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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter10.Ketterasereiburg 編(崩壊)

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#89 戦争の爪痕と、心の傷

「......泣いても、いいんだよ?」



 シェドはふいに起き上がったかと思うと、「ロゼ、............ロゼ」と、その場にいない女の子の名前をただ言って、ミュールに抱きついた。

 ミュールはその「ロゼ」という女の子を、知らない。知らないが、シェドにとってとても大切な存在なのだということは、シェドの様子から痛いほど伝わった。


 冥界では制度上、200歳を超えれば大人として扱われる。ちょうど省などの仕事に就き出す年頃だし、それは間違っていないように思われる。だが精神的な面でも大人なのかと言うと、そうとは限らない。例えばシェドのように大切な人の記憶がずっと心残りになっているなら、それは精神的には大人になりきれていないのかもしれない。ミュールも、自分が冥界で留守番をしている間に両親が交通事故に遭い、2人とも亡くなってしまった。その知らせを聞いた時、目の前がすうっと暗くなっていったのを覚えている。両親がこんなにも早くいなくなってしまうなんて思ってもみなかったし、これから先ちゃんと生きていけるのだろうか、とも思った。遺体はおろか死砂さえもないお葬式で、ミュールもハノープも、後にも先にもないほど泣いた。


 その時は落ち込んで、何もかもやる気が起こらなかった。涙は枯れて、おえつを漏らすだけの泣き方になってもまだ泣いて、ずっと部屋に引っ込んでいた。

 けれど、いつかは立ち直らないといけない。その悲しみを何とか乗り越えることのできた今のミュールが、大人になれたと言えるかどうかは分からない。でもあれ以来、ちょっとやそっとのことで弱音を吐いたり泣いたりすることがなくなった。ミュールはそれが「大人になる」ことなのかもしれない、と思っている。シェドも同じだ。それはその”ロゼ”という女の子のことを忘れろ、ということではない。むしろ大切に心の中のどこかにしまい込んで、その先をしっかり生きてゆく(かて)にしてほしかった。だから、思い出してその時のことを(しの)んでむせび泣くなら、今たくさん泣いて、立ち直ってほしかった。


 ミュールはシェドの頭をひざの上に載せて、シェドが自然に泣き止むのをそっと待った。シェドが10分で泣き止んでも、あるいは3時間かかっても、待つつもりでいた。


 そしてシェドの泣く声がだんだん小さくなって、ゆっくりと顔を上げたのを見て、


「アルくん......?」


 ゆっくりと手を伸ばして、シェドの頭をなでた。それから、


「......いたいの、いたいの、とんでいけ!」


 ミュールがシェドの胸に手を当てて、そう言った。シェドは最初何をされているのか分からず呆然としていたが、やがてその意味を理解して、わずかに笑顔になった。



「............ごめん、ミュール」

「いいえ、こちらこそ」



* * *



 シェドが窓から病室の外を見ると、すでに日は暮れかけていた。あちこち壊れている建物はあったが、様々なところが灰色のシートに覆われ、大工さんの叫び声がこだましていた。その様子を見て、ミュールが声をかけた。


「......戦争は、終わったよ」

「......やっぱり」

「”東の国”の方はだいぶ復興してきてるみたい。何しろあれから3ヶ月だもの」

「3ヶ月......?」

「そう、アルくんが病院に運ばれてきてから、もう3ヶ月になるよ。その間、ずっとアルくんは寝てた」

「他の人は......?」

「ここにはいないけど、アルくんが目を覚ましたって聞けば来てくれると思うよ、ウラナちゃん以外は。後で連絡するね」

「ウラナ以外、は?」

「そう。私も戦争が終わった後にここに来たから実際に知ってるわけじゃないけど、ウラナちゃんは冥界の病院にいるんだって」

「冥界の、って、......あんなケガで?............ぐ、っ」


 ダメだった。

 ウラナのことを思い出そうとした瞬間、シェドは強烈な吐き気を催した。ちらちらとあの時の景色のいくつかが思い浮かぶが、それが限界だった。


「大丈夫......!?無理しないで、アルくんもひどいケガだから」

「......ケガ?」


 そうつぶやいて自分の体を見渡すと、確かにあちこちに包帯が巻かれていた。


「覚えてないの?」

「......ああ、全く」

「それが戦争終結に持って行けた直接の原因だろう、ってシャルロッテさんが言ってたけど」

「俺が?」

「うん、詳しくはシャルロッテさんに聞いた方がいいと思う。来てくれるだろうし」


 と、その時病室のドアが開いた。


「ミュールさん、お疲れ様です。......全く、今日も進展があってですね、......おや?」

「全く、私にここまでの力仕事をさせるとは......おおっ!?」


 霜晶とミヒャエラだった。


「ありゃ、連絡する前に来てくれたね」

「シェド!!」「シェドさん!!」


 ミヒャエラがシェドに飛びつき、肩を揺さぶった。


「全く心配したぞっ、3ヶ月も意識が飛ぶなんてなっ!!このまま死んでしまうんじゃないかと心配で心配でっ......」

「痛い痛い痛い痛い」

「あ、すまない......」

「安心しました、シェドさんが無事に目を覚まされて。どうなることかと思いましたが......」

「霜晶たちは......」

「私たちは、特に。こうして復興を手伝えていますからね」

「私の小隊は”東の国”の人たちと一緒に家の再建なんかをやっている。まだ警戒して、戻ってきていない人たちも多いからな、私たちが主戦力になるっ。で、霜晶は」

「私たちは、引き続き未練の残る魂の対処をしています。葬儀死神の増援も多く来てくれていますし、なかなかはかどっています。このまま落ち着くまで、ここに残るつもりです。観光ガイドの引き継ぎもありますしね」

「そっか、表の仕事確か、ガイドだもんな」

「ええ」


 次に病室を訪れたのはメイリア率いる軍医小隊の面々だった。といってもシェドがお世話になったのはメイリア含めて2人だけなので、ほとんど知らない人になるわけだが。


「......まだ動き回るのは難しいかもしれないけど、よくなってきてるわよん。さすが、若いわね」

「......そういうそっちも体は若いだろ」

「いやんっ、心もまだまだ若いわよん?」

「そういうこと言うあたりが結構歳いってる感じする」

「そ、そうなのかしらん?こんなこと言うのやめようかな......」


 軍医は戦場で戦闘に参加することはないので、負傷者はいなかった。それもあって、メイリアがシェドの主治医になっているらしい。


「シェドくんの他にもたくさん患者を受け持ってるから、こう見えて大変なのよん?肉体労働」

「他に?......ああ、ドレークとかか」

「そうそう、能力が関わってるとはいえ基本的には物理的なケガだからねん。隣の病室にいるわよん」

「そっか......ん?たくさん?」

「”西の国”陣営の兵士たちも、何とか助かった人たちがいるからねん」

「なるほど......」

「中隊長はまだかしらねん?」

「”西の国”関係のあれこれをやっていますからね、我々より複雑なのは確かでしょう」

「こういうのって、時間がかかるものばかりだものねん」


 結局シャルロッテがすぐに来ることはなく、夕飯の時間が先に来てしまった。


「3ヶ月もあったから、食事はちゃんととれるようになってるわよん」

「そっか、よかった」

「点滴とか注射とかで使う針が苦手って聞いたからねん」

「ん?どこで?」

「レイナさんに連絡して聞いたわよん、痛いのがダメだって」

「聞いたのかよ、それをわざわざ」

「だからなるべく早く点滴状態を抜け出せるように、最大限の処置を行ったつもりよん。高くついたから後でお金お願いねん?」

「うぐっ......」

「冗談よ、冗談。ウラナは冥界?に運ばれたそうだから、とにかくシェドくんのケガが最優先だ、ってみんな言ってくれてたのよん?」

「え?」


 シェドがみんなを見渡すと、みんなうんうん、とうなずいた。一番ぶんぶん首を縦に振っていたのはミヒャエラだった。


「さ、食べて。お目覚め祝いに特別に、シェドくんが好きなものも聞いて作ったわ」


 晩ご飯のメインは、かごに入った、山ほどのバターパンだった。それにいろんな付け合わせがついている。シェドはそれを見てまた涙がこぼれそうになったが、今度は涙を流さないように我慢して、これでもかとほおばった。




 結局シャルロッテが来たのは、病院の面会時間もあと1時間を残すところ、となった時だった。よほど急いでいたのか、シャルロッテには珍しく息が切れて、慌てた様子だった。


「......すまないシェド君、君が目を覚ましたと聞いて一刻も早く向かいたかったんだが......何せ国という国が絡む事案で、私が主にそれらを取り仕切ることになってしまったから」

「いいよ別に、他にもたくさん人来てくれたし」


 霜晶やミヒャエラは自分の拠点に戻り、メイリアたちはまた何かあったら呼んでくれ、とだけ言い残して病室を出て行ってしまったので、そこにはシェドとミュールだけがいた。


「......そうか。みんな嬉しそうだっただろう。私も心配だった。メイリアが主治医となったから、半分は大丈夫だと思っていたのだが、それでもやはり」

「そういやシャルロッテは大丈夫なのか?確か”連携強化”を失ったときにどーたらこーたらってレイナが言ってたけど」

「それは問題ない。軽くメイリアに処置を受けたぐらいだ。入院が必要なほどの怪我なら、とっくにこの任務は断っている」

「詳しいことはシャルロッテに聞けって、ミュールが言ってたんだけど」


 こくこく、と隣に座るミュールがうなずいた。


「......戦争終結にまつわる話か?確かに私が一番詳しいと言えば詳しいんだが......」


 シャルロッテは本当に話していいのか、少し迷っているようだった。


「......何か迷ってるなら、それは別に構わない。どんな話でも、一応ちゃんと最後まで聞ける覚悟は、ある、......たぶん」

「......そうか。いいんだな」

「......ああ」


 シャルロッテは一息ついて、その時のこと―――つまり、シェドが意識を失ってからのことを話した。ミュールもシャルロッテの口から聞いたことはなかったらしく、口をきゅっと結んで話を聞いていた。


「......シェド君が”東の国”の宮殿を飛び出してすぐに、我々も霜晶君やエニセイ君も含めた面々を率いて後を追った。だが着いた頃には、残念ながら手遅れだった。一応能力が使えるという霜晶君が先に様子を見るよう名乗り出てくれたんだが、彼はちょうどウラナとシェド君が揉み合っているところを見たそうだ。......それから君は、暴走している。血を吸い取られたことで意識がもうろうとしたのか、あるいは何か他に原因があったのかはメイリアにも分からなかったようだが、騒ぎを聞いた”西の国”の兵士たちは、そのほとんどがそこで犠牲になっている。原因は、君が暴走して乱発した銃による焼死だ」

「焼死......」

「加えてルシウス・グラーツが失血死、アレン・ザルツブルクが全身挫傷で死亡、アーリア・ストラスブールは爆発に巻き込まれ、遺体も行方不明となっている。戦力もほぼ底をついた上、上層部が不在となった”西の国”は、無条件降伏せざるを得なくなったというわけだ。現在は”西の国”の土地を”東の国”に吸収合併する方針で、話を進めている」

「......俺が、殺した」

「確かに褒められたことでは決してない。だが戦争の終結につながる大きな要因を作り、さらなる被害の拡大を防いだことは確かだ。必要以上に罪悪感を感じないでほしいというのが、私からの頼みだ」

「......そっか」

「君はどうするんだ?この分で行くと、回復して退院できるのも時間の問題だろう」

「俺は......レイナのところに行って、ちゃんと見届けたい」

「そうか。私からもレイナ君が元気に赤ちゃんを産めるよう、祈っておくよ」

「ああ。ありがとう。......だけど」

「......だけど?」

「レイナのところに行く前に、一つだけ行きたいところがあるんだ。ミュール、レイナは大丈夫?」

「うん、平気だよ。こまめに連絡とってるけど、話し相手がいなくなってちょっと退屈って以外は、特に問題ないみたい。だからなるべく早く行ってあげてね。......えっと、言いづらいけど私、もともとレイナが気になるってだけで現世について来ちゃったから、そろそろ帰らないと」

「そうだな。誰にどのくらい怒られるかは知らないけど」

「んー、とりあえずシャンネさんでしょ?それから処理参課と史纂弐課の人たちでしょ?先輩にも迷惑かけちゃったしダブルで怒られるでしょ?それでたぶん最後に、ハノープに羽交い絞めにされるよ。......あ、ハノープはどうせ冷蔵庫のプリン食べただろうから、それでこっち有利になるかな」



「............ならねーだろ!!」

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