#73 警察省と機密省
『処理参課の代表者、明日以下に指定した時刻に緊急の冥府機密省会議を開催するので、警察省3階大会議室に召集がかかった旨......』
「……どういうこった、処理参課が何か悪いことでもしたか?」
その日機密省から処理参課所属の者に対し、そのような通達が来た。
数日前の朝いつものように機密省に行ったものは皆、ことごとく破壊されたエレベーターと、上層階に開いた大穴に目を奪われた。当然各課に向かうことなどできず、その日機密省は全課にわたって休日となった。
それで済んだ者もいれば、済まなかった者もいた。前日に残業のため機密省に残っていた課である。その代表は史纂弐課であった。残業をしていた彼らはひとまず連絡を受けた警察省に救助され事なきを得た。
ミュールが所属する処理参課は前者の方で、原因は分からないが休日となってしまい何もすることがなく思い思いに突然の休日を過ごしていたのだが、そこに来たのが招集状だった。
「まさかあの大穴とか、エレベーターは処理参課のせいだって言うんじゃないだろうな」
かと言ってそんなはずはない、と否定して行かなければ余計に怪しまれるかもしれない。彼も含めて処理参課の面々は連絡を取り合い、広い冥界の一角にあるレストラン街に集うことにした。
「ボスがいないから、決めにくいわね……」
「もうすぐ帰って来るとは言ってたんですけど、ちょっとタイミングが悪かったですよね」
「ボスのタイミングがか?」
「そんなわけないでしょ。陰口でもそういうことは言うべきじゃないわ。特にボス地獄耳だし、案外帰ってきたら言われるかもしれないわよ?」
「それ本当になったら面倒なやつだな……」
「それで、どうする?もしかするとボス不在なのは知らないかもしれないし、サブを出しましょうか」
サブというのは処理参課の副課長のことである。
「いや、ダメだろ。警察省の会議室なんだ、警察省が絡んでくるのは間違いねえ。そこにサブを出すのはちょっとまずいんじゃねえか」
「うーん……確かに出すとしてももう一人か二人必要よね」
「結局どうするんだ。サブを出すのか出さないのか。それによってこっちが準備する度合いも違ってくるだろうし」
「準備って、何かすることはあるの?私たちは内容を何一つ知らされていないのよ?」
「まあだいたい今回の事件関係だってのは想像がつくけどな」
「そういや警察省が絡んでくる可能性が高いとか言ってたな。ならエミーがいるんじゃないのか」
「そうね、あるいはエリザベスさんか」
「どちらにしろプライベートで2人と仲のいいお前が行ったらどうだ?女同士でしか進まねえ話もあるだろうし」
「それ、適当に理由つけてるだけじゃない?」
「いや、あながちそうでもねえよ。まあプライベートと仕事がうんたらかんたらって問題もあるけど、もしサブが熱くなりすぎて場の雰囲気が気まずくなっても、お前なら一番修正できると思う」
「そうだな。どう思う」
「私にそんな大役任せて大丈夫?」
「俺らがその役をやると収拾がつかなくなる可能性がある。事実課内会議でもそんなことがあったろ。だからと思ってな」
「……分かったわ、やってはみる。ということは、サブは出すってことね?あと一人くらい、欲しいんだけど」
「ミュールがいたら出してたんだけどな。もし能力が絡む話になったら会議の進行がスムーズになるだろうし」
能力学を専攻していながら研究者にならず、省に入る死神はかなりまれだ。他にも他人に使うと危険を及ぼすような能力に詳しいこともあり、処理参課でミュールは非常に重宝されている。
「“連携強化”についてあれだけはっきりした定義付けをしたのはミュールが初めてらしいからな。弱変化、中変化、強変化型だっけ?」
「でも使用も所持も禁止されたこのご時世で出会うことなんてそうそうないでしょ?少なくとも冥界ではないでしょうし、現世でもレアだと思う」
「……話を戻すぞ、今ミュールはいないんだ。そうなると誰が適任だ?」
「個人的にはあなたがいいんだけど」
「は?俺?」
「そう。ミュールほど能力に詳しい人はいないから、そうなると残る不安は単に、サブと2人なのが気まずいというか、こう、緩衝材がほしいというか」
「結局罰ゲームかよ!」
「罰ゲームじゃないわよ、機密省の上の人と直接話せるんだから、むしろチャンスでしょ」
「でもめんどくさそうだろ、上の人って。人のこと言えねえけど機密省だぜ?」
「本当に人のこと言えないわね......特に処理課は基本的に嫌われ者よ?」
「別に何もしてねえ連中には何もしないんだけどな。......分かったよ、行きゃいいんだろ、それこそ俺らは何もしてねえし、何も知らねえもんな」
「そうよ、そのことをちゃんとはっきりさせてやらなきゃ」
翌日、行くことが決まった彼らは警察省の前にいた。
冥府革命集団関係の捜査、すなわちメンバーや持つ能力の解明、さらには潜伏先の割り出しなどは処理参課と一部史纂弐課、そして警察省が一体となって取り組んでいるが、合同で会議をする際には警察省の方から機密省の共通フロアにある会議室に赴くことがほとんどで、警察省の中を見ることはほとんどなかった。
「確か、3階って言ってたわよね」
「そうだな、だけど同じ3階でも広すぎるな」
それこそ機密省の共通フロアと同じで、会議で使うための大部屋がいくつも並んだだけの階であった。ただし、
「大会議室って言うなら、ここしかないようね」
「そうだな」
通路を端の方まで歩くと、大会議室、と記された部屋が姿を現した。途中で見かけた部屋は全て中会議室止まりだった。
「......入っていいのかしら」
「何だろうな、犯人の家に殴り込みに行くのは慣れてためらいなんてしねえけど、こういうのは」
「裏口とかないかしら、こんな真正面から入ったら目立ちそうで」
「どうせ今回の会議の主人公は処理参課なんだ、嫌でも目立つだろ」
「......そうね」
重厚なその扉を、思い切って開けた。
「......ようこそ警察省までお越しいただきました、どうぞ、そこの席へおかけください」
部屋に入ると真ん前に大きなスクリーンを背にして、女が座っていた。紛れもない、警察省長官のクルーヴ・エミドラウンその人である。暗い部屋に光るスクリーンのせいか、彼女の身体の中で瞳だけが光って見え、紫と桃色の目がある種不気味な感じをその部屋に漂わせていた。
椅子を勧められたので言われたところに座ると、エミーが再び口を開いた。
「すみません、所用があり私たち側の担当の者が少し遅れております。もう少しお待ちください」
どうやら最後ではなかったようだ。
見渡すと、エミーのほかに数人しか、警察省側の死神はいなかった。いずれもエミーのそばの席に腰かけていた。
「エリザベスさんは?」
思わずつぶやいてしまった。このような厳かな、上層部のみが参加するような会議に、副長官であるエリザベスの姿はなかった。
「......エリザベスは別件で忙しくしております。なにとぞご容赦ください」
「いや別に、怒りはしねえけどさ」
「私もまだケガが完治していない状態での開催ですので、手短に終わらせられるよう、ご協力頂ければ幸いです」
「おう、まだ治ってなかったのか」
(「......今日のエミーちゃん、妙によそよそしくないかしら」)
(「まあ、確かに。だけどこうやってかっちりした会議で会うのはなかなかねえから、緊張してるとかな」)
(「緊張ね......確かにエミーちゃんより私たちの方が年上ではあるけど」)
その時、再び会議室のドアが開いた。見えたのは男と、少し少女のようなあどけなさが残ったエミーと同じぐらいの背丈の女性、それからやつれた顔をした男が数人だった。
「お疲れ様」
エミーが一番前にいた男に向かって声をかけた。やってきた全員が席に着くのを見届けて、
「それでは臨時の冥府機密省課別会議を執り行いたいと思います。進行は代行で私が務めさせていただきます」
機密省で行われるのと同じような、厳かで、緊張感の漂う開始の挨拶だった。
「今回は機密省処理参課、ならびに処理肆課の皆様、わざわざ警察省までお越しいただき、ありがとうございます」
(「処理肆課も......?」)
「今回の議題はただ一つです。先日の機密省襲撃事件のことは、皆様ご存知でしょうか」
エミーのそばにいる警察省の面々はうんうん、とうなずき、続いて今先ほど入ってきた処理肆課の者たちも同じようにうなずいた。うなずかなかったのは処理参課代表として会議に出席した2人と、副課長のサブだけであった。
「......では、確認の意味も含めまして詳細を私の方から」
自分たちだけのために、説明も用意していたらしく、丁寧に当時の状況が説明された。
「ここで時間を取るわけにはいきませんので、詳細を手短にお伝えします。先日冥府革命集団最高幹部のセントラピスラズリによって、昼間に処理肆課が襲撃され、壊滅的な被害を受けました。物的被害だけでなく、処理肆課所属の死神のおよそ85%が犠牲になる、未曾有の大虐殺です。その場にいた者で生還者はおらず、現在処理肆課所属の生存者は当時非番だった者と、グロリアに限られます」
「......!!」
「被害状況は甚だ深刻で、現在もこちら側で捜査を進めているところです。......起きたのはこれだけではありません」
「まだあんのか?」
「ええ。同じ日の深夜、『私刑』が執り行われました」
「死刑?」
「いえ、違います。我々のような司法の立場からではなく、刑を行うものです。同じ機密省所属の特殊研究課―――通称”トッケン”が、機密漏洩を行ったということで、グロリアを秘密裏に殺害しようとしていました。エレベーターが全基にわたって爆破され、機密省が機能麻痺に陥っていたのもそのためです。実際グロリアは重傷を負い、さらに記憶喪失になっている状態です」
「......」
「本題はそこからと言っても過言ではありません。同じタイミングでセントラピスラズリが再び機密省を訪れ、特殊研究課の面々の虐殺を行いました。こちらは深夜の時間帯であったため残っているものが少なく、犠牲者の数で見れば処理肆課よりは少ないですが、機能麻痺に陥ったのは同じです」
「......それで、あの大穴なのか」
「そうです。現場検証と事情聴取の結果から、あの大穴はセントラピスラズリの攻撃によるものと考えられています」
「よかった、俺らのせいにされて、この会議が糾弾大会になるんだと......」
「それはありません。我々の方でもセントラピスラズリによるものだということは比較的早くに分かっていましたので。本題はそこではありません。......今回の事件により機能しなくなったと考えられる処理肆課と特殊研究課は、いずれも機密省、さらには冥界にとって重要な役割を果たしていることは、皆様よくご理解されていることだと思われます。処理肆課は死神禁忌専門の部署として名高く、特殊研究課は冥界全体の科学を担う一大勢力として有名です。そこで、」
「そこで?」
「まずは処理参課の方たちに、処理肆課との合同を承認してほしいのです」
「......そう来るか」
「特殊研究課は?」
「それは別件として扱います。ひとまず処理肆課に関しての是非を」
「......って、言われてもな」
「死神禁忌は冥府革命集団関係の事案には及びませんが、現世に対して過剰に干渉する最たる要因として、かなり深刻なものであることは事実です。後述のことがあるとはいえ、ここで死神禁忌に対処する部署がなくなるのは......」
「今、後述のこと、って言ったな。そんなにまずいことなのかよ?」
「処理肆課にはあくまで間接的な関係があるだけで、」
「違う!」
叫び声が会議室に響いた。
「シーナ!」
エミーが制止にかかるが、シーナと呼ばれた、特殊研究課の代表の女性がやめることはなかった。
「処理肆課も立派に”転生”にかかわってる。共犯よ」
「......”転生”?」
具体的に他の課が何をやっているかは知らなくても、アクセントを置かれて発せられる”転生”という言葉に、どれだけの重みがあるかはよく知られている。
「おい、まさかその”転生”に処理肆課も”トッケン”もかかわってて、それを知らせることなく合併を申し入れようとしてたってことか?」
「意図的に知らせないということは、考えていませんでした。いずれ特殊研究課との合併の是非をも問うつもりでしたが、少なくともその段階でこの事情は話す予定でした」
「それでも処理肆課が”転生”に大きくかかわっていたのは事実よ」
「シーナ、私があなただけに事情聴取していると思ったら大間違いよ?」
「......どういうこと?」
「処理肆課の非番の方たち、それもベテラン層の方にも事情聴取して、特殊研究課が死神禁忌を犯した者の処分方法として”転生”を持ちかけて、処理肆課がそれに乗った形だったことが分かってるの。しかも複数人からその証言が出た。その辺りはどうなのかしら?」
「でもかかわったのは事実じゃない!」
「その言い方は認めたってことでいい?」
「......!!」
「......予定は狂いましたが、改めて処理参課の方々にお尋ねします。一度処理参課に吸収という形をとってもらって、いわゆる第一種機密漏洩による処分ではない形で、処置をとってほしいのです」
「そういうことか」
「もちろん断られた時の代替案はあります」
「それを先に聞いとこうか」
「警察省に一部門として吸収します。ただし人員が多すぎて、吸収しきれない面もあるので、できれば機密省内で解決していただけると助かります」
「......一ついいですかね」
ここでようやく、サブが重たい口を開いた。
「何でしょう」
「処理伍課との合同という案は、挙がらなかったのですかね」
「打診はしましたが、断られています。悪魔関連の違反を扱うのも大きなことだと」
「なるほど」
「まだ返事の前ですから、質問は受け付けます。他にも何かあれば」
「では、もう一つ」
「はい」
「ギミック・インフェルナス氏の延命装置は、どうするおつもりですか?」
「......!!」
「クルーヴさん。分かっていたはずです、あの延命装置を処理肆課が取り付けたその後処理をどうするか。合同のごたごたでその件がうやむやになってしまう前に、片づけた方がよいのでは?」
「......分かりました。それではひとまず、この件を保留にします。それでよろしいですか?」




