【人間編】妹、イレーネのハッピー人生計画
顔に軽い衝撃を受け、沈んでいた意識が浮き上がってくる。
「う、ここは……?」
体の自由が効かない。何かに押さえつけられているような……
徐々に意識が覚醒、すべてを思い出し目を見開く。
「そうだ!イレーネ!!」
がたん、と足元で音がする。
そこで初めて、胴と腕が椅子に縛れていることに気付いた。
「ここだよ、兄さん」
見上げるとマスクを外した妹が、ナイフ片手にこちらを見ていた。
「どう?よく眠れた?」
いつもと態度の違うイレーネ。
読んでしまった日記の内容。
我ながら、先程までの楽観的な思考に腹が立つ。
「クッソ、猫被ってやがったんだな」
「ふふ……日記を見た時、それに今の反応で確信しちゃった。
兄さん、やっぱりそうだったんだね」
イレーネはくすくすと邪悪な笑みを浮かべる。
やはり、こいつは気づいている。
――俺が異世界転生者だという事に。
「それにしても、猫被ってた、ねぇ?それはお互い様でしょう?」
そう告げながら、イレーネは本の中身をひらひらと見せてくる。
中身は予想通り日記であったが、肝心なのは――
……日記の文字が「日本語」で書かれている、という事だ。
確かに、確率が無いわけじゃない。
自分だって転生して来たのだ、家族に転生者が居てもおかしくは無い。
……って、んなわけあるかい!!普通気付くわけないやん!おかしいやろ!!仕事雑かよ!!!
内心ヤケクソに愚痴をこぼしながら、それでも生き残るために考えを巡らせる。
まずは会話だ、情報を得なくては。
「……いつから気づいてた?」
「割と最初から疑ってはいたよ?
周りに訛りで話す人なんて居ないのに、たまに関西弁で喋るんだもの」
はぁ、と溜め息が出る。
周りが標準語だから一応気を付けていたとはいえ、二十数年苦楽を共にした方言だ。矯正するのは難しい。
というか、そんなメタい部分から疑い持つなや、と内心さらに悪態をつく。
「はーもう、そんなんで気付かれるとかキッツいわ」
今更意識しても仕方ないのでもう好きに喋る。
「さっきも言ったけれど、確信が持てたのは日記見られてからだけどね」
……日記、日記か。
たいして中身は見れなかったが、たまたま開いたページには薬の名前や効能がやたら書かれていたと思う。
「あの毒……ウズメドリの毒は何に使うつもりなん?」
結局はここだ。相手が何をしたいか分からなければ交渉のしようもない。
しかし、
「はぁ……そんな事もわからないのね。それに、ウズメドリの毒?
ふふ、今ので毒の取引を見てたのが兄さんだって事も確証が持てたよ。兄さんって本当馬鹿だよね」
それも含めて腹割って話降ってんねん、察せや。と内心苛ついたが気分を良くしたのか、
「でもまぁ、いいよ。冥土の土産に教えてあげる」
と調子付いて動機を語ってくれるようなので良しとする。
「……私、こんなしょっぱい貴族の女で終わるつもり無いの。
家の都合で結婚させられるのだって嫌。
だからって、家を出て日雇い冒険者なんかに落ちるのはもっと嫌!!
でも私には転生した時貰った【取り込んだ毒を生成する】ってスキルがある。
この能力を使えば家の財産全てを手に入れる事だって、
それを足掛かりに一生遊んで暮らせる、私だけの天国を作る事だってできるでしょう?!」
……ドン引きした。キッツいなー。空いた口が塞がらない。頭の中お花畑かよ……
「……その為に、邪魔な家族は殺すんか?」
「ええ、そうよ。家督を継ぐ長男も、実権を握る親も邪魔だもの」
「ワイを生かしていたのは?」
「夕方の取引を見たのが貴方か確認する為ね」
「……次男のワイも殺すんか?」
「当たり前じゃない。貴方を殺せば私の秘密を知る人間は居なくなるもの、殺されないとでも思ってた?」
「……家族やんか。それに、親に対して育ててくれた恩とか感じないんか……?」
「転生前と比べればこんなの底辺レベルじゃない、それに私、元々アイツ等好きじゃないし」
勿論貴方もよ、と付け加えながらイレーネはこちらへと向き直る。
「……最後に何か言うことある?まぁ私はないけどね。」
――今まで家族として見てきたが、ここ迄言われりゃ吹っ切れる。
最後?そりゃあこっちの台詞じゃい
「いい加減おもんないねんオマエ。バチバチにしばいたるから覚悟せぇよ」
能力を使用し、ヴェルミーリョの姿がイレーネの視界から消える。
――反撃開始だ。




