月曜日は祝日
案の定、私は早く目が覚めた。
まるで、遠足の日の子供の気分。
私は悩んだあげく、スカートは履かなかった。
ワイドパンツにカットソー。それにショルダーバッグ。
待ち合わせは11時。
私は車を出すことになっている。
10時40分までに家を出ればいいのだけれど。
それまでどうしよう?
まだ2時間以上ある。
お化粧はまだするには早いし。
とりあえず私はテレビを見て時間を潰すことにした。
ワイドショーを見ても、何も頭に入ってこない。
俳優のスキャンダルだとか、ネットで炎上だとか。
ストーカーがどうのこうのとか。
いろんな話題が通り過ぎていく。
そんな風にそわそわと時間をすごし、家を出る時刻になる。
家を出る前に、私は鏡を見つめる。
お化粧、オッケー。
胸元まで伸びた髪は耳の横で縛って前に流した。
ネックレスして。服装も問題ない。
車を運転するからヒールは履けない。
私はヒールのない靴を選んでアパートを出た。
車は流行の軽ボックスカーだ。浦川君に車種と色は伝えてある。
天気は曇りだった。
暑くもなく寒くもない。
あー、もう、ドキドキする。
落ち着け、私。
自分にそう言い聞かせ、私はエンジンをかけた。
土曜日の駅前は、まあまあ混んでいて。
とくに電車のつく時間に合わせて、迎えの車は増えていった。
ちょっと早めに来たので、私は迎え用の駐車場スペースを確保できた。
私は浦川君にどこに車を止めたかメッセージを送る。
『わかりました。
もうすぐつきます』
とすぐに返信が来る。
私は来る途中で買った、コンビニのコーヒーを飲んだ。
そわそわしている間に、電車が駅に着くのがわかる。
下りる人よりも、乗る人のほうが多そうだな。
下りてきた人の中に、黒いパーカーを着た彼を見つけた。
彼は少しきょろきょろとした後、すぐにこちらに気が付く。
私は慌ててドアのロックを解除した。
がちゃん、と音を立ててドアが開く。
浦川君はにこりと笑って言った。
「おはようございます」
「おはよう」
彼は車に乗りながら中を見回す。
「まだ、新しいですか?」
「そうなの。
買って3か月くらい、かな?
だから人を乗せるの初めてなの」
ちなみに初めて自分で買った車だ。
「俺が最初でいいんですか?」
「え? いいのよ、だって、乗せる人いないし」
彼がベルトをしたのを確認し、私は周りを確認する。
「そうなんですか?」
「そうよー。
友達は皆彼氏がどうのとか言ってるし。
私は今恋人いないし」
と苦笑して答え、私は車をスタートさせた。
「俺、女性の運転初めてですよ」
なんて言って彼は笑う。
それってどういうことだろう?
「というか、女性が隣に座るような状況ないですね」
「え、彼女乗せたりしないの?」
「俺、高校卒業してから彼女いないですよー」
嘘でしょ。
こんな優しそうで、感じがいいのに。それにわりとかっこいいと思うよ?
「免許は持ってますけど、まだ車はもってませんし。
卒業してから自分で買うように言われています」
「そうなんだ」
私が最初に乗った車は、親のお下がりの古い軽自動車だった。
新しい車を自分で買ったときは嬉しかったな。
「こういう軽自動車、流行ってますよね」
「うん。
たしかによく見るよね」
なんてことを話ながら道を行く。
だんだんあたりの風景も変わり、田園風景の残る郊外へとたどり着く。
そこにでーん、と現れる大きなショッピングモールが今日の目的地だ。
案の定、駐車場は混んでいた。
建物の近くに止めるのは不可能で、だいぶ離れた場所になってしまった。
「やっぱり混んでますね」
「そうねー。ごめんね、こんなに駐車場遠くて」
すると浦川君は首を横に振って、
「大丈夫ですよ。
それだけ一緒に長く歩けるってことですよね」
なんてことを言う。
やばい、恥ずかしい。
私は彼から視線をそらし、ショッピングモールを見た。
3階建ての大きな大きな建物は、端から端まで歩くと結構な距離がある。
私たちはショッピングモールの端からのんびり歩き、あれこれ言いながらゲームセンターに向かった。
服屋さんの前を通ると、思わず足を止めてしまう私を一切咎めることはなく、むしろ一緒にこれ可愛いとか言って、浦川君は付き合ってくれた。
ゲームセンターではUFOキャッチャーをやって、一緒に太鼓のゲームをやった。
浦川君はUFOキャッチャーがうまくて、私が欲しくて千円つぎ込んでも取れなかったぬいぐるみを一回でとってくれた。
「どうぞ」
と言って、彼は私が好きな漫画の動物キャラクターのぬいぐるみを差し出してくる。
「ありがとう」
超嬉しい。
そんな風に時間をすごし、お昼を食べた後どこに行こうか、という話になった。
さすがにこれ以上ここで過ごすのは無理があるよね。
正直考えていなかった。
どこ行っても混んでるし。
悩んでいると、浦川君はスマートフォンで何か調べ始めた。
「お嫌じゃなければ、映画はどうですか?
今日月曜日ですから、安く映画見られるようですよ」
なんて言いだした。
その発想はなかった。
べつに映画は嫌ではないし、どこに行きたいというのがないので私は頷く。
「じつは、ネットで予約してるんですよ。
午後の回」
なんて言って、浦川君は笑う。
まあ、たしかにネットで映画、予約できるもんね。
彼が予約していたのは邦画のミステリーだった。
小説が原作の、まあまあ話題の映画だ。
浦川君のおかげでスムーズに映画を見ることができた。
ミステリーと言うこともあり、ちょっとグロいシーンもあったけれど、ハラハラして、ちょっと最後はジーンときて面白かった。
映画館を出れば、時間はもう4時前だ。
「もう帰らないと」
と浦川君が言う。
もう、帰るのか。
ちょっと残念だけれど、仕方ない、とも思う。
べつに恋人じゃないし、夕飯、一緒に食べてとかも考えたけれど、それじゃあ帰り遅くなるもんね。
21歳なら帰りが遅くなっても問題ないだろうけれど。
「夕飯は?」
という言葉が、私の唇から零れ落ちる。
これは私の本心だ。
夕飯も一緒に食べたいって言う。
すると彼は目を瞬かせて、
「いいんですか、俺と一緒に夕飯行って」
なんてことを言いだした。
「え、い、いいに決まってるじゃない」
「ははは……そうですね。
親に夕飯いらないって言わないとうるさいので、電話してきます」
そう言って、彼は離れていく。
待っている間、私はやっぱり落ち着かなかった。
大した時間ではないと思うけれど、10分も20分も待ったような気がした。
浦川君は戻ってきて、
「大丈夫です」
と言った。
「家の方針と言うか……休みの日は夕飯は極力一緒にって言われていて」
と言って彼は笑う。
そう言う方針があるのか。
「俺もこの歳なんであまり言われはしませんけど、実家住まいだし、一言言っておかないとあとあと面倒何で」
「そうなんだ」
家の方針かあ。
何かあるよね、その家独特の決まり事って。
でもよかった。
もう少しだけ、彼と一緒に過ごせるんだ。
私たちはお店を回って時間を潰し、5時過ぎに少し早い夕食を食べた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
7時前に、私は彼を駅に送った。家まで送ってもよかったのだけれど、それは断られた。
駅の駐車場に着き、薄闇の中彼はこちらを向く。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
そう言って、私は微笑む。
まあ、もう夜だしよく見えないでしょうけど。
「じゃあ、おやすみなさい、那実さん」
「え、あ……おやすみ……」
車のドアが開き、彼が降りてしまう。
私は彼が見えなくなるまで、その背中を目で追った。