【エルフ編Ⅱ】摩耗と損耗
あれから数日間、フィンとネルはアグラリエルから酷い仕打ちを受けていた。
数日間と曖昧なのは牢が薄暗く月明かりも無いため、時間の感覚が無くなっているからでもある。
寝ていれば水魔法で起こされ、
起きていれば罵られ、会話に飽きれば風魔法で鬱憤を晴らされる。
看守もとい、監視役の度を過ぎた行為であった。
もちろん食事も与えられなかった。
人間、3日も食わねば死ぬと言うが、この女はそんなことも知らないのだろうか。
僕じゃなきゃあ衰弱死してるぞ。
とはいえ、この時ばかりは転生特典で貰っていたアイテムボックスのスキル、そして自分の「触れたものを増やす能力」に感謝した。
以前より、狩りで狩った獲物や、美味しかったもの、保存食など、スキルで増やしたりしてはボックスにこっそりと収納していたのだ。
なにかしら食べるのに困った時の為だ。
美味しかったものを食べたいときにまた食べたいから、なんて食い意地の張った理由もなくはない。
夜もふけ、アグラリエルも帰った後。
ネルの様子を伺う、
……やはり堪えている。顔には疲労が見え髪や服にも乱れが、目にはクマが見える。
鏡がないから分からないがきっと自分もそんなものだろう。
しかし心情的にはこの事件の犯人に仕立てられている身、
きっと僕なんかよりもっと心の負担が大きいに違いない。
せめて、空腹だけでもどうにかしてやりたい。
「やっと二人で落ち着けるね〜……じゃあご飯出すから、ちょっと待ってね」
なるべく明るく話しかけ、夜の暗闇の中アイテムボックスから出した食べ物をネルに渡す。
「…………ありがとうございます……やっぱりあの、フィンちゃんだけでも……嘘をついてでも、ここから出してもらうべきだと、思うんです」
「……そんなこと、僕はしないよ。僕は絶対、友達は裏切らない」
「でも!」
「食べ物ぐらいスキルで増やせるしさ、気になんてしなくていいのさ」
「でも…………」
本当は、もう二日ぐらい前からスキルが上手く使えない。
体力や魔力、所謂HPやMPみたいな物と一緒だ。
ゲームをしていて飲み食いできる宿も無しに、ポーション等の回復アイテムを使えない状況でHPやMPが回復するか?
……否だ。
寝ていればほんの少しだけ回復するにしても、それもほんの雀の涙みたいなものだ。
アイテムボックスの食料も正直底をつきかけている。
二人で分ければ、足りなくなる。
「ネルちゃんは心配性だなぁ、僕はさっき食べたから、もうお腹いっぱいなんだよ〜」
「フィンちゃん……はい、そうします…………」
ネルが渡された食べ物を食べ始める。
それからしばらくして、すすり泣くような声が聞こえてくる。
手探りで彼女の元まで移動し、頭や背を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だから」
「うっ……ぐ…………ふぅ……」
「もしも村の人達が君の敵になっても、僕は絶対味方でいるから」
牢屋の中に嗚咽が漏れ出す。
「大丈夫、大丈夫……」
背中をぽんぽん、と叩く。
暫くしてからようやく寝息が聞こえてくる。
次の朝にアグラリエルが魔法を使った際、少しでもネルに危害が加わらないよう牢の格子を背にし、彼女を抱いて横になる。
この子を、必ず守らなくては。
そんな思いで眠りにつく。
それからまた、二日ほどたった頃だろうか。
「裁きの日です。ネル、外へ出なさい」
裁きの日がやって来た。
奇しくもそれは、子替えの儀式満了の、
ネルがダークエルフの里へ帰る日でもあった――。




