第30話 策士策に溺れる(上)
時間を戻して振り返る。諏訪大社事件が起きて数日後。
「秀吉様、安土よりの遣いの者が来ております。火急の知らせとのこと」
秀吉は急ぎ面会をした。
「安土城留守居役の蒲生賢秀より遣わされて参りました」
「うむ大義である。して如何された」
「大殿が、大殿が諏訪で亡くなられたとの事でございます」
「なんと・・・」
「まだそれしか情報が入ってなかった時点で遣わされたので詳細等はわかりませぬ。この後、続報を他のものが持って来ると思いまする」
驚いたが、秀吉は何とか我を取り戻し状況を整理した。
「どのような理由で亡くなられたかも、まだ情報が入っていなかったんだな」
「はっ」
「遠路はるばる大変であっただろう。あちらで湯漬けでも貰ってゆっくり休んでくだされ」
黒田孝高を呼び寄せた。
「大殿が亡くなった」
しかし秀吉の表情は悲しみに暮れたものとは程遠いものだった。
「やっと俺のターンだ」
「殿?」
「歴史はやっぱり俺に微笑むように出来ている。安国寺恵瓊と話を詰めて、毛利に秀吉に従うように話をしてくれ領土割譲の件は融通を利かしてもいい。速やかに我に従わせてくれ」
「殿には大殿の下に速やかに戻って頂きたいので勿論急ぎますが」
秀吉は不敵な笑顔を浮かべた。
「光秀にずっと吹き込んでおいて良かった。やはり本能寺の再現は光秀がやってくれたのだな」
秀吉はこれまで光秀に謀反を唆していた。実際、長宗我部との問題や、信長からの『きんかん頭』などのあだ名による侮辱。さらに将軍家を軽視する信長の姿勢などもあり光秀が信長に対して決して良くない感情があったのは事実であった。
ただ、光秀は秀吉に対しても懐疑的に見ており事を起こしたとしても各種約束は反古されると思っていた。
そこである日、秀吉に事を起こした後にどのように光秀を守ってくれるかを書面にして欲しいと伝えた。
秀吉はかなり渋ったが、『あとで坂本城を燃やせば問題ない』と判断し書面に認めて光秀に渡した。
それから間もなく諏訪で信長が亡くなったと聞き光秀が動いたのだと早合点した。
毛利との交渉を待ってる間に続々と情報が入ってきた。
纏めると信長が諏訪大社で失火の為に亡くなったが、嫡男の信忠は健在であると。
「俺にチャンスの順番が回って訳じゃないのか」
中国大返しを再現して天下を取れると思ったのに信忠が健在ならそれは無理な話だ。
思っていた結果と異なり内心ガッカリしていたが、織田家重臣として、信忠のもとへ向かった。
一方、光秀は堺で四国に向かう船を待ってる時に訃報に接した。
確かに信長に対しては複雑な思いはあるが、引き立ててくれた恩もあり、信長に対して弓を引くのは躊躇していたのも事実であった。
堺で、信忠が健在である事も安土より連絡が入り、長宗我部には『信長より生前に許可を貰ってるのでこれで納得して欲しい』と書を認めて配下の者に託して、光秀自身は安土城に向かうこととした。
柴田勝家も上杉との講和を行い、そのほかの重臣たちも領土拡大の為の戦いを休止して安土に向かった。
安土城に集まった重臣たちは信長が失火で思わぬ形で命を落とした事を聞き、改めて信長が居ないという事を心に刻み、あるものは涙を浮かべ、またあるものは人目も憚らず大声で泣く者もいた。
しかしただ1人、内心では忸怩たる思いを抱えた者がいた。明智光秀であった。




