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no.013 終わりはいつも呆気なく

よろしくお願いします。


 


 コウタのフルブラストは、ミスリル鉱山地帯の一角を跡形もなく消し飛ばした。その破壊の規模は、人工衛生郡のリアルタイム地形観測による【十秒前の世界地図】が描き変わってしまい、爆熱により上昇気流が生じて今夜の天気やらフライトレコードやらが崩れることになるのだが、当人は知る由もない。



「うぷっ」



 凄まじい吐き気に襲われ、喉元まで虹色がやってくるが、コウタはそれを良しとしない。



「まだ……!」



 拒絶する身体に無理矢理捩じ込み飲み込み押し込んだ。今の状況でエネルギーを少しでも無駄に吐瀉するわけにはいかないからだ。



「はぁ、はぁ……。どうせ、生きてるんだろ?」



 コウタは誰もいない虚空にそう問いかける。エネルギーを少しも無駄にしたくないのは単純に、まだ終わっていないからだ。影が視界の隅に降り立つ。



「流石にヒヤッとしたぜ」

「ほぼ無傷の奴が言うことじゃないよね」

「予兆なしの瞬間最大火力がこれか。血流したのはいつぶり――昨日か。そういやチョコ食いすぎて鼻血出てたわ」



 どこからともなく現れたユーリは先程までとは様子が違っていた。衣服が大半消し飛び、大事なところが隠せる程度にしか残っていないからだ。そしてさらに、少しではあるが出血の跡が垣間見える。とりわけ上半身の前面に傷が多い。しかしコウタを掴んでいたせいか両腕にはこれといった傷はなく、せいぜい肩口が少し焼けているくらいだ。



「かなりショックだよ僕は。一応本気だったんだけど」

「勇者だからな。俺は」

「理由になってないけど、僕はもうなんとなく納得してるよ」

「まぁお前の攻撃が生半可ってのもあるんだがな。そもそも肝心の砲身の変換効率が悪い。お前は無理やりオーバーロードさせることで瞬間的な威力を上げたみたいだが、エネルギーロスが多すぎる。お前の体温がいい証拠だ」

「いやいいんだ。これは。君と戦う為に必要だ」

「戦いになりゃいいが」

「とりあえずその顔をぶん殴りたい」



 そう言ってコウタは駆け出し踏み込み、ユーリの顔面目掛けて右ストレートを放った。



「全く怖気付いてないのは一目置いてやるが、それはただのヤケだろ」



 ユーリは何の変哲もない突きをしてくるスクラップ一歩手前のガラクタへ、呆れ気味に雷を放った。強くも弱くもないが、現にコウタは今までこれで止められている。しかし、今度の彼は一味違う。



「効かない! 立ち上がってる、拳も握った! あとは顔面をぶん殴るだけだー!!」



 雷撃が直撃しても、コウタは怯みも弛みもしない。むしろ拳は加速を続け、ついにはユーリの顔面をぶん殴った。



「あ……?」

「今のはアミスさんの――やっぱ僕のぶんだ!」



 灼熱の鉄拳で顔面を殴られようと、ほとんどダメージはない。それでもユーリの動きは止まった。さっきまで雷にのたうち回っていた硬いだけの雑魚が、直撃で怯みすらしなくなったのだ。必然動きも止まる。



「解せないって顔だね。……温度が高いと電気抵抗が上がる。理科で習った」

「……ぺっ。なるほどな」



 コウタの狙いははじめからフルブラストによる大ダメージではなかった。排熱機構のダウンによる、体表温度の維持。そして爆熱により電気抵抗を格段に上げ、ユーリとの近接戦闘を何とか実現させることだ。



「ヒートスキンとでも呼ぼうかな。いや、ヒートモードでもいいな。メニカは激アツゾーンって言ってたなそういえば」

「まともじゃねぇな」



 血混じりの唾液とともにそう吐き出すユーリ。疎ましげなセリフとは裏腹に、何故かその顔は笑みを浮かべていた。



「つい最近知ったんだけど、どうもまともな考えしてると戦いの場にすら立てないことがあるらしい」

「それは違いねぇ」



 けらけらと軽く笑うふたり。ひとしきり笑い合うと、示し合わせるわけでもないが、全く同時に構えをとった。



「第2ラウンドってとこか?」

「そうだね。第2ラウンドだ」



 鉄拳と雷拳が交錯するその瞬間、バスケットボール大の鉄球が落ちてきて、ふたりの拳の間にがちりと挟まった。



「は?」

「……チッ」



 状況を理解できないコウタは、拳を突き出したままぴたりと動きを止めてしまう。しかしユーリはそれがなんなのかを理解している様子で、既に落ちた鉄球に疎ましげな視線をやり、そして天に向かって叫んだ。



「止めんなシェリー!」

「また誰か来るのか?」



 コウタもユーリとは違う理由で同じく疎ましげな視線を天に向ける。しかしそこには誰もおらず、来る気配もない。はてなと首を傾げると、右肩をつんつんつんとつつかれた。



「へ?」



 振り返るとそこには、小さな女の子がいた。女の子はコウタと目が合うと、にこりと柔らかく笑って、こんにちはと挨拶をした。



「こんにちわ」

「こ、こんにちは……」



 どこからともなく、その女の子はいつの間にかコウタの背後に現れていた。その体躯は小さく、身長は140半ばくらい。幼さの抜けないながら整った顔は、警戒心を緩めさせるほど柔らかくにこやかな笑顔を浮かべている。そしてトンガリ帽子を浅めに被り、黒を基調とした衣装に身を包んでいる。



「魔女っ子……って今僕に触った!? 火傷してない!?」

「してないよ? きれいなおててでしょ?」

「あ、確かに綺麗なお手です……。おかしいなぁ、めちゃくちゃ熱いのに」



 確かに触れられた感触があった。温度も下がっていない。一瞬とはいえ火傷は必至のはずだ。しかし全くの無傷。コウタはまたも首を傾げた。



「お前着いてきてたのかよ。つーか邪魔すんな。こいつは危険なんだ」

「ばか。ユーリ。バカユーリ」

「いてぇっ!」



 鉄球はなぜかふわふわ浮いて、ユーリの脳天にごつんと直撃する。浮かせているのはシェリーだ。彼女は脳天を抑えて堪えるユーリを尻目にコウタの方に向き直ると、ぺこりと深いお辞儀をした。



「ごめんね、わたしの旦那が」

「旦那じゃねぇ」

「うるさいユーリ。アホユーリ。この人は悪い人じゃないよ。だって悪い人じゃなさそうだもん」

「理由になってねぇんだよ。……チッ」



 そう言うユーリだったが、構えをといて雷霆を纏うのをやめ、殺気すらも解いていた。



「え、終わり……? 僕を排除するのは……」

「もういい。コイツの勘はよく当たるからな」

「僕の命を賭した説得が勘に負けた……?」



 体を張って殴打に耐え雷霆に耐え爆熱に耐えたのはなんだったのかという気分に襲われるコウタだが、ひとまず落着したことに安堵する。その際にあわや膝が崩れ落ちそうになるが、そこは根性で耐えた。



 シェリーはコウタの顔をのぞき込むと、その目をじっと見続ける。コウタは心の奥底まで見透かされているような気がして、たまらず目を逸らしてしまう。



「キミ、名前は?」

「……コウタ。キガミ・コウタ」

「ふぅん。じゃあアッくんだね」

「いやどのあたりが!?」



 全くの関連性のないあだ名をつけられ、コウタは即座に否定する。しかしシェリーは何処吹く風だ。



「アッくんに質問ひとつしたからね。わたしにもひとつしていいよ」



 よくわからない理屈で逆質問を迫られ、コウタの困惑は続く。とりあえず当たり障りのないこと、と格好について聞いてみた。



「……なんでそんな格好を?」

「わたし魔法少女だからね」

「じゃあ、魔法を使えるんですか?」

「魔法が見たいの? いいよ、見せたげる」

「是非お願いします」

「――魔法、青ビーム」



 シェリーの指先から、青いビームがコウタに向けて放たれる。超速の熱波ではあるが特にダメージはなく、通り抜けるように過ぎ去って行った。



「……これだけ?」

「そーだよ。もっとすごいのはまた今度ね」

「ちなみに今の青い光はなんなの?」

「ん? 正確には違うけどガンマ線やら中性子線やらだよ」

「殺す気か!!!」

「ユーリにボコボコにされたのに五体満足で立ってるしこのくらいじゃ死なないでしょアッくん」



 死ななければ何をしてもいいという考えは改めるべきだとツッコミたくなるコウタだったが、そもそも自分も最近はその戦法をよく使うことに気付いてしまい、何も言えなくなってしまった。



「俺らは帰るぜ。悪かったな、色々と」

「ごめんねわたしの伴侶が。また今度改めて謝らせるね」

「伴侶じゃねぇ。おら行くぞ」



 シェリーの腕を引っ掴んで連れて行こうとする様は誘拐にしか見えないが、彼女に特に抗うそぶりはない。コウタは色々な関係性があるんだなぁ、とひとつ大人になった気がした。



「あ、そうだアッくん」



 連れ去られる寸前のシェリーは思い出したように、一言。



「アミスちゃんによろしくね」

「またな、コータ」



 そう言って、彼らは稲光と共に消えた。



「……アミス? 誰だっけそれ」

『いやひどくないですか!?』



コウタの脳内に直接アミスの声が鳴る。



「あ、やっぱり生きてたんですね。よかった……。いつ起きたんですか?」

『ほんのさっきですよ。可愛らしい女の子がやってきたあたりで。いい匂いしましたね』

「きっしょ。シェリーって子はアミスさんのことを知ってるらしかったですが、まぁなんにせよ無事でよか――」



 どさりと、コウタは糸が切れたように倒れた。鉛で出来た布団で覆われたかの如き感覚に襲われ、ぴくりとも動けない。



「体が動かない」

『どれどれ……わーお。流石勇者。コウタさん、中ズタズタですよ。よく立ててましたね』

「無我夢中だったので……暫くこのままですか?」

『そうですねぇ。救援は呼びましたがミスリルドラゴンの死体もありますし、回収班も連れてくるでしょうから30分くらいは待たないとですね』

「なる、ほど……。じゃあ後はよろしく……です」



 意識が朦朧とし、それに抗う気力もないまま寝こける。度重なった強敵との激戦に、全身全霊を尽くし精根尽き果て、ついに無敵の機械の身体も音を上げてしまう。コウタはマシンになって初めての眠りについた。実に起動から、33日と4時間2分ちょうどのことである。



『おやすみなさい、コウタさん』



 龍の遺体の傍らで爆睡をかましたコウタが回収されたのは、それから一時間後のことだった。

ありがとうございました。第一章は次のエピローグで終わりです。

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