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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter9.ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド 編

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#87 もっと、一緒に

 アルは、目を覚ました。


 そこは、白い壁だった。白い壁が一面にあって、彼は清潔感のあるベッドに寝かされていた。いつの間にそうされていたのか。そんなことを頼んだ覚えはなかった。

 そこは、おじさんの家、パン屋さんにある、アルの部屋ではなかった。アルの部屋の壁はこんなに白くない。カーテンもアルの好きなオレンジ色だった。かけ替えられたのだろうか?


「おはよう」


 かわいらしい、声がした。その声に、アルは驚いた。目を覚ましたアルは、そこに自分一人しかいないと思っていたからだ。


「ロゼ......?」


 アルは知っている。ロゼがもう、この世にはいないことを。ロゼを看取った唯一の人として、そのことを一番よく分かっていた。だからこそ、なのかもしれない。アルは、分かっていて、分かっていなかった。それは、ロゼだった。誰が何と言おうと、ロゼだった。


「ロゼ!!」


 アルは起き上がって、その声のする方に飛び込もうとした。が。


「ぐっ......!!!?」


 全身を鈍い痛みが襲った。それはアルが起き上がって飛び込む途中でバランスを崩してしまうほどのものだった。


「......大丈夫?」


 ロゼはそう、優しくアルに言った。アルがぶつかって、さらに痛みを感じることのないように、ロゼはアルをそっと受け止めて、抱きしめてくれた。


「ロゼ......」

「アル、心配かけて、ごめんね?」

「もう、いいよ、......『ごめんね』は」

「でも、私、アルをたくさん心配させたから......」

「ロゼは心配しなくていい、だって......」

「......アル?」

「......なに?」

「アルはね、強く生きて?」

「強く生きる......?」

「うん。アルには、泣かなくても何でもできる、そんな元気な男の子に、なってほしいな」

「泣かなくても、何でも、できる?」

「そう。アルが一生懸命、何でもいいよ、勉強でも、遊びでも。頑張って、何かをやっているところが見られたら、私はそれで十分かな」

「でも、そんな......」

「でも、何て言っちゃダメ。ずっと言えなかったけど、私ね、......アルが、すごく、自慢の弟だったよ。アルがいたから私、ずっと、頼れるお姉ちゃんでいたいなって、ずっと、思ってた......」

「お姉ちゃん......」

「私、お姉ちゃんって呼んでほしいなって、言ったことがなかった......ずっと、そう呼ばれたら、ダメなお姉ちゃんになっちゃう気がして......私、......私、いいお姉ちゃんに、なれた?」

「なれたよ......ロゼはずっと、頼れる、すごい、お姉ちゃんだったよ」

「そっか、よかった......アルに、そう言ってもらえてすごくうれしい。......ねえ、アル」

「なに?」

「アルは、楽しかった?」

「うん、......ロゼがいたから......」

「私がいたから?」

「そうだよ、ロゼがお姉ちゃんで、よかった......」

「そっかあ、......何だか面と向かってそんなこと言われると、恥ずかしいな」

「ロゼ......」

「私ね、」

「うん......?」

「私ね、アルと、お別れ、しなきゃいけないんだって」

「お別れ......」

「ねえ、アル?私のお話、聞いてくれる?」

「......うん」

「私がいなかったら、つらいこともあるかもしれない。でも大丈夫。私がいなくても、私は、どこかできっと、生きてる。アルの心の中でもいいよ。アルが、私のことを忘れないでいてくれたら、私はずっと生きてる。アルが頑張ってるところを見るのが、私一番好き。だから、私がいなくても、一生懸命できるって、約束できる?」

「......できない、って言ったら?」

「できないって言ったら私、アルとお別れできないなあ......アルがそんな悪い子になっちゃうのは、嫌」

「分かった、......約束する」

「うん、いい子!」


 ロゼはそっと、しかししっかりと、アルを抱きしめた。アルが何かをできるようになった時、ロゼはいつも抱っこしたり、抱きしめたりして、褒めてくれた。その時の温かみが、そこにあった。自転車に乗れるようになった時も、おいしいバターパンが作れるようになった時も、お客さんと上手に話ができた時も、学校のテストで100点が取れたのを言った時も。全部、ロゼが抱きしめて、アルに温かみを分けてくれた。


「ありがとう、アル......またどこかで会えたら、うれしいな」


 その言葉が、すっと、消えていったように聞こえた。


 ロゼが最後に分けてくれた温もりは、消えることがなかった。









「........................くん」



「............ル、くん」



「......アル、くん」



 自分を呼ぶ声がした。


 ずっとアルは、ロゼにもたれかかっていた。



「......ねえ、......アルくん?」



 もしかするとまた、もっとお別れのあいさつをちゃんとしなきゃ、と言ってロゼが戻ってきたのではないか。アルはそう思って、今度はちゃんとロゼの顔を見たいと、ゆっくり上を見た。


 だけど、そこにいたのはロゼではなかった。


 確かにすごくあったかいひとだった。ロゼのような温もりがあって、アルをそっと包んでくれるような、女の人。でもアルには、すぐに分かった。その人はロゼではなかった。髪も瞳も、きれいなのはロゼと同じだった。ロゼと違うのは、その色。その人は、白い、真っ白い新雪のような白い色をしていた。


 その白が、アルの記憶を呼び覚ました。


 アルがその全てを思い起こすまでに、少しの時間を要した。アルは、やがて思い出して、一言、つぶやいた。



「ミュール......?」



「ねえ、......アルくん?」



「............?」



「......泣いても、いいんだよ?」



 その言葉で、アルの心の中にあった、何かが弾け飛んだ。

 アルの視界がにじみ、胸を締め上げられるような感覚に陥るまで、何秒もかからなかった。

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