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第2話 別れの盃

武田信勝として生きる。そのためには小山田信茂の岩殿城に行ってはならない。

大河ドラマでも見たが、真田昌幸が岩櫃城にお連れしたいと言ってくれてたはず。父である武田勝頼にご注進するしかない。


「誰かいるか」

「はっ、昌恒にございます」

「大殿に至急会いたい」

「かしこまりました」


土屋昌恒は天目山で最期まで忠信を果たしてくれた武将だ。ここに居たのが小山田の者でなく良かった。


明日には火を付ける城内。片付けをする者の物音が遠くで聞こえるが、その音も徐々に小さくなってきた。城の奥にある寝所では、お茶を飲んでいる大殿である勝頼が居た。


「殿、信勝様が至急お目通りがしたいとの事でお連れいたしました」

「入れ」

「失礼致します」

「では、これにて」

「いや昌恒もそこに控えていろ」

「はっ」


勝頼はお茶をゆっくりと飲み一息ついた。

「馬の扱いに長けた信勝が落馬したと聞き驚いたぞ」

「ご迷惑お掛け致しました」

「明日は出立だからしっかり休め。と言いたいところだが至急とは何用だ。忌憚なく申してみよ」


俺は内心焦った。小山田信茂が裏切る。と伝えても構わないが、何一つ証拠も無い。そればかりか勝頼が信茂を俺の思う以上に信頼を置いていたら、ここで命を落とすやもしれない。

俺は意を決して切り出した。


「武田の血を残すため、私は岩殿城には向かいません」

「そうか」


長い沈黙があった。


「もしかしたら信茂が裏切るかもしれないという事か」

「考えたくもありませんが、長篠以来多くの家臣が武田の元を去っていきました。親類である梅雪までもが徳川に裏切りました」

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。父の遺した言葉を生かせなかった我が責任だ。長篠の戦いの前に忠臣たちに耳を傾け引いていたら少なくとも今も三国の領主で今日みたいな事は起きておるまい。信勝に甲斐、信濃、駿河を渡し楽隠居してたかもしれぬの」

「父上・・・」


「昌恒、楯無を信勝に着させろ」

『楯無』とは武田家伝来の鎧兜である。


俺が楯無を着用すると、父は鎧着の式を始めると伝えた。

「鎧着の式でございますか」

「この武田家当主は父信玄公より信勝が16歳になるまで後見人として預かっていた。武田の旗を瀬田に立てるどころか明日をも知れぬまで壊滅させてしまった。申し訳ない」

「父上・・・」

「本日より武田家当主は信勝じゃ、但しそうなると一緒に行動する事となってしまう。この事はこの場限りの秘密とする。昌恒もわかっておるな。わしは当主として岩殿に向かう。信勝は今夜中に出立し、武田の血を残す事に命を賭けよ」

「父上、わかりました」


「お春、酒を持ってきてくれ」

お春は北条氏政の妹であり、後に北条夫人と伝えられている。


「信勝、昌恒それにお春。盃を酌み交わそう」

現代のように澄んだ酒で無く、どぶろくに近い白濁とした酒であったが4人は静かに口に運んだ。


「お春、いま武田家の当主を信勝に渡した。お前は北条に帰るか、それとも信勝に付いていくか」

「私は北条の人では既にありません。また、武田の血を残すために生きる覚悟をした信勝様に付いていっては足でまといになってしまいます。勝頼様と一緒に地獄まで付いていかせて下さい」


「お館様私は・・・」

「昌恒、お前は信勝と共に茨の道を進んで欲しい。恐らくは死ぬより困難な道のりであると思う。お前しかおらぬ」


「信勝、いま一筆したためる。これだけが信勝が武田家当主であることを証明するものとなるだろう。楯無も目立ち、我より先に命を落とすかもしれないので置いていけ」

「はっ」

俺は楯無を脱いだ。


「武田はいま正に四面楚歌の状況だ。西より織田、南より徳川、東より北条。北の上杉は過日の家督争いの余波で未だに落ち着いたとは言い難い状況じゃ。いま武田に従ってくれている者たちも信勝が身を寄せても織田や徳川に売るやもしれぬ。昌恒以外信用するな。時を待てそれまで生きよ」


こうして父子の別れの盃を交わし、昌恒とともに深夜の新府城を後にした。

北条夫人は武田勝頼の室として現在に伝わっておりますが、名前は伝わっておりません。

今回は『お春』という名前を付けました。登場回数は少ないとは思いますが、勝頼に尽くす良妻と思って頂けるように書いていきます。

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