アルカのひみつⅡ
夕方。
アルカはフィンの作った大浴場の脱衣室で、服を脱ぐのを躊躇っていた。
「ギゼルにフェイシアの奴ら……今更女らしくしろとか勝手なこと言いやがって…………くそっ」
やり場のない怒りに、被っていたキャスケット帽を思いきり床に叩きつける。
帽子で隠していた深い群青色の髪の毛がはらりと肩口まで落ちてきて……否が応にも自分が女なのだということを自覚してしまう。
確かに、自分は女だ。
でも、貧民街で生きていく力は誰よりもあった。
生まれた時から、自分の周りで何が起きているかが手に取るように分かる……そんな能力が備わっていたのだ。
この力のお陰で飢えることも捕まることも、暴力沙汰にもならずに食べ物を盗んで……ずうっと生きてきた。
でも、周りの孤児たちはそうじゃない。
飢えすぎて歩くこともままならず、物を乞うことしか出来ないやつ。
盗んだ先の商人に見つかり暴力を振るわれるやつ。
必死に盗ってきた食べ物を他の大人乞食どもに捕まって取られるやつ。
そんな奴らを不憫に思って、力を使って助けている時に、あいつらと……ギゼルとフェイシアに出会った。
自分と同じように2人も貧民街で特に立場の弱い孤児たちをどうにかしたいと奮闘していたようで、一緒に盗みをするようになるまでに時間はかからなかった。
異常に物覚えが良いフェイシアは、店が手薄になる時間や巡回する憲兵の居ない時間を完璧に把握しギゼルに伝え、ギゼルはフェイシアの情報を元に作戦を立て、
最後に自分が力を使い、安全かつ今までよりも多くの食べ物を盗むようになった。
罪悪感だってあったけど……自分たち孤児にはそれ以外生きていく方法が無いんだと、ずっと盗んできた。
「孤児たちの集まり……グループを作ろうと思う」
しばらく経ったある日、ギゼルがそう言った。
自分達が孤児たちの為に活動しだしてから少しづつだが……孤児たち同士で仲間意識のようなものが芽生えていたらしく彼らは口々に、
自分たちも何か役に立ちたい。
自分たち子供の拠り所がほしい。
リーダーになってもらいたい。
と、そう言ってきたのだそうだ。
ギゼルもフェイシアもほんの少しだけ物怖じしていたけれど……目には強い意思を感じた。
……仲間として誘ってくれた2人を裏切りたくはない。
搾取され続ける孤児たちも放っておけない。
2人に誘われたアルカもまた、覚悟を決めた。
組織のリーダーとしてやっていく上で貧民街の大人や他の派閥に舐められないように、仲間になる孤児たちも不安にさせない為に……髪を帽子に纏めて隠し、口調や一人称を変え、男として振る舞うことに努めた。
……そうやってやっと、ここまで来た。
「はぁ…………ほんとに、どうすればいいんだよ…………」
ヴェルミーリョ達に拾われ目まぐるしく変わっていく日々に付いていくのでやっとのアルカは、はぁ。とため息をついた。
だって、どうすればいい?
何がしたいかなんてまだまだ何もわからないんだ。
オレは……わたしは、一体何を望んでる?
「…………?、何か風呂の方が光ってる……?」
ぐるぐると思考の渦に巻き込まれていたアルカは視界の端――、
風呂へと続く扉から漏れる光に気づく。
ゆっくりと吸い寄せられるように近づいたアルカが扉に手を当て風呂を覗くとそこには、
生き物とは思えないような透き通る白い肌と、淡く光る白銀の髪を揺らめかし湯船に浸かる……天使のような少女が居た。
「…………わぁ」
思わず感嘆の声が漏れ出たアルカに気づいた少女がこちらに向き直り、言葉を発する。
「おっ、アルカじゃん〜。……っていうかあれ?風呂は服脱がないと入れないよ?」
もはや神々しささえ感じられる少女から発せられる、間延びした声……その残念さと場違い感に思わずアルカはため息を付いた。
「うわぁ…………なんだ、フィンのねーちゃんかよ……」
「うわぁ……ってなんだよも〜!さっさと入れよも〜!!」
「へいへい、わかったよ」
見た目以外あまりに変わらないフィンの態度に、ふっとアルカは笑う。
――そうだ、一人で考えてもどうしようもないからこそ、この人は一緒に話そうと言ってくれたのだ。
少しばかり気が楽になったアルカは、ぽいぽいと服を脱ぎ捨て、フィンのいる湯船へと浸かるのだった――。




