ヒロインさん、出番ですよ 中編
ー 体育館
「えー、では、今年度の始業式を始めます」
そう校長が言うと、周りの生徒は
心做しか嫌そうな顔になる。
どんな時代でも、校長の話は長いし、
今必要なことではない気がするし、
なんだか気だるくなるものだ。
俺もその一人で、ぼーっとしながら
ながったるい話を聞いていた。
「次は、生徒会長からの挨拶です」
司会の生徒がそう言い終わると同時に、
おそらく生徒会長であろう人間が
壇上にたった。
「…初めまして、今年度生徒会長の」
「…げっ?!」
後ろから雄二の驚く声が聞こえた。
俺も驚いた、壇上に立っていたのは
紛れもなく、あのハーレムを作ってた
「御手洗伊津三です、よろしくお願い致します」
生徒会の人だったのだ。
会長はそう言うと、深々と頭を下げ
挨拶という名の処刑が始まった。
あの生徒会の人が
まさか生徒会長だったなんて。
「…あんなひ弱な感じなのにな」
にしても、あれは気のせいだったのか?
でも、俺、御手洗?さんに
一度もあったことない気がするけど…。
「…けんいちー」
小声で誰かに呼ばれた気がした。
「あっ…」
そこにいたのは、幼なじみの七瀬優奈だ。
「…お前、同じクラスだったのかよ」
「…悪い?」
「…悪かねえけど、もうあれは辞めてくれよ」
「…ほーん、それってこれのことかなー?!」
そう優菜が言うと、俺の大事なところを
握りつぶした。
「ーーーーーっ?!?!?!?!?!」
声にならない声って、こう言うのを
言うんだよな。
俺は冷静にそう思った。
「そこ!静かに話を聞きなさい!」
そう注意する声が聞こえたが、
余りもの痛みに俺は座り込んだ…。
周りの生徒はどよどよなりながら
俺のことを凝視する。
「だ、大丈夫なの…?」
クラスの女子が優菜に聞くと
「大丈夫よ、このくらいで死なないわ」
という優菜の返しが聞こえた。
たしかにあれは俺が悪かった。
でも、一度きりの過ちで、
もう謝ったことなのに…。
「あーら、だめじゃない、こんな所で座り込んじゃ」
上を向くと、おそらくこの学校の
先生らしき女性が仁王立ちしていた。
「す、すみません…すぐ治るんで…」
そう言って立ち上がろうとすると
みしっ
「…は?」
俺は、先生らしき人に、踏み倒された。
しかもこの力、普通じゃない。
だって、踏み潰されたと同時に、
床の板がバキッと完全に割れたのである。
「あーら、弱っちいわね、こいつは違う、と」
生徒から悲鳴が上がってた。
悲鳴をあげたいのはこっちだ。
だが、これ、マジで痛い…。
立ち上がれねえ…。
「だ、誰ですかあなたは?!」
そう校長が叫んだ。
え、あの人先生じゃないの?
この行動からして違うとは思うが…。
「あーら、紹介遅れたわね、ま、どうせ紹介したところで記憶なんて消えるけど」
そういうと、その人の周りに黒い渦が
現れ、その人を覆った。
「なんだ…あれ…?」
その瞬間、渦は消え去り、女性が現れた。
「私はエイス、貴方達の心、頂くわよ」
それはどう見ても、現実に存在するとは
とても思えない物だった。
頭には白い角が生え、白髪ではなく
本当に最初から白いのであろう髪が
ロングヘアーでなびいており、
口紅や、ところどころ化粧に
赤を使っていて、とても面妖だ。
そして衣装は白いが、
その形自体は、完全に…。
「し、白い悪魔…」
優奈がそう呟いた、そして、
「白い悪魔よ!!!みんな逃げて!!!」
優菜はさらに叫んだ。
その瞬間、女子たちは全員悲鳴をあげ逃げ始めた。
「お、おい優菜?!なんだよ白い悪魔って!」
俺、というか男子一同は、
何のことかわからず、ただただ呆然と
立ち尽くしていた。
「説明はあとよ!!あんた達は早くここから逃げなさい!!最悪死ぬわよ!!」
優菜が再び叫ぶと、男性陣は
おじけて逃げ出した、お前ら…。
っていうか…。
「逃げろって…お前はどうするんだよ!」
「あんた、私がヒロインなの忘れたの?!」
あ、忘れてた。
「で、でも、ヒロインって、今じゃおしゃれの一つみたいなもんで、敵と戦うなんて出来ないんじゃ…」
そう、だから女子も優菜以外全員逃げたのだ。
『ヒロイン』はあくまで飾り。
便利な道具に過ぎないのだと思ってた。
実際、こんなの初めて見たし、
まさかこんな得体の知れないものが
現実世界に現れるなんて思いもしない。
「大半はね、でも、私みたいに、本気で悪をやっつけたい人なら、多少戦えるのよ!」
優菜は右拳を掲げた。
「来たる夜空よ、我に力を!!」
そういうと、優菜の周りに紫色のオーラが
現れ、優菜を包んだ。
そして、オーラが放たれると、
中から『ヒロイン』になった優菜が現れた。
本来は茶色の髪も、鮮やかな紫色になり、
長くなった髪は、風になびいていた。
「夜空の天使、ナイトエンジェル!」
優菜、もといナイトエンジェルが
そこに立っていた。
「雄二くん!健一引っ張って逃げて!」
男性陣の中で、俺以外唯一逃げてなかった
雄二に、ナイトエンジェルは伝えた。
「お、おう!任せとけ!」
そういうと、雄二が俺の腕を掴んだ。
「先生もこねえし、保健室まで我慢しろよ!!」
いだい!俺の腕ちぎれる!!
「って、なんで動けないんだこいつ…」
「あーら、ごめんなさい、私に触れたら最後、どちらかがやられるまでそこから動けないわよ」
ま、まじかよ…。
「…ご、ごめん!俺、先逃げるわ!!」
「おい!まじかよ!」
あいつ、後で覚えてろよ…。
こうして、体育館には俺とナイトエンジェル、
そして白い悪魔?しかいなくなった。
「ふふふ、これで場は整ったわね」
「エイス、貴方はここで浄化されるのよ!」
「面白い…」
その瞬間、殴り合いの戦いが始まった。
あまりにも高速なので、その姿は見えないが
体育館に響き渡る鈍い音、
そしてかすり傷から出た血も、
そこら中に飛び散らかっていた。
「ほーう?多少はできるのね?」
「当たり前でしょ!私はヒロインなんだから、戦えなきゃダメに決まってるわよ!」
優菜は悪魔に一撃を与え、
悪魔は一度、床に倒れてしまった。
久しぶりに見たけど、改めて思う、
こいつはほかのヒロインと違って、
本当に正義を貫くヒロインなんだ、と。
「やった!…え?」
でも、悪魔はすぐに立ち上がった。
「あーら…この程度で終わるとでも?」
悪魔のその言葉に、俺はゾッとした。
悪魔の体から白と相対した
黒いムチが現れ、優奈をボコボコに殴った後
優菜を縛り付けた。
「うぐっ!あっ…!」
「優菜!!!」
俺も助けたい、でもどうやって?
体は動かせない、声しか出ない。
ただただ、優菜が弱っていく姿を見て
苦しい気持ちになる以外、
何も出来なかった。
「あーははは!!これで私の勝ちね!!」
「くっ…うぅ…」
どうすれば…どうすれば…。
「貴方には、あの方の養分に…」
「エンジェルアロー!!」
えっ?!
「ぐっ…あぁ…」
突然、悪魔が弱り始めた…。
よく見ると悪魔の胸に、青く光る矢が刺さってた。
「だ、誰?!」
俺も上を見ると、見学デッキに、
天使の羽が生えた女性が立っていた。
「…悪魔よ、今すぐあの世へ戻りなさい」
そう言った瞬間、悪魔の体から
黒いオーラが放出された。
「ああああ!!!」
そして、悪魔は消え去っていった。
「…あなた、ナイトエンジェルと言ったかしら」
「…そうよ」
「正義のヒロインごっこはもう辞めなさい、さっきみたいな目に遭うわよ」
「…え?」
そうナイトエンジェルに話すと、
謎の女性は、その場から姿を消した。
同時に、ボロボロになっていた体育館は
何も無かったかのように、元に戻っていた。
そして、体育館には、俺とナイトエンジェル
だけが残っていた。
「…あっ、動ける!」
「………」
「な、ナイトエンジェル…大丈夫か?」
そう話した瞬間、彼女の変身は
スっと溶けた。
「…悔しい、あんなにあっさり浄化されちゃうなんて…私…すっごく頑張ったのに…」
優菜が、こんなに悔しそうに、
そして、悲しそうになっているのを見るのは
本当に久しぶりだった。
「優菜…」
こうして俺の高校生活は、初っ端から
波乱に満ち溢れたものに、なってしまった。
続く
真ん中になります、真ん中ってなんかいいですよね。なんだか落ち着くような。
でも、本来の真ん中ってなると、なかなか定まらないものであります、奥ぶかし真ん中。