【エルフ編Ⅱ】夏休み
――それから一年、月日は流れ。
「それじゃ〜もう行くね」
「おぉ始祖様……我らが大族長様、本当に行かれてしまうのですか……」
「大族長て。そんなの引き受けた覚えないってば」
悲しそうな瞳で語りかける長老とその横で同じような顔つきをしているダークエルフの老女の司祭。
その後ろには大人から子供まで様々な面々がフィンの旅立ちに悲しみを隠せずにいた。
「どうか今一度ご考え直しを……」
「そんな事言われてもなぁ〜……」
「長老様に司祭様、大族長様がお困りになりますよ、ちゃんと送り出してあげようって皆で決めたではありませんか」
ネルルースが長老の背に手を起き優しく諭す。
ネルルースまでその呼び方を……二人の時は普通に読んでくれるのに…………
この一年、本当に色々あった。
結論から言えば。
両種族の殆どはお互いを歪み合わなくなれたのだ。
本当に頑張ったと思う。
差別を緩和していく為にそれぞれの村の間に新しく両種族混同の村を作って住み分けを試みたり、
双方理解を深めるためのレクリエーションを実施したり、
始祖エルフになりダークエルフサイドの魔法も使えるようになったので、
その兼ね合いで土魔法を改良しより住みやすい住居作りをしたり食料問題の改善をしてみたり。
多少強引な部分もあれど当人たちの自由意志を尊重し、発展と融和を目指した。
まだ全てではないが、多くのエルフ、ダークエルフ達が新しい村に住み着き協力関係を築けるようになった。
何故か意気投合し籍まで入れてしまった長老に老師祭の影響も大きかったと思う。
内心は「この野郎いい年こいてイチャイチャしやがって」なんて思っていたりもしたが。
とはいえフィンはなんだかんだ大層な事をやり遂げたのだ。
否、やり遂げさせられたのだ。
やれ、始祖様〜!だの、助けてくださいだのと担がれて。
休みなく働かされたフィンの目はまさに過労死寸前のサラリーマンのようであった。
つーか、
…………何で一番偉いってだけなのに皆僕にばっかり頼るんだよ!
何でもかんでもやらせようとしてくるし!
まったく!15のガキにこんな重労働ばかりさせやがって!!
もーやだ!!しらないもんね〜!!
――と、そうゆう訳で、フィンは長い夏休みを取ることにしたのだ。
ちょっとした前世の約束事も果たさればと考えていたので丁度良かった。
フィンは彼らに振り向き満面の笑顔を作る。
「長老さんに司祭さん、それに皆。近いうちか遠いうちか分からないけど、僕はいずれは帰ってくるでしょう。
……それまでにあなた方がこの村を、今よりも良いものになるよう頑張るんですよ」
僕ばかりに頼っていては駄目だかんね、と一応付け加える。
不安な顔、寂しそうな顔、やる気に満ちた顔、いろんな顔をする者が居る。
でもまぁ、きっと大丈夫だろう。
そう思っとこ!!
「フィンちゃん……」
ネルルースが顔を覗き込んでくる。
「駄目ですね。やっぱり少し寂しいです」
笑って入るが目尻に涙が浮かんでいる。
「まぁまぁ、今生の別れって訳じゃあないしさ。そのうちまた帰ってくるよ」
「ええ、ええ。そうですね、そうですよね!必ずまた帰ってきてください!!」
「うん!…………そういやあの、そこで縛られてるアグラリエルはどうしたの?」
ネルルースの横で手と口を縛られこちらを睨みつけるアグラリエルを指差し尋ねてみる。
「アグラリエルさんは……その、なんというか…………」
ネルルースの歯切れの悪さに長老が前に出る。
「始祖様が私達を束ね上げたこの一年の間彼女にも更生のチャンスを与え続けてきたのですがその……先日またもや始祖様へ何かしらの謀略を企てていたようで……」
この一年でもう一つ変わったものがある、アグラリエルを取り巻く環境だ。
一年前の事件の真相が暴かれ首謀者だとバレてしまった彼女はまず両親から絶縁されてしまった。
チャンスを与えると約束してしまった手前、放置もできないし他の村人の風当たり等も気になったので、
新しく興した村で住居と仕事を与えていたのだが……どうやら裏目に出てしまったようだ。
彼女にとっては居心地の悪い場所での生活を強制される事になってしまったのだから。
忙しすぎてあまりかまっている暇が無く経過を見れなかったのは自分の落ち度かもしれない。
「……それでどうするの?」
「はい、もう。なんといいますか……森を追放しようと考えているのです」
この森での追放という処罰は死刑とほぼ同等の罪だ。
自主的に出ていくならともかく、
追放となるとその者の耳を人間の長さまで削ぎ、エルフと名乗ることを呪詛の魔法で禁止される。
罪の程度によっては二度と弓が引けなくなるよう指を切り落とされたり魔法が使えぬよう呪いを施される者も居たりする、大変に重い罪だ。
「うーん……」
「ご不満……でしょうな。仕方がない。ここまで手がつけられないならもう殺すしか……」
ちょっ!勝手に殺すみたいな流れにしないでよ!!
確かにブチ切れて殺しかけもしたけどあの時みたいにずっとキレッキレな訳じゃないんだけど!!!
「……えと、村からの追放は期限付きという形でどうかな?」
フィンの新しい提案に長老が少し戸惑う。
その隣で心配そうな顔付きだったネルルースへと向き直り笑いかけた。
「ネルはさ、一年前アグラリエルに、あと自分達にチャンスをくれって言ったよね?……あの時、僕も一緒にチャンスを貰った。人の道を外れないってチャンスを。
――だから、僕も貰ったチャンスをもう一回だけ人の為に使う事にしようって思うんだ」
次第にネルルースの顔が明るくなってゆく。
「はい!それでこそ、それでこそフィンちゃんです!」
ほんと、参ったよこの娘には。全くね。
内心で苦笑しながら長老たちに指示を飛ばす。
追放の期限はひとまず五年とする事、
追放するアグラリエルには身体的危害を加えない事、
買い物の仕方や相場など、生活に必要な一般常識を教えておく事、
自分の出立の費用の七割をアグラリエルへ充てる事、
全く、出ていく最後までバタバタと面倒ごとを片付ける羽目になってしまった。
まぁ、それも悪くはないか。
「それじゃあ、また」
こうしてエルフのフィンは、村を出発するのであった。




