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2016年/短編まとめ

砂時計の夢

作者: 文崎 美生

よく夢を見る。

真っ白な空間で私は薄い硝子の中にいて、降り積もる砂に埋もれていた。

最初こそ全く積もっていなかったそれは、夢を見る度に増えて、今では腰の辺りまで降り積もっている。

動けない、出られない。


全く、どうなっているのか。

ゴンゴンと拳で硝子を叩くけれど、割る気配もなければ私の視線の先の人物が、物音に気付くこともない。

一度もこちらを振り返らない背中は、一番始めにこの夢を見た時からそこにあった。

……いや、正しくはずっとそこにいた。


服装はいつも違うけれど、こちらを振り返ることもなく、その背中は前だけを見据えていた、と思う。

正確なことは分からないが、取り敢えずこちらは見てくれないし、動かない。

スラリとした細い線の体は、少し猫背で気だるげで、寂しそうなのが印象的だ。


ゆっくりゆっくり、砂が増えていく。

ゴンゴン、ゴンゴン、叩いても叩いても気付かない。

声は狭い硝子の中で反響して、私の耳への被害が大きいので、発することすら諦めた。

ゴンゴン、ゴンゴン、気付いてないのか、気付かない振りをしているのか、分からない。




***




砂の色が赤だと気付いたのは一番最初に夢を見た時で、その砂の色が変わったことに気付いたのは今よりは前の話。

今日も今日とて、私は夢を見ていた。

呼吸の仕方も忘れたように、硝子の中で気だるげな背中を見つめていた。


口元まで覆い隠す砂は、一体どれくらい溜まるのか。

夜中の雪みたいに静かに降り積もる砂は、青でいっぱいになってしまった。

赤は私の足元の方に溜まっていて、もう降ることはないらしい。

何だか、寂しいね。


目を細めた先には猫背な背中があって、今日は砂と同じ青い服を着ていた。

仕立ての良さそうな服なのに、後ろから見ていても着せられている感があるのは何故だろうか。

似合っているけれど、変な違和感。

私は降り積もる青と同じ色の服を見比べて、目を閉じた。




***




目を開けてみたが、真っ暗だった。

赤も青も、あの背中も見えなくなってしまったけれど、これが夢だというのは分かった。

しかし、いつまでこうしていればいいのだろうか。

いつになれば、この夢は終わるのだろうか。


何も見えないんじゃ、何を考えることもなく、ただ目覚めるのを待つだけだ。

私は体の力を抜いて目を閉じた。

次に目を開けたら、見えてくるの見慣れた部屋の天井だろう。

そうしてまた目を閉じて眠れば、真っ暗な世界だ。


それからどれくらいの時間が経っただろうか。

コンコン、とか細い音が聞こえて目を開けた。

だが、そこにあるのは見慣れた部屋の天井なんかではなく、真っ暗な世界。

詰まるところ、夢の中の砂の中だ。


砂に音が吸い込まれていくのを感じながらも、確かに聞こえた音。

何だろう、よく耳を澄ませてみれば、コンコン、聞こえた。

私が硝子を叩いていた時とは違う、まるでノックをするような音だ。


そうしてそのノックに答える間もなく、痺れを切らしたような光が差し込む。

硝子に遮られていた新鮮な空気が流れ込んで来て、眩しさに目を細めながらも噎せた。

勢い良く噎せて、流れ落ちた砂の上にへたり込む。


「……俺のこと、ずっと見てたのはアンタだったの」


疑問形ではなく確定。

知ってた訳じゃないけど、嫌に納得したような声だった。

夢の中だから大丈夫なはずなのに、酸欠みたいでぼぅっとする頭をフル回転させながら、私はゆっくりと顔を上げる。


かちり、と合わさった視線に、咳き込んでいたはずのそれが消えて、ヒュッ、と喉が鳴った。

黒々とした瞳が私を見下ろし、見つめている。

サラリと長い前髪が邪魔くさそうだけれど、目の前のその人は気にした様子はなく微動だにしなかった。


「ええっと……夢、ですよね」


「俺の夢だと思うけど」


砂の上に座り込んだまま、見上げた状態で絞り出した言葉に、間髪入れずに真顔で返してくるその人。

私の夢ではないのか、そうか、そうなのか、何故かストンと落ちてくる答えに、私は小さく頷いて「お邪魔してます」と言った。

一度頭を下げてから、もう一度見上げて見た先では切れ長の瞳が見開かれていて、何だか笑える。

いや、笑わないけど。


ぱちくり、瞬きをすれば、ふはっ、と吹き出すその人は、肩を震わせながら笑う。

目を細めて、それはそれは楽しそうだ。

「変なの」なんて言ってるけれど、だって、どうしていいのか分からないから。


「何で、出してくれたの」


笑い続けるその人に問い掛けてみた。

口元を抑えていた手を解き、重力――夢の中に存在するのかは分からないが――に従って落とす。

「さぁな」貰えた答えには、納得がいかなかった。

でも唇を引き上げて笑いながら「自分の中で、一区切り付いたんじゃねぇの」と言うその人は、猫背を直していた。

だから、仕方なく頷く。


ピシリと伸びた背筋を見て、背が高いんだなぁ、なんて思いながら砂を撫でる。

何だか硝子の中で感じていた、寂しそう、というのが間違いだった気がしてきた。

一回り二回り大きくなって、芯の通ったような、寂しそう、ではなくなっている。


「これは、過去?」


ザラザラと手の平で撫でる砂の感触は、子供の頃を蘇らせる。

砂場遊びをしたのはもうずっと昔のことだ。

楽しくなって来て、それをすくい上げて零す私を見ながら、その人は「多分な」と言う。


「要らないって、切り捨てて来たヤツ」


そんなものの中に私は混ざっていたのか。

少しばかり複雑な気持ちになり、眉を下げて、手を払った。

パンパン、と小気味の良い乾いた音が響く。


「でも全部、戻っちゃいましたよ」


「良いんだよ」


砂を払った私の手を掴んで、驚くほどに強い力を込めて引っ張られた。

グンッ、と一気に下半身まで伝わった力で、私は立ち上がり、その人の胸に飛び込む。

そんなに高くもない鼻をぶつけて涙目。

上から笑い声が聞こえた気がした。


「これで、前に進める」


降ってきた声に顔を上げれば、儚げに笑うその人がいて、その輪郭が歪んだ。

インクの上に水を落としたように滲み、歪む世界は、微睡みを覚醒へと引っ張りあげる。

その人の力程じゃないけれど、私は確かに現実へと引き戻されつつあった。


これで夢が終わる。

明日からはこの夢を見なくなるのだろうか、もう終わりなんだろうか。

私はその人を見上げて、ぱくり、口を開く。

選ぶ言葉が正しいのかは分からないが、兎に角、喉を絞って言葉を吐こうとする。


だが、その言葉は音になり、その人の鼓膜を震わせるよりも先に、吸い込まれた。


目をひん剥く勢いで丸めた私の目の前で、私の吐き出そうとした言葉を吸い込んだ唇を引き上げて笑うその人。

酷く楽しそうな顔に、目だけじゃなく、口も開く。

じわじわと襲う熱に頭がグラグラして、現実にある私の体が高熱を出してしまいそうだ。


「見付けてやる」


あぁ、何それ、少女漫画のヒーローみたい。

夢なのに、私は熱を持った頬を引き上げて笑う。

ぐいぐいと現実に引っ張り寄せられる意識に、そっと目を閉じた。




***




目を開けると、そこには見慣れた部屋の天井があって、布団の中で思い切り伸びをする。

視線をさ迷わせて、サイドテーブルに置いてあった時計を見れば起床時間の五分前だ。

後五分も猶予があったんじゃないか、と夢の世界を名残惜しむ。


それにしたって、不思議な夢だった。

毎日毎日同じような夢を見て、確かな時間の過ぎ去りを感じて、多分、今日で終わったのだ。

見付けてやる、だってさ、と口の中で呟いて笑う。

寝起きで乾いた唇を撫でて、ベッドから飛び降りれば、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいて、目を細めた。


あの人が少女漫画のヒーローなら、私はヒロインかな、なんて柄にもないことを考えながら、鳴り出した目覚ましを止める。

そんな数時間後、私はヒーローのようなその人と現実の世界で会うなんて、それこそ、そんな夢みたいなこと考えるはずも、思い付くわけも、予想できるはずもなかった。

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