#71 処理参課
レイナ、ミュール、ロル、そしてセントコバルトを乗せた車は、ロルの家を目指して高速道路をひた走っていた。すでに夕暮れ時で、水平線に沈んでゆく夕日が輝いていた。
「そういや、姉さん」
「なに?」
「つわりがひどいからって長いフライトの末日本にはるばるやってくるって、どういうこと?もちろん姉さんたちのいたKetterasereiburgっていう国が今戦争状態にあるのはニュースで聞いて知ってるけど、それなら冥界に帰った方が、近かったんじゃない?」
「それが、そうもいかなくてね。確かに冥界に帰った方がよかったのは当たり前だけど、戦争前に一般人が国外に避難するために、列車の行き先が全部フランスの空港行きになっちゃって。葬儀死神の国を経由する列車もそうなっちゃって、やむなく、ってところ」
「......なるほど。それで、冥界以外に頼れるのは誰かってなったら、日本にいる実の弟だったと。日本にも来慣れてるし」
「そうね。しばらくお邪魔するかもしれないけど、ごめんね?」
「いや、それは別に大丈夫。一応開いてる部屋はあるから、ミュールさんと相部屋になるのは我慢してもらわなきゃいけないと思うけど。こっちが心配してるのはそれじゃなくて、夜勤の方かな。一応彼女と交代で夜勤になるように頼んではみるけど、基本的に緊急の時以外はミュールさんに世話を頼むかもしれない」
「いいよ、別に。そのために私がいるようなものだしねー」
「よし、ちゃんと本人の了承ももらえたね。......ところで、なんだけどさ」
「なに?」
「その女の子は誰?......もしかしてとは思うけど、お腹の子は2人目?」
ぶっっ!!!!
一番先に吹き出したのはセントコバルト本人だった。大声で笑いたいのを一生懸命こらえるあまり、うずくまって体を小刻みに震わせている。
「ちっ......違うわよ‼︎」
「そうそう、隠し子だよ。レイナったら罪な女......」
「ミュール⁉︎」
「アルくんも実は知らないもんね?」
「そんなわけないでしょ⁉︎」
「え?アルくん公認の隠し子?誰の子?」
「いい加減にしようか?ねえ?着いたらどうなるか......」
「うわわすごく怒ってる‼︎ごめんなさいごめんなさい......‼︎」
「2人とも車の中で暴れないで欲しいな。それに姉さんは今大事な時期なんだろ、もうちょっと安静にしてくれないとこっちがひやひやする」
「ごめんなさい......」
「まったく、嬉しいのは分かるけど、はしゃぎ過ぎだよ、姉さんは」
「......ところでうやむやになったけど、その子は誰?」
「うん、はっきり言うわ。冥府革命集団の幹部の一人よ」
「下級幹部だとは思わないんだね」
「弱変化型とは言っても、”連携強化”持ちの時点で下級幹部になることはないね。処理参課の基準ではそうなるよ」
「なるほど、さすが機密省。私たちについてのプロだけあるね」
「冥府革命集団?”連携強化”?そんな危険人物が何でここに?」
「大丈夫、かなりきつめにお仕置きはしておいたから。もう能力は使えないし、強いて言えば変身できるぐらいで」
「そうだよお兄さん!なんにもしないって言ってるのに、やれ幹部の一人だの、やれ”連携強化”持ちだのっていうだけで足が立たなくなるようなおしおきだよ?ひどいでしょお姉さんたち!」
「うん、君が普通の女の子ならね」
「しゅん......」
唯一事情を知らないロルお兄さんにもかばわれず、さすがに応えたらしい。
「そういえばさ、レイナ」
「なに?」
「ロルくんの家に着いたら、次の日からちょっと用事があるから出かけようと思うんだけど」
「出かける?それって何の用事か聞いていいの?」
「この子だよ」
ミュールがセントコバルトの肩をぽんぽん、と叩いた。突然自分の話をされてびっくりしたのか、少し目を丸くしつつミュールの方を見た。
「今度は何?まさか優秀だっていう日本の警察にあれこれ理由をつけて突き出して、塀の向こうにやっちゃおうっていうこと?」
「それがお望みだっていうなら止めはしないけど?」
「そんなの誰がいいって言うのっ」
「別にあなたが口を割ったわけじゃないし、仮に何か犯罪に当たることをやってたとして、それがはっきりしない以上は警察に突き出しても意味ないよね。まあ現世で罪に当たることをやってなければ、の話だけど」
「現世って......そんなの何がダメで何がいいなんて分からないよ」
「そこで、よ。私の記憶が正しければ、課長が今日本にいるの。だからひとまず身柄の引き渡しをしようと思って」
「そこからどうするかは決めてるの?」
「決めてない」
「え」
「日本滞在中っていうのは知ってるけど、いつ帰るとかまでは知らないから。しかも目的がそれこそ冥府革命集団関係の調査だからね」
「......じゃあ、日本が怪しいのはつかんでるんだ」
「そうみたいだね。まあ詳しいことはのちのちたっっぷり搾り取ってもらうつもりだから、覚悟してね」
ぞっとした顔をセントコバルトはした。
「まあ現世の通り一遍の拷問とは一味違うから、楽しみにしてるといいよ」
言葉に反してにこにこした顔をミュールはした。
* * *
冥府革命集団。
現世にも深くかかわっていると、セントコバルトの一件で分かってしまった今、冥界内で片づけられる話ではもはやなくなってしまった。だが冥界内でもいまだ未解決な部分がほとんどであることは変わりがない。
例えば、最高幹部がいったい誰なのか、という問題。今ではセントガーネットとセントラピスラズリがその最高幹部の一員であると分かっているが、セントラピスラズリの存在が明らかになったのは少し前にエミーが大ケガをした時、そしてセントガーネットの存在はアレクサンドロの悪魔戦争後、アレクサンドロ自身がセントガーネットの殺害を自白した時に明らかになっただけで、すでにいくつもの事件が起きてからやっとのことであった。その自白をもってしても、セントガーネットの素性がついに明らかになることはなかった。今ではウラナが使うガーネットという刀をどのように使っていたか、セントガーネット自身に能力があったのか否かさえ。そして何人もの死神を虐殺したセントラピスラズリに並ぶ存在であるはずのセントガーネットが、どうしてそこまであっさりとアレクサンドロに殺されてしまったのか。
手がかりも少なければ、構成員の素性、潜伏先も不明な者が多い中、少しでも手がかりを見つけようと躍起になっているのが機密省の処理参課である。もちろん警察省も協力しているのだが、警察省にはその他の様々な事件の調査という大きな仕事があるため、長期戦になることが当初から予想されていたこの一件にはなかなか人員を割けないでいる。そこでいったんは処理壱課と弐課から警察省に再編された彼らの中で、この途方もないと見える捜査を専門とするのに名乗りを上げた者たちが再び機密省に戻るという形をとって、処理参課が生まれた。
その処理参課のチーフ、つまり所属するミュールたちが「ボス」と呼ぶ男が、日本に滞在している。なぜアメリカのような、もっと広い国ではなく狭い島国である日本を選んだのかはあまり知らされていない。さらに最初に日本を選んだというだけで、連絡もしていないので今はもう日本にいない可能性さえあった。
「......どこにいらっしゃいますか、と」
そこでミュールは日本行きの飛行機の中で、あらかじめボスにメールを送っていた。
それに対する返信が来ていると気づいたのは、ロルの家に到着してパソコンを立ち上げてからのことだった。
「なになに?......『危なかったな、ちょうど冥界に帰るところだったんだ。すまないが......『なんとか』まで来てくれないか』」
「なんとかってなに?」
「これ。読めない」
「......それ、『あたみ』だね」
熱い海と書いて、静岡県の熱海市である。
「ここからどれくらいかかる?」
「そんなにかからないよ。1時間弱ぐらい。それよりさ」
「なに?」
「......もしかして私たちを置いて遊びに行くつもり?」
「えーっ!!なんでそうなるの!?」
「熱海は温泉地とか観光地で有名なのよ。きっと行ったら最後戻ってこないでしょ」
「そんなことないよ!っていうかそれってボスがバカンスしてるってことだよね!?」
「......そうじゃない?」
「分かったよレイナ、私セントコバルトを引き渡すついでに、ボスに喝入れてくるよ」
「喝って、そこまでしなくても......」
「ようし!」
......というわけでミュールはセントコバルトとともに新幹線に乗り、ボスのもとへ向かっていた。1時間もかからないその道程であったが、話すことがなく黙りこくってしまうのも居心地が悪かったので、ミュールがぽつりと言った。
「”閣下”はね......レイナのお兄さんなの」
「あの金髪のお姉さんの?」
「そう。私たちが行きつく先の見えない、途方に暮れるような捜査をやってるのとは、また違う気持ちなんだと思う」
「......あれは、セントビリジアンだよ」
「あれ?」
「空港で私を待ってた人。私と同じ、幹部の人」
「セント、ビリジアン」
「死神以外には宝石の名前はつかない、とかなんとか言ってたと思う。その人も普通の人間だから」
「その法則性は大体は明らかになってたね。でも普通の人間って言っても、能力持ちでしょ」
「うん、名前とかは知らないけど、何か持ってるっていうのは」
「なるほど。......それを言って、尋問が避けられると思った?」
「......!!!!」
「それぐらいじゃ無理だよ。例え現世の人間で幹部とはいえあまり情報を持っていなかったとしても、確実に調査はされる。どんな方法か聞きたい?」
「......」
「頭の中に入ってる記憶を引っ張り出されるの。手を触れるだけでその人の記憶を読み取れる能力を持つ死神がいるからね」
「......なんだ」
「ただ情報を吐く点においてはそれで済むって話。私は処理参課の中心メンバーじゃないし、情報を読み取られた後にどうなるか、私は知らない。今はどういう理由であなたが冥府革命集団に参加したのかは分からないけど、少なくとも後悔することにはなるはずだよ」
「......」
ミュールは知っている。
現世の人間が死神の能力という、危険な領域に足を踏み入れれば最後どうなるかを。
それはただ「人間には合わないようになっているから」というような、理詰めでも、あるいは机上の空論でもない。それはある意味両親が死んだと知らされた時よりも強烈に記憶に残り、ミュールの負の感情を生み出し続けていると言っても過言ではなかった。




