#74 ギミックの思い
会議が終わり、エミーは警察省を出た。
結論は出なかった。少なくとも、処理肆課が処理参課に吸収合併されることの承認は得られなかった。
警察省と処理参課が捜査の面で協力関係にあるとはいえ、なぜ機密省の内部事情に警察省が介入しているのか。それは警察省にも大きくかかわっているからだ。
「......”トッケン”に対する処分は、どうなるの」
「シーナ、さっきからそのことばかり言っているけど、それは牢屋の中に入りたいっていう意思表示ってことでいいのかしら?」
「......そんな!」
「言ったはずよ、処分は警察省が決めることで、あなたがどうこう言ったところで”転生”に関係する罪は消えはしないし、処分の内容も変わりはしない。まだ牢獄行きにならない道も残されているかもしれないのに」
「......」
「これは警察省と機密省の問題だから、下手に口出ししないほうがいい、っていう私からの忠告ととってもらえると嬉しいわ」
「......分かった」
その時のシーナの寂しそうな顔を思い出しながら、エミーは病院に向かっていた。
シーナ・バットゥータはエミーがペルセフォネのもとで学んでいたころの同級生だった。その頃から仲良くしているだけに、エミーとしてはそんなつもりはないのだが、ある種の情のようなものが生まれていた。警察省所属の死神としては、犯罪者に同情するのはもってのほかだと、エミー自身も言われたし、事実そう思っている。だが単純に”転生”をやっていました、だから即逮捕で塀の向こう、としてしまうのが、ためらわれた。
「いいわ、別に。確かに”転生”をやっていたのは間違いないんだから」
「妙に達観しているわね」
「昔からそうだったでしょ?なんかね、こだわりすぎたってどうしようもないことって、たまにあるでしょう?」
「こだわりすぎたってどうしようもない、ね......」
シーナの達観は、何か周りを心配させるような達観だとエミーは昔から感じていた。後に会ったレイナも隠している達観があるが、レイナが正の方向の達観であるのに対して、シーナのそれはどうせ自分の力ではどうにもならないんだから、という負の方に向いたものだった。エミーの方も、別に考え方は人それぞれだからと、シーナの考え方を矯正しようとはしなかった。
罪は認めるし、抵抗するつもりもないし、これから死ぬまで監獄にいろと言われてもそうなるだけの覚悟はあった、というシーナの考え方も理解はできる。できるが、どこかそうであっては欲しくない、と願う自分がいた。
そもそも死神禁忌の取り締まり、という大きな壁の陰で、”転生”が行われていたことがエミーにとって驚きだった。中身のことが基本的に一切分からない仕組みになっている機密省を信じ切っていたわけではもちろんない。ただ、警察省が追っていたものが案外近いところにあって、呆然としているというのが近いのかもしれない。
とにかく処理肆課や特殊研究課の進退も、さらにはシーナたちの行く先も、これから向かう場所で起こることに左右される。そう思って、エミーは病院に入り、最上階に上る。正確にはまだ退院にはなっていないので、「戻る」と言った方が正しい。
「......最上階も、ずいぶんにぎやかになったわね」
きっと昔は、この特別な最上階にこんなに死神がいることはなかったはずだ。3代前の主死神はエミーの母親、ペルセフォネのように老衰で亡くなったそうだが、その最期は大殿ではなく、この病院の最上階の一室だったという。なんでも現世から持ち込まれた疫病にさいなまれ、その最期が本当に老衰なのかそれとも病死なのか、いまだに分かっていないのだそうだ。
最上階に着いて廊下を進み、自分の病室ではないところに入る。
そこにはベッドに伏せった1人と、その側にもう一人いた。
「......クルーヴか」
「パパ?」
ギミックと、ハデスであった。
「なんでここに?」
「ただ見舞いをしに来ただけだ、引退してからは暇だからな。お前の方こそどうした」
「長くなりそうだけど、いい?」
「......この延命装置か」
「そう。機密省が襲撃された事件については知ってる?」
『知ってるぞ。テレビで大々的に報道されていたからな。警察省の報道規制はなかったんだな』
ギミックも声こそ出さなかったが、画面に言葉を表示させることで会話に参加した。
「ええ。むしろ機密省がボロボロでヤジが近づいても危険で自業自得だし、公開しない時のメリットがないですから」
『なるほどな。あれも、冥府革命集団の最高幹部が犯人だと言ってたな』
「そうですね、手口があまりにも特徴的過ぎて」
『ただ、襲撃された事実とその被害ばっかり強調されて、実際どの課が襲われたのかは少ししか出てこなかったな。どこだったか』
「処理肆課と特殊研究課です」
『処理肆課?』
「そうです、今日はその話をしに来ました」
『この延命装置は、処理肆課がつけていったものだったな』
「だけど処理肆課はもう、85%がセントラピスラズリによって殺されたんです」
『全員ではないのか』
「全員ではないですが、何より機密省の建物自体が今使えない状態です」
『グロリアは?グロリアは......』
「頭部を含む全身に重傷を負い、記憶喪失になっています。現在もこのフロアに」
『......!!』
「現在彼女が覚えているのは、約230年前、すなわちアレクサンドロの悪魔戦争までと、確認出来ています」
『230年、前......』
「記憶が戻るかどうかは、まだ不透明です。このまま戻らなければ、あるいは彼女は1人の息子を持つ母親だという認識のまま、この先を生きていくことになります」
『1人息子......?』
「もちろんフェルマーです。例の戦争までの記憶しかないということであれば、冥界の敵としてのフェルマーの印象が強く残った結果なのでしょう」
『どうしてだよ......!!!!』
その言葉は他のと同じように、ディスプレイ上に表示されたが、そこに激昂が乗せられているのは明らかだった。
―――ガシャンッッッ!!!!
次に響いたのはそんな音だった。それはギミック自身が彼の足元にあるディスプレイを蹴り飛ばし、ディスプレイが砕けた音だった。ディスプレイにつながっていた大小様々なコードが大きく引っ張られ、ギミックの口元にあてがわれたマスクが外れた。外れた拍子にギミックが上半身を起こす形となり、処理肆課の取り付けた延命装置は完全にギミックから外れてしまった。
ギミックの顔が憤怒に満ちていることはなかった。代わりにそこにあったのは、哀しみだった。自分が怒っても仕方のないことに対して怒っているような、そんな顔だった。
「なんで......こんなに、レインシュタイン家ばかり......レインシュタイン家は!!死神の中でも誇り高い一族じゃなかったのかよ!?俺が実の娘に追い出されても、レインシュタイン家の血が潔白なまま保たれるならそれでもいいと、思えるような家じゃなかったのかよ!?記憶喪失になって唯一覚えてるのが奴のことしかないなんて......!!」
延命装置によって口を開くことを許されていなかった分、声は小さくとも感情はそこに山ほどあった。
ギミックの叫びは、嫌と言うほど分かった。特に前主死神の夫と娘であるハデスとエミーには、自分が誇りとして、心の拠り所にまでしていたものが崩れ去っていく感覚が、どれほど恐ろしいことか。人によってはそれを死と同等、あるいはそれ以上と考えるものなのだ。
「俺はもういずれ死ぬ身、グロリアは記憶喪失で再起不能だろ......?レインシュタイン家はどうなる......?奴は論外だ、ならレイナか?もし現世の戦争に巻き込まれていたらどうする?ロルはレインシュタインの枠組みの中にあることを望んでいない......レインシュタイン家も、終わったってことか?」
「......違います」
それだけは言えた。ギミックに怒りと哀しみが混ざってただ、自分では何もできないことを叫ぶその空間の中で、エミーが静かに言った。
「違う......?」
「ええ。ギミックさん、言いたいことを一つ、言っていいですか」
「......。」
「レイナを勝手に殺さないでください」
「......!!」
「あなたはレイナのおじいちゃん?そんなことは分かっています。だからレイナの盟友として言わせてもらいます。......レイナはそんなしょぼくれた死に方はしません。レイナには私たちが見習うには遠く及ばない、ずば抜けた達観があります。自分が何をすれば誰が救われるとか、自分を犠牲にすることさえあります。レイナがいたことで変わったこともあるはずです。そしてこれからも必ずあります。そのレイナを......死ぬなんて言わないでください。レイナがいる限りレインシュタイン家はどう頑張っても絶えることはありません。私はそう思いますし、......ギミックさんもそうであってほしいはずです」
「............。」
誰も口を開かなくなった病室内では、異常を知らせる延命装置の音だけが鳴り響いていた。延命装置、などという大がかりで精密なものがこうも簡単に外れてしまうとは考えてもみなかったが、それはギミックが爆発させた感情と相まった、必然のことのようでもあった。
「......俺からも、いいか」
そう言ったのはハデスだった。
「俺は元人間だ。あのペルセフォネのせいでこちらにやってきた、ある種の突然変異のような、な。だがそれも遠い昔のことで、今ではこの冥界で最年長か、あるいはそれに近いところまで来た。その間にアルテミスやマドルテ、そのほかにも多くの優秀な死神が生まれて、育っていくところを見てきた。もちろんお前も含めてだ。その中でもお前は際立っていた。俺にはレインシュタイン家の一員であること、それ自体の重圧や苦悩を実感することはできない。だがお前は、それでも自らに課した責務を全うしようとする、前を向いた考え方をしていた。何に対しても率直かつ誠実だったことは俺だけではない、ペルセフォネも認めていた。少なくともお前がレインシュタイン家を追い出されたと聞いた時も、お前が何か家名を汚すようなことをしたのではなくて、陰謀があったのだろうという発想に、すぐに至る程度にはな。仮にこの先レインシュタイン家が弱体化したり、あるいは滅亡したりしても、それはお前の責任ではない。誠実なお前が面倒を見たグロリアや、レイナ、外れた道を行ったフェルマーの責任でもない。何かの責任にしたいというのであれば、強いて言うならそれは時の流れだ。今お前の身体は生死の瀬戸際にあるが、仮にお前がこのまま死なずにあと200年や300年生き続けたとしても、何か盛っていたものが消滅する可能性がゼロになることはない。それが特に原因のない消滅だとしてもだ。レインシュタイン家が存続し続けることに意味を見出しているかもしれないし、実際一族でない者が受けるメリットもいくらかはあるだろう。だがそれに全てを注ぎ込み、命を懸けるのは適していないことというのは、これも多く存在する。家名が後世にまで残り続けることを優先するのは構わないが、そのためにレイナやその他の連中を巻き添えにするのは、いかがなものかと俺は思う。特にお前がレイナの将来を案じて、無事に育っていってほしいと願うのであればなおさらだ」
ハデスはぽつりぽつりと、しかしはっきりとギミックに向かって言った。同じ冥界に生きる死神である以上、誰も傷つくことなく生きてほしいと願うのは必然だ。レイナは特別であって、その意味で特別ではない。
いつしか延命装置は鳴り止んでしまっていた。力なくぐったりとしてしまったようにさえ思える延命装置のマスクを拾い上げ、エミーがハデスの言葉を継いだ。
「この延命装置の有無によって、ギミックさんがまたレイナと会えるか、それとも会えないかが決まるかもしれません。......ですが処理肆課が機能していない今、この延命装置をつける義務は発生しません。私が警察省の代表として、また処理肆課の代理人として尋ねます。延命装置を希望しますか」
ギミックは笑っていた。それはレイナが照れ隠しをするときの笑いではなくて、シーナが達観したときに浮かべる諦念から来るものではなくて、自分の意志から出てくる、清々しいものだった。
「いや、......いらない。俺がレイナの帰りまで生きられないなんて、誰が決めた」
ハデスが他の人のところに行く、俺は暇な身だからな、と言ったので、エミーも手土産を置いてギミックの病室を出ようとした。代わりに延命装置を持って帰ろうとしていた、その時だった。
「......時間は、まだあるか」
不意にギミックがそう言った。
「一応夕飯の時間までなら、私は問題ありませんけど」
「俺も同様だな。最近は俺を老いぼれだと思って心配するメイドがちらほらいるから、彼女らが行き倒れを心配しない時間であれば構わない」
二人が賛同するとギミックはうなずいて、
「実は俺がまだ話していないことが、あるんだ。機密省が襲撃されたと聞いて、ようやく思い出した。......戦慄の機密省事件だ」
「戦慄の機密省事件......」
「当然その時も警察省が捜査に入ったから、資料はあるはずだ」
「知っています。目も通しました。ですが、『思い出した』とは?」
「俺も当時、あの現場にいた。警察省の記録では俺は有休扱いとなっているはずだが、実際には俺は仕事として、機密省を訪れていた」
「なぜそれをその時言わなかったんですか!?」
「尋ねられなかったからだ。記録通りの行動をしていなかった俺が何か言えば、事態の混乱は避けられない。怪我もしていないのに、周りの連中に余計な心労をかけてしまう。そう思ったからだ」
「......。」
「だが話さないまま死んでしまっては困ることがあるかもしれないと思った。急ぐならまた日を置いてという意味だったが」
「それは今すぐにでも話すべきことです。準備をするので少しいいですか」
エミーは自室―――自分の、と言っても同じ階にある病室のことだが―――に戻り、ボイスレコーダーと手帳をとり、ギミックの病室に舞い戻ってきた。




