#69 最年少の小隊長、ミヒャエラ・レンヌ
”東の国”最東端の都市、Schneeholle。そこは第二のヨーロッパの火薬庫とも呼ばれ、世界中の人々をみな武装させてもまだ余るほどの銃器や爆弾が存在する。同じ”東の国”の都市であるKonigkissenが比較的温暖なのに対して、このSchneeholleという街は冬場どっさりと雪が積もり、誰も人が住みたがらない。普段この街に住む人でさえ冬場はKonigkissenの方に来て親戚を頼ったりする。
今は冬でこそないが、民衆はみな避難させたために、そこにいたのはミヒャエラ・レンヌ率いるレンヌ小隊のみであった。武器の保管庫を狙う者を退けるため、監視を任されていた。
ところでたった1小隊にそのおびただしい武器の管理を任せて大丈夫なのか、という問題が浮かび上がる。謀反防止策としてシャルロッテが独断で配下を動かすのがダメなら、このこともダメで、少なくとももう1小隊ぐらいは派遣されてもいいものである。それがそうはなっていない。なぜなら、
「ミヒャエラ・レンヌ、少佐だっ!歳は19、シャルロッテ・リンツ大佐の姪っ!これからお前たちの隊をまとめることになったっ!私は士気のない奴はキライだっ!そんな奴は容赦なく制裁を加えるっ!」
つまり彼女―――シャルロッテのように、連合国軍には女性の上官が多いのだ―――には、刃向かう理由がない。中隊内で謀反を起こそうが、連合国軍に対して謀反を起こそうがシャルロッテに刃向かうのは同じで、シャルロッテの制裁の厳しさは身内である彼女自身がよく知っている。
そして彼女がレンヌ小隊の長を任されたことで、ことはプラスに転じた。もともと彼女の部下たちは連合国軍でも厄介者扱いされていた者達ばかりだった。腕は確かだが協調性がなく無駄な犠牲を出してしまった経験があるとか、そもそも性格が悪く孤立していたとか、暴力沙汰を起こし厄介払いされていたとか......と、一歩間違えれば不名誉除隊の兵らが集まる、「連合国軍のスラム街」とまで揶揄された隊。それまで厳しいことで名を轟かせる教官が赴任し根性から叩き直すという教育が行われていたが、いっこうに改善しないのを見かねたシャルロッテが自身の中隊に吸収し、姪であるミヒャエラをあてがったのだ。
筋肉隆々の男がひしめく殺風景な隊に光り輝くような若い女がやって来たのも今の汚名返上の理由の一つだ。ミヒャエラは19歳と小隊長の中では世界でも稀なほど抜群に若いが、容姿はさらに幼かった。実際は老婆であるはずのメイリアと比べても負けず劣らずというところ。しかもシャルロッテにかわいがられ育てられた過去があり、頭をなでなでされるのが好きと来た。毎日のように部下たちに頭を撫でられ、そこにあるのは恋愛感情というよりもはや愛玩動物に対するような優しい心から来る愛情。
だが部下たち全員ロリコンという(少々情けない)理由だけで士気が上がったわけではない。もう一つ大きな理由がある。
「てえぇぇぇいやあぁぁっっっ‼︎‼︎」
彼女の母親は、死神。実はこの人は死神と現世の人間のハーフ、という人がちらほらいるのだが、ミヒャエラもその一人だ。ただ彼女の父親はその事実を知る前に亡くなっている。そして彼女は生まれつき能力を得て、母親から聞いて自分の生い立ちを知った。
「自分が純粋な人間ではない」ことに悲観する者も中にはいるが、それは稀である。レイナほど限りなく人間に近いのに、となれば話は別かもしれないが、ミヒャエラはとんでもない馬鹿力と”冷酷なる雪の精”(ブリザーデーション)という能力を持っている。その圧倒的な強さで、ミヒャエラは隊の男たちの絶対的な信頼を得たのだ。
偵察機がSchneeholleの方にやって来て、帰るついでに爆撃でもしようかというような動きだったので、ミヒャエラ自らがそこにある大量の刀を持って、能力を乗せて偵察機目がけてぶん投げる時の声が、先ほどのものだ。そもそも刀をぶん投げて飛行機に当てること自体むちゃくちゃだが、当たって燃え尽きてしまうことのないように能力も乗せている。まさしく彼女にしかできない所業だ。
「何だ何だぁ?戦場でハンマー投げかぁ?」
偵察機の存在を知らない部下の男がのそのそとやって来て言った。大量の武器を保存する場所は広大で、ちょうど裏側にでも回ってしまえば飛行機など真上ぐらいに来ないと見えないのだ。
「違ぇよ、ありゃ刀投げだ。隊長さんは飛行機にぶち当てて落とそうとしてるみたいだ」
「......俺の言葉直す必要あったか?だいたいやってることは合ってたろ」
と言う間にも本当に命中し、偵察機がぱっくり割れて落ちていく。
「あれが倉庫に落ちりゃ俺ら全員木っ端みじんだってのを、果たして隊長さんは分かってんのかねぇ」
「さぁな、もしかするとああ見えてちゃんと計算してるのかもしれねぇぜ?ほら、行くぞ。隊長さんの命令だ」
ミヒャエラが偵察機にバシバシ当てながら、合間に落ちた偵察機を調べるように部下に命令していた。倉庫の見張りにいくらか残しつつ、半分くらいの人員が散り散りになった。
「......うわ、きれいな断面だな、こりゃ」
「こっちはエビの尻尾みたいなちょん切れ方だ」
「おい、俺が見たやつは人がいなかったんだが、そっちはどうだ!」
「人が乗ってないだと?んなわけあるか、燃えてもねえしパラシュート使って脱出した奴もいなかったってのに」
”どうだっ、”西の国”の偵察機かっ⁉︎”
男たちのトランシーバーにミヒャエラからの通信が入った。
「隊長?刀投げはどうしたんで?」
”終わったっ!流れが途切れたから、本当に偵察なんだろうなっ!”
「終わった、って......マジかよ」
”報告しろ!私はお前たちに雑談に興じろとは命じていないっ!”
「分かってますよ、俺らも仕事だってことぐらい。調べてんですけど、どうやらどの機にも人がいねぇみたいです」
”人がいない?そんなことあるか?自動操縦ってことか?”
「俺らに質問責めされても困りますよ。それに自動操縦は厳しいんじゃないですかね、”西の国”の国力的には」
”確かにそうだな......。う、うわわっ!”
「どうしたんです隊長⁉︎」
”本機だっ!もうやって来たっ!戻ってこい!とりあえずそっちの対処が先だっ!”
「了解だ......‼」
ミヒャエラは偵察機がいったん途切れてから、再び来たために爆撃機だと認識したようだが、部下の彼らが舞い戻ってみても数機しか飛んできておらず、十分対処できた。
「あれだけで済むでしょうかねぇ」
「いや、私も興奮していた......あれも偵察機だろうな。本番にしては少なすぎる、そもそもの目的がこの都市の奪取なんだからな。私ならこの程度の爆撃機を出してまんまとやられるぐらいなら、日を置いてドカーンッ!と出動させる」
「まぁそうでしょうね。......どれぐらい来るでしょう」
「分からないが、他国の協力を得てやっているのは確かだ。成功すれば手に入れた武器のいくらかを渡す、などと約束してな。そうなれば私たちだけでは対処できないのは間違いない」
「協力要請しますか」
「そうだな。”西の国”にいるリンツ中隊長に直接だ」
みな雲の上の存在に近いシャルロッテと、ここにいるミヒャエラが身内同士だと知っているが、ミヒャエラは決しておばさん、などと親しい名称では呼ばない。プライベートでも甘えるところを見せないあたり、シャルロッテにも通ずる堅さがある。
そしてサンテティエンヌ小隊に加え、Konigkissenで待機しているシェドたちも連れて数時間後には駆けつけられるとの連絡が帰ってきた。
「数時間後......なら問題ないな。さすがにそこまで短時間で何十機も用意はできんだろう。ただ、......」
「ただ?」
「サンテティエンヌ、小隊と言ったな?やつか、やつなのか......」
吉報のはずが、ミヒャエラは頭を抱えてしゃがみこんでいた。撫でていい頭ではないと男たちにはすぐに分かった。
* * *
「......サンテティエンヌ小隊が到着しました。小隊長にお会いになりますか」
「断るっ!......いや、ちょっと、待て、今息を整えるっ。すうーっ、すぅーっ、すっ!」
「吸いすぎです隊長。ちゃんと吐いてください」
「はっ、はあーっっ!......よ、よし、大丈夫だ、行ける。呼んでくれっ」
「ホントに大丈夫ですか?」
「構わんっ、さっさと会った方がいい!」
小隊長である以上同じリンツ中隊所属の他の小隊長に会うことが多々あるのだが、ミヒャエラにとってこのダニエル・サンテティエンヌという男はどうも苦手だった。なぜなら、
「やああぁぁっレンヌ殿、遅くなってしまいすまないな!何しろ急だったものだから......」
「......お、落ち着け、仮眠をとっている者も多いんだ、配慮してもらいたいものだな」
「仮眠だと?何だ何だまだまだこれからではないか、レンヌ殿の小隊は活気がないのかあっ?」
「活気はある。むしろ無駄にな。もう常人は寝ている時間だ。そちらが元気有り余る暑苦しい男だということを自覚しろ」
ミヒャエラがこの男を苦手とする理由はそこにある。とにかく暑苦しい。暑くもあり熱くもある。気合いを頼りにして苦難を乗り越えることがミヒャエラにもないわけではないが、この男は毎日気合いで生きているようにしか思えない。
「暑苦しい?はっはっは、何をおっしゃるレンヌ殿、そちらも内面は随分と熱いではないか。『スラム街』をここまでの部隊に成長させたのは、レンヌ殿の燃えたぎる情熱あってこそのものだろう」
「私は士気を上げろと言ったまでだっ、熱くなれと叫んだ覚えはないっ。そちらのやり方を強制しないでくれ」
「おっとすまないな、強制しているととられたのであれば申し訳ない。本題はこんなことではないからな。......それで、我々は空襲に遭ったレンヌ殿らが生死の瀬戸際にあると聞いて慌てて駆けつけたのだが、ぴんぴんしているどころか飛行機の一つも見えないではないか。どういうことだ?」
「勝手に私たちを殺すな。なぜそれだけ落ち着きつつ情報が錯綜するんだ。空襲でこの街を襲って手っ取り早く武器を奪って、戦局を有利にしようという狙いらしい......と伝えたのは事実だが、今のところ来ているのは十数機の偵察機だけだ。私が全て墜としたから、怪我人はいない」
「全て墜とした!さすがだな!......それだけ働いたのなら寝ればどうだ?」
「できるか!そちらが夜中に到着すると言えば、あいつらと一緒の時間に寝ることはできんだろうがっ!それにもし私が寝ていたとしても、わざわざ叩き起こしに来るだろう⁉︎」
「なるほど、連携をとることを第一に考える、やはり鑑だというわけだ」
「そ、そういう意味にも、なるか......」
「何を照れている?早く会議を済ませてしまおう、レンヌ殿が本調子でなければ我々も困るからな。......」
結局会議は十数分程度で切り上げ、あとはテントを設営する時間に回し、みな寝静まった。
* * *
「......起きろ、シェド。もう召集がかかろうとしてる」
「ん?......ふあーっ、......あ、あ、あ、」
「1週間も休んでて何て堕落の仕方だ、全く......あの男はいろいろ面倒そうな男だ、それに俺たちが一緒にこっちに来るようあのシャルロッテが言ったのは、おそらくお前の戦力に期待してのことだ。行くぞさっさと」
エニセイに叩き起こされ、設営されたテントからもぞもぞとシェドが這い出た。
「......いいか、敵機を発見した場合は速やかに近くの者かできれば我々上官に伝えろ。あるいはやって来た敵機を全て撃破できるのであれば報告の必要性はないが。分かったな‼︎」
「「「「押忍‼︎」」」」
「......なんか、命令の内容が独特だな」
「まあ確かに、そうだろうな。何せ人の犠牲を心配する必要がないんだ」
シェドの隣にいつの間にか小柄な女性が立っていた。
「......誰」
「誰とは失礼な奴だっ!私はミヒャエラ・レンヌっ......」
「シャルロッテさんの姪っ子らしいぞ」
エニセイがフォローした。
「......そうなのか、姪っ子なんていたんだ」
「リンツ中隊長に単純に実力を買われて今がある、安心しろ」
「......なんかそのセリフ、前にも聞いたような......」
「......ああ、確かにあの青髪の彼女は言いそうだな」
「......誰だ、その青髪というのは」
「あ、いや、こっちの話だ。言っても分かんないだろうし」
「そうか、ならいい。......そう言えば、お前銃の腕前がすごいと聞いたんだがっ⁉︎」
「急に声が上ずった!」
「なあどうなんだっ?あれかっ?数キロ先の小さな的を正確に撃ち抜けたりするのかっ⁉︎」
「......母さんならできるかもだけど、俺は無理だな。威力がすごいのがたくさん撃てるってことぐらいか」
「それでもすごいぞっ!そんなお前にぴったりの仕事だっ!数は具体的には分からんが、敵機がたくさん飛んで来るんだ、それを撃ち墜としてほしい」
「それは聞いてるけど......」
「心配ない、中に人は乗っていない。サンテティエンヌにも言ったからな」
「人がいない?そんなことできるのか?」
「私も初めは自動操縦でもしているのかと疑っていたが、どうやらそうではないらしい。”西の国”のナンバー2に、アレン・ザルツブルクという男がいる。そいつが能力持ちなんだそうだ。奴が言うには確か、”物質の自由化”(プログラム・セル)だったか」
「あれ、なんかそれも聞いたことあるような」
「ハデスさんだな。......なるほど、その能力なら確かに自動操縦のようなことは可能だ。色んな物体、人間も含めてフワフワと動かすことが出来る、簡単に言えば念動力のような......」
「念動力!!」
またミヒャエラが目をキラキラさせた。
「今念動力と言ったなっ!?そんな能力もあるんだなっ!?」
「まあもちろん、体力を消費するから永遠にはできない。それに飛行機を飛ばすから、何百台と飛ばすには、相当な体力の持ち主、それこそウラナほどでなければ......」
「......となると、数の勝負というわけだな。体力をすべて使い切ってまで一度で占領する気があるかどうかは別として、終わりはあるというわけだ。それなら問題ないぞっ」
そう言うとシェドの腕をグイグイと引っ張ってミヒャエラは去っていった。
「おい、ちょっと......!!」
グイグイ引っ張られてシェドが連れてこられたのは、大きな倉庫だった。一回防護壁を作る手伝いのために訪れているが、中を見るのは実は初めてだった。そして、
「何だこれ......」
外から見れば何の変哲もない、牛小屋のようなものだが、内部はそれに全く反して近代的で、金属の扉で固く閉ざされた部屋がいくつも並び、あちこち地下に伸びる階段があることがアリの巣を想像させた。
「今まであった地下への階段は全部違う場所につながっているんだ。あそこの階段は地下何階に続いていて、どんな種類の武器が保存されているとな。同じ銃でも口径とか大きさで分類されている。爆撃されても呼応して暴発しないように平屋の設計になっているというわけだ」
「へえ......」
「爆弾は特に、誘爆の危険性が一番高いのは分かるな?だから一番地下深く、奥の方の階段からしか行けないようになっている上に、特に強固に護られた部屋に置かれている。さらに行く際は重装備することが勧められ......」
「ちょっと待て。俺らは?まさか聞いたけど、その氷出す能力で何とかなる、とか言わないよな?」
「大丈夫だ、爆弾の部屋には入らないからな。これから行くのは銃の部屋だ。お前に適した銃が確かあったと思ってなっ」
「ああ、そういうことか。いいんだ、銃をわざわざもらう必要はない」
「ん?どういうことだ?」
「あれ、言っていいのかなこれ?......まあとにかく、俺は死神の中でも特殊で、自分で銃が作れるんだよ」
「自分で銃を作る?今からか?何日かかると思っているんだ」
「いや、そうじゃなくて。見るか?」
「......ほう」
先の悪魔戦争の時にそのことに気付き(正確にはそのもう一つ前の戦争ですでに銃を生成した経験があるので、思い出し、の方が正しいかもしれない)、銃を作るのも少し慣れなかったシェドも、すっかり習得して数秒あれば可能になっていた。
「......す、すごい、なっ!にゅるにゅるってできたぞっ!にゅるにゅるってっ!!」
「その言い方やめろ、気持ち悪い」
確かにその擬音で表現するのが全く外れているわけではないのだが。
「......ということは、新たに銃は必要ないわけだなっ」
「まあ。でも弾切れになりそうだったら、ということを考えたら」
「どちらにせよかなり余分に銃は引っ張り出してある、どうせ置いていてもいいことがあるわけではないから、遠慮なく使うといいぞ」
「分かった」
”隊長!ちょろちょろ来始めましたよ!指令を出して下せえ!”
「ようし!分かった!いよいよ出番だっ、行くぞ『にゅるにゅる』っ!!」
「.....その呼び名やめろ!!!!」
こうなるなら、ミヒャエラをサブタイトルに据える前にシャルロッテのサブタイトルを作ればよかったものを......




