【エルフ転生編】エルフのフィンと森で狩りⅤ
一足先に狩場に戻っていたアグラディアは勝負の相手が帰ってくるのを待っていた。
今回の狩りは我ながら良い結果を出せたと自負している。
と、目先の林から獲物を背負ったダークエルフ、ネルルースが現れた。
「ようやく来たか。……フィンはどうした」
「ええと、フィンちゃんは疲れたから少し遅れてくるそうです」
「ふん、まあいい。それにしても、ドレッドボア一匹か、ダークエルフにしてはなかなかやるようだな」
狩りから帰ってきたアグラディアはネルの狩ってきた獲物を一瞥し彼なりの賞賛を述べる。
彼の手には胴体だけでも成人男性の足から胸ほどの、
まさに元のサイズのふた周りは大きい大きな白鳥を手にしていた。
ネルはアグラディアの獲物を観察する。
アサルトスワン。
白鳥という見た目の優雅さとは裏腹に好戦的で、
魔法こそ使いはしないが大きさに見合わない素早さに、ドレッドボアにはない空を飛ぶというアドバンテージを持つ。
その上勝てない相手、不利な相手に対しては逃げるという選択を取れる頭の良い生き物だ。
危険度で言えばドレッドボアが断然高いが、弓を使わない自分が狩れるのかと聞かれれば難しい、と答えるだろう。
それを頭に一撃で仕留めている。
たいしたものだ、とネルは素直に賞賛していた。
「そちらも、素晴らしい弓の技術ですね」
ネルへの表裏の無い言葉に内心アグラディアは苦虫を潰したような気分だった。
まず、素早いアサルトスワンの頭を狙って仕留めるにしても弓に自信があるとは言え確率は良くて三割強ほどだった。
一匹で、しかも視界が悪くお互い見えづらい状況で一方的にこちらが見付けていたのは本当に運が良かったのだ。
そして、奇しくもネルと同じようにアグラディアも、フィンが付いているとはいえたった二人でドレッドボアを狩るのは困難だと考えていたのだ。
「……ふん、お前もな」
感情を表情には出さずに返答する。
それに合わせてすかさず横にいたアグラリエルが、文字通り横槍を入れてくる。
「フフ、お兄様の狩ってきたアサルトスワンも狩猟難易度は高くてよ?それにワタクシが採ってきた山菜も加味すれば……」
「おお〜い」
――横槍に、さらに横槍が入った。
横槍真打ちである。
「ネル〜〜強化魔法掛けてもらったからなんとか運べてるけど、歩くの速すぎだよ〜!!」
そう、今の今までここに居なかったフィンが帰ってきたのだ。
――二匹目のドレッドボアを背負って。
あんぐりと口を開けるアグラリエル、
一瞬だけ目を見開き、動きが固まったアグラディア。
「あれ……なんか静かじゃん、どしたのどしたの」
「くっ……」
硬直から復帰したアグラディアが唇を噛み締める。
ほんの少しの静寂が流れた……
「……えっと?」
「ふん、俺の負けだ……煮るなり焼くなり好きにするがいい」
煮るなり焼くなりって。内心もうこれどうしたらいいんだろう、とネルは頭を悩ませ始める。
しかしその言葉を聞いた瞬間フィンが瞳を輝かせ、すごい勢いでアグラディアに詰め寄った。
ネルの強化魔法にプラスして移動に風魔法でも使っているんじゃないかと思う素早さだった。
驚愕である。
「本当?!煮ても焼いてもいいの!?」
「お、おう」
そして次に出てきた言葉も突飛過ぎてアグラディアまで柄にもなく間抜けた声で返してしまう。
「ちょっとフィン!それは言葉のあやというものであって――」
いち早く我に返ったアグラリエルがフィンに噛み付くが強化魔法で素早くなったフィンの手がアグラディアに向かう方が速く――
――おもむろにアサルトスワンをアグラディアからぶんどった。
「それじゃあこれは僕んちで貰うね!いやぁ〜焼き鳥、いいよねぇ〜!
あ、貰った分こっちのドレッドボアから持ってってね。
残った分は村のはずれのリシャーダ老夫婦んとこと隣のイスさんちに分けといて!じゃあまた明日〜!!」
矢継ぎ早にそれだけ言うと、フィンはネルを連れてそのまま行ってしまった。
なにやら
「火魔法と土魔法で炭って作れないかな?炭火がやっぱり良いと思うんだよね〜」だとか、
「ネルは何が好き?僕は皮と砂肝とぼんじりかなぁ〜」だとかよく意味のわからない言葉をネルに浴びせ、
ネルは分からないものを丁寧に質問をしながらもこちらに
「失礼しますね」と優しく視線を飛ばしながら遠ざかっていく。
失念していた。
フィンはいつもこうなのだ。
食べ物に目が無いやつなのだ。
見た目はまだ幼いが美人なのだ。
美人で残念、残念美人なのだ
「フィン!!そしてネルよ!!!」
遠ざかる二人にアグラディアは声を張り上げる。
振り返る二人。
勝負において潔く負けを認める、
それも男だ。男のけじめの付け方なのだ。プライドとの葛藤に燃えながらも、キッと二人を見据える。
そして続く言葉を紡ごうとするがフィンの大声がそれを邪魔した。
「焼き鳥、ありがとな〜〜!!」
両手をブンブン振りながら屈託のない笑顔で感謝するフィン。
そうなのだ。この女は残念なのだ。
どこまでも残念で、そして気持ちの良い奴なのだ。
「ふん……次は負けんぞ!!」
アグラディアも声を張る。
自然と心の中の葛藤はなりを潜め、
気持ちはとても暖かいものとなっていた。




