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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter10.Ketterasereiburg 編(崩壊)

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#88 レイナの気持ち、ミュールの思い

 セントコバルトを無事に(バカンスしていた)処理参課課長(ボス)に引き渡した後、ミュールは一人帰りの新幹線に乗り、レイナたちのいる東京に戻った。


「東京って、すごく人多い......」


 おそらく人数の問題ではなくて、人口密度の問題だろう。ヨーロッパとここでは土地の広さが全然違うのに、人が同じくらいいるからたくさんいるように感じるのだろう。そう思いながら、ミュールはレイナたちのもとに戻った。


 レイナが妊娠している、と分かったのも急で、戦争が始まる土地にいたから、むやみに赤ちゃんにストレスを与えるのを防ごうとして慌てて日本にやってきたが、レイナの状態は至って安定していた。強いて言えば普通よりつわりが強くて吐き気を催す時が多いぐらいで、落ち着いていればご飯も食べることができた。ミュールが帰ってきて何日か経って会ったロルの彼女さんが診察した結果も特に異常なしということで、基本的に安静にしておくということ以外は自由だった。


 という診察結果を伝えられるとレイナは、


「じゃあ、散歩はしていいの?」


 とおじいちゃんのようなことを言った。


「はい、まあ別に構いませんが......」

「よし、じゃあミュール、せっかくだし歩こっか」

「......あんまり意気揚々と歩くと危ないかもしれないよ?」

「大丈夫、それは気をつけるから」


 絶対安静ではないものの、ある程度安静が必要と言われただけのレイナは、じっと屋内にこもっていられなかった。ミュールという話し相手もいてくれるし、テレビもあるのだが、どうもそれだけでは退屈のようだった。


「ミュールは日本、初めてだっけ?」

「そうだね、もともと卒業旅行と現世視察1回で合わせて2回しか現世に来たことがないし、どっちも日本には行ってないから」

「日本っていいところよ?」

「レイナっていつもそれ言ってるよね」

「あれ?そう?」

「そろそろウラナちゃんとかにもうっとうしがられてるんじゃない?」

「うっとうしがられてる......まさか」

「いやいや、ホントに。表向きはふんふん言って聞いてくれてるように見えるけど、実は内心『ったく、早く終わってくんないかしらこの話』って思ってそう」

「絶妙にありそうなのが怖い......でも、」

「知ってるよ、話して回りたいことはね。実際住みやすいのは合ってるだろうし」

「兄さんがここに潜んでるかもしれないって知らなかったら、もっと気分も楽だったかも」

「......あれ?私タブーに触れました?」

「いいえ、別に。みんな私の兄さんについて遠慮して話題に出さないけど、私は全然構わないから」

「じゃあせっかくだし、いくつか聞いていい?」

「うん。何を?」

「お兄さんがそういう存在なのって、どういう気持ちなの?」

「いきなり人の気持ち逆撫でするようなこと聞くわね」

「だって何でも聞いていいって言ったよ?」

「冗談、冗談。......でも、なんて言ったらいいんだろう?かばう気持ちも敵視する気持ちもなくて、ただ、事実として受け入れるしかないっていうか......」

「あまり思うところがないってこと?」

「そうなるかな。それこそ誰も話してくれなかったし、自分で後から史料を見て知ったことがほとんどだから」

「そうなんだ......」

「何か言いたいことでもあるの?」

「え?ま、まあね」


 こういう時レイナは人の気持ちを言い当てるのがすごくうまい。ボスの話していたことを、そのままレイナに伝えた。


「そう、......四冥神会議」

「いつ開催されるのかは知らないけど」

「それでうまいこと事が運んでくれるとありがたいんだけど。一応過去の四冥神会議は全て、何らかの大きな成果があったとされているから」


 機密省の史纂課は、最重要機密が話し合われる四冥神会議の議事録も保管している。もちろん中身を知ることはできないが、開催されたということ、それから何らかの成果があったということは知ることができる。また大変な仕事が増えそう、とレイナはつぶやいた。


「とりあえずレイナは、無事に赤ちゃんを産んで、元気になって冥界に帰るのが最優先だよ」

「分かってるわ。ちょうど日本でやり残したこともあるし、この機会に日本にもう一度来れてよかった」



* * *



 レイナはそれから少し日を空けて、行きたいところがあると言った。何でもある程度散歩する日を作って、体を慣らしたかったらしい。


「そんな、鍛えるんじゃないんだから」

「でももしものことがあったらと思うと怖くて」

「用心深いね~」


 レイナがミュールに行き先を伝えてミュールがそこまでの行き方を調べ、電車を乗り継いで行くことになった。


「もし一緒にいるのがミュールじゃなくてウラナだったら、ダメだったかもね」

「かもね......ウラナちゃん、方向オンチなんでしょ?」

「そう。こんなにややこしい地下鉄を縫うように行くなんて、ウラナだったら卒倒しそう」


 レイナは地図に関してはバツグン......と思われがちなのだが、記憶力がよくて一回見た道は一切間違えない、というだけで、初見の道に関しては人並みにとどまる。だからもしウラナと一緒なら2人合わせて間違えて、よく分からないまま日が暮れることも考えられた。


 地下鉄を何回か乗り換えつつ1時間ほどして降り、少し歩いて着いたのはごく普通の一軒家だった。


「ここは?」

「私が借りてた家よ」

「借りてた?直近の現世視察の時に?」

「そう。ここから大学に通おうとしてたわ」

「どこの?」

「言って分かるのかしら、帝都医科大」

「うん、知らないけど何だかすごそう」

「私、これを機に大学周遊をやめようと思って」

「えっ......!?」

「せっかくアルと家族になれたし、しばらくは冥界でお母さん、したいなって思って。だから大学の退学届を出しに来たのが、主な目的。それから前は慌てて帰ってきちゃったから、残った荷物の引き上げと」

「荷物って、例えば?」


 慌てて帰ってきたとはいえ、大事なものや日用品などは既に持って帰ってきているはずである。それでも残してきている物とは、いったい何なのだろうか。ミュールは期待を抱いた。


「......何だか目がキラキラしてるけど、そんなに大したものじゃないわ」


 どうやらレイナは海外に一時的に滞在していた家族の家を借りていたようで、インターホンを鳴らして少し待ち、中に入った。ミュールはすぐ終わるから、と外で待っておくように言われた。


「(......あれ?すぐ終わるなら、私が取りに行けばいいよね?何か私に見つかるとまずいもの?)」


 よく考えればそういうことだ。別に「レイナの友達です!」と言えばミュールが行っても何とかなるだろうし、ちょっとレイナの行動にしては不自然だった。


 10分ほどして、小さめの段ボールを一つ抱えて、レイナが出てきた。


「何なの、それ?」

「だから大したものじゃないって」

「レイナが隠し事するなんて珍しいね。もしかしてバレると恥ずかしいこと?変な性癖とか......」

「......そんなわけないでしょ?」

「あ、怒ってる?」

「怒ってる。さすがにそれはないから」

「じゃあ見せられるよね?よっ、と......」


 レイナの制止に逆らって、ミュールが段ボール箱を開けた。中身は1つだけで、どこにでもありそうなトロフィーだった。


「これは?」

「私のじゃないの。いつだったか忘れたけど、ウラナが持っててくれ、って預かるように頼まれたもの。そういう場所とるものを家に置くのが、ウラナ嫌いだから」

「......へえ、ウラナちゃん、フェンシングなんかできるんだー」

「まあ普段からあの刀捌きだし、似たようなフォームでできるんじゃない?」

「今レイナにしてはずいぶん適当なこと言ったね?」

「え?......いや、だって、フェンシングなんて分からないもの」

「......まあ、私もだけど。それで?あとは、退学届を出しに行くの?」

「そう。ちょっともったいない感じはするけど、それよりアルと幸せに暮らす方が大事かなって、私の中で結論が出せたから」

「そっか、じゃあ、異論を挟む余地はないね」


 ちなみにこの後、帝都医科大は天下のレイナが入試に受かるのに3年かかるほどの超難関校だということを聞かされ、ミュールは戦慄を覚えたのだった。



* * *



 レイナとミュールは日本に逃げてきて、このままレイナの出産までは安泰だと、ミュールは思っていた。のだが。


「あれ?何か、震えてない?」

「......本当ね」


 いつものようにおしゃべりしたり、テレビを見たりとしていたある日、ミュールの通信機に着信が入った。


「でもこれが震えるってことは、冥界からの着信ってことだよね?」

「そうなるわね」

「ちょっと出てみる」


 一応念を入れて、ミュールは外に出てからその通信をつなげた。


「ミュールちゃん!?」


 声の主は慌てていたがすぐに分かった。シャンネだった。


「は、はい?そうですけど......」

「至急Ketterasereiburg国まで戻って」

「え、でも......」

「戦争は終結したそうよ。まだ現世のメディアは収拾がついていなくて、他の国には伝わっていないようだけれど。列車も1日に数本程度なら、運転しているそうよ」

「それで、」

「シェドくんとウラナが重傷で、シェドくんは”東の国”の病院に運び込まれたそうよ」

「重傷、って......」

「幸い命は取り留めたそうだけど、もしレイナちゃんが元気なら、シェドくんの方に行ってほしいのだけれど」

「それは、行きますけど、ウラナちゃんは......」

「ウラナは冥界の病院に運び込まれたわ」

「冥界......?」

「事情はまだ小耳に挟んだだけだから信憑性には欠けるけれど、とにかくシェドくんとウラナの隔離が必要だったみたいで。ウラナは冥界で十分面倒が見られるから、シェドくんをお願い」

「分かりました」



 行くなら、レイナが落ち着いている今しかない。ミュールは必要最低限の荷物だけまとめ、日本を発った。

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