【エルフ編Ⅱ】魔女裁判Ⅱ
「……始祖、エルフ様…………!」
圧倒的な魔力を纏うフィンを前に、震えるように長老が呟く。
エルフとダークエルフの祖となった者。
全ての魔法を操る者。
神の如き力を持つ者。
エルフの中で一番長生きな自分でさえおとぎ話でしか聞いたことのない伝説上の人物が今、目の前に居るのだ。
しかし、
「…………」
目の前の人物は滅茶苦茶に怒っていた。濃厚な魔力の圧が村人たちを圧迫する。
そしておもむろに手をアグラリエルへ向け――
――次の瞬間にはネルの隣に立っていたアグラリエルが凄まじい風魔法によってぶっ飛ばされていた。
「きゃあああああ!!」
後方の木に叩きつけられたアグラリエルが悶絶する。
近づいてきたその人物を見たネルルースの瞳に驚愕の色が映る。
「…………ぁ、フィン……ちゃん?」
果実を食べた影響か、髪が地面につくほど伸び顔を隠してはいたが、ネルルースにはフィンだと理解できた。
「……うん」
アグラリエルをぶっとばしたフィンはネルルースへと向き直る。
縛られた彼女の手首からは血がにじみ目は腫れ所々泥が肌や服を汚し、随分と不当な扱いを受けた事が伺える。
再び怒りの感情を顕にするフィンの前に、
「始祖エルフ様!」
エルフの長老にダークエルフの老師祭までもが土下座しながらこちらへと声を張り上げた。
……?
始祖エルフってのは確か、エルフとダークエルフの祖先だったか。
エルフは年長者やより祖先に近い血筋にそれはもう過大な敬意というか、それ以上の畏敬のような物を持つ風習がある。
それはもう口酸っぱく教えられるのだ。
どこの家の人には逆らってはならないだとか、敬えだとか。
だからこそ長老筋であるこの人物達が土下座するなんて事、普通はありえない。
きっと自分は本当に始祖エルフか何かになってしまったんだろう。
知ったことではないが。
「我々両種族は今、ある事情から分裂の危機にあります。どうか、どうか私達をお導きくださいませんか……!」
沈痛な面持ちでこちらに伏せる老人たち。しかし、
「…………なんで僕がそんな事しなくちゃならないのさ」
今は、そんなことどうだっていい。
「そ、それは……」
「分裂の危機?知ってるさ。今ぶっ飛ばした女がやった事だもの。
そいつは自分の自尊心の為に今までずっと差し伸べられて来た手を跳ね除け、他人を裏切り蹴落とそうとした救いようのない奴だよ。
……そして、それを今の今まで周りの人は咎めようとしなかった。」
今まで心の奥底に溜め込んでいたものが、洪水のように吐き出ていく。
そんなフィンにエルフの面々がびくりとする。
「同じように他人を乏しめるか見ぬふりか、見て見ぬふりする奴ばかり!
誰も何も変えようとしない!!まったく息が詰まりそうだよ!!!
…………見せかけだけのプライドを塗り固めて生きる君たちの生き方は……本当に見てて嫌になる」
「わ、私達は森の規律を守り清く生きて…………」
「……規律ってのは他人を尊重し合いお互いが気持ちよく生きる為にあるんでしょ?規律の外にいる種族を卑下して自尊心を保ったり誰かを排斥するために作ったものじゃないはずだと思うけど」
村人の反論に対してのフィンの回答で他のエルフ達が押し黙る。
「はぁ……そんな奴らにはもうさ……ほとほと愛想が尽きたよ」
諦念のようなものを抱き、フィンが再びアグラリエルに向けて手をかざす。
さっき打った魔法とは桁違いの魔力が手に集約されていく。
「長老さん、もしも僕に彼らを導けって言うのなら――
――きっとたくさんの死人が出るんだろうね」
「ま、まってくだされ――」
「ッッ!!!!妹を殺さないでくれ!その代わり、俺が……!」
長老の言葉を遮りながらアグラリエルの兄であるアグラディアが前に出る。
それでもフィンの手は依然アグラリエルに向いている。
「お前がこれを止めたのなら考えてやってもいいよ」
絶対に無理だろう。
膨大な魔力が収束していく。打ち出す準備が、人一人の命を断つには余りにも強すぎる力が臨界を迎える。
「頼む……俺の命だけでどうか、どうかそれだけで許してくれ…………」
アグラディアの懇願も、今のフィンには届かない。
そんな優しさが、愛があるのなら何故今までもっと他の人に分け与えなかったのか。
こんなことをしでかす奴が出てくる環境を何故放置し続けたのか。
これまで僕はやるだけやった……でも駄目だったのならもう、仕方ないじゃないか。
しかし――
「待って下さい!!!」
ネルルースがフィンの腰に両腕を絡めながら叫ぶ。
「お願いします!もう一度!!……もう一度だけ私達にチャンスを下さい!!お願いします!!!」
ぼろぼろの姿で目に涙を浮かべながらネルルースが訴える。
チャンス?何故??
無実の罪を着せられ犯罪者に仕立て上げられ、
挙げ句あんなにひどい仕打ちを受けて身も心も深く傷ついて。
それでもまだこの子はこんな奴のためにチャンスが欲しいっていうのか?
「なんで……」
必死に自分にしがみつく彼女を見つめ、呟く。
「……一年前のこの日、本当は私……全部諦めていました、きっと誰とも上手くやれはしないんだろうって」
「…………」
「お世話になるご家族の方に挨拶をして、その場の大人の人達の対応を見てやっぱり駄目なんだって。
……でもその中で一人だけ。
諦めかけた私の心を救ってくれた人が居ました、それは……フィンちゃん、貴女です」
「…………どうしてあんな奴にそこまで言えるのさ……?」
本当にわからない。何故そこまで自分を差し出せる?
「……私にはフィンちゃんが居ました。何度も何度も助けてもらいました。だから私も誰かに……何かしてあげられる人になりたい、から」
……もうずいぶん昔に捨ててしまった感情をフィンは自分の奥底から感じた。
誰にだって。
手を差し伸べれるなら手を差し伸べたい。
助けになるなら助けたい。
何か出来るならしてあげたい。
前世ではずっと嫌な人間との巡り合わせが多すぎて、いつからか誰にでもなんて出来なくなっていってしまったもの。
この娘はこれだけひどい目に合っても未だにその感情を抱いているのだ。
自分が捨てた理想をこんなになってまで捨てずにいる娘に、
馬鹿馬鹿しい、諦めろなどと言えるだろうか。
否だ。
「…………分かった、負けたよ」
ふと、何か吹っ切れたような表情になったフィンが、手に集めていた魔力を掻き消す。
一触即発たった場の緊張が徐々に解れていき、皆安堵の表情を浮かべていく。
「ありがとう、フィンちゃん」
エルフとダークエルフの子替えの儀式はひとまずの終わりを迎えた。
そして、彼らの新しい歴史が動き出すのであった。




