【エルフ編Ⅱ】真面目な身代わり
再び意識が戻った時、フィンは村の地下牢に閉じ込められていた。
「う……」
非殺傷用の矢とはいえ、当たればもちろん痛い。
脇腹と後頭部を抑えながら、なんとかフィンは体を起き上がろうとする。
そんなフィンの身体を案じ手を差し伸べる者が居た。
「フィンちゃん!身体は……大丈夫ですか?痛みせんか……?」
「うん、大丈夫だよ。よかった、ネルちゃん、無事だったんだね……」
果実を手に入れることは失敗してしまったが、ひとまずネルが殺されていなくて安心した。
「そのことなんですが――」
「ようやくお目覚めのようですわね、フィン」
ネルが言いかけた所で、牢屋の外から声がした。
「アグラリエル……?」
牢の前にはアグラリエルが立っていた。
いつになく嬉しそうな笑みを浮かべて。
「全く、本当に貴女は脳天気なお馬鹿さんですわね」
「え……」
何で……
だって村の皆は捕まっていて。
皆が助かるために禁断の果実を取りに行って……でもそこには弓を持ったエルフが居て…………
「全部、アグラリエルさんの自作自演、だったんです…………」
苦い顔でネルルースが口を開く。
対象的にアグラリエルの口角が釣り上がる。
「全部私の思い通りに行きましたわ、全部ね!貴女のおかげよ、フィン!!」
「嘘……だよね?ねぇ……、」
「嘘なんかじゃありませんよ?私が全部やりましたわ。」
絶句した。なんでこんなことをするんだ。このひとは、なんで……
ショックを受けるフィンとは裏腹に嬉々としてアグラリエルは語りだす。
「――筋書きはこう、
人に脅される幻覚をそこのダークエルフに見せられた貴女は、皆を助けるため禁断の果実を取りに行きました。が、あえなく村の包囲網にかかり失敗する。
そして、禁断の果実をエルフから取り上げようとした下賤なダークエルフは村の裁きを受け、ダークエルフの里からも追い出される……どう?とても良いストーリーでしょう?」
頭がぐらぐらする。
「なんで、そんなこと」
やっと出した言葉にアグラリエルが口を開く。
「そんなの、あの小娘が気に邪魔だからに決まっているでしょう!」
心が苦しい。
フィンは、久しく思い出した。
…………人の悪意と言うものを。
「…………そんな、つまらない理由の為に……おまえはこんなことしたのか」
「ッ……そ、それが、なんだというのです?」
普段のフィンが出したことの無い冷え切った声にアグラリエルは一瞬たじろぐ。
はぁ、まただ。
また騙された。
また、裏切られた。
諦めと、怒りが湧いてくる。
これだから嫌いなんだ。
当人の人となりを見ずに蔑むような奴は。
二十数年とはいえ、元の人生では嫌というほど人間関係に苦労した。
人との巡り合わせや、そういった運が壊滅的になかった。
約束事を守らない奴。
責任逃れする奴。
要求ばかりで何もしない奴。
自分から変わろうとしない奴。
絶対に他人を認めない奴。
自分の為に他人を平気で蹴落とす奴。
嫌というほど見てきた。
それでも、フィンは人が好きだった。
いや、「好き」になりたかった。
人には嫌な部分はある。
だけどきっといい部分もあると信じて。
努力はした。自分が無理をすることで上手く付き合える人たちも、多少は増えた。
でも、それでも好きになれない人はやはり居た。
……上手くやるため心を殺して接して。
でも、それでも駄目だった時には、…………最後の最後には、諦めた。
そうして諦めた人は、人として見れなくなった。
今、アグラリエルもそうなった。
村の他の連中にもそういったきらいはある。
無意識の中に選民思想を持ったようなのが多いのだ。
環境がそうするのかもしれない。
ならば、環境を変えていくしかない。
人柄がそうするのかもしれない。
ならば、親しくなりお互いの落としどころを話していくしかない。
それでも駄目なのならば。
………………やはり、諦めるしかないのだ。
「…………最低な気分だよ」
魔法で牢をぶち壊そうと魔力を集める。
しかし魔力の流れが何かに邪魔されてしまう。
見ると、腕には緑色の石を加工した簡素な腕輪が付いている。
「魔封じの腕輪ね……」
魔封じの腕輪。
魔力の流れを変動させる事によって魔法の発動を阻害する腕輪である。
フィンの魔法が不発に終わったのを見たアグラリエルは、調子を取り戻しつつ笑みを浮かべる。
「魔法がなければ何もできやしない。ふふ、滑稽ですわね」
「…………」
「でも、そこの女に悪い幻覚を見せられ操られていた。と証言すれば貴女だけは出して差し上げることも出来ますわよ?」
「やる訳ないだろ」
「くっ!……なら、可哀想にも洗脳の解けない貴女はずぅーっと幽閉されてしまうかもしれませんねぇ?
…………そこでお友達が裁かれるのを、指を加えて見ていなさいな」
「……クズめ」
「フン!そう言っていられるのも今のうちですわよ。
私、貴女達の監視役を志願しましたの。裁かれる六日後まで、せいぜい音をあげないようにすることですわね」
「…………どこまでも嫌な奴」
目の前のアグラリエルに、
フィンはただただ拳を握りしめる事しか出来なかった。




