土曜日の午前
4つも下の男の子にデートに誘われた。
これって現実?
ひとりの部屋のベッドの上で、私は頬を抓る。
痛い。
どうやら夢ではないようだ。
なにこれ。
なんで?
どうして?
困惑する私に、彼は、
「お姉さんと話して楽しかったから。
せっかくまた会うならデートがいいかなって」
なんてことを言っていた。
今の若者って草食系とか言ってなかったっけ?
何、なんでそんな積極的なの?
「かわいいお姉さんとデートできるなんて、最高じゃないですか」
なんてことも言っていた。
かわいいとかないから。
童顔とはよく言われるけれど。
私たちはメールアプリのアカウントの交換をし、今日はお別れしてきたのだけれど。
スマホがメッセージの受信を告げる。
慌ててスマホを手に取りロックを解除して画面を開くと、浦川君からだった。
『今日はご飯ありがとうございました。
来週ですけど、土曜日の10時に駅の西口はどうですか?』
と書かれている。
なんだろ、ドキドキする。
大学2年で別れてから、こういうの全然なかった。
私はメッセージを入力して、送信ボタンをタッチした。
『わかりました。
でも、どこ行きます?』
『映画。見たいのがあるとおっしゃってましたよね』
え、映画?
確かにみたい洋画があるとは言ったけれど、続き物だよ、いいの?
『確かにみたい見たいのあるけど、いいんですか?』
『大丈夫ですよ、予習していきます(`・ω・´)b』
と、最後は顔文字がついてくる。
今時の子って顔文字使うのか?
いや、それよりも、来週の土曜日お出かけ。
「あー、もう、どうしよう!」
心臓がばくばくいってる。
ぱ、パーカーを返すためなんだから。
そんな深い理由とかないから!
でも、綺麗な顔した男の子だったな。
背も高いし。
年下にときめくとか、どうかしている。
私は頭まで布団をかぶる。
そんなことしたってドキドキは止まらなかった。
そして、一週間がすぎた。
電車で彼を探したけれど見かけることはなかった。
うーん、ちょっと残念。
乗る駅はわからないけれど、降りる駅は一緒だよね。
まあ人が多いから見かけなくても仕方ないんだけど。
土曜日。
普段と同じ6時半に目が覚めてしまう。
なんかすごい気合い入ってる人みたい、と思わず自嘲する。
何着ていこう?
スカート……はなんかこの間切られてから着てない。
ずっと、パンツスーツで通ってる。
ゆったりとしたワイドパンツかな、うん。
ゆっくり朝御飯を食べて、着替えて化粧して。
ワイドパンツにカーディガンを羽織る。
一番無難、かな。
あ、なんか緊張してきた。
年下の男の子とデートなんて、初めてだ。
私はパーカーが入るようにトートバッグを持って、9時前に家を出た。
土曜日ということもあり、駅前に人通りは多かった。
老若男女が行き交うなか、駅のコンビニ前に彼の姿を見つける。
同じ電車じゃなかったの?
と、思い私は走り出した。
「お早うございます」
と声をかけると、彼はこちらを見て微笑んだ。
「お早うございます」
黒いパンツに、黒いパーカー。ボーダーのカットソーを着た浦川君は、
「早く来すぎちゃいました」
なんて言ってはにかんだ。
「そ、そうなの?」
「えぇ。一本早い電車で来てしまって」
どうやら、気合い入っているのは私だけではないらしい。
そういうことだよね。
「それならもうすこし早く出ればよかった。
早く起きすぎちゃったのよね、私」
「そうなんですか?
ははは……連絡すればよかったですかね」
なんて言って笑う。
その笑顔は本当に素敵だった。
って、何考えているんだろう?
やばいやばい。
私は首を振り、恥ずかしさを隠そうと、
「い、行きましょう」
と声をかけた。
「そうですね」
と彼は言い、私たちは並んで歩き出した。
観に行った映画は続き物の映画で、一作目を見てないと内容はわかんないんじゃないかなっていう、SF映画だ。
浦川君は本当に予習してきたらしい。
なんだかちょっと申し訳無い気もするけれど、
「前から見たかったので、いいきっかけでした」
と言っていた。
いい子かな。
映画のあとはご飯を食べに行って、楽しい時間はすぐに終わりを告げる。
「夕方からバイトなんで、すみません、失礼しますね」
バイトか。ならしかたないね。なんでだろう、ちょっと寂しく感じるのは。
「あ、これ、返さなくちゃね」
私は、持っていたトートバッグからパーカーの入った袋を取り出した。
「ほんとに、ありがとう」
浦川君はそれを受け取った。
あぁ、もう、これで会う理由、なくなっちゃう。
どうしよう? 誘う?
でも何に?
考えがぐるぐる回る。
「それじゃあ、また」
と言って、彼は去っていく。
またって、会うことあるのだろうか。
連絡先は交換したけれど、会う理由がもうないしな。
なんだろう。少し寂しい。
そう思ったら、私の足は動きだしていた。
「待って」
と彼の背に向けて声をかける。
浦川君は振り返って、ニコリと笑いはい、と返事をする。
「あの……また、会える、かな?」
とドキドキしながら声をかける。
すると、少し驚いた顔をしたけれど、すぐにまた笑顔になり、
「はい」
と答えた。
なんだろう。
なんで私、こんなにほっとしているんだろう。
「ねえ、ゴールデンウィークって、その……」
「バイトの日はありますけど、開いている日はありますよ」
「じゃあ……」
「また、連絡しますね」
そして、彼は手を振ってから背を向ける。
たった3回、会っただけの年下になんでこんなに心を揺れ動かされるんだろう?
いや、いい子だけどさ。
パーカー貸してくれて、ちょっと見た目クールな感じでカッコいいし。
それでも、あんな年下にときめくなんて、どうかしてる。
私は駅へと足を向ける。
あぁ、でも。
また会えるんだ。
そう思うとなんだかうれしい。
私は服を買いに行こうと町に足を向けた。