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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter8.Ketterasereiburg 編(混沌)

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#76 ウラナとメイリア

 都市一つ、と言えばその規模や土地の広さはところによってまちまちだろうが、西部Ketterasereiburg国の首都・Lerbdesrinden(レルプデスリンデン)は都市の中でも規模は大きいと言えた。その都市が丸ごと吹っ飛ぶ時、どれほどの影響を周囲にまき散らすのか。それはたとえ物理的に被害がなくとも、十分感じられるものだった。


「......⁉︎⁉︎」


 シャルロッテもその一人だった。LerbdesrindenとKonigknieの境界あたりで戦い、かつ部下の指揮をしていた彼女は、重力を無視して身体を吹き飛ばさんとする爆風を感じた。空襲で街を襲う爆撃が、一度に来たような威力だった。彼女の部下はもちろん、”西の国”の者たちでさえ驚いた顔をし、後ろを振り返った。


「今のは......」


 シャルロッテは無意識にそう呟き、隙を作ってしまった。そこに残っていた小隊長、アルセーヌ・グルノーブルに呼ばれるまで、気づかないほどであった。


「......すまない」

「一応情報収集に一人向かわせました」


 いつもはこのアルセーヌという男、鼻の下のひげが整っているかをかなり気にしているが、今はその余裕もない様子だった。あの規模の爆発、それも一度でそれだけの威力を出せる爆発はまず見ない。

 ”西の国”の兵士たちもやっと我に返り始めた、その時だった。


「きゅうっ」


 場違いな甲高い声がした。タイミング的に考えて、とシャルロッテがすぐ後ろにいたアルセーヌの方を向くが、当のアルセーヌが振り返られたことに驚いていた。


「きゅうっ、きゅうっ」


 続けて同じ音がした。一瞬その場にいた者は動物の鳴き声かと考えたが、すぐに打ち消した。鳴き声には似ても似つかぬものだった。

 その正体は次の瞬間には明らかになった。地面に置かれた棒がバランスを崩すようにぱったりと、”西の国”の男たちが倒れたのだ。倒れた男たちの腹には、四角い穴があいていた。


「なっ......」


 すぐ隣で、さっきまで剣を構えていた仲間が倒れた。そのことで”西の国”側が混乱を始めた。


「『(アトモスフィア)』―――其は、植物固有活動の糧」


 その言葉とともに、風が吹き荒れた。先ほどの爆風ほどではないが、それは別の意味で凶悪だった。


「がっ............⁉︎......あ」


 内側にいた者から順に喉元をおさえ、次々に倒れてゆく。そのことに気づいた男たちが倒れた者から遠ざかった。


「新鮮な二酸化炭素はいかが?」


 人がはけて、姿が見えた。


「ウラナ......⁉︎」

「下がってなさい。モタモタしてるとあんたたちまで殺すことになるわよ」

「殺す......⁉︎」


 ウラナから明確に発せられたその物騒な言葉に違和感を覚えるが、ウラナは本気なのかすでにガーネットを構えていた。

 兵士たちの注目は自分たちの中に現れたウラナに一気に集まり、いっせいに刀や銃を向けた。


「それであたしを狙ってるつもり?」


 心底呆れた風な言い方だった。その言葉通り、次に見た瞬間には男たちの武器は砕かれ、彼らの手からは血がにじんでいた。


「あいにく爆破で体力使いすぎたから、あんたたちに使えるような体力はもうないの。あたしをこれ以上イライラさせる前にどっか行って欲しいんだけど、どうやらそれで片付くほど単細胞でもないみたいね」


 武器を失っても、片手が使えなくなってもお構いなしとばかりに、兵士たちがウラナに向かって走り寄る。彼らの使える方の手には、非常用のためか手榴弾が握られていた。こういう時にも落ち着き払い、手榴弾のピンを抜いてウラナに向かい投げる仕草を、


とる前に封じられる。


「この期に及んで手榴弾とは隙だらけね」


 シャルロッテにもその動きが目視できない。ただ、次の瞬間に兵士たちが手段を失ってゆくのを見ているだけだった。


「もう終わり?ウォーミングアップにもならないわね」


 ウラナの勝利宣言を前にして、立ち上がれる者はほとんどいなかった。手のひらの上で手榴弾を突かれて爆破されて腕や足が吹っ飛び、もはや戦える状態ではないほどだった。ほとんどは。


「......貴、様、......殺す」

「は?」

「殺す殺す殺す殺す殺す............‼︎‼︎めちゃくちゃにして......‼︎」


 何かを感じたか、さっ、とウラナが後ろに下がった途端、


ズドドドドンッッ‼︎‼︎


 ウラナのいた場所に氷山が生えた。大きくはないが十分人を殺せる勢いだった。


「”氷漬けの生き地獄”(ワールド・オブ・ブリザード)......」


 こんな見るからに下っ端な彼らに能力が植えつけられていたことが驚きだった。しかしそれを見てウラナは笑みさえ浮かべていた。


「なるほど。じゃあかかってきなさい、あんたが能力をもってしても、あたしの足の小指の垢にさえ届かないって思い知らせてあげる」


 その言葉でさらに激昂、暴走したか、何人かがまっすぐウラナの方に襲いかかる。目はあらぬ方向、あるいは白目を剥き、鼻血を吹き出し、口からは泡を出した状態で、それでも身体が動き襲いかかってゆく様子はまさしく地獄絵図だった。

 ウラナは何もしない。ただ向かってくる彼らをじっと見ていた。目と鼻の先に迫っても顔色一つ変えず、にらみつけることもなく、何も感じていないかのような、冷たい目をしていた。そして彼らが腕を振り上げ触れる直前で、


「......Schlaf(眠れ)」


 彼らはウラナを中心にして、等間隔で吹き飛ばされ、地面をバウンドして着地、動かなくなった。彼らには等しく胸に大きな斬撃の跡が残っていた。それでもウラナは、その冷酷な目を変えることはなかった。


「......強い」


 百戦錬磨の名将とうたわれるシャルロッテでさえ、そう言うことしかできなかった。



* * *



 後にシャルロッテは、Lerbdesrindenがウラナの手によって丸ごと爆破されたことを知った。というより、本人の口から聞いた。通常の手段でもめったに出せないような威力だが、それを自分の体力を流し込み、ガーネットという1本の刀から起こした。


「それは、アーリア・ストラスブールを殺したということか?」

「そうだけど。何か?」

「いや......」


 シャルロッテは当然気付いたが、ウラナは明らかに態度が変化していた。こんなにあっさりと人殺しをしたことを認めるような人ではなかったはずだ。そもそも、「可能な限りケガにとどめて、殺しはしない」と言っていたのだ。さらにシャルロッテと戦っていたあの兵士たちをも次々と殺した。自分も敵も常に死と隣り合わせなのが戦争だ、ということはもちろんシャルロッテは分かっている。だがあまりのその態度の変貌に驚きを隠しきれなかった。しかも、何があってウラナをそうさせたのか、シャルロッテは聞くことができなかった。

 境界警備のための兵をLerbdesrindenに残し、一度引き上げることとなった。ちょうど彼女らが”東の国”の王宮に戻った時、入れ違いでシェドたちが出てしまっていた。代わりにシャルロッテたちの帰りを迎えたのは、


「おかえりなさい、二人とも」

「ああ。いない間、何かあったか?」

「いいえ、何もなかったわよん。少しあの王子の治療には苦労したけどねん」

「なるほど。そのことも含めて簡潔に会議をしよう」


 迎えたのはメイリア、ウラナの旧友だ。が、彼女に対してウラナはあいさつしないどころか、目さえ向けなかった。メイリアがその様子に不思議そうな顔をするが、何も見えていないかのように、そそくさとウラナは奥へ入ってしまった。



* * *



「......残るは”西の国”最奥部のみとなった。ちなみに言うとこの場所に名称はない」

「そこだけ人口が0人だから、つける必要がない、ってことだったかしらん?」

「そうだ、だが奴らにとっては俗称がある。ウラナもそこに行ったから分かるだろうが、政治犯から普通の犯罪、軽いものから重いものまで様々な罪を犯した者が収容される監獄がある。......と言っても、ウラナが爆破したために監獄跡、になっているがな。そのことから”閉鎖都市”、という名がついた。以降、私がこの名称を出した時は、ここのことを指していると思ってほしい」

「はい」

 メイリアが手を挙げた。

「何だ」

「あの爆発は何だったのん?さっきの」


 その質問に正確に答えられるのはウラナしかいない。そう思ってシャルロッテは説明を求めるべくウラナの方を向いたが、全く気づく様子がなかった。シャルロッテも聞いてその内容を知っていたので、それをメイリアに伝えた。


 ......孫であるアーリアが、ウラナの手によって殺されたことも。



「......ウラナ」

「......。」

「ねえ、ウラナ」

「......。」

「ウラナっ!!!!」


 メイリアが飛びかかり、ウラナの襟をつかんだ。その華奢な手でそうされても、ウラナはそれでも何も言わなかった。表情さえ変えなかった。


「ねえ!?嘘だと言って!?殺したってっ......!!」

「殺したわ。......はっきり言った方がいいわね、明確な殺意を持って、よ」

「......!!」

「メイリア、あんたなら分かるでしょ。あたし、そんなに優しいひとだった?」

「......。」

「あたしの辞書に情状酌量なんて言葉はない。生かすか殺すかの2択。昔からそうだったでしょ」

「それでも......!!」

「それでも何?だからあたしに一般人にあるような情を求めないで。言っとくけどもしアーリアじゃなくてあんたでも、同じことをしていたらためらいなく殺してたから」

「ウラナ......」

「容赦なんかしてもどうせつけあがるだけ。だったら出来損ないの未来予想図を描かせるより、最初から地獄絵図の中に放り込んだ方が手っ取り早い。あたしがその考え方だってことは、昔からの付き合いのあんたならよく知ってるはずよ」


「バカ」


 渾身の力で、メイリアがウラナの顔を殴った。ウラナがやり返すことはなかった。


「ウラナのバカ!!そうやって、......そうやって、もっともらしい理屈並べて、結局自分のやったこと正当化してるだけだって、思ったことはないの!?そうよ、ウラナは確かに昔からそうだった!!昔から、そんなこと平気で言うような子だったわよ!!はっきり覚えてる、......だけど、それで私の孫、たとえサー・グラーツに感化されて、敵になっても孫は孫なのに、かわいい孫に変わりはないのに、殺していいことにはならないでしょ!?」


 1回だけでは終わらない。メイリアは涙交じりに、鼻声になって言葉を紡ぎ出しつつ、それでも感情の処理の仕方が分からず、ウラナを殴っていた。殴って、殴って、殴って、メイリアの顔もくしゃくしゃになった頃、自分が何度も、ウラナが何もしないのをいいことに殴っていたことに気づいた。気づいて、ぴたりと、殴る手が止まった。ウラナは鼻血を出すに至ってもなお、メイリアの殴打を受け続けていた。


「......もう、やめろ」


 シャルロッテがそうつぶやいたのをきっかけに、さらに大粒の涙をこぼして、メイリアが自分の部屋に引っ込んでしまった。

 残されたウラナが何を思っているのかは、シャルロッテには分からなかった。自分の考え方が本当に正しいと思っているのかも、ただメイリアに殴られるがままになっていたのはなぜなのかも。一つ言えたのは、それでもウラナには話しかけるなといった雰囲気があって、それはシャルロッテさえも怖気づくようなものだったということだ。何も言えないまま、ウラナがシャルロッテのもとを去ってしまった。ウラナがどう動くか、それによってシャルロッテがとるべき行動も変わってくるはずなのに、何も聞けず、何も言われずに終わってしまった。



 そして、次の日の朝。


 ウラナは、”東の国”の王宮から、いなくなっていた。

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