#79 狂気の衝突
互いに立ちの姿勢で、にらみ合っている構図。それが本来なら、平等な幕開けというものだろう。だが今はそうではない。ウラナは周囲の空気を奪われ、あえなく墜落、加えてあまりガーネットに力をつぎ込めない状態で戦いを強いられる。少なくとも最も体力消費の激しい、それでいて最大級の威力の強さを誇る『囲』は封じられているという、不利な状況だった。
「さて、まずは歓迎会と行こうか‼︎」
そこに遠慮などない。相手は”連携強化”の使い手。もちろんそんな相手と戦ったのは前回この男と戦った、一戦だけだ。グラーツの白いスーツがはためき、彼の周囲に次々と短剣が現れ、一斉にウラナ向かって襲いかかる。横に転んでそれをかわし、グラーツに急接近する。
「甘いね。こちらだって伊達にこの能力と付き合ってきたわけじゃないんだ」
正面から斬りかかろうとしたところでどす黒い瘴気のようなものが立ち込め、ガーネットを弾き飛ばされた。取りに行こうとした背中を鈍器で殴られたような感覚が襲い、ウラナの身体はガーネットよりさらに向こうに弾き飛ばされる。
「ぐっっ......‼︎」
戦いを重ねていればどうしても、得意な相手と不得意な相手が出てくる。それで言えばこの男は圧倒的に苦手なタイプだ。そもそも”連携強化”に勝とうとすることから間違いなのかもしれない。それでも不得意だから、と諦める気は毛頭ない。こいつを殺せば、この国の安泰も戻るかもしれない。ここまで来て不戦勝などくれてやる気もない。
転がってガーネットを手に取り、
「(......『気』)」
二酸化炭素の突風を浴びせる。
「ひどく原始的じゃないか。この間の勢いはどうした!?」
壁を作られ、風の流れを変えられた。
「......『囲』さえ、あれば」
『囲』があるのとないのとでこれだけ違うのかと、ウラナ自身も驚いていた。以前は即刻グラーツの能力補助具を『囲』で破壊したことで、ほぼ圧勝に近いものだった。それが今回は違う。先ほどのアレンとの戦い、あるいはそれ以前の戦いではみじんも感じなかった、「負けるかもしれない予感」が、ちらちらと頭によぎる。近接戦に持ち込んでも、遠隔戦になっても全て防がれ攻撃は通らず、逆にグラーツの攻撃ばかり受けている。蹂躙してきた過去の戦いとちょうど逆だった。
能力補助具は一応替えがきくが、そこまで頻繁に変えられるものでもない。”連携強化”という能力の補助をする以上、かなりの質が要求されるため、そう簡単に代替物は見つからない。それをこの1、2週間の間に見つけたということか。
「先ほどからあまり狙いの定まっていない攻撃ばかりだが、どうした?前の時はもっと的確だったよ」
「うっさいのよ。わちゃわちゃ生き延びようとしないで大人しくやられてりゃいいものを」
「あいにくここで私が死んでしまうわけにはいかないのでね。君は兵としても存分に使えそうだからできれば殺したくはないんだが、そちらが殺す気であるならば仕方がないだろう?」
「殺す『気』じゃない、殺す」
再び『気』を発動して、風を向ける。
「学習能力がないのかね、君には?」
「さて、どうかしらね」
5方向に向けて風を出す。そのいずれもグラーツを吹き飛ばすものではない。
「......『囲』ぐらい使えなくたって、応用の幅で十分カバーできる」
風の流れで壁を作り、立方体状にしてグラーツを囲んだ。
「どういうつもりだね?」
「そのうち分かるわ」
もちろんグラーツに立方体は見えていない。風が向けられているわけでもないので風も感じない。そして何やらガーネットを構えて動かしているウラナが見えるだけなのだ。そのまま、
「一番苦しい死に方を、選ばせてあげる」
風の流れに少しだけ隙間を開けておいて、そこから空気を抜く。立方体の中を徐々に真空に近づけてゆく。簡易的な真空ポンプの中にグラーツを閉じ込め窒息死、そうでなくても破裂させる仕組みだった。
「何もしない時間ほど無意味なものはないとは思わんかね?」
気づかないグラーツは身の回りの瘴気からまた短剣を無数に放った。もちろん風の壁しかないために通り抜けてくる。それをかわしつつ、悟られないが遅すぎないスピードで着実に空気を抜いてゆく。
「悪いが、呑気に西洋劇をやっている場合ではないんだがね」
「あんまり無駄口叩いてるとドツボにはまるわよ」
ウラナの視界で立方体の中の空気を着色する。かなり空気は減っていたが、それでもまだ普通の山の山頂程度だ。
「おっと?」
グラーツが何のきっかけもなくよろめいた。確実に効果は出ているようだった。
「......どういう仕組みかね」
「だからそのうち分かるつってんでしょうが。まあ、あんたが死んだ後だから安心しなさい」
「ぐ......」
ボンッッッ‼︎
破裂音がした。このタイミングで破裂するものと言えば、グラーツの能力補助具ぐらいだ。
それをウラナはさほど気に留めなかった。能力補助具が壊れようが壊れなかろうが、死んでしまえば同じだ。それにもうまもなく空気を抜き終わり、人間の生きられない濃度まで達しようとしていた。
もうあと少しで、この戦争も決着がつく。グラーツが死ねば”西の国”の指揮をとる者がいなくなり、自壊するのは目に見えている。そう考えると、カウントダウンする時間も惜しかった。
「さっさとくたばりなさい」
終わった。
ほぼ真空の空間を作り上げた。もはや『囲』を使わなくとも、十分有利に動けることが分かったのだ。それでもウラナは冷静を装った。やっと目的が果たせた喜びを押し殺していた。
それでよかったはずだった。
「くっ、はっ、はっ、はあっ‼︎‼︎」
その立方体から、顔だけが出ていた。顔を真っ赤にして、必死に息をしている。つまり、
「失敗......」
そこに毒ガスを仕込んでいたわけではない。苦しみもがく時間も計算に入れて、勝ちを確信していたはずだった。空気がないだけだということに気づいて、そこからここまで対応したのだろうか。
「どう、だね......どうやらこれ、つまり空気をなくすという、私と全く同じ手を君は使ったわけだが、私は対応したぞ」
「こんの、」
いつの間にかガーネットが薄い赤色の液体にまみれ、滴っていた。外套の懐に入れっぱなしになっていた、武器の威力を増強させる薬品だった。その注射器を怒りに任せて握るあまり握り潰し、懐から滲み出たものがガーネットにかかっていた。
ガーネットが増強されたなら話は別になる。滲み出たものがかかっただけなので期待しすぎることはできないが、ウラナの体力に反して『囲』が使える。
「そうね、忘れてたわ......これがあるじゃない。だったら、最初からこれで木っ端みじんに吹っ飛ばしてりゃよかったのよ......わざわざ空気なんてチマチマ抜いて、じりじり殺そうとしなくてもよかった......これで一発、この都市も吹っ飛ぶのに、あたしって、バカね」
それはウラナの中で、今までで一番邪悪な笑いだった。ウラナは殺意に取り憑かれていると言っても過言ではなかった。これほど頭の中が殺意で沸いたことはなかった。ウラナが今見えている、視界に入っているのはグラーツただ1人。
「『スクエアアアァァァァァッッッ‼︎‼︎』」
追加された分を一気に使い切るように、何重にもグラーツを囲む。にや、とグラーツが笑みを浮かべ瘴気でそれらを解除しようとする。
「............殺す」
内側のいくつかは解かれたが、外側のものは残り、グラーツを焦らせる。いくら瘴気をぶつけようが、その壁が揺らぐことはなかった。
「そうね、最初っからこうして欲しかったのよね?だったらお望み通り粉々に、吹っ飛ばしてあげるわよ‼︎感謝の言葉は⁉」
さらに中にこれでもかと、二酸化炭素、二酸化窒素、二酸化硫黄を詰め込み、
「ちゃんと、爆死してもらうわよ!!!!」
そう叫び、一言『破』を、唱え、爆発させてしまおうとした。
「待てっっっ............!!!!」
「............!?!?」
ここには誰もいないはずだ。仲間もいなければウラナのことを邪魔する者もいない。そこに声がした。とどめの準備から実行までのそのわずかな間に、隙が生まれた。ウラナは本能で後ろを振り返り、その声の主を確認してしまった。
シェドだった。
Schneeholleで作戦に参加し、いなかったはずの彼が戻ってきて、こちらまで来ていた。目を疑ったが、その姿が他の誰かに変わることはなかった。




