第9話 三家の返書
北条氏政は怒って・・・いやそれどころではなかった。
「信長め、今回の甲州討伐への協力御礼の文かと思ったら、我らが信勝を匿った疑いがあるだと。ふざけるな」
「氏政殿落ち着きなされ。信勝が何処かに消えたのは事実でありましょうが、その行先は当家ではありますまい。恐らくは信勝を逃がすために勝頼がかました最期の大法螺でしょうな」
「幻庵殿、ということは」
「上杉でしょうな。甲越同盟が生きておるし、景勝も我が義息を自刃に追い詰めましたが、本来は謙信と同じく義に篤い者と聞く。正室も勝頼の妹じゃ」
「もし、この話が事実なら」
「それこそわしらにとっては、鴨がネギしょって来たようなものよ。甲斐国は信玄への忠義心が厚いものが多い。北条家で匿い、その時が来たら信勝を神輿に担ぎ甲斐を頂けばよい」
「なるほど、さすればこの文の返事は如何しましょう」
「それではわしが書いておこう」
幻庵が信長宛にしたためた書状は、
『北条家と武田家は、甲越同盟が結ばれた時点で同盟関係は破断しており、武田信勝が当家に来るなぞ考えられないし、万一捕らえたならすぐさま信長様にお届け致す。また、氏政様と私めの見解としては、上杉景勝の元を頼ったと考えるのが自然かと思う 幻庵』
一方、上杉景勝と直江兼続は頭を突き合わしていた。
「兼続どう思う」
「普通に考えれば、小田原ではなく当家に向かってると考えるのが妥当でしょうな。ただ、武田勝頼が亡くなってしばらく経つのに信勝が春日山城はおろか、領内で主だった城に訪ねてきたという連絡もない。ここが疑問です」
「そう考えると、我らの想定外な場所に向かってる」
「もしくは既に命を落としたかのいずれかですな」
「してどうする」
「では、私が返事をお書きいたします」
兼続の書状は、
『生前、勝頼殿が信勝を小田原に遣わしたと話したならそれが真実と思いまする。武田家も追い詰められた状況で使者を送ったなら越後に遣わすより隣国の相模国小田原に向かわしたというのが真実と思います。万一、当家に信勝が来ましたらその際には一声お掛けさせて頂きます 上杉景勝(代筆:直江兼続)』
沼田城でも昌幸が唸っていた。
「信長め、やはり真田へも嫌疑を掛けてきたか」
そこには武田家旧臣のなかで、有力どころであった真田家にも書状は届いていた。
「まぁ、書状は届くだろうな。勝頼様を岩櫃城にご案内しようと思っていた訳だから疑うのが当然だよな」
「父上如何いたしますか」
「ここは知らぬ存ぜんでいいだろう。少なくとも勝頼様が信勝様の小田原行きを示唆してたのだからそれに乗っかる形だな」
真田昌幸の書状は、
『勝頼様の発表後、お別れの為時間を頂いたが信勝様を小田原に使者として遣わし、室の挨拶状も合わせて持たせたと言っておった。やはり北条家に行かれたのではないだろうか。もし領内で見かけたらご連絡する』
三家の思惑が絡み合っていた。