嬉しいなぁ。じゃあお姉ちゃんって呼んでね。さん、はい」
「……お姉ちゃん」
「ケイトお姉ちゃん?」
「…………ケイトお姉ちゃん」
「ケイトお姉ちゃん大好き?」
「………………ケイトお姉ちゃん大好き」
「ボクも大好き!」
再びの鯖折り、コウタは常人なら致死量のダメージを受けた。そこに遅れてやってきたメニカとハークがばたり。
「レースおつかれさま。おかげさまでガッポガッポだよ。今日は焼肉だね……ってコータくんなにやってるの?」
「メ、メニカ! 違うんだこれは……!」
「なるほど、ケイトのハグで万一にも犠牲者を出さないためにその身を投げ打って弟になったんだね」
「理解が良い……。さすメニ」
誤解されずに済んだことを安堵したのも束の間、今度はハークが話し掛けた。
「レースに勝ったな。上々。次は武道大会だ。勝ち進めばチャンピオンの座をかけて闘うことが出来るぞ」
「…………それってもしかしてハーク隊長も出ます?」
「なにを言っている」
「あー、よかった! てっきり隊長とガチバトルを――」
コウタは言いながら、心底ほっとしていた。ハークからは毎日のように組手というていのパワハラを受けており、いつも必死で抗っているというのにその実力差はまるで埋まる様子がない。そんな壁が相手だと言われてもモチベーションが上がらないというものだ。
そんなやり取りを眺めながら、いい加減学ぶべきだとアミスは思う。現実は想像よりもえげつないということを。
「俺がチャンピオンだ」
「棄権します」
次いで、コウタの武道大会出場が決まった。
ありがとうございます。明日で1周間!




