平和的解決Ⅱ
――こちらがどんな譲歩を望んでいるのか。
そんな言葉を目の前の青年から投げかけられたホーキンスは、ほっと胸をなで下ろした。
暗殺者を雇ったパブロ達のやり方は明らかに犯罪だ。
死刑にされても文句は言えない。
それに対し、話し合いの場を設けることに了承して貰えたという事は、何かを差し出せば許してもらえるということだ。
そして、普通ならその要望をストレートに伝えてくる。
少なくとも自分ならそうする。
自分の方が優位に立っており、無理難題を押し付け責任を取らせる事が出来る立場にいるからだ。
パブロに助けを求められ無下にあしらった身としては、何とかしてやりたいと思ってはいるが、
あまりに要求が無茶苦茶過ぎた場合、自分でももう手が負えないとも考えていた。
そんな矢先に「お前ら俺にどんな譲歩してほしいの?」と要望を聞く姿勢を持ってくれている。
ありがたいぜ……
内心でそう思いながら、ホーキンスは慎重に言葉を選ぶ。
「……ご厚意に痛み入る。
こいつ等と俺が生活に困窮しない程度で出来る事なら、なんでもする次第だ…………甘いとは思うだろうが、それでこいつ等の罪を許してやってほしい。」
「お、俺達だけでなくあんたまでケツ持ちしようだなんて……なんてぇお人だ…………」
「ホーキンスさん……あんたって人は…………」
「ホーキンスの旦那ぁ……ぐすん」
ホーキンスの言葉に、後ろで正座しているパブロ達商人が涙する。
「ふーむ、なるほどな。つまり法的なお咎めを無しにして欲しいってことやね?」
彼らの感傷的な雰囲気を他所に、ヴェルミーリョは営業スマイルを崩さず淡々とホーキンスへ言葉を投げかける。
「そ、そうゆう事になる……」
「そしたら、そいつらの犯罪に目を瞑る代わりに何を差し出してくれるんか、ちゃんと教えてもらわなな。」
……ここだ。
ここで相手の求めるものを提示しなければ、交渉が決裂してしまう。
ホーキンスの額から冷や汗が流れる。
「……俺が今まで貯蓄してきた500金貨に、こいつらが貯めていた金を全部そちらに渡す。
数えちゃいないが、まぁ金貨1000枚以上は硬いだろう。
それで手打ちとしたい……どうだろうか?」
金貨1000枚は大金だ。
しかし変に余裕を見せれば舐めていると思わせてしまう、
ここはこちらが出せる限界を言うべきだと判断したホーキンスは正直に、出せるすべての額を伝える。
しかし――
「んー、そんな程度の金ならいらんなぁ」
目の前の青年はあっけらかんとそんなことを言い出す。
金貨1000枚をそんな……程度だと?
これで駄目なら、もうこれ以上何を差し出せばいいというのか。
家か?
……そこまで差し出せばもう奴隷として生きていくのと一緒だろ……。
ヴェルミーリョの返答に愕然とし、ホーキンスは黙ってしまう。
そんなホーキンスの心情を代弁するかのように後ろで正座していたパブロ達が騒ぎ出す。
「じゅ、十分な大金じゃあねぇかよ!それで手打ちにしてくれたっていいだろうがよぉ!!」
「そうだそうだ!」
「がめついぞこのやろう!!」
パブロ達の野次にフィンが思わず顔をしかめ立ち上がりかけるが、ヴェルミーリョがそれを静止しパブロ達を見据え、口を開く。
「ほー、人に殺し屋雇っといて開き直る奴よりは、全くがめつくもなんともないと思うけどなぁ?
ほーん、なるほどなぁ」
笑顔は既に消えていた。
ヴェルミーリョのゴミを見るような目に、パブロ達が震え上がる。
ヴェルミーリョの笑顔と理解のあるように振る舞う態度に、パブロ達はなんとかなるとタカをくくっていた。
自分たちの生殺与奪はこの男に握られている、
決して文句を言っていい立場ではなかったのだ。
「す、すまねぇ!!こいつらの言ったことは全面的にこっちに否がある!本当に申し訳ねぇ!!
金も出す!家も差し出す!!だからもう勘弁してやってくれ!!!」
ホーキンスが慌てて椅子から飛び出し、自らも床に膝をついてヴェルミーリョへ頭を下げる。
そんなホーキンスの態度にヴェルミーリョが「はぁ」とため息を漏らす。
「いらんねん、金とか家とか別に。
金は稼げば、家は買えばええだけやしな、そんなん。」
「じゃ、じゃあ俺たちはあんたに……何を差し出せばいいっていうんだ……」
いよいよ不機嫌も極まったヴェルミーリョが、ホーキンスの胸ぐらを掴みパブロ達へと投げつける。
「他人の欲しいもんも掴めん上に交渉もへったくそ。
……おまけに自分の商売危うくなったら正々堂々勝負もせんと、殺し屋雇って解決とか。
お前らようそんなんで商人名乗っとったな」
「……それは…………」
「なんや、言うてみぃ」
「あんたの売り方じゃ、利益が少ねぇじゃねぇか……」
「そうだぜ……お前さんにはもっと安く作れたかもしれねぇが、俺達にだって生活が掛かってんだ……」
「そうだ、アンタがこの辺を荒らさなきゃ俺達だって…………」
ポツポツと、商人たちから弱気な意見が上がってくる。
そんな商人たちを見てヴェルミーリョは再びため息を漏らす。
そして呆れたように言う。
「そんなんだからお前ら、金ないゴミ商人に成り下がんねん。」
「じ、じゃあどうすれば……」
「路上販売で良いもん売ってて店もってない奴なんておったら、まず抱き込んで自分の店で独占販売させるやろ。
ほんなら自分の店に客が集まるからそいつと被らない商材置いときゃ売れるやん、わからんか?」
「う……」
「それに安く売ってんならそのルートを聞き出す努力ぐらいしようや、自分の持ってる情報との交換したりとか色々やり方あったやろ。
お前らはそれ全部すっとばして殺し屋雇って解決しようとしたんや。
考え方がゴミクズやねん。」
「ッ……そ、それでも結局、全体の客の総量、動く金は変わんねぇだろ!
客の持ってる金があんたに吸われる分、俺達の生活は苦しくなるんだ!」
「はぁー、お前らホントに頭が貧相やな……回る金が少ないなら多くしたらええやん」
「そんな方法……」
「考えりゃいくらでもあるやろ」
そう言うとヴェルミーリョは「まぁもうええか、説明めんどいし」と呟きホーキンスへと視線を向ける。
「お前らにはこれからワイの目的の為に、手足となって働いてもらう。
お前らが使ってる仕入れや得意先のルート、商材の秘密も全部使わせてもらう。」
「そ、そんなことしたら俺たちは……」
「文句は言わせへんぞ?
"生活に困窮しない程度で出来る事ならなんでもする"って言質はもうとってあるからな?
……手始めにまず、いくらでもポーションが売れる市場にしたるわい」
真剣な眼差しで夢物語を語るヴェルミーリョに、商人たちがごくりと唾を飲み込んだ。
「ワイに付いて来れるんならちゃんと生かしたるわ。でも、付いて来れんかった奴は野垂れ死ぬ。
今ここからがお前らの商人としてやって行けるかの瀬戸際や、気張りや。」
今一度商人としての覚悟を求められたホーキンスとパブロたちは恐れと不安と、胸から湧き上がる奇妙な期待を抱き、ヴェルミーリョの条件を飲むのだった。




