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no.010 十億分の一

 


 龍の逆鱗に触れるを地でいった結果、ミスリルドラゴンは当然のようにブチ切れた。先程までの牙や爪による攻撃は手心を加えられていたのだと、コウタは痛感していた。ミスゴンが大口を開けたその中に、煌々と輝く小さな太陽のような恐ろしげななにかが見えているからだ。



「なんだあのヤバそうなの」

『高熱源反応感知! ドラゴンからです! そして魔素の流動が激しくなってます!』

「つまるところ?」

『魔法的効果のあるブレスが飛んできます! 下がってください!』

「脚、抜けろ……抜けた!」

『全力ダッシュです!』



 コウタは地面を蹴っ飛ばし、全速力で駆ける。そのすぐ後、ミスゴンは己の逆鱗諸共、コウタのいた場所を焼き尽くした。



「ドラゴンブレスだ! すごい!」

『感心してる場合じゃないですよ! ただ火を吹くだけならともかく、竜種は魔法効果のあるブレスを使えるのもいるんです! ミスリルドラゴンもその一種で、ミスリル化の魔術反応を引き起こします! ほら、せっかく逆鱗をぶち抜いたのにブレスで回復してます! ちなみにバリアは使えません!』

「え、バリア使えないんですか!? 僕の唯一の魔法っぽい技が!」

『コウタさんのバリアは生じたエネルギーを奪えても、本来持つエネルギーや性質は奪えないんです! 化学反応で生じたぶんのエネルギーは奪えますが、化学反応そのものを阻害することや、原子間に働く力を止めることは出来ないんです! それは魔術反応でも例外ではありません!』

「???」



 ドラゴンの放つブレスは内部の魔素袋と脳波を反応させ、魔術反応を起こしている。学会によれば魔法に近しいもの、あるいは魔法を使っているのではないかとされている。ミスリルドラゴンの放つそれは、触れたものを準ミスリルに変換するという効果の魔導現象を引き起こす。それはバリアを形成している粒子も例外ではない。



「つまりどういうことですか?」

『ミスリル化そのものは防げないんです!』

「な、なんだってー!」

『どうしましょう! 逃げるか耐えるか……! アルヴェニウムは当たってもミスリル化はしないでしょうが、熱によるダメージは免れませんし、関節とかにミスリルの粉末が詰まったら洗うの大変ですよ! 動きも鈍くなりますし!』



 全ての物質がミスリル化するのではなく無論例外もある。たとえばコウタのボディを構成するアルヴェニウムはもろに直撃したとしてもミスリル化はしない。しかし、それはあくまで起きる現象に限った話だ。ブレス本来の熱や衝撃のダメージはある。



「熱いのはもう当分嫌ですね。あと動けなくなると戦えなくなるのでそれも却下ですね……この辺りか?」

『じゃあ逃げつつ避けつつ様子を……ってなんで止まるんですか!? ヤケになるのは早いですよ!』

「まぁ見ててください。機式剛術、岩返し!」



 ミスゴンからある程度距離を取ると、コウタは立ち止まってしまう。そして右足を強く踏み込んだ。岩盤がおよそ2メートルほど抉り返される。それは立ちはだかる壁となり、ミスリルブレスを遮った。



「バリアを添えて……と」



 岩の表面は瞬時に準ミスリルと化し、どろどろに溶けこそはしていないが、それでも削り壊されるのは時間の問題だ。そこでコウタは、バリアを掘り返した岩にそっと添えた。



「よし、これでどうですか?」

『今のなんですかコウタさん! カッコイイです!』

「ハーク隊長に教わった技のひとつです。脚力を活かせと。なんかこういい感じに力を加える梃子の原理的なアレです。隊長は何気なくやってましたけど力加減が難しくて……。これ出来るのにまる三日かかりましたよ」

『私としては全部活かして欲しいですが、これならなんとか……! それにバリアに触れさせて間接的にエネルギーを奪うってのもなかなかいいアイデアだと思います。メニカちゃんの言ってたのを利用したんですね。このお岩さんも長持ちするはずです!』

「まぁ言わばウィンウィンの関係ですね」

『お岩さんからすれば勝手に叩き起されて勝手に盾にされて勝手にエネルギー奪われてるんですけどね』

「資本主義なんてそんなものでしょう。偽りの価値を押し付けて対等に見せるだけで、その実搾取されているだけってのはもはや基本となりつつあります」

『急に何を言い出すんですか。そんなんじゃありませんよ多分』



 ミスリル化を岩に受け持ってもらうことでバリアの崩壊を防ぎ、かつバリアでエネルギーを奪い続けることで岩を長持ちさせる。メニカがコウタに提唱した【AFBの性質を応用した装甲強化プラン】を参考にしたものだ。彼は当初こそ彼女らの呪文の前には虚空を眺めるしか出来なかったわけだが、一ヶ月も聞かされ続けると存外少しは把握できるようになっていた。



『コウタさんどうですか、勝てそうですか?』

「勝てるイメージはわかないですね。そもそも硬すぎる。逆鱗は結局突いても怒らせただけで大したダメージはなさそうですし、なんなら治ってます。結構強めに蹴ったのに。速さは今のところ勝ってますが、入り組んでるから飛べてないだけで走って逃げようものなら凄まじい速さで飛んできそうです。参考までにドラゴンの時速どのくらいですか?」

『そうですね、種類によってまちまちですし鋼龍は遅い方ですが、それでも飛行時は亜音速に近いですね。飛び方も魔力を推進剤にしてるとかで飛行機に近いです』

「……ガス欠狙いの泥仕合になりそうだなぁ」



 やがてミスリルブレスが止むと、コウタはバリアを消してそろりと岩陰から顔を出す。しかしすぐさま、またもや警告音が轟いた。



『高熱源反応!? しかもさっきより温度が高いです!』

「もう!?」

『回避不能、衝撃に備えてください!』



 満足に回避もできず、炎球がコウタを飲み込んだ。炎が散らず一点に集中するそれは、熱が篭もり纏わり付く魔術式が組み込まれている。



「熱っっっつ!!」

『瞬間温度摂氏三千度オーバー! 内部冷却フル稼働です!』

「寒っっっむ!!」

『我慢してください! 温度を下げても消えない……! なら、洗浄水!』



 コウタは冷却機能と馬鹿げた耐久力によりダウンを免れ、ボディ用の洗浄水によりなんとか鎮火する。しかしミスゴンの猛攻は終わらなかった。



『高熱源反応、またまた来ます!』

「またぁ!?」



 薙ぎ払うように炎が放たれると、岩は溶けだし溶岩となり、まるで地獄の様相を見せた。温度とは初撃に及ばないが、燃焼時間と延焼範囲が大きい。初撃の速さと範囲では不意打ちでなければ当たらないと悟っているからだ。しかしコウタは今度は焼かれず、炎の隙間を走り抜けてまたも岩陰に隠れた。



「不意打ちじゃなければ避けれるけど、こう連発されちゃ近付けるものも近付けない……!」

『……なるほど、ミスリル化を用いなければその分の魔力リソースを火力に回せますし、効果を熱源増大の単一に絞って魔術式を単純にすることでブレスの高速化を実現してるんですね』

「はやいうまいやすいってことか……」

『そういうことです』



 コウタらが隠れた岩陰は実はミスゴンに誘導させられて隠れた場所だ。ミスリルブレスで辺りの邪魔なものをミスリルにして溶けやすくし、火球で視界を狭める。間髪入れずに広範囲のブレスでミスリルを溶かし、逃げ場をひとつに絞る。そして三撃目、トドメの一撃だ。



『コウタさん、第三波が来ます! 恐らく一帯を消し飛ばすレベルの奴が来るかと! バリア再使用可能までおよそ一分半、どうにかして時間を稼いでください!』

「どうにかって……。まぁ、やれるだけやってみます」



 コウタは怒り荒れ狂い炎を撒き散らすミスゴンに対して、実はそれほど恐れていない。言うほど命の危機も感じていない。ハークと対峙した方がもっと恐ろしく、もっと危機感があるからだ。伊達に一ヶ月もの間、死線で反復横跳びをしていなかった。



「そういえば、あれは二週間前だった。実験で今みたいなうだる熱さに晒されて、その状態で隊長と組手をした。というかなんであの人は生身であの熱さに耐えてたんだ?」

『えっ!? この状況で回想入るんですか!?』



 この状況を打破すべく、コウタは呑気にも一ヶ月の地獄の、とある一幕を思い出していた。



 〜〜〜〜



「コータよ。お前のそのバリアが効かず、かつ避けることもままならない攻撃には、どう対処する?」

「寝返ります」



 脳天に拳骨が炸裂し、コウタは地面にめり込んだ。



「痛い!」

「真面目に答えろ」

「えっと、うーん……。僕の場合は多分喰らいはしても死にはしないと思うので、何回もくらって死に覚え的に打開策を見つけます。それにデータさえあればアミスさんとメニカがなんとかしてくれるでしょうし、そんなヤバいやつは釘付けにするだけでも他が楽になるんじゃないかと」

「ふむ、素人上がりにしては悪くない答えだ。だがもっと確実に、かつお前一人でどうにか出来る手がある。それに特別な技術も必要ない」



 部下を地面に埋めながら話を続けるハークに、それをもはや気にも留めないコウタ。頭のおかしい空間が繰り広げられているが、この後それはもっと酷いものになる。



『ふたりとも、ちょっと実験に付き合ってくれない?』

『Gシリーズ試作一号機、アミス行きまーす!』

『耐熱可動性やらを見たいから、とりあえず火の海にするねそこ』



 スプリンクラーから油が巻かれ、コウタらの回りが火の海になった。有無を言わさぬ早さで火刑に処されたが、この師弟は文句ひとつこぼさない。



「暑い。というか隊長は大丈夫なんですか?」

「コータよ。筋肉があればこの世の大抵は解決出来る」

「あ、来ましたよ」

『全速前進!』



 紅炎の中をアミスが操縦する試作オートロイドが駆け迫る。ハークは未だ埋まっているコウタの頭を掴むと、軽く引きずり出した。



「さて、話の続きはお前を振り回しあのマシンに打ち付けながら続きをするとしよう」

「いや振り回す意味は? 普通に戦って普通に話しましょう……なんて握力だ。取れやしない」

「コータ、コンビネーションとはこういうものだ。互いを活かすというのはこういうことだ。覚えておけ」

「絶対違うと思うんですけど。活かすどころか死にそうなんですけど」



 コウタはこの二週間、否。初めの三日で既に己への雑な扱いに慣れていた。それは火の海の中鋼の機兵に向けて振り回されながらでも会話が成立する程だ。



『ダメだよコータくん。死んじゃヤだよ』

「そう思うならこの地獄をどうにかして欲しい。火はいいけどこのゴリラをどうにかしてくれ」

『コータくんが死なないためのものだからだーめ。あとそのゴリラをどうにかしたいなら強くなるしかないね』

「死なない為に死にかけるとか意味がわからないんだけど」

「何かを得るためには相応の対価が必要ということだ。歯を食いしばれ」

「……ゴリラめ」



 〜〜〜〜



『いやー、あれは楽しかったですね。また操縦したいです』

「結局あの後、一人でどうにでも出来る手ってのをゴリラ隊長は教えてくれなかったんですよね」

『回想の意味は!?』

「まぁそれはさておき、僕らがこれからやるべき事が分かりました。多分脳筋ゴリラのことなので、あの時言おうとしてたのもおそらくこれです」

『ほほう。その心は?』

「言ったでしょう? 脚を活かすと!」

『つまり、いつも通りということですか?』

「そういうことですね」

『わざわざ回想聞いて損しました』

「その返答は期待通りです! コウタ行きます!」

『あーもう……! メニカちゃん特製タングステンスパイク展開!』



 コウタは全裸から、靴を履くくらいの文明レベルを手に入れていた。全裸に靴のみという変態ファッションである。硬く鋭いスパイクは地面をしっかりと掴み、コウタの脚をより活かす。崩れた地面を慣れた様子で抜け、最短最速でミスゴンへ向かう。



『熱源増大! ものの数秒で発射されると推測されます! 周辺温度、一万度を超えました! ……ほんとに狙うんですか!?』

「そりゃあもちろん! あんな恐ろしいモノを止めるんですから、リスクを背負わないと!」

『……なんかコウタさんがおかしい。まるでハイになる薬でも――あっ!!』



 そこまで言って、アミスは気付く。ドラゴンのブレスには魔力エネルギーがたっぷり含まれていることに。コウタはその魔力エネルギーを吸収してしまったということに。そして、彼は魔力を過剰摂取すると酔っぱらうということに。テンションが高めだったのは、魔力を摂取しすぎて酔っていたからだ。一瞬それに戸惑ったが、深く考えるのがアホらしくなったのか、思考を止めた。



『まぁいっか!』



 酔っ払うといっても三半規管に影響はない。ただただ気分がふわふわして細かいことを考えられずに、めちゃくちゃ大雑把になるだけだ。コウタは酔いにより微塵たりとも躊躇する様子もなく、ミスゴンの脚元に辿り着いても走り続けた。脚に脚をかけ、そのまま力の限り駆けていく。つまり、ミスゴンの身体を走り登っているのだ。



「どおおらあぁ!」

『コウタさん、壁走り出来るようになったんですね!』

「睡眠必要ないですから!」

『答えになってませんけどまぁいいです!』



 ハークとの修行は主に受け身の特訓と走り方に注力されていた。岩返しと穿脚はひとつくらい技を教えろとメニカが騒いだゆえの措置だ。不安定な地面でも一定の速度を保ち、壁さえも駆けられる様に、文字通り寝る間も惜しんでコウタは訓練した。



「喰らえミスゴン! 機式剛術!」



 ほぼ直角、なんなら反り返っているミスゴンの長い頚椎を駆け、例の如くコウタは自らを弾丸と化す。そしてエネルギーを込めた右脚で、その顎を蹴り穿った。



初動潰し(イニシャル・ブレイク) !!」



 雷が落ちたかのような轟音。その音と共に、ミスゴンの顎は大きくかち上げられていた。直角よりも大きな角度にならなかったのは最強種としての意地か。



「ガッ……!?」



 金属製の甲殻が大きく凹み、ミスゴンの脳に決して少なくないダメージを与える。発射寸前だったブレスは制御不能のまま真っ直ぐ天に放たれ、一条の光が柱のように天と地を繋いだ。



「受け身!」



 コウタはミスゴンの天に向かう死のゲロを見届けながら、こなれた様子で受け身を取る。落下程度でダメージはないので素早く起き上がる為の受け身だ。



『妨害成功です! それで、普段の前蹴りとどう違うんですか?』

「まぁ同じですね」



 仰々しく技名をつけてはいるが、要はただの先制攻撃である。一応通常のそれとは違い、妨害を目的としているので相手が攻撃態勢に入った場合にのみ成立する。また、初動を潰せばいいので攻撃方法はキックに限らない。



「さて、どうするか……」



 攻撃が全く通じないということはなく、対応も出来る。倒せると自惚れているわけではないが、どうしようもないわけでもない。この一ヶ月は地獄を見た。恐らく帰ってからも地獄を見る。それに比べればコウタにとってこの状況は、充分になんとかできる可能性がある状況であった。



「グルルルル……」



 束の間の静寂。ミスゴンはコウタを鋭く睨めつけながら次の策を考えていた。

 産卵の為に帰って来た故郷は人の手により、彼女にとって都合のいい餌場となっていた。製錬された金属は滑らかで味も良く、無くなれば無くなるだけ追加され、途切れることもない。もうすぐ産まれる我が子を訓練させるにも適した場所だろう。そして、極上の餌が運ばれてきた。今まで嗅いだことも無い匂い、聞いたこともない音、触れたこともない硬さ。我が子を迎えるに相応しいご馳走が来たと、つい先程までそう思っていた。そして、静寂を裂くように、晴天に雷鳴が轟く。



「グオオォォォ!!」



 雄叫びを上げると、ミスゴンは翼を大きく広げる。そして暴風と共に浮かび上がり、百メートルほど上空で止まると、そこから旋回しながらコウタを見下ろした。



「飛ぶとかズルくない? さすがにあんなに高くは跳べないぞ」

『帰ったらメニカちゃんに飛行装置作ってもらいましょうね』



 呑気な会話を広げるコウタらに狙いをつけながら、ミスゴンは弾丸のようなスクリュー回転をはじめた。それは回れば回るほど速くなり、次第に空気さえも巻き込み始める。



「なんかぐるぐる廻り始めましたよ」

『あれはドラゴンヘルスクリューの構えですね。ワニのデスロールの強化版みたいな感じで、周囲ごと獲物を抉り削り取りついでに殺す技です。あれを使うってことは強敵認定されてますよ』

「よし、逃げましょう」



 コウタは踵を返し、出来るだけ遠くに逃げようと足に力を込めた。瞬く間に走り出すつもりだったが、アミスが一言「あ」と口にしたせいで、その場に留まってしまう。



『あ』

「今度はなんですか?」

『違いました。周辺磁界が大きく歪んでるので、ドラゴンヘルリニアスクリューでした。具体的には普通のヘルスクリューに電磁加速をつけてより殺傷力と範囲を上げたやつですね。磁力による追尾機能もついてますし、なんなら磁力で拘束もできます』

「あーなるほどなるほど。だから周りにオートロイドの残骸が浮いてるのか」



 コウタはあえて見なかったことにしていた事実を受け入れる。実はミスゴンが浮かび上がった辺りから、視界の隅で無数のスクラップたちがふよふよ浮き始めていたのだ。そして、数多のスクラップが全方向からコウタに襲いかかる。



「あっぐぅ!」



 足を止めていたため、いとも容易く無数のオートロイドのスクラップによって拘束されてしまう。それらは互いにより硬くより強く結び付き合い、コウタの膂力すらものともしない強固な拘束となる。



「重い……!」

『すっごい圧力です! コウタさんの膂力でも抜けるのは無理かと!」

「どおりで指しか動かないわけだ……!」



 磁力の強さも相まり、コウタにかかる重さは実に20トンはくだらない。周りのスクラップたちがミシミシと音を立てるのを聞かせられながら地面に磔にされている。ミスゴンはさらに回転を続け、やがて翼が止まって見えるくらいの速度で回り始めた。



『さっきよりぐるぐるしてます! 想定される破壊力はちょっとした隕石並みかと!』

「直撃しても死にはしないだろうけど、めちゃくちゃ痛そうだなぁ……! バリアは?」

『バリア再起動まであと一分は必要です! このままだと食べられちゃいます!』

「僕って消化器官に耐えられますかね?」

『多分消化されきる前に排泄されます!』

「それは嫌だ!」



 ぞんざいな扱いに慣れきっているコウタでも、流石に排泄物にはなりたくないようだ。

 そんなコウタの思いも知らず、ミスゴンは回転数と勢いを増し、吹き荒れる暴風は大きくなっている。雄叫びを上げ、それさえも掻き回す。



「グルルルルォォォ!!」



 三度、晴れ間に雷鳴が轟いた。全てが白で埋めつくされ、コウタの視界は一瞬眩んだ。だが機械の目はそれにすぐ慣れ、その光景を焼き付けた。



「ガッ……!?」



 天から落ちる光の槍が、ミスゴンを貫いていた。



「落雷……!? 晴れてるのに!」



 雲こそまばらにあるものの、それは白くて薄い。とても雷が育ちそうにはない。文字通りの意味でも青天の霹靂で、コウタは錯覚かなにかと疑った。



『魔素濃度が高いと雲がなくても雷霆が出来ることがあるんです。まぁそもそもミスゴンは全身が導体の鋼龍ですし、ノーダメージで――』



 しかし、先程まで対峙していた屈強な白龍が焦げて落ちてゆくその光景は、間違いなく現実だった。



『鋼龍が落雷で……?』



 ミスゴンの基本種であるメタルドラゴン、通称鋼龍は全身を金属でびっちりと隙間なく覆われており、電気は外装を走るだけで内部にはほとんど伝わらず落雷程度ならばほぼ無傷で済む。しかしどうだ。ミスゴンは現実に落雷と共に焦げ、落ちてゆく。



『まさか!』



 アミスはあるひとつの可能性を見出してしまう。それは希望という意味ではなく、どちらかといえば絶望に近く、いつも能天気な彼女にすらとてつもない焦燥を与えた。



『コウタさん、今すぐ逃げてください!!』

「逃げろったって……! ええい、エクスプロード!」



 文句を言いつつも、コウタはタイムラグなしでその指示に従う。アミスが焦るその様子にただならぬ何かを感じたからだ。全身からエネルギーを炸裂させ、拘束を物理的に破壊して無理やり脱出する。



『ダッシュですダッシュ!』

「なにがなんだか……!」



 現状落雷を見たアミスが大慌てしているだけだ。コウタは疑問に思いながらも、落ちたミスゴンに背を向けて全速力で駆け抜ける。



「アミスさん、なにが起きてるんですか!?」

『いいから離れてください! 無事に帰れたらお話します!』

 


 バチリ。コウタの真隣にスパークが駆ける。

 それは、何かを確かめるように幾度か繰り返し、繰り返す度に拍動が大きくなっていく。



『あぁ! まずいです……! 来ます!』

「だから何が!?」



 その閃光は最高速度で駆けるコウタに容易く追従し、やはり次第に大きく、速くなっている。



『雷の勇者――』



 次の瞬間、アミスは轟雷に貫かれていた。ぷつりと糸が途切れたように、落ちる。コウタは咄嗟に手を伸ばすと、なんとか地面に激突する前に彼女を抱えることができた。



「アミスさん……!?」



 艷めくほど白かった体表は融解や焦げによりあちこちが黒く染まり、いつもうるさいと感じていた声も、内部機構の駆動音も、電子音も、何も聞こえない。



「返事してください! アミスさん! アミスさん!」



 機械に対する知識をろくに持たないコウタには、その名を呼ぶことしかできない。しかし、返事はない。

 そして無慈悲にも、稲妻は煌めき轟く。その雷鳴を脳が認識する前に、コウタはその場から吹っ飛ばされていた。



「がっ……!?」



 飛びながら、コウタはなぜだか冷静に状況を分析出来ていた。


 ――衝撃がふたつあったが、触れられた感触はひとつしかない。そして、ほぼ同時に二回。ひとつは隊長に殴り飛ばされるのとよく似ている。おそらく殴られたのだろう。そしてもうひとつは、まるで雷でも直撃したように、体の芯まで一瞬で衝撃が駆け巡っていた。



「がっ、べっ、アミス、さん……!」



 コウタは岩をいくつか破壊しながらもなんとかアミスを抱え、百メートルほど飛ばされたところで、大きな山にぶつかってようやく止まる。右頬に残る激痛の余韻が、殴られたことだけは伝えてくれた。



「……生きてる」



 全身に残る痺れと衝撃の余韻に耐えながら、コウタは抱き抱えたアミスに異常がないかを確認しながら立ち上がる。

 ぶん殴られ、ぶっ飛ばされることに限ってはこの一ヶ月誰よりもやった。この程度でへこたれる鍛え方はしていない。それでも驚きはした。ハーク以外に自分を殴り飛ばせる人間が存在するとは思いもしなかったからだ。



「誰だろう。ろくなやつじゃないことは確かだけど」



 視線の先、銀髪の少年が歩いている。歳の頃はコウタとそう変わらないし、至って普通の青少年だ。放つ烈気は比べ物にならない。まるで百戦錬磨の達人が如き、それはちょうどハークに近い。アミスの言葉通りに受け取るならば、彼の少年は雷の勇者で、周りの青い光は雷のそれだ。肘から手の先までを、とても重く硬そうな質感の黒い篭手が覆っている。



「まさかこんなところで裏切り者に会えるとはな。ツイてるぜ」



 彼はそう言うと、ニタリと笑ってみせる。しかし顔は笑ってこそいるが、目の奥には怒りが迸っていた。



「……裏切り者?」



 その言葉をただただ反芻する。コウタからすれば勘違いにも程があった。裏切ったなどという心当たりは全くないし、そもそもこの少年に会うのだって初めてだ。都合よく記憶でもなくしていない限り、そんなことはありえない。その心中での主張は合っていたようで、少年は声を聞くと首を傾げた。



「あん?」



 コウタをじろりと睨めつけ、そして再び首を傾げる。想定していたものとは違っていたらしい。暫し考えるような仕草を見せて、そして訝しげな表情で口を開いた。



「……誰だテメェ」

「それこっちのセリフなんだけど!?」



 思わずいつもの調子が出てしまうくらいには突拍子もなく納得のいかない発言だ。仮に裏切り者に似ていたとかならば、殴られても仕方がないとコウタは考えていたが、どうやら一目見た程度でわかるほど似ていないらしい。理不尽に殴られ損である。それはツッコミも出る。



「まぁいい。とりあえず事情聴取はするぜ。雷の勇者ユーリ・サンダースの名に於いて――」



 ユーリ・サンダース。この世界に10人しかいない勇者の内の一人で、ハークに勝ったこともある人物だ。雷の勇者を名乗り、その名の通り雷を駆使する。主な活動は災害救助と魔症医療補助、非領域区における治安維持。特に悪いことや道の外れたことをする訳でもないが、人々は彼を『ヤンキー勇者』と愛称を込めてそう呼ぶ。



「ぶちのめす」

「なんで!?」



 雷の勇者ユーリが襲いかかってきた! コウタはどうする?


 にげる◁

 にげる

 にげる


 しかし、にげられない!



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