アルカのひみつⅢ
「ねーちゃんのその光ってる髪ってどうなってんだ? それに目の色も片方違うし…………っていうか、このまえ奴隷商に売られた時はもうちょっと普通のエルフじゃなかったっけ?」
湯船に浸かって開口一番、アルカは早速フィンに疑問に思ったことをぶつける。
対してフィンはふふふ、と笑い質問の答えを告げるためにアルカへと目を合わせ言葉を紡ぐ。
「これが本来の僕の姿さ。この前アルカが見たのはちょうど一年前ぐらいまでの僕の姿だね〜。ま、女の子ってすぐ見た目が変わるって言うじゃん?」
「そ、そうなのか……オレもそんな風に目や肌の色が変わったり髪が光ったりするのかな…………?」
「あ、いや多分そこまでは変わんないかな」
「変わんないのかよ! どっちなんだよ?!」
「いやまぁ……僕、色々あって普通のエルフじゃなくなったからなぁ」
「ねーちゃんっていっぱい秘密があるんだな……」
「別にしたくて秘密にしてるんじゃないけど生い立ち上、仕方なくね〜。ここらじゃエルフってめったに見ないらしいし、奴隷商に売ればすごい金になるらしいし……っていうか実際売られたからすごい金にはなったけど……」
「そういやなったな……」
「まぁ色々あるんだよ僕にも。普通じゃなくなってからは歳も取らなくなったし、テレパシーみたいので絡んでくる胡散臭い人も居たりもするし、なんなら前世の記憶があったりもするし……本当、色々さ」
自分で言っていて、つくづく色々あったなとフィンは思った。
そういえばここ最近もよく、『神より遣わされた、貴女だけのスペシャルナビゲーター!』などと宣っていた女の人から、ひっきりなしに頭の隅で着信のようなものが掛かってきている気がする。
面倒くさいのでスマホと同じ容量で着信拒否するように念じていたお陰か、ほとんど何も感じないが……いずれまた話してあげてもいいかもしれない。
フィンがそんなことを考えていると、ふとアルカが真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「……ど〜したのアルカ?」
「ねーちゃん、前世ってのの記憶があるって…………ホントなのか?
この前捕まってヴェルミーリョのにーちゃんと押し問答してた時、ねーちゃんのことまるで男みたいに扱ってたけど……」
そういえば、奴隷商の牢屋でヴェルさんに愚痴った時、前世は男だったんだから女みたいなこと言うなよ! みたいな事を言われたっけ。
そうか、アルカもその場に居たから聞いてたのか。
ちょっと秘密を喋りすぎたかも。と反省しつつ、アルカにどう答えるか考えたフィンは…………しかしながら、やっぱり考えるのを辞めた。
「いかにもだね。僕には、前世20数年分の……男として生きてきた記憶がある。だから、こんな見た目だけどまだ半分ちょっとは、男の感性が残ってるかな」
「やっぱり、そうゆうことだったのか…………」
「…………嫌いになった?」
「ううん、そんなことなくて。そうゆうんじゃないんだけど…………その、そんなねーちゃんだから……聞きたいことがあって……」
しばらくアルカは言葉に詰まっていたが、言う決心が付いたのか意を決したような顔つきでフィンへと向き直る。
「おれ、男とか女とか……よく分からなくて。もちろん男女の違いが分からないとかじゃなくてさ……その、おれがこれから、どっちとして生きていけばいいか分からないんだ。」
「…………ギゼルとフェイシアに言われてたことだね?」
「うん……"もう女らしくしてもいいんじゃないか" とは言われたけど、今更どうしていいかわらなくて。でも今のままじゃダメな気はしてて……それで、ねーちゃんはどうなのかなって…………」
なるほど、それで僕か。とフィンは思った。
3人の中で唯一、性が反転して転生した自分は他の人から見てもさぞ性別迷子な人間に見えた事だろう。
アルカの質問には、出来るだけ納得できるような答えを出してあげたい。
「難しい質問だね〜。……ん~とりあえずまずは、アルカが何をどうしたいか考えてみようか。
アルカは自分の事で、ここが嫌いだー! とかって思ったことある?」
「ん……うんと、今までなにか盗んで生きてきたことは良くないことで……嫌い…………だったと思う。でも、それはねーちゃん達が雇ってくれたから……これから頑張ってなんとかしたいって思えるようになったよ」
「なるほど、いい例だね。
盗んでた時みたいに、自分が悪いと思った事をしてるのは……やっぱりダメだと思う? 嫌い~って感じ?」
「多分……そうだと思う。」
「……そうだな、僕がそう考えてるってだけなんだけど、
自分の中で嫌だったり、悪いと思ってる事をしてると『今のままじゃダメだー!』って思っちゃうんだ。アルカが盗みをしてて思ってたのも、男の子として振る舞ってきて感じることも、多分心のなかでやっちゃいけない事をしてるとか、嫌なことだー!って思ってるからだと思うの」
「うん……」
「だからね、何でそれが嫌なのか? って事をしっかり掘り進めていけば、自ずと解決策が出てくると思うんだ」
「おれが…………なんで嫌なのかの理由……。」
「さっき盗むのが嫌なことって思ってたのはシンプルだね。悪いこと、駄目なことって自分が思ってたから嫌だったんだ。で、僕たちに雇われることでそれが解決した。
じゃあ、男として振る舞ってきたことが何で嫌だと思っちゃうのか? そうだね……そもそもアルカはどうして男のふりをしてきたの?」
「みんなのリーダーになるから、大人たちや他のグループになめられないように……って」
「そっか、まだ10歳とちょっとなのにすごく頑張ったんだね…………男として生きてきたことは……後悔してる?」
「後悔は……してないと思う」
「みんなが大事だから?」
「うん、とっても……だいじ」
「…………じゃあ、そのみんなに本当は女だってこと、隠すのは辛かった?」
「あ……………………」
フィンの言葉に、思わずアルカは大粒の涙を目に浮かべ声を震わせてしまう。
――そうか、そうだっんだ。おれは多分、自分に嘘をつくことよりも……みんなに嘘をつくことがつらくて…………嫌だったんだ。
今まで貧民街で生きていくことだけに目を向け続け、食べ物を渡した孤児たちが笑顔でお礼を言ってくるたびに何処かがチクリと傷んだ気がして……
でも、知らないふりをしてた。
痛くないふりを、していた。
「…………みんなの為にみんなに嘘をついてたの、辛かったね。頑張ったね。」
フィンに頭を撫でられ、ぽんぽんと背中をさすられる。
たったそれだけで、ずっと気付かなかった感情の波が押し寄せてくる。
「っ……、うん…………ぅん………………」
フィンに撫でられ感じる手の温もりに、アルカの張った心の壁が、ゆるやかに溶かされていく。
天使のような少女の腕に抱かれたアルカは、しばらくの間、その天使の腕の中で泣きじゃくるのであった――。




