no.011 弱者の意地
よろしくお願いします
「アミスさん、アミスさん、返事してくださいよ……!」
アミスからは依然として、返事がない。黒焦げの巨大クリオネとなってしまった相棒を大事に抱え、声を掛け続けながら、コウタはユーリから逃げていた。
「いつもみたいにからかってるだけなんでしょ。もう充分びっくりしましたから、だから……!」
タチの悪いドッキリにネタばらしを要求しても、やはりアミスからの返事はない。
まるで、本当にそうなってしまったかのように動かないし、いつものうるさい声も、電子音も駆動音も何も聞こえない。
「くそ、くそ、くそ……! なんなんだよアイツは……!」
激走しながら、コウタは閃光の主を思い返す。
――アミスは『雷の勇者』と言っていたし、本人もそう名乗った。そもそもこの世界における勇者とはどういった存在なのか、わからない。
けれども、自分が思っているような存在ではないことは、薄々勘づいていた。
コウタの思い描いているいわゆる物語上の『勇者』と同じであるならば、問答無用で攻撃はしてこないはずだからだ。
――迸る紫電が迫る。
「っ! また……!」
瞬間、重い金属がぶつかり合う、不格好で下手くそな二重奏が鉱山地帯にて奏でられる。ユーリの放つ雷霆と打撃に、コウタは為すすべがない。
「ハーク隊長と同等かそれ以上の打撃に、雷撃のオマケ付き……!」
都合十度になる正拳突きでコウタは山壁に叩きつけられるが、即座に立ち上がり、再び構える。伊達にここ一ヶ月、毎日ゴリラにボコボコにされてはいない。
ユーリはそれに感心しつつも、半ば呆れたように口を開く。
「やっぱ内部まで流れてねぇな。生意気に受身も取りやがる。遠隔操作……にしては接続切れてねぇのは妙だな。中に居んのか? だとしたら相当の耐久力だが。どちらにせよ平然と立ちやがる。ショックだぜ」
百メートル殴り飛ばそうが、地面に思い切り叩き落とそうが、雷霆を全身に浴びせようが、コウタはふらふらとしながらも、絶対に立ち上がってくるのだ。
ユーリの経験上、ここまでしぶとい相手ははじめてだった。
「これのどこが平然なんだ……!」
ガクガクと震える膝を指し、コウタは半ばキレながらそう返す。降って湧いた理不尽といつも受けている理不尽に対し、遂に我慢の限界が来た。
だが、ユーリからすれば知ったことではない。ただ己の一撃にこうも耐えるオートロイドが存在していることに少しばかり喜んでおり、次はどう殴ってやろうかと考えている。
「まだ平然のうちだ。俺に殴られて立てるうちはな」
ユーリの基本戦闘スタイルは、拳を主体とした近接格闘に、身体から発している超出力の電撃のおまけを加えたものだ。それは自然発生する落雷と比べても何ら遜色ない出力で、その膂力は200キロはあるコウタを容易く殴り飛ばし、一撃で己の数十倍はあるドラゴンを落としてみせる。常人ならば、既に五十回は死んでいる。それに耐え、生き残り、あまつさえ決して折れずに立ち上がる姿は確かに、平然であると評さざるを得ないだろう。
「……それはどうも。というかそろそろ殴るのをやめてもらって、話し合いでもしたいんですが!?」
「よく言うだろ? 拳で言葉を交わすと。それだ」
「今のところ君が一方的に殴ってるだけだから! 交わしてないから!」
「細けぇヤツだな」
そんなやり取りながら、実はコウタは少しばかり安堵していた。手も足も出ずにボコボコにされてこそいるが、話が通じ、続いている。手も足も出ないのはいつものこと。耐久以外での時間稼ぎが可能である分、ドラゴンよりはマシな相手だと感じていた。
しかし、同時に不安もあった。アミスの件だ。
「……こんなとこで死なれるのは困りますよ、アミスさん」
ユーリのファーストコンタクト以降、アミスからの応答がない。いつもならうるさいくらい存在を主張しているのに、今はまったく音沙汰無い。
流石にこれはコウタも不安に思ってしまう。
なんやかんや頼りになるアシスタントの生死が不明。ハークですら届かなかった勇者の座に着いている一人。現状で手も足も出ない。
以上の事から、ある結論を出した。
「無理では?」
多勢に無勢、万事休す、風前の灯。正確な意味はともかく、コウタの脳内にはそんなネガティブな言葉しか思い浮かばず、どう足掻いても惨殺処刑される未来しか見えなかった。
できることはできるだけやるを信条にしているコウタだが、何もできないと判断した場合は、逃げることを躊躇わない。
「逃げよう」
コウタは逃げる準備を始めた。まずは時間稼ぎと意識を逸らすためにユーリに言葉を投げかける。
「……本当に勇者なの?」
「自分で言うのもなんだが、有名な方だぞ俺は。モノを知らねぇ奴だな」
「だって頭に変な飾り着いてないじゃないか」
「どうなってんだお前の勇者像」
勇者といえば頭に変な飾りをつけ大体ゴテゴテした剣を持っていたりして、そして鎧は着ないことが多いイメージをコウタは持っていた。
しかし、この世界における勇者とは、巨悪から世界を救う救世主、といった認識とはかなり違う。そもそも成り立ちや在り方すらも違う。
「勇者ってのはただの称号だ。自己中心的で空気を読まずに壊滅的に非現実的な志を掲げているイカレポンチどものな。どんな格好をしてようが関係ねぇ」
「じゃあ君はイカレポンチだから勇者ってことか」
「納得いったようでなによりだがその納得のされかたは腹立つな」
「僕も君にムカついてるからおあいこだね。それじゃあ、僕こっちなんで、さようなら」
コウタは流れるような言動と仕草でそそくさと、そしてすたすたとユーリの傍らを当然のように歩いてゆき、そのままフェードアウトを試みる。
しかし当然、咎められてしまう。
「おい待てオートロイド。まだ話は終わってねぇぞ」
「……僕はしがない野良オートノイドなので気にしなくていいですよ勇者様」
「俺が気にする。取り敢えず怪しいヤツはぶっ飛ばして連行するのが規則でな」
「そんな規則があってたまるか!」
「マジであるんだなこれが」
【全人議会】により様々な特権を与えられている勇者には、当然様々な義務がある。そのひとつは、ある程度の平和の維持である。
勇者規定第二項
『勇者はいつ如何なる時も、平和の為に務める努力をしなければならない』
しかし、平和の基準は勇者それぞれで、街の喧嘩程度ならば止める勇者もいれば、止めずに傍観する勇者、むしろ発破をかける勇者、参加してどっちもボコボコにするユーリなどがいる。
そして、そんな義務のひとつ。非領域区の安定化である。非領域区はその性質上、無法者や危険生物の巣窟になりやすい。
だから彼はこのミスリル鉱山へドラゴンを退治しに来たし、怪しいヤツのコウタをボコボコにしているのだ。
「それにしたって殴ることないのでは!?」
「これも理由がある。こんなヤベぇとこにいるヤツは大抵ヤベぇヤツだ。だから意識を奪ってから連行する。連行中に暴れられたら困るからな」
「ぐ、筋は通ってる気がする……!」
どうにか唯一通じそうな口で諭すことは出来ないかと試みるが、逆に諭されてしまうコウタ。勇者は揺るがぬ正義を持つがゆえ、そこそこ弁が立つのだ。
「というか事情聴取ならまず殴る前になにか聞いてくれ! 有無を言わさず十回殴られたけど!」
「ひとまずボコしてからってのが俺のやり方だ。怪しきは罰する」
「ならせめて罪状くらい読み上げてくれ……!」
「おっと、それは忘れてた。悪いな。ついさっき、この辺りから成層圏を抜けるほどの光の柱が放たれた。近くに居たのがちょうど俺だから要請で調査に来たら、すると大量のスクラップとお前、ついでにドラゴン。荒れ果てたこの惨状を見て、唯一の生存者のお前に聴取してるって流れだな。やったろ?」
「やっ……てない」
「じゃあ溶けるでも鋭く抉れるでもない損傷があるこのスクラップどもはなんだ?」
ユーリが電磁力で浮かすそれらのスクラップは、先程コウタがエネルギーを爆裂させて吹き飛ばしたオートロイドだ。内部から無理矢理破裂されられたような損傷をしている。
「……自爆でもしたんじゃないですか? ほら、そういうのロマンらしいじゃないですか」
コウタはそっぽを向きながら濁す。
アークのこと、とりわけフォース技関連はできるだけ内密にすると、メニカとアミスの両名と決めたのだ。彼が生身ならまだしも、人権が曖昧な完全機械人間だ。物扱いされ、国の所有物としてアーク諸共管理される可能性があるからだ。
「なにか隠してぇことがあるらしいが、とりあえずお前は証拠ロイドとして突き出す。所有者は誰だ? 製造元は何処だ?」
ユーリは声音こそ穏やかだが、その目の奥はコウタへの疑惑で埋め尽くされている。その疑いが強まるほどに、雷の拍動は少しずつその勢いを増していく。
「だから僕じゃない! ミスリルドラゴンがやったんだ!」
「確かにドラゴンが暴れ回ったような形跡はあるが、お前がドラゴンを触発した可能性もある。疑わしきは死刑だ」
「勇者のくせに慈悲の心ないのか……!?」
「使いどきじゃねぇからな」
世界を救う為には倫理を完全に無視し、悪を容赦なく完膚無きまでに叩き潰すしかないと主張するイカレポンチもいる。ユーリはそれに比べれば随分と優しい方だと自負している。何故ならば、完全な独断で処刑執行なぞしないからだ。
そんなことを思い浮かべながら、彼は言葉を続ける。
「それに――」
勇者と称号付けられる人々は皆、ある意味では世界を救おうとする。しかしそれは人類の為でも、大義の為でも、世界の為でもない。ましてや世界を脅かす巨悪がいるわけでもない。はじまりの勇者は、自分のことを、ただそういう生き物だと評した。
自分の起こした正義の結果からどんな批判や処罰を受けようとも彼らは絶対に止まらない。生物に生殖本能があるように、ただ自分の存在意義を確立する為、その為だけに世界を救う。あくまで一個体の存在としての本能ゆえだ。
「それを求める奴は皆、俺の敵になる」
そう言ってユーリは一歩、脚を開く。ざり、という砂利を踏みつけにする音だけが静かに聞こえる。コウタには、彼の顔がどこか笑っているようにさえ見えた。
「なるほど。それなら慈悲なんて要らない。それじゃあ僕こっちだから――アディオ!」
早口で捲し立てたついでに地面を爆裂させ、コウタは駆け出す。メニカの元に駆け付けたときよりも、ハークと戦ったときよりも、ミスゴンに迫ったときよりも遥かに早く、強く、地面を蹴り付けた。火事場の馬鹿力とでも言うべきか、初速で最高速を叩き出す必死ぶり。純然たる命の危機は、かつてないパフォーマンスを引き出させる。
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ……!!」
乱れぬ筈の息を乱しながら、コウタは更なる酷使を自身の両脚に課す。任務を放棄して敵前逃亡とは懲罰ものだが、勇者を相手にした場合は違う。むしろ余計な被害を出さないため、迅速に撤退をするのだ。ハークやメニカですら逃げろと言う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
コウタは滅多に感じない疲労感に膝を折り、必要もないのに全身で息を整える。少し遠くで雷鳴が轟く音と、ユーリの叫ぶ声が聞こえた。
「逃げることしか出来ねぇのか? いちいち隠れてめんどくせぇ。一帯丸ごと消し飛ばしてやろうか!」
ユーリの脅しに、コウタはもはや屈しなかった。怒りを含ませながら、吼える。
「どうせ君みたいな電気使いはなんかレーダーみたいに人の場所がわかるんだろ! 逃げないからちょっと待ってろ!」
ユーリからの返事はない。ないが、コウタはこの沈黙を肯定とした。周囲のエネルギーが特に乱れていないのも、判断材料として起因している。
「――あった」
ミスゴンとの一件で瓦礫に埋もれた上、色々あって吹き飛ばされて行方知れずとなっていたリュックを見つけた。ぽつんと岩肌に打ち付けられていた。
中身を全て引っ張り出し、そこに動かないアミスをそっと入れる。
「……アミスさん、メニカならきっと治してくれます。リュックの中ですが、野晒しよりマシでしょう。待っていてください」
相変わらずアミスはうんともすんとも言わない。コウタはそれに若干の不安を抱いた。しかし、すぐに首を横に振った。そして、立ち上がって。
「いってきます」
アミスにそう言い残し、拳を握った。
「よう。もう済んだのか?」
「……おかげさまで」
コウタが岩陰から姿を現すと、ユーリは仁王立ちで突っ立っていた。
「しっかし、二足歩行でここまでの速度を出す意味はあんのかね。タイヤでもつけりゃもっと速いだろうに。作った奴アホか?」
「!」
「そら、間合いだ」
何度目かになる雷拳。しかし、今度のコウタは一味違う。地面が陥没するほど踏ん張り、雷撃は歯を食いしばり気合で堪え、怒りの籠った眼差しでユーリを睨みつけた。
「……やっぱり二発だ。二発ぶん殴る」
「は?」
「フンッ!」
震える脚を地面に叩きつけるようにめり込ませ、コウタは構える。普段はアミスのことをどうしようも出来ない厄介者扱いしているが、ほぼ一心同体の存在だ。憎みこそすれ、多少どころかかなりの仲間意識が芽生えている。
「確かにアミスさんはどうしようもなくバカで人権意識の欠片もない鬼畜オブ鬼畜の天然ボケの僕のアシスタントだし、僕より僕に詳しいのに強敵を前に居なくなるなんてアシスタント失格だけど、君にだけはそれを言わせる訳にはいかない」
「お前の方がボロカスに言ってんじゃねぇか」
相棒が倒され、あまつさえその犯人に罵倒される。コウタは珍しく怒っていた。怒り心頭、今にも握った拳が出そうだった。
しかし。
「しかし……そうか、そいつはお前にとって大切な奴なんだな。知りもせず悪く言ってごめん」
「……へ?」
想像もしないユーリの素直な謝罪にコウタは毒気を抜かれてしまう。全くの予想外だった。
「なんだ、俺が人の心もなにもない鬼畜だとでも思ってたのか? 自分で言うのもアレだが俺は口が悪いだけだ。悪党はどんな事情があろうとボロクソに言ってやるが、お前は変なだけで悪くはない。だから謝った」
その率直な謝罪により、コウタの怒りはどこかに霧散してしまう。
「だが、それはそれとしてお前は連行する」
「でしょうねっ……!」
コウタはユーリの拳を防いだ。先程のように力づくで堪えたのではなく、しっかりと腕で阻んで防いでみせた。雷の痛みと痺れこそあるが、姿勢を崩されていない。
「僕もそれはそれとして、君のことはぶん殴るって決めた」
「上等」
迎え撃つ拳と拳。鋼と雷がぶつかり合い、響音と雷霆が炸裂した。
ありがとうございました




