no.019 おそらく僕は女運が悪い
よろしくお願いします
レースは明日とのことで、一旦自由行動となった。アミスはまたもハークと屋台を荒らすらしく、ケイトも怪我人が出たとかですっ飛んで行った。コウタとメニカ、二人きりである。
「こうしてコータくんとデートするの、はじめてだね。二人きりもはじめてかな?」
「そうだね。やかましいのはどっかいったしね」
「勝手がわからないだろうから、このメニカちゃんがエスコートしてあげようね。ほらおてて出して」
「お手をどうぞ博士」
メニカに手を差し出し、やさしく握り合って歩み始める。一緒に住んでいる上に身体の隅々まで調べ尽くされているので、今更手を繋ぐ程度で動じる童貞ではないのだ。
コウタが道行く見慣れぬ見た目の人々を観察していると、見慣れたものが目に入った。
「あ、オートロイド。ここにもいるんだね」
「いるね。あれはメカーナ製、あっちはアスト製、あそこのはフレームだけアストだね」
オートロイド事業はメカーナの主力産業のひとつだ。ミスリル鉱山等の危険地帯への派遣をはじめとし、エイプのような軍事用や繁華街で見かけた接客用、家庭用の家政婦ロイド・ジョージなんてものもある。
「見ただけでわかるなんて凄いな」
「えへへ、もっと褒めて」
「さすメニ。じゃああの水を纏ったオートロイドは?」
「あれはマギカロイドだね。魔力で動いてるよ」
メカーナには滅多に存在しないが、マギカロイドもオートロイドと同じく人々の生活を支える大事なマシンだ。魔力を動力とし、魔法技術由来ゆえのオートロイドとは違った特性がある。
「色々あるんだね」
「そんなに違いが気になる? 仕方ない、私がレクチャーしてあげよう」
「何も言ってないけど……」
「ちょうど技術展やってるし、見に行こうか。あとコータくん、これお面と帽子被ってね。変なのに目つけられないように」
「了解」
面をつけ帽子をかぶってメニカに手を引かれるまま数分歩くと、怪しげな複数の視線を感じる技術展覧会にやって来た。
最先端技術とまではいかないが、次に人々の身近になりそうな技術品がそこそこの数展覧されている。
飛び入りも歓迎らしく、研究者らしい白衣や魔法使いっぽい黒ローブを着た者がちらほら伺える。
「こんなのやってるんだね。メニカは出してないの?」
「私の研究は民間より軍事に重きを置いてるからね。最先端技術を取り扱ってる訳でもないし、お金も出ないし、今日みたいな技術展には出さないのさ」
「またお金? そんなにお金ないのウチ」
「普段は特に困ってないよ。けどコータくんが来てから色々と要り用でね。戸籍の偽造にフォレスト3と研究所の修繕費でしょ、あとエイプがまるまる消し飛んだ分も。鉱山の一部が滅失したのはユーリが自分のせいだと主張したからなんとかなったけど、それでミスリルドラゴンはユーリの所有物になったしね」
総額にすると損害は100億ギラは下らない。しかしこの程度、対価としてはむしろ安すぎるとメニカは思っている。剛体のボディを持つ永久機関が自律して動く。その価値は計りしれない。
しかしコウタ本人からすればそんなことは知ったことではないし、自分のせいで100億ギラもの損害を出してしまったという事実だけが心中に残ってしまう。
「その……とんでもなくごめんなさい」
「何を謝るのさ。コータくんは私を助けてくれたし、科学の更なる可能性を見せてくれた。これくらい安いものさ。次こそはドラゴンを討伐してくれるんでしょ?」
「……一回戦った感じ、アミスさんのバックアップとメニカのびっくりドッキリマシンがあれば勝機は見いだせると思う」
「そういうきちんとした体験から基づく計算や推測は嫌いじゃないよ。絶対に倒すなんて意志だけ固めてもほとんど意味ないからね」
メカーナの人間は計算による推測と揺るぎない事実を重んじる。
やる気があるとか、誠意を見せるとか、言葉で自身を追い込むとか、そんな精神論に全く用はない。揺るぎない事実、計算による推測。それだけあれば充分だ。中身さえ伴えば建前の頑張るだとか頑張らないだとかは、どうでもいいとさえ思っている。
「さ、嫌になるお金の話はほっといてデートの続きしよっか。まず世界各国の技術体系分布と各ロイドの特徴について解説するね。基本的に各ロイドの分布はそのまま魔法と科学技術体系分布だと思ってくれていいよ」
そう言って、メニカは解説をはじめた。手を引かれながらあれこれ楽しげに語る様子をコウタは優しく見守る。
「オートロイド。主に金属やプラスチックなどの加工物で構成されていて、電気で動く機械だよ。各種産業からご家庭まで。電気があれば動くから、メカーナを中心に世界各国幅広く分布してるよ」
オートロイドの優れた点はなんと言っても汎用性の高さだ。人では行くことの出来ない危険地帯に遠隔操作で行く事が出来るし、パーツやプログラムを変えれば護衛から子育てまでなんでも出来る。
主な生産国はメカーナで、どこにでも派遣出来るのでメカーナから放射状に分布が広がっている。
「マギカロイド。主に樹木や岩石、水や炎などの自然物で構成されていて、魔力で動く機械だよ。各種産業からご家庭まで。魔力があれば使えるから、ウィカルを中心にかなり広く分布されてるよ」
マギカロイドの優れた点はなんと言っても携帯性の高さだ。ペットボトルほどの大きさの核に魔力を流すと、周囲の自然物で形を成す。魔術式を書き換えれば戦闘から遊び相手までなんでも出来る。
主な生産国はウィカルで、魔素が濃いほど活きるのでウィカルからまだら模様に分布が広がっている。
「オートロイドtypeE。エレメントコーティングを用い見た目をマギカロイドにしたもの」
このコーティングに特に意味はない。見た目がカッコよくなるだけだ。
「マギカロイドtypeM。メタリックコーティングを用い見た目をオートロイドにしたもの」
このコーティングも特に意味はない。見た目がスマートになるだけだ。
「オートノイド。見た目はオートロイドだけど中身は人間の架空の存在。コータくんみたいな存在を指しているよ」
定義は広く、コウタの様なケースから人格データのコピー、シンギュラリティが起きた場合もオートノイドと呼ばれる。
「マギカノイド。見た目はマギカロイドだけど中身は人間の架空の存在。コータくんが居るしこっちもいるかもね」
定義は狭く、自力で魔素を魔力に精製出来るようになったモノを指す。魔力の精製には脳波が必要不可欠であるからだ。以上の説明を受け、素人のコウタが出した答えは。
「……全部同じじゃないですか?」
「全然違うよコータくん!」
『これだからしろうとはダメですね』
「うお!! びっくりした!」
コウタが突然の声に振り向くと、そこには白いクリオネ、アミスがいた。
「帰ってきてたんだねアミスちゃん」
『なんだか面白そうな予感がしたので』
「来るなら来るって言ってくださいよ」
『自宅に入るのにインターホンを鳴らす必要が?』
「シェアハウス解消してください」
『いやでーす』
二人きりのデートは中断、アミスを混じえたイツメンで展覧会を見てまわることになった。ふとひとつの所で立ち止まっていると、何者かがメニカに声をかけた。
「そこにいるのはパーク博士では?」
「そうだよ。あなたは?」
「申し遅れました。こちらにマギカロイドを出展中の株式会社マギカンパニー代表取締役のカルシ・ウムと申します」
「あぁ、存じてるよ。メカーナでも長く使えるマギカロイドの研究もしてるよね」
「えぇ! よければご意見を賜っても?」
「もちろんさ。いいよねコータくん?」
「いいよ。行ってらっしゃい」
メニカが出展者たちと議論を交わし始めたので、コウタはそれを放置して周囲を見回ることにした。解説役はアミスがいるので大丈夫だ。時折議論の様子を確認しながら見回っていると、ふとひとりの女性に目が留まる。義肢展示のエリアだ。
「あの女の人……」
『コウタさん、女の子とデート中にそれは減点ですよ?』
アミスは節操のない相棒を咎めるが、断じて見惚れたわけではない。むしろコウタのタイプからすれば程遠い。
確かに見惚れるほど美しく整った顔立ちをしているが、問題はその下。女性にしては大きな体躯を黒い衣装に身を包んだその下に、細いながらも筋立った筋肉が、強い顔より更に強く主張していた。
有り体にいえば、高身長スレンダーバキバキ美人である。
「いや、なんか具合が悪そうなので……」
立ち姿は確かな筋肉によりしっかりぴんとしている。だというのに、心なしかふらついており、展示物の義肢のひとつに寄りかかってしまっている。
『ふむ。確かに顔も紅潮してますし、呼吸が浅く心拍数が高くて体が震えてます。ちょっとケイトさん呼んできますね』
アミスに医者を呼んでもらい、コウタは状態を確認するべくその女性に声を掛けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「あの、大丈夫――」
今にも倒れそうに胴を倒すその女性に、おそるおそる声を掛けた。次の瞬間、コウタは己の対人不運を呪うことになる。
「――あぁ愛しきハーク様! 以前より遥かに逞しくなった身体、一部の隙も許さない狩人の如き眼光! たまたま立ち寄った場で出会うとはこれはもう神に導かれし運命! このスレンヒルデ、身体の疼きと愛の昂りが止められません! もうここで致してしまいましょうか、そう思えるくらいに!」
「おっとヤバい人だった」
コウタは早くも声をかけたことを後悔した。
――展示用の義肢を文字通り舐め回す、何人目かのヤバ女がそこに居た。
しかも運の悪いことに、ハークのことを知っているどころか、崇拝している様子。
「あなた、先程ハーク様と一緒に居た方では?」
「ロイドチガイデス」
「ふむ……ちょっと失礼」
スレンヒルデと自称するその女は、すんすんとコウタの臭いを嗅ぐ。
すると突然身を捩りだし、息を荒らげはじめ、変な声を上げた。
「あぁん! なんと強烈なハーク様の暴力のかほり……! あなたはその一身にハーク様の愛を受け止められて居るんですね!」
「誤解を招く言い方やめてもらえます!?」
とんでもない誤解を招きかねない言い回しにコウタは流石に抗議したが、スレンヒルデは聞く耳を持たない。
それどころかスレンヒルデは更に詰め寄り、がしりと、その筋肉を加味しても到底信じられない剛力で、コウタの肩を微動だにしないように掴んだ。
「なんと羨ましい……! 私は遠くから見守ることしか出来ないのに、妬ましい……!」
スレンヒルデは羨望と嫉妬の眼差しを向け、肩を掴む力が強まっていく。
そして、コウタの脳内で高温感知のアラートが鳴り響いた。
「……熱い」
触れられている肩を起点に、コウタの体表温度がぐんぐん上がっている。遂には警告音を発してしまうほど高熱になっていた。
熱の発生源はスレンヒルデの掌だ。そこから人体からは信じられないほどの莫大な熱が伝わっている。
「あの、熱いんですが」
コウタは払い除けも飛び退きもせず、静かにそう返す。剛力とはいえ払い除けられないほどではないが、それでも静かにスレンヒルデへ促す。
このとんでもない女を下手に刺激してはならないと考えた故の静観だ。
そして、それは結果的に正解となる。
「あら失礼。つい気持ちが昂ってしまいました。お怪我はないですか?」
「僕は頑丈なので大丈夫ですが、常人なら死んでますよ」
「乙女の昂りは止められませんから、仕方ないですよね」
スレンヒルデは手をぱっと離し、素直に謝罪する。手が離れると、爆熱が嘘のようにスっと引いてゆく。
もし自分が話しかけていなければ、この昂りとやらの熱はどこへ行くはずだったのかと、コウタは少しぞっとした。
「そういえばサイボーグさん、自己紹介がまだでしたね。私はスレンヒルデ・ボルグと申します。呼びにくければ気軽にスレンと呼んでください。以後お見知りおきを」
ぺこりと軽くお辞儀をして、改めて自己紹介をするスレンヒルデ。
当然、この次の流れはコウタが名乗る番だ。
しかし。
「ジョン・コナーです」
コウタは当然のように偽名を名乗った。
なんの躊躇いもなく、暴走マシーンに支配された近未来のレジスタンスの英雄の名を騙った。礼儀とはいえ、変態に名乗る名は持ち合わせていないからだ。
「ではコナーさんと呼びますね。それでコナーさん、私の体調を慮ってくれたお礼と言ってはなんですが、お茶の一杯でもご馳走させてくれませんか?」
そうして、ふたりは何故かお茶をすることになった。
展覧会に併設されているロイドカフェに入り、それぞれ注文をしてしばし待つ。
「お待たせ致しました。コーヒーのオートロイ髑髏盃注ぎと、ムキムキマシマシプロテインバキバキドリンクです」
頭と趣味の悪すぎる器に淹れられた普通コーヒーと、シンプルに頭の悪すぎるネーミングのプロテインドリンクが、それぞれコウタとスレンヒルデの前に置かれた。
「では、いただきます」
「いただきま……飲みづらっ」
「ふふ、でしょうね」
廃棄されたオートロイドの頭部パーツに、取っ手を付けただけのカップとも言えないなにかだ。飲み口の太さは頭部装甲の太さそのままであるし、重さも5キロほどある。
これを企画した奴はアホなんだなと、コウタは身近にいる例のふたりを何故か脳裏に浮かべながらそんな感想を抱いた。
「プロテイン頼むってことは、普段から鍛えてるんですか?」
「はい。ハーク様に少しでも近付くためにはじめたのですが、いつの間にかのめり込むようになりました」
うっとりと筋肉を眺めながらスレンヒルデはそう言う。
自分の筋肉に見とれているのか、はたまた想い人を想起しているのかはコウタにはわからなかったが、心底どうでもいいと考えるのをやめた。
「隊長……ハークさんとは一体どんな関係で?」
「将来を誓い合った仲です」
スレンヒルデはすぱりと即答した。まるでそれが当然で、臆することも隠すことも必要ないとでも言わんばかりの態度だ。
「……なるほど」
コウタは首肯しながら静かにそう返す。
――誓い合った仲というのならば、ハークを見かけた際に声をかけなかったのはなぜ、と思うのは杞憂なのだろうか。
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ、こんな美人に慕われてるなんて、あのゴリラも隅に置けないなぁと」
「お似合いだなんて……やっぱりそう見えます?」
コウタはハークのプライベートをろくに知らない。年齢も知らないし、経歴も勇者候補であったことと、腕を失ってから数年腐ってたところをメニカに拾われた、程度のことしか知らない。
「それで、コナーさんはハーク様とどういった関係で?」
「いちおう上司と部下です」
「つまり私の部下でもある……と」
無論そんなわけがないのだが、コウタは先程のお似合い発言に続き沈黙でスルーした。
――会話に脈絡がなかったり論理が通じないのはいつものことだ。慌てふためくほど素人じゃない。
「体調はもう大丈夫ですか?」
「はい。といっても興奮して立ちくらみがしただけで、特に身体が弱いとかはないんですよ。わざわざありがとうございます」
「それなら良かったです。僕もこうなる前は――」
そう言いかけたとき、突然コウタの全身が震えた。
「うおっ!?」
「どうかしました?」
視界に表示された発信者には、アミスの名があった。
「同僚から電話がかかってきました。……ちょっと失礼します」
コウタは右手の親指と小指を立てて電話の形を模すと、そのまま話しはじめた。
「もしもし、コ……。ジョン・コナーです」
『え、本物!?……って何ふざけてるんですか。アミスです。コウタさん、今どこにいるんですか? さっきの体調悪そうな方も見当たりませんが。あと、ケイトさん忙しいらしくて捕まりませんでした』
「ちょうど今お茶……介抱してるところで、といってもあんまり体調は悪くなかったみたいです。立ちくらみだとかなんとか。もう少しで戻るのでさっきのとこで待っててください」
『はいはーい。デートほっぽって知らない美人とお茶してるのはメニカちゃんにチクリますねー』
「は!? おいちょ……切られた」
最悪に近い爆弾を残し、アミスは電話を切った。
「……えーと、連れが戻ってくるみたいです」
「では、お開きにしましょうか。私の方も少ししたら用事がありますし」
ドリンクを華麗ながらも豪快に一気に飲み干し、スレンヒルデは店員を呼んで会計を済ませる。
互いに礼を言って、その場は解散となった。
「それではご機嫌よう、コナーさん。ハーク様によろしくお伝えください」
「ごちそうさまでした」
その筋骨に見合わぬふわりとしたお辞儀を披露して、スレンヒルデはどこかへ歩き去っていった。
――スレンヒルデを見送っていると、後ろからトントン、と肩を叩かれた。
「コータくん」
「あ、メニカ。お話終わったんだね」
「うん。コータくんもスレンダー美人とのデート楽しかった?」
言葉を選ばなければならないと、コウタは察した。なぜ怒り気味なのかは童貞オートノイドには理解出来なかったが、それでもメニカの機嫌が悪くなっているのは把握出来たからだ。
「……デートしてた気はないし、メニカとの方がずっと楽しかったよ」
「もう! なんでそんなこと言うの!?」
「褒めたのになんで怒るの!?」
あれこれ詰める予定が、思いのほかストレートに褒められて照れたメニカの乙女心を、童貞のコウタは理解出来なかった。
『あの女の人、目視ですが体温40度くらいありましたよ?』
「触れられたとこがやけに熱かったので、体温めちゃくちゃ高い病かもしれません。あるか知りませんけど」
『あるにはありますけど、コウタさんが熱く感じた……? うーん……』
――アミスが首を傾げながらスレンヒルデの熱の正体に悩んでいるが、それはそれとして、今度は祭りを三人で楽しむことにした。
ありがとうございました




