no.018 多人共和連邦アスト
よろしくお願いします
多人協和連邦アスト。新たな神器が発見された、国民の人種が世界一富んでいる国家である。
――荒れ果てた大地に人々の悲鳴、そして火薬の匂い。忙しなく爆発音が聞こえ、人々は叫ぶ。大地の植物は軒並み踏み荒らされている。
「どうだコータ。これが神器が生み出す世への影響だ」
「これが……」
「コータくん、ショックだろうけどこれは事実だよ」
「……僕はまた、間違ったってことか」
コウタは自嘲するようにそう呟く。こんな事態を想像だにしなかった想像力のなさが恨めしくも思っていた。何故、もっと早く気付けなかったのか。
『お祭りですよコウタさん!』
花火が忙しなく飛び、人々の楽しそうな喧騒が止むことはない。目の前に広がるお祭りのどんちゃん騒ぎに、コウタは首を傾げるしか出来なかった。
「……なんで?」
コウタが心底わからないといった様子で疑問符を浮かべまくっていると、復調したメニカがあははと笑いながら答えた。
「あはは、やだなぁコータくん。普通に考えればわかるでしょ? 神器が発見されたら適合者の選定も兼ねて人が集まって、お祭り騒ぎになるって」
「いや普通にわからないけど」
「水面下でバッチバチにやり合うより、敢えてオープンにすることで互いに縛り付けた方が、人死にが出るよかいいでしょってことね」
神器の発見は世界の勢力図すらも揺るがしかねない一大事件だ。
国内で適合者が見つかるかも分からない上、秘匿して奪われてしまう、という事態に陥るよりかは、敢えて他国にもその情報を解放して友好の一助とする方が圧倒的にメリットが大きい。
故にわざとらしくどんちゃん騒ぎし、全世界に向けて発信するのだ。四年に一度とはいかないが、実質的にオリンピックのようなものになっている。
「神器が現れたとなると普段は表に出ない強者が腕試しに集まる。そして開かれるのが、神器争奪戦とは名ばかりの武道会やコンテストだ。優勝すれば賞金もある。それを獲りにきた。よとより神器なぞ一小隊が持つものでもない」
『おふたりのエントリーは済ませてますよ!』
「僕いちおう昨日……三日前に死にかけてるんですけど。というかそれならそうと言ってくれればよかったのに」
『サプライズってやつですよ』
「そりゃあびっくりはしましたけども……納得いかない」
以上が顛末である。戦争かと身構えたコウタはいい意味で肩透かしをくらった。
――争いが杞憂だったのはいいことで、不貞腐れるほどのことでもない。ぱっと切りかえて、この際楽しもうと切り替える。ハークとアミスもどこかにいってしまった。
「多人協和連邦って名前だったっけ。なんていうか亜人……みたいな人が多いね」
見渡せばヒトの種類が多い。耳が長かったり、やたらでかかったり、小さいのに筋骨隆々だったり、獣耳が生えていたり。まるでファンタジーの亜人たちの様相をした人々がそこかしこにいた。
メカーナではまず見ない多様な人種に、コウタは興味が隠せなかった。
「ダメだよコータくん。亜人なんて言っちゃ。差別主義者のヒューム至上主義だと思われちゃうよ?」
「差別用語なのか……。気を付けるよ」
彼らは断じてヒトの亜種ではない。かといって上位種族でもない。彼らは分類上もしっかりとホモ・サピエンスであり、体のつくり、体格、体質が違えど同類なのだ。亜人と一括りにし、人間とは違うという表現は、ときに差別を招きかねない。
「肌の色程度で勝手に差を作って、懲りることなく殺し合ってきたとても愚かな人類だから、そうなることは容易に想像出来るよね。まぁ呼び方だけ変えても人間の本質なんてそう変わらないから、それがないとは断言出来ないんだけどね」
「彼らは進化したってことなの?」
「魔力の影響にしても進化するには期間が短すぎるから、学説では魔力の影響による先祖返りに近しいなにかの一種だろうとされているよ。大昔はホモ・サピエンスもバリエーションが豊富でいっぱい居たのかもね。今でさえ色んな人種との混血がいっぱい居るし」
ホモ・サピエンスが細分化されたのは今から二百年ほど前、件の隕石からおよそ10年経った頃だ。
魔素が大気の何パーセントかを占めるようになってから、まず微生物やウイルスが変異し、次いで植物に昆虫類、そして野生動物、水生生物、人間に到るまででおよそ10年。脅威的な速度である。
「じゃあハーク隊長は巨人とのハーフなの? 馬鹿みたいにデカいけど」
「隊長は馬鹿みたいにデカいだけのヒュームだね。ちなみにメカーナ生まれの人間は全員ヒュームだよ。メカーナ近辺の大気には魔素がないからね」
「あぁ、どおりでいつもと空気の味が違うのか」
魔素は件の隕石が落ちた近辺から発せられている。アストはちょうど良いバランスの位置にあり、魔法と科学が共存出来ている。メカーナはその隕石の真反対に位置する上、魔素の天敵たる電気が多いため、魔素が存在しないのだ。
「アストは技術的にも中間みたいなところでね。魔法と科学の両方がいい具合にバランスを持って発展してるんだ。ウチの技術者も何人か出向してるし、G3からもひとり来てるよ。どこかにいるんじゃないかな」
きょろきょろと誰かを探すように、メニカはん、と背伸びして辺りを見回す。当然その程度で見つかるには到底及ばないくらい、人でごった返している。
「コータくん、ちょっとしゃがんで――」
メニカがコウタに肩車を頼もうとしたそのとき、彼女の双丘に二対の影が差した。
「ここだよ」
「うひゃあっ!?」
メニカの嬌声に振り向くと、そこには短めの金髪がとても良く似合う、スレンダー高身長クールビューティーが居た。
――何故か、メニカの胸を揉みながら。
「むむ、またおっきくなったんじゃない?」
「急になにするのさケイト! 自分にないからって揉まないで!」
「ちっちっちっ。ボクのことはお姉ちゃん、でしょ?」
――どうやらメニカには姉がいたらしい。はじめて知ったが、たしかに機会がなければ家族のことなど話すこともない。
コウタはぱっと切り替えて、腰低めにケイトへ挨拶を投げかける。
「あ、メニカのお姉さんでしたか。つい先日入隊した、新人のキガミ・コウタと申します。よろしくお願いしますケイト先輩」
「ちがうちがう。コータのお姉ちゃんなの」
――瞬間、時が止まったかのように動けなくなる。
メニカやアミスの呪文の羅列など、児戯に等しいと吐き捨てんばかりの意味不明さ。圧倒的捕食者を前にした小動物のような一種の防衛反応にも似た感覚で、コウタは思考を放棄した。
「………………なるほど!」
――どうやら僕にも姉が居たらしい。そういえばこんな美人な姉がいた気がするなぁ。この人はメニカの姉らしいので、ということは僕はメニカと兄妹、あるいは姉弟なのか。どっちが上だろうか。
「メニカ、試しにお兄ちゃんと呼んでくれないか?」
「コータくん!? 戻ってきて!」
たった一言で記憶を捻じ曲げられたコウタの頭を、メニカは白衣に仕込んだスパナで思い切りぶん殴った。
アルヴェニウムヘッドをしてちょっと痛いと思わせる程度の威力の打撃だ。
「――はっ! なにか恐ろしい記憶を植え付けられたような……」
「まったく、チョロいんだから。彼女はケイト。なんか勝手に姉と名乗ってくる変な女だよ。面倒臭いのがこんなのの癖にショタコンじゃないのと、しっかり相手を見極めてるところと、生身じゃ勝てないくらい強くサイボーグ化しちゃったところ。あとついでにG3のメディックやってるよ」
「ケイトお姉ちゃんって呼んでね。よろしく」
「呼びません。よろしくお願いします」
変人の扱いには慣れているのか、コウタは軽く流して出された手を握り返す。女性にしてはやけに硬い手が少し気になったが、軍人はそんなものなのだろうと深く考えはしなかった。
「新人に面白いのが入って来たって聞いてたからどんな子かと思ってたら、まさかオートノイドとはね。流石にオートノイドの弟はボクはじめてだよ」
「僕も姉と名乗る変質者が同僚になったのははじめてです」
「はは、言うね。弟にしがいがあるよ」
「そんな動詞が存在してたまるか」
じりじりにじり寄るケイトに抗いながら、コウタは己が相棒の帰還を切に願った。どうにか、化け物には化け物をぶつけるんだよ理論でこの変態を撃退したいのだ。
「アミスさんはまだ帰ってこないのか……? 唯一このモンスターに対抗出来そうなのに」
「どうだろうね。混み具合によるだろうけど」
アミスはある程度のCPUを持つ機械ならば侵入することが出来る。G3では電子工作員としての役職を与えられており、アシスタントと名乗ってはいるが、メカーナの軍における立場的にはぶっちゃけコウタより上である。
そして噂をすればなんとやら、実にタイミングよく、アミスたちが帰ってきた。
『ただいまです!』
「ここに居たか」
「おかえりふたりとも」
どうやら祭りをそこそこ満喫していたらしく、なにかの景品らしいトロフィーや大量の祭りグルメがハークの両手を塞いでいた。
「隊長にわたあめって、似合わないにもほどがありますよ。アミスさんのですか?」
『買ってもらいました! いいでしょー?』
「……いい大人がわたあめって」
『ビリビリー』
「ぐわばっ!?」
全身に高圧電流を流され、コウタは地面に倒れ伏す。生殺与奪をアミスに握られているのだ。
「ケイト、久しいな」
「隊長お久しぶり。そっちのクリオネちゃんはアミスちゃんかな?」
――流石に隊長を弟扱いとはいかないらしい。基準がわからないが、そこそこ歳が近い歳下がメインだろうか。
コウタは闇が深そうだと、これ以上考えはしなかった。
ケイトは半年前からアストに出向しており、その間一度も帰っていない。サイボーグ療法の提供及び魔法療法の学習が主な目的だ。
『申し遅れました。コウタさんのアシスタントのアミスと申します。よろしくお願いしますねケイトさん』
「いつもボクの弟と妹を助けてくれてありがとう。これからも仲良くお願いね」
『それはもう! そしてのっけからいいパンチですね。上等です!』
「やっぱり変な奴には変な奴をぶつけるのが一番ですね。そのまま対消滅してください」
このままでは自身の弱点を知り尽くす姉を名乗る変質者という最悪のキメラが爆誕してしまうのだが、コウタはまだ知る由もない。対消滅は同位物質では起こらないのだ。
「それで、首尾はどう?」
『隊長さんがパンチングマシンをぶっ壊してました。一撃でおせんべいみたいになってましたよ』
「謝りに行かないくていい?」
「逆に感謝されたぞ。宣伝になると」
「それはよかった。参加は出来そう?」
「顔パスだ」
「よかった、出禁になってなくて。さて、コータくん」
「なに?」
やはり詰め寄るケイトに抗いながら、コウタはそう返す。どうせろくでもないことだと、期待せずに聞くことにした。
「ロイドレースの動物型地走部門に出て」
「その心は?」
「なぁに、研究資金全ツッパで研究資金を増やすだけさ」
「バカなの?」
ロイドレースとは、その名の通りオートロイドとマギカロイドによるレースである。動物型から非生物型、陸海空など様々な部門がある。
コウタが出るのは動物型地走部門、陸上動物を模したロイドのみが参加出来るレースである。
「隊長、メニカがまた戯言を……」
「出ろ」
「え?」
「なに、隊費全賭けで隊費を増やすだけだ」
「なにこれデジャヴ?」
何も信用出来ないと、コウタは逃げる覚悟を決めた。しかしハークが正面にいることの絶望を思い出し、すぐ諦めた。
『コウタさんのお給金もぶち込みましょう!』
「はい、アシスタントクビ」
『ざんねん、私の方が上司なのでクビにできませーん!』
「タチが悪すぎる」
こうしてコウタは反対も出来ぬまま、賭けレースに出場することになってしまった。
「よーしボクが慰めてあげようね。お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいでコータ!」
ばっと両手を広げ、おいでおいでと招くケイト。母性ならぬ姉性全開オーラで甘やかす気満々だ。しかし、コウタは今までの経験から、変人には少々厳しかった。
メニカより随分と薄い、ケイトの胸を一瞥すると。
「硬そうなんでいいです」
数秒後、ケイトの万力の如きヘッドチョークが炸裂した。
ありがとうございました。




