第3話 それぞれの思案と選択
夜が明けてきた。
俺と昌恒の2騎は夜通し駆けて佐久の大井城近くまでたどり着いた。
「殿、いかがされますか。大井殿に助力依頼しますか」
昌恒は当主を継いで以来、俺を『殿』と呼ぶ。
「捨て置け。武田が滅びるやも知れん時に助けてくれまい。むしろそのまま手柄として信長に生きたまま差し出されるか、首だけになってるかの違いぞ。あと、俺を殿と言うのも止めろ。耳の聡い者が聞き気づかれたら全て終いだ。これからはノブと呼べ。敬語も様も付けるなよ。俺もマサと呼ぶ」
「はっ」
今の二人の格好は普通の武者装束であり、そこには武田菱も何も入っていない。見た目は土豪の若武者としか見えないであろう。
馬に暫しの休息を取らせながら俺は考えていた。
これからどこに向かうか。
「ところで、と・・・ノブ。これからどちらに向かう」
「北だな」
「北というと上杉か」
「いや、奥州だ。いま信長の威光がまだ届かず未だに小さな大名家が群雄割拠してる状況だ。そのいずれかに入り、しばらく天下の餅が誰の口に入るか眺めていようぞ」
「天下は信長の・・・」
「いや、信長は家臣にも酷く当たるという噂もある。人は城、人は石垣・・・その言葉は織田家にも通じる。人を信じられない者が天下を簡単に取れるであろうか」
「一理ありますな」
「ともかく俺が天下の餅を食えることは無い。その天下の餅を最後に食べる者と轡を並べて我らが血を残すそれだけぞ」
今は父親と別れ、武田の血を生かす。そしてせっかく転生して拾った命を生かすためだった。
「上野、下野を経て奥州に向かうぞ。マサ付いて来い」
2騎は信濃から上野に向かっていった。
「信勝には北条との和睦の依頼のため、我と室の書状を持って小田原に向かわせた」
新府城では勝頼が家臣に話していた。
「我らは岩殿に向かうぞ、信茂先導をせい」
「はっ」
勝頼は分かっていた。信勝が向かうのは北であろうと。勝頼の妹である菊姫を頼り上杉か、または奥州か。
家臣も誰しも少し考えれば上杉に助けを請いに行った可能性が高いと気づくであろう。ただ、その時を少しでも遅らせたかった。気づいた者が裏切り信勝に追いついたら意味がない。
そして逃げたとも思わせてはならない。ましてや信勝が当主になってるとは絶対に気づかしてはならない。
そうなれば甲斐に軍を進めているようだが、まだ見えぬ北条に和睦を申し入れに行ったというのは納得するものも多いだろう。
その日新府城に火が放たれ、勝頼らは岩殿に向かっていった。小山田信茂に裏切られる可能性が高いとは勝頼も思っていた。しかし、武田の当主(であった者)が、甲斐以外で死ぬのは彼の中で不本意であった。
新府城で信勝の小田原行きを聞いた真田昌幸は即座に違和感を感じた。
(「助けを求めるなら今敵対してる北条では無く、菊姫が嫁がれている上杉景勝ではないか。それに本日城を離れるとはいえ、出立の時まで動かす必要が無い『楯無』が動かされ木箱に収められている。本来は殿が着て出立するのが筋ではないのか」)
楯無は出陣の際に当主が着ているのが普段の武田家だ。
それに対し、城を離れる日に着ないという選択はおかしい。
昌幸は岩櫃城に向かう為、勝頼に挨拶に向かった。
「殿を岩櫃にお迎えすることができず至極残念です」
「昌幸の気持ちはありがたいが、わしは甲斐で再起を図る」
「織田を破りましたら、馳せ参じます」
「うむ」
昌幸は深く一礼をしたあと、勝頼に人払いをお願いした。
「昌幸、人払いしてまで如何した」
「殿、我らが新しい当主信勝様はいま、何処に」
「ま、昌幸・・・」
「楯無を殿が着られないという事は、殿は既に当主では無いということでしょうか」
「その事を誰かに言ったか」
「いえ、我が胸の内に秘めております」
「さすがに武田の誇る知恵者よ」
「して、いま何処に」
「分からぬ。武田の血を残すと信勝から話があり昌恒を付けて夜のうちに出ていった」
「左様でございましたか」
「真田家で匿う必要も無いぞ。ただ領下を通っていった時見逃してくれればそれだけで有難い」
「殿のご命令に従います」
昌幸も新府城を後にした。
書きながら改めて史実や古城場所を確認しながら書いてます。予想もしなかった場所に城跡があったりと驚いてます。なお、当時の馬のスピードは時速20キロ程度で考えています。(休みながらなので実際はもっと遅いかもしれません)