【悪魔編】グリムと爺と、泣いた悪魔。
絵本から黄金の光が溢れる。
見るとそれは絵本の文字であり、グリムを中心に光り輝いている。
スキル「本で読んだものを取り出す能力」。
グリムの力がはじめて発動した瞬間であった。
イグニオの魔法がグリム達に放たれるのと、グリムが光の文字に手を触れたのはほぼ同時であった。
魔法が着弾し辺りが爆散する中、光の柱が立ち上りグリム達を守る。
「僕の魔法を防ぐだと?!」
魔法を防御されたイグニオは憤慨する。
しかし次の瞬間怒りが吹き飛びただただ驚愕とした表情になる。
光の中から腕が伸び、そこからゆらりと現れたのはひとりの魔人。
溢れんばかりの筋肉に鉄のような皮膚、
残忍な顔つきをしているが、同時に気高い風格と自信を感じさせる男が立っていた。
「チッ、なんかいきなり攻撃が飛んできたと思ったらよぉ」
イグニオを見据えた男が口を開く。
「ブンブンとうるせぇ蚊がいやがるな?」
「調子に乗るな雑魚がァ!!ぶっ殺してやる!!!」
男の言葉に逆上したイグニオが呪文の詠唱を始める。
男はグリムに向き直りにやりと笑う。
「なんだかよくわからねーが、お前が俺を呼んだらしい。あんまり時間は無いみたいだがな」
男はちらりと足元を見る。
先程の魔法で絵本にも火が付いてしまっていた。
グリムがバーンズをかばおうとした際に足元に投げ出されてしまったのだ。
「ま、助けてやるぜ、この魔王の右腕、バーンズ様がよ」
ニカッっと笑い、男はイグニオに向かって走り出した。
イグニオの魔法をものともせず、ただただ一直線に。
「くそ、くそくそ!!こんな馬鹿なことが!!!あってたまるかァ!!!!」
矢継ぎ早に詠唱した呪文から魔法を放つイグニオが悲鳴を上げる。
「あるんだよ、カトンボ野郎。
おとなしくくたばりな!!!!!」
「チクショウがあああああああああああああああああああああああああ」
右腕を爛々と輝かせ猛進する魔人の一撃が放たれ――――、辺り一帯が光に巻き込まれる。
数秒後光が収まった場所には、何も残らなかった。
「…………領主が勝った……」
一人の村人が呟いた。
その言葉に他の村人たちも次々に勝鬨を上げ始める。
「卑怯なクソ野郎を領主のじじいが倒したぞ!!」
「やるじゃねぇかあのじじい!」
「さすがは伝説の魔王の右腕だな!!」
村人たちが盛り上がる中、渦中の人物であるバーンズはイグニオがいた場所を見つめ、グリムへと言葉をかける。
「なぁ…………グリムよぉ、見ていてくれたか?ありゃあ……昔の…………昔のワシじゃった。」
「……ええ」
グリムはバーンズを抱きとめながら
優しく返事をする。
「きっとありぁあ、ワシの力じゃあねぇ…………けどよぉ……なぁ、どうじゃった?昔のワシは…………強かったじゃろ?……カッコよかったじゃろう?」
力無くもこちらに微笑みかけるバーンズの目からは涙が流れている。
でも、これはさっきまでの悔し涙なんかじゃあないから。
「……ええ、もちろん…………死ぬほどカッコよかったっすよ、
…………貴方は俺たちの……俺の、『誇り』です」
グリムもまた涙を浮かべながらそう返す。
バーンズを支えている腕から力が抜けていくのが分かる。
これが最後のやりとりなのだと、わかってしまう。
だからこそこの爺さんとはちゃんとお別れしなきゃならないのだ。
「『誇り』かぁ……クク、嬉しいなぁ……本当に……。
グリムよう、ありがとうな……ワシと一緒に過ごしてくれて。
本当に、本当に……ありがとうな」
「こちらこそ………ほんとうに、ありがとうございました……!」
……………抱えていた身体から力が抜け、ふっと何かが無くなっていく。
たった今、バーンズ爺さんが死んだ。
でも、本人はきっと笑って逝けただろうから。
優しく、彼の身体を地面に横たえる。
頑固なのに人の意見に耳を傾け、ぶっきらぼうなのに優しい。
そんなバーンズへ感謝と敬意を込めて深く頭を下げた。
そうして一人の悪魔は、顔をくしゃくしゃにしながら、ただしばらくの間泣き続けた。




