第29話 家康の策
武田家旧臣の中からやはり信勝の下に行きたいと申す者が現れた。
いや、当主の跡継ぎが存命で再起したとすれば家臣団が集まろうとするのは当然か。昔のワシが岡崎城奪還に動いた時と同じように。
家康は一人納得した。自分を支えようと今川の圧政の中で我慢して時を待ってくれた三河武士と、今の彼らは何も変わらない。
むしろ住み慣れた甲斐を捨てて新天地でやり直すのは、昔の三河武士よりさらに厳しい条件だ。それでも追っかける。まさに忠臣の鏡と言えるかもしれない。
「石川数正と大久保長安を呼べ」
徳川家の外交部門筆頭的立場の石川数正と、武田家旧臣の中心的立場となっていた大久保長安が呼ばれた。
「長安、いつ頃米沢に出立する」
「1週間後を予定しております。殿には外様にも関わらず多分な温情を掛けて頂きながら誠に申し訳・・・」
「それ以上言うな。昔、ワシが岡崎城を奪還するまで耐えた三河武士の皆と同じ立場であろう。奥州はより寒い地域だろう皆と達者で暮らせよ」
「はっ」
思わぬ家康からの声がけに男泣きを必至で抑えた長安であった。
「数正、彼らについて行って伊達輝宗殿や信勝殿と会談をして来てほしい」
「内容は」
「伊達家とは友好関係構築。まあ、上杉への牽制をして頂き、こっちが北条への牽制すれば遠距離だが利害は一致するはずだ」
「信勝殿とは」
「信勝殿には甲斐や信濃の統治を徳川がすることの了解する旨の書面が欲しい。それがあれば民たちに徳川への信頼が増すだろう。そのかわり武田遺臣への保護や恵林寺再建は家康が責任を持つ旨を書面にする故」
「それならば十分交渉となります」
石川数正は武田家旧臣と共に米沢に向かうことになった。
あくる日、家康は服部正成を呼び寄せた。
「半蔵、お前も米沢に行って欲しい。ただ、数正や長安達と一緒に行動する必要はない」
「目的は如何に」
「此度、信勝殿の動向や意向は恐らく真田の手によって行われただろう。それはワシよりも半蔵のほうが理解してるだろう」
正成は静かに頷いた。
「織田家の混乱が続いている以上、戦国の世に再び戻る可能性が高い。その間に奥州も淘汰が進むだろうその覇者が伊達家になる可能性があるか探ってきてくれ。数正が見れるものと違ったものを見てこい」
「はっ」
次の瞬間、服部正成の姿は無かった。
「織田家がまさか割れるとは諏訪大社事件が起きた時には思いもよらなんだ」
そう、諏訪大社事件で信長が横死し、信忠が家督を継ぎ一枚岩で天下布武に向けて邁進すると思われていたが、思いもよらぬ形で割れてしまった。
羽柴秀吉が反乱を起こしたのだ。




