幕間 エルフのフィン、力の代償を知る。
一年間、エルフたちの為に死ぬほど働かさせられたフィンは大体のことをやり切り、
社畜としての長い夏休み(できるだけ帰らない腹積もりのヤツ)を決め込むため村を出た。
「うぅ……金が無い…………」
村を出る際自分達を様々な方法で潰そうと画策してきた女エルフ、アグラリエルの処置を仰がれ、
期限付きで村から追放としたのだが、それがまずかった。
温情を与えるための処置であったが突然の事であったので、彼女が旅立つ際の支度金を自分の支度金から都合するしかなかった。
残念ながら自分の袖しか無かったので袖を振るにはそこからしか無かったのだ、仕方ない。がっくし。
「…………ま〜、生きてくだけならなんとかなるし、なんとかなるでしょ〜!」
早々に気分を切り替え、焚き火の前に突き刺していた自分の夕食をつつく。
村を出て3日、今日は移動中に見かけたダチョウのような魔物を狩った。
群れだったのでしばらくは食事に困らない。
食べきれない分はテンプレの如くアイテムボックスとやらにぶっ込んでおいた。
エルフの始祖となったおかげで様々な力に目覚めたフィンは、自前で色々な魔法を作り出し生活に役立てている。
魔物の解体も、火起こしも、身だしなみを整えるのにも。
魔法って便利だ。
そこに関してだけは本当に「異世界万歳!」と内心で小躍りしたものだ。
焼いた鶏肉に荒塩を振りかけ齧り付いていると、頭の中で何かが呼びかけてくるのを感じた。
例えて言うならスマホから着信のバイブレーションが伝わってくるような感じに似ている。
実はこの感覚は一年前からずっとあった。
忙しすぎて応答というか、反応?してやろうという気になれなかったのだ。
スマホと同様に着信を切る感覚でシャットアウト出来たのでずっとそうしていた。
う〜ん、いい加減このよくわかんない感覚とも向き合ってみようかな。
そう思い意識を集中させてみると、何かと繋がる感覚と共に、女性の声が飛んできた。
『やっ……やっとこっちの接続が通りました!!!』
接続?なんのこっちゃ〜?と思いながら、とりあえずこちらからも何か伝えてみる。
「あんただ〜れ??」
『申し遅れました!
私は特別な存在となった貴女を導くため神より遣わされた、貴女だけのスペシャルナビゲーター、名をミーアと申します!』
ミーア、ミーア……?どっかで聞いたような気がする。
でも思い出せない、まぁいいや。
というか、めっちゃ胡散臭い。
特別とか、スペシャルとか、神とか。
すんごい胡散臭い。胡散臭さのバーゲンセールみたいな台詞回しだ。
おまけに声。
壺でも売り付けされそうな素晴らしく明るい営業ボイスだった。
信用ならない……。
フィンは前世であまり人とのめぐり合わせが良くなかったのでそういった事に敏感であった。
油断ならないと思いつつ、こちらも努めて普通に接していく。
ただしいい感じにフェードアウトしていく風に。
「そのスペシャルナビゲーターさんが、僕に何か用でもあるんでしょうか?
忙しいのであまり話す時間も無いのですが」
敬語……!
まずは敬語を使い相手との距離を取るのだ。
さっきまでのフランクな感じで接していては仲良くなったと勘違いされてしまう。
「お食事中というのは存じています、そのまま音楽でも聞くような感覚で私の話を聞いてくださるだけで問題ありませんよ♪」
しかしこの作戦はあまり意味を成さなかった。相手もなかなかに手強い。
というか、
「こっちが食事中なの分かってるんだ?」
思わず素で聞いてしまった。流石に気になる。もしかしてずっと見てたの?
「ええ、貴女様と通信する際、周囲の状況を観測する術式も一緒に展開されていますので」
なるほど、つまり着信拒否すればプライバシーは守られると。
ひとまず安心しているとミーアと名乗った女性は頼んでもないのに色々と喋りだす。
「一年前貴女様は貴重な神格化アイテムを使われ、その上で完全に適合されました。
元のスキルは更に強化され、身体能力や魔力、その適正までもが大幅に拡張されたのです」
ははあ、やたらと褒めてくるな……
何か狙いがあるのかな?
『貴女様はエルフの種としての限界を超え私達神の力の一端を手に入れた訳です。
不変的な肉体、いわゆる不老不死のようなものや人智を超えた力に近いものを――』
「……今、なんて?不老……不死?」
『ええ、不死かはともかく決して年老いない身体となっているはずですよ』
なん……だと…………
フィンがエルフに転生して抱いた大きな夢があった。
『未亡人感出てるスーパー美人エルフに俺はなる!!』だ。
何処かの海賊王ばりに声高らかに自分に誓った夢であった。
しかしミーアの言葉にフィンは文字通り言葉を失った。
馬鹿な……不老って…………一生14歳の見た目のままじゃん…………なんかおかしいと思ったんだよ……
この一年ちっとも成長しなかったしさ…………
がくりと膝から崩れ落ち、地面に手を付く。
ていうか……某有名声優だって永遠の17歳なのに……成長が14で止まるってまじ…………終わった…………。
茫然自失としながらも続けられるミーアの説明にうんざりとし、電話を切る容量で一方的に接続を切った。
そのまま地面に横たわり、
ひとつの夢が潰えた少女は焚き火の前ですんすんと、鼻水を垂らして泣いた。
――そして、時を同じくして一方的に接続を切られた天界のナビゲーター、ミーアも膝から崩れ落ち地面に突っ伏していた。
「一年間粘ってやっと話せたと思ったのに……何にも聞いてくれなかった…………プライド捨ててあんなに媚び売ったのに全然会話が成り立たなかった…………ぐすっ」
彼女こそ、フィンら三人を転生させた元異世界転生担当官であった。
天界の規定にそぐわぬ形で転生を執行したせいで、
現在はベビーシッター課などと揶揄される『上位転生者ナビゲート課』に左遷されてしまったのであった。
「本当これだから転生者って奴は…………もうやだぁ……この仕事ぉ…………ぐすん」
奇しくもフィンと同じく、ミーアもすんすんと鼻水を垂らしながら泣くのであった。




