#75 戦慄の機密省事件
冥府革命集団の引き起こした事件はいくつも存在するが、特にアレクサンドロの引き起こした悪魔戦争以前に起きて3つの大きな事件がある。最初に起きたのが血の四冥通り事件、続いて血の大殿前演説事件、最後が戦慄の機密省事件。前の2つは比較的すぐに例の集団によるものだと断定されたが、最後の一つは後になってようやく関連があると分かったものだ。なぜか。それは関係した人員が前の2つとは比べ物にならないほど多く、また多くのメンバーが出動するあまり、個人的に行動するとみられていた例の集団とは切り離して考えられたからである。
そして他の2つと比べ、圧倒的に分かっている情報が少ない。襲撃された当の機密省が所属する死神の情報漏えいを理由に情報提供を渋ったからだ。
「俺は必要最小限の情報だけを外部にもたらすと言う条件のもと、機密省の定例会義に参加することを許された。内容は特に緊急でもない。強いていうなら少し前に起きていた血の大殿前演説事件について、上の空のごとく話し合ったくらいか。とにかくいたって普通だった。奴らが乗り込んで最初に狙ったのは、どうやらその会議室だったらしい。......見るか」
ギミックはそう言うと、ベッドの横の引き出しからなにやら手帳のようなものを取り出した。あちこちが破れ、一見手帳には見えないほどボロボロのもの。その中のあるページを開き、エミーとハデスに見せた。走り書きで、かなり読みづらい字が記されていた。
「当時俺が書き残した手記だ。これを公開したことは、くれぐれも機密省には漏らさないでほしい」
* * *
午前10時21分。会議開始32分。覆面たち5人会議室強襲。沈黙保ち議長を銃殺。混乱の中もう1人進み出、副議長ほか3人斬殺。時計読むより早く死に至らしめる。
午前10時22分30秒。生存者全員捕りょ、薄い結界様のオリに閉じ込められる。先の覆面、同様に会議室閉じ込め、会議室爆破。下の階に落下も負傷なし。下にさらに5人覆面、課長及びリーダークラスのみ狙い銃殺、斬殺、死砂甚だしい。
午前10時25分、同志の抵抗、覆面勘付き反撃、
彼の死砂
温かいうち、銃撃受け左腕負傷、流血
刀の覆面、機密省の長の場所をきく
分からず沈黙、案内するよう強制。背中に当たる刃先冷酷極まる
午前10時35分。警備システム作動、閉じ込められる。刀の覆面一太刀にてシャッター破壊、先を促す。
午前10時38分。非番の緊急招集、到着。数は10数人、こちらに向かう。刀の覆面に慈悲なし。足砕き手曲げ顔歪め、ロウ人形転がり並ぶ。さらに案内促す。中の構造は全く知らず、同じところをただ回るのみ。シビレ切らし首をつかまれ、人質となる。1人全力ふりしぼり能力使用、刀の覆面に遠く及ばず軽く消される。
午前10時52分。長官室発見。中に入るも人なし。
午前11時2分
* * *
「午前11時2分」という言葉で、突如手記は終わりを告げた。先に読んでいたエミーも疑問を覚える。
「これ......」
「この手記は後で病院に運ばれた後、療養中に思い出しながら書いた部分がほとんどだ。だけどその先は流血がひどくなって、記憶がかすんでしまっていた。今も読んでもらってる間に思い出そうとしたが、そこだけごっそりとなくなっているかのようだった」
「......数少ない公開されたデータの中で、犠牲者数ははっきりと残っているのですが」
「襲撃対象は機密省だけだったが、犠牲者は前2つの事件を合わせてもまだ足りないほど膨大だった。当時の各課のリーダーのほとんどが例の会議に出席していて、そのほとんどは瞬殺された。おそらく今の史纂課やら処理課にあたるところも、トップの前任者は事件に巻き込まれて死亡、と残されていると思う」
「3日間合計で出た数字ですか、あれは」
「いや、違うな。殺されたのはほとんどが最初の日だ。あの後機密省は3日間、例の集団に占拠されたが、後半は自分たちに有利に話を進めるためか、あえて誰も殺さず、人質として扱った。最初の1日が、肉体的な地獄だった。奴らは完全に、殺しを楽しんでいた。あの目......人を戦慄させる深い緑の目は忘れられない」
「緑の目、ですか」
「知っているか、”ナイトメア”だ」
「ええ、もちろん。ただ、もはや古典に属するものだという認識でした。先日シーナにそのことを聞くまでは、頭の片隅にあった程度です。フェルマーが、幹部に”ナイトメア”の人格サンプルを”転生”によって植えつけた、と」
「”ナイトメア”の人格サンプルを、”トッケン”が持っていたということか」
「そういうことになります。それがすでに問題ですが」
「あれは永久に封印したはずでは?それこそ皆の記憶からそのことを消したのも、機密省だったはずだ」
「なのに”ナイトメア”は”トッケン”が秘密裏に保存し、使われた」
「......もう一ついいか」
「何でしょう」
「この手記を見て思い出したが、ガーネットは血の四冥通り事件の後、アルテミスに渡ったよな?......そうですよね、ハデスさん」
「そうだな、俺がこの目で見た、間違いない。......それがどうした」
「『刀の覆面』は、その通り刀を持っていたが、ガーネットによく似ていた......いや、あれは、ガーネットだった」
「......お前は、アルテミスを疑うということか?副主死神が例の集団に関与しているとなれば、冥界の根幹が揺らぐ。それにアルテミスは当時、俺やペルセフォネとともに四冥神会議に出席していた。終了時刻は昼を回っていた。偽物でもなければ考えられない、揺るぎようのないアリバイだ」
「さすがにそこを疑いはしません。ですがあのガーネットをかなり使いこなしていたのはよく覚えています」
「結局疑問符がとれないままか。......その銃撃というのは」
「違う奴でした。悪魔の持つような強力な銃を一発命中させて、次々に殺してゆく......」
「血の大殿前演説事件と、どう違う」
「......一緒です」
「......なに?」
「死砂化直前に見えた傷口がほぼ同じだったのを覚えています」
「傷口が同じ」という証言は、かなり有力な証拠になる。ただし、それは現世においてのみ。冥界では死神が致死的な傷や死に至るようなことをすれば、その時の周囲の環境や死亡者の状態にもよるが、少し、ほんとうにわずかに死体になる時間があった後、砂と化してしまう。現世では凶器が特定でき、購入履歴などと照らし合わせて犯人の特定につながったりする重要な証拠でも、冥界では机上の空論に似たものであるにすぎない。
「捜査上の信憑性は疑問ですが、信用するとなれば、その銃使いは幹部クラスであることは間違いなさそうですね」
「”ナイトメア”を下っ端に使うことはないだろう。まず耐え切れるかどうか」
「となると、やはり幹部ですか」
「どれほどの者なら、あれが耐えうるものになるのかは分からないが」
* * *
機密省も出すのを渋る情報。それを提供してもらえたことの礼を言い、エミーはハデスとともに病室を後にしようとした。
「......最後に、もう一つだけいいか」
ギミックは手記を出した引き出しと同じところから、小さなプラスチック製の箱を取り出し、エミーに渡した。
「......これは?」
「奴らのうち一人の、外套の切れ端だ」
「外套の?」
「何かに引っ掛けて破いたのか、あるいはそうじゃないのかはよく分からない。だが俺たちの着る外套とは微妙に素材が異なる、奴ら専用の外套のものだ。俺がこのことを許さなかったのと同じ理由で、ずっと俺が持っていた。それが少しでもヒントになるのなら、と思って渡させてもらう。だから意味がないと思うなら帰り際にでも捨ててもらって構わない」
「いえ」
警察省の仕事の中には徹底した調査、というものもある。それはすなわち、探偵のごとく何をも見逃さない、細かいところにもこだわる几帳面さが要求される。普段はそんな几帳面なことは苦手なエミーだが、ここで諦めるわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。事件の解明に役立たせていただきます。......必ず」
寝転んだギミックがひらひらと手を振るのを見て、エミーはハデスを促して病室を出た。
冥界サイド終了です。
次からいよいよKetterasereiburgの最奥部に突入します。




