#78 ”program cell”
注意:この先78話~80話には、残酷描写(流血表現)が含まれています。閲覧なされる際はご注意ください。
そこには、何もない。
唯一高い建造物だった牢獄は、爆破され木っ端みじんになって、目立つような建物はなくなってしまっていた。それは身を隠す場所がなく、見つかりやすいことをも意味する。もっとも地上を進むよりずっと速く、空を飛んでやってくる彼女にとっては関係のないことであったが。
適当なところで一気に高度を下げ、地上に降り立つ。
「来たか」
そこにいたのは少しふくよかな体型の、あの憎い顔をした男ではなかった。軍人にあまりいないタイプ、筋肉があまりついているようには見えない男だった。
「......あいにくあんたに用はない」
「サー・グラーツが目的であるのならば、私がまず相手となる。侍従長、アレン・ザルツブルクがな」
そう言うなり彼は一瞬で軍刀を引き抜き、瞬間ののちにはウラナに迫っていた。
「......。」
刀が振られる直前までウラナは動かずにいた。それでいて刀を振り始める頃そこにウラナの姿はなく、手応えは感じられない。再び飛び上がり、近くの民家の屋根の上に立つ。
「......それを卑怯とは感じないのか」
「全然。あんたらが殺せるなら、どんな方法でも構わない」
ウラナの怒りの感情は彼女の持つ妖刀・ガーネットにも大きな影響を与える。発動待機時間の短縮。ウラナはもはや何をも言うことなく、ガーネットの機能『気』を発動した。二酸化炭素が渦を巻き、吹き飛ばし怪我を負わせた状態で窒息死させようとした。
「”物質の自由化”(プログラム・セル)」
自身の産生した二酸化炭素で自滅しないよう、ウラナ側からはその二酸化炭素が着色されて見えるようになっている。その流れがアレンに襲いかかる直前で止まった。止まって、周りの大気と同じように、左右や上へと逃げてしまった。
「......なるほど」
ここまで来て、”西の国”のNo.2ともあろう男が能力を持たず、単に剣の腕で勝負してくるとは思っていなかった。しかもハデスの持つ能力と同じだけあり、どんな能力かを知っている。
続けてウラナの身体に目線を向け、能力を使おうとするアレン。
「......さあ、楽しませて?あんまり弱すぎるとつまんないもんね?......『識』‼︎」
自我を持たせる対象は、アレンの剣。その瞬間これ幸いとばかりに主に刃向かい、さっきまで所持者だったアレンに襲いかかる。
「くっ......‼︎」
しかもアレンの能力よりガーネットの機能の方が優勢なのか、塗り替えられずただ攻撃をかわすしかない。
「いいわよその調子。しばらくそれと遊んでなさい」
と言いつつ、次のアレンの出方を見る。自我を与えられる時間は有限だ。しばらくすればアレンの能力に従うようになり、ウラナの方へ剣が飛んでくるのはほぼ間違いない。
「......それで勝ったつもりか?」
ウラナの足元が揺らいだ。頑丈なはずの家が根元から引っこ抜かれ、空に浮かぶ。
「へえ」
口調こそ驚いた時のそれでも、顔は全くそうではなかった。すぐさま離れ、
「......さあ、かくれんぼしましょうか?」
家を真っ二つに斬った。さらにそれを二つずつに斬る。もともと動かす対象だった一つのものが四つに分解したことで対象設定が解除され、重力に従って家の破片が落下、大きな土煙を上げる。それに紛れて一気に距離を詰め、斬り伏せようとする。
「終わり?ナンバー2でも、暇つぶしにもなんないのね」
「さて、どうかな」
意思に反してウラナの身体が弾き飛ばされる。アレンの剣に自我が残っているかどうかは関係ない。自らの剣の反逆をかわしつつ、対象をウラナに設定して操作したのだ。
「ぐっ......面倒な能力」
人だろうと自由に操作できてしまうのがこの能力の厄介なところだ。頭の中で先ほどの発言を訂正し、ガーネットを構え直す。アレンの剣に対する自我はまだ残っていた。
人であれ車であれ持ち上げられる能力。「持ち上げられるもの」そのものに制限はない。個人差として重量制限は存在するが、家まで引っこ抜けるのを見る限り、相当強いのには間違いなさそうだった。
「さてーーー」
ウラナさえも吹き飛ばされる。逆に引き寄せられ、為すすべないところをあっさり斬り伏せられる可能性もあった。つまり、アレンが認識する限り、直接叩きに行くことはできない。正面からの攻撃の一切に対応される。
ただし、『正面からの』なら。
「......一気に片付けられるかしらね」
がれきの隙間に潜り込み、姿を隠す。
「ほう」
アレンは余裕の笑みを浮かべた。がれきに姿を隠そうが意味がない。たちまち能力でそれらを持ち上げ、そこに障害物はなくなった。ウラナの姿はそこにあった。
「自分の策を愚かだとは思わないか?」
「思ってないわよ、あいにくね。時間は十分あった」
ウラナはそうやって強気なセリフを吐いた後、
正面から攻めにかかる。
「無駄だぞ‼︎」
ウラナの刀を受け止める態勢、それから切り返して反撃しかつ能力も使う準備をする。
「......さすがに知ってるわよ」
その瞬間アレンの背中に強烈な衝撃が走った。それはただ打たれたのと似ているようで似ていない、後に引く、それはおぞましい痛みだった。
「がっ............あっ......ああああああっっッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
ウラナが正面から向かって来ていたのは見えていた。その目が間違ったものを見ていたはずはない。シャルロッテが連合国軍で歴戦の猛将と言われたのと同じように、アレンも”西の国”で戦歴では他を圧倒していた。そのアレンがこの瞬間に見間違いなどするはずはない。だが確かに背中には痛みがあって、それは消えることなくアレンの背中に残り、しかもじわじわと彼を侵食し続けていた。
「貴......貴様......」
「......。」
正面から攻めたウラナの手から、ガーネットは離れていない。しかし何回か怪我を経験しているアレンには分かった、今感じている背中の痛みは斬られた時のものだ。もちろんアレン自身の刀でもない。
「ど......う、いう......」
「分刀よ。あたしの刀は分割して別々の行動をさせられる。もちろんあんたの能力には敵わないことは百も承知。だけど視界に入れば反応して能力を発動させて対処するだけで、視界に入らないなら問題ない。だから分刀を作って、後ろから斬るように軌道を設定して投げた。それまでよ」
「分、......刀」
「まあいくら能力一人前に振りかざそうが、分かってて対処方法がすぐ思いつけるような相手じゃ追いつきようがないって話よ。諦めることね」
通常の人間なら即死してもおかしくないような傷で、アレンはまだ足で立っていた。だが刀を杖代わりにつき、辛うじて立っている状態。ウラナはさも面白くなさそうな顔をして、その刀を奪い取った。たちまち支えをなくし、地面に倒れ込んだ。
「ぐっッ......」
「言っとくけどその傷じゃ、どんなに頑張ってもいずれ死ぬ。いるかどうかは知ったこっちゃないけど、助けが来るのをせいぜい祈ることね」
ウラナがそう吐き捨てるように言って、その場を去ろうとした。
「があああぁぁああぁぁあァァァァっっッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
その時、猛獣のような雄叫びが響き渡る。ウラナのものではもちろんない。明らかにアレンの声だから、ウラナは振り向いて確認した。
「ガウ」
一通りの雄叫びを上げて、そう短くうなった。
「ガガガガガガアアアアアァァァァァッッッ‼︎‼︎」
もはや人間の出す声とは言えない。そして背中の傷により倒れ込んだ彼が、再び起き上がった。先ほどの兵士たちと同じような様だった。意識があるのかないのか、白目をむいて口から泡を出し、それでもそうプログラムされたかのようにウラナに襲いかかる。
だが、これが普通なのだ。死神がやっと適応できるほど強力で、身体を蝕みやすい能力というものが、弱い人間の身体に適応など通常するはずがない。仮に適応したように見えても、それは仮初め。致命傷を負うといったきっかけがあればその均衡が崩れ去って、暴走を始める。このアレンも、おそらくそうに違いない。こうなれば、能力を失って生きようとするより、ただ死を待つ方が早くなってしまう。一旦制御を奪われてしまった身体を元に戻すことはできない。能力という道具に手を出した、アレンの自業自得としか言えない。
「残念ね」
まっすぐ向かってくるアレンに対し、容赦なく『気』を発動する。発生させるのは水素。
「お別れよ」
水素の流れが上昇気流を形作り、アレンの身体を一気に上空に突き上げる。そして、水素を左右にすっ、と逃がす。獣は数十メートル真上に吹き飛ばされ、支えを失ってまっすぐ墜落した。
その様子に見向きもせず、ウラナはその場を後にした。
再びウラナは空を飛び、次こそサー・グラーツを探していた。廃墟と化した住宅地や、動いているのかどうかも分からない工場を過ぎ、徐々に爆破した監獄の跡が見え始めた、その時だった。
「............‼︎⁉︎」
空気がなくなった。
目の前にビルがあってそれに気づかなかった、という意味ではない。ウラナのいた高度には何も障害物がなかったにもかかわらず、突如として息が吸えなくなった。慌てて少し引き返すも空気はやはりなく、『気』で酸素を発生させることに気づいた時には、意識がもうろうとして墜落していた。
辛うじて地面に激突する時の衝撃は緩和して、地面に倒れ込む。
「ずいぶん簡単に引っかかってくれるね」
「......。」
聞くだけで不快になるような声が、この他にあるだろうか。目的だったからある意味願ったり叶ったりだったが、その幕開けとしてはあまりに幸先の悪いものだった。
「悪いが今までの君の働きを、全て還元させてもらうよ。覚悟したまえ」
ルシウス・グラーツ。”西の国”トップにして主導者、かつ”連携強化”持ちの、卑劣極まる男との再会であった。




