【エルフ編Ⅱ】無慈悲と決断
久しぶりの外で目が眩む。
唇は切れ髪はぼさつき、服も薄汚れている。
「ほら!早く歩きなさいネルルース!本当最後まで愚図な女ね」
じわりと、手首に痛みが走る。
魔封じの腕輪の上から縄で腕を縛られ、先を歩くアグラリエルに引っ張られているのだ。
どうしてこんなことになったのだろう
子替えの儀式はエルフとダークエルフの仲を取り持つ為の催事のはずなのに。
……前任の子がひどい目にあった話は聞いていた。
エルフの人達の大部分が他種族に排他的だってことも知っていた。
正直、最初来たときは不安でしかなかった。
大人の人ですら私を他種族だからと敬遠したり、居ないもののように扱おうとした。
でも、その度にフィンちゃんが助けてくれた。
そうやってずっと積み重ねていくうちに少しづつだけど、良い関係になれる人たちが増えた。
だから、諦めずに手を差し出し続ければきっといつか、上手くやっていけると思っていた。
――べしゃり、と頭に何かがぶつかり白銀の髪が土気色に汚される。
……泥の玉をぶつけられたのだ。
「よくも俺たちを騙してくれたな!」
「禁断の果実を盗もうとしたなんてなんて罰当たりな!」
「こんな奴招き入れなきゃよかったんだ!!」
「お前なんて森から出ていっちまえ!」
もちろん、最初に声を上げた者や泥を投げつけたのはアグラリエルと行動を共にしフィンたちを嵌めた、エルフ至上主義の仲間たちだ。
しかしその行動は次第に周りの人々へと伝染し皆が口を揃え批判の声を挙げ始める。
その中にはネルルースが努力し関係を築き上げていった人たちも居た。
心が、締め付けられる。
「ちが…私じゃ……ぅ」
心が苦しい。
ちゃんと言わなきゃ、皆に説明しなきゃ。
そう頭では思っていても信じていたものに裏切られ、今にも泣いてしまいそうな感情を制御できずに嗚咽がまじり、言葉を上手く発せられない。
そんな彼女を見てアグラリエルは心の内でほくそ笑む。
ダークエルフなど、森の外周を守るだけの傭兵のようなもの。
黙って私達の為に働いていれば良いのだ、と。
その頃、牢に残されたフィンは――
「くそッ……この!!!」
ガンガンと、けたたましい音が響く。
腕輪ごと手を壁に叩きつけ、なんとかして魔封じの腕輪を破壊しようとしていた。
既に腕輪の周りの皮膚は千切れ、血だらけになっている。
しかし、石造りとはいえ腕輪が壊れる気配は全くない。
前世ならともかく、今のフィンは14歳の少女である。
土台無理な話であった。
「駄目だ!何か……何か他の方法……道具か何かあれば……」
幸い腕輪をされているだけで両手は自由、
もっと力の掛け方を変えれるものがあれば壊れせるかもしれない。
道具などしまった覚えは無いけれど、それでも何か無いかとアイテムボックスを隅々まで探す。
「ッ!これ……!」
何かの感触を掴みそれを引っこ抜く。そこには神気を纏い輝く実が、
――選ばれし勇者をさらなる高みへと至らせると言われる、禁断の果実が入っていた。
「…………間に合って、たんだ。」
フィンの能力「触れたものを増やす力」、
アグラリエルに騙されたとはいえ、村の秘宝を二つ返事で取りに行く決断が出来たのはこの能力があったからだ。
ひとつしかない貴重なものを渡せというのなら、二つにしてしまえばいいのだと。
そして幸か不幸か、
気絶させられるほんの一瞬、能力は発動し、収納するために開けていたアイテムボックスに保管出来ていたのだ。
ごくり、と息を呑む。
これを食べて力を得られるなら、ネルちゃんを助けれるかもしれない。
しかし、元々は人の限界に到達した勇者がさらなる強さを手に入れる為の秘宝と言われている物だ。
有り体に言ってしまえば限界突破アイテム。
そんなものをなんの修行もしてない14歳のガキが食べて平気なのか?
下手すりゃ死ぬかもしれない。
……それでも。
「それでも、やれるかもしれないなら僕は…………僕はやる!」
次の人生を心の赴くまま、振り切って過ごすと決めたフィンの決断は早かった。
果実を勢いよく頬張り、一気に平らげた。




