#68 妖刀・ガーネット
アーリアは身体を動かせないでいた。恐怖ではない。もしかすると恐怖なのかもしれないが、少なくともアーリア自身はそんなことは考えてもいなかった。だからウラナの尋常ではない殺気を前にして、言った。
「......そう。それで?あなたは私を、その項羽のようにしたいと?そういうこと?......あはは、愚かね。大して戦争も経験してない若造のくせに、よくそんなことが、」
「『鋭』」
”おい‼︎お前、人を殺す趣味はないと......”
「黙れ」
”......‼︎”
ウラナは『鈍』でなまくらにしていたガーネットを、再び鋭利な刀に戻した。ガーネットの忠告も圧殺した。
「あんたさぁ」
「......な、なに」
「さっき、戦争経験がどうとか、言ってたわよね?」
「......言ってたも何も、そんな若造で、と」
「『円』」
アーリアの言葉も終わらぬうちにウラナが唱えた。アーリアも即座に反応し、刀を構えて後ろに下がった。
「じゃあ、そんな経験豊富なあんたに、こんな使い方は、できるかしらね?」
その円形軌道は、確かにアーリアに接近した。しかし接近してそのまま突き抜けるはずのそれは、アーリアの手前で止まった。
「......‼︎」
そしていくつもの円軌道に分かれ、アーリアを囲み、......回転をはじめた。正面の1つしか刀では対応できず、背中、足、腕、額、首筋をギリギリと傷つける刃をまともに受けた。
「いっっ............あぁああぁあぁあっっっっ、」
「知ってる?人は見かけによらぬもの、っていう言葉。まああんたには分からないかもしれないけど、こっちは272年、生まれてこのかた戦争に携わってんのよ。そのちゃちい劣化版で勝てると思ったら、勘違いもいいとこって話よ」
「劣化、版......?」
「”模倣に見る真理”(ストロンガー・イミテーション)は他人の能力をコピーできる、ずるい能力らしいわね。しかも複数の能力をコピーできる」
「......。」
「あたしのガーネットは確かにあんたがコピーしたのとは近い。けど、同じじゃない。コピーしたその能力の名前、言ってみなさい」
「......そっ......”得物への一体化”(ソウル・インテグレーション)」
「よくできました」
ウラナが刀の軌道の回転を止めた。
「じゃあ、次はあたしの今の気持ちを、答えてもらいましょうか。あんたの目的はそれぐらいしかないでしょうから、簡単よね?」
「......。」
「『囲』」
アーリアの腕が結界で拘束、物理的にもアーリアの身動きはとれなくなった。
「......わざわざ一般人に手を出さないように、って逃がしたのに、また呼び寄せるなんてね。......さあ、どう料理してくれようかしら」
「私をこんな目に合わせて、それで......」
「黙れ」
「ああっ......ああぁあぁああぁっっ‼︎」
「あいにくしゃべっていいとは誰も言ってない。でもまあ、死に方ぐらいは選ばせてあげましょうか。刺殺、爆殺とか、いろいろやり方はあるけど。......そうだ、いい方法思いついた」
ウラナは痛みと恐怖に震えるアーリアを、笑顔で見ていた。
「『錐』」
地面に向けたガーネットが猛回転し、2人の間の地面を抉り取り、大きな穴を開けた。......ガーネット自身の、意思に反して。
「さあ、入って」
「............生き埋め?」
「あら、それは、分からないままの方がよかったんじゃない?」
「......そんなことして、これから先、」
「あのねえ」
大げさにウラナがため息をついてみせた。
「あたしは今怒ってんの。どれぐらいか?あたしが生きてきた272年の中で一番。もちろん一般人をわざわざ見世物にしたっていうのもそうだけど、だいたいあんたみたいな人でなしに能力をマネされたことが腹立つ。しかもやり方もずさんで不完全。あたしの記憶に残っちゃう前にさっさと消えて欲しいところなんだけどね。さっき穴掘るのに使った『錐』なんて知らないとかほざくかもしれないけど、だいたいあたしのガーネットはそんなコピーできるようなレベルのもんじゃない。その能力はベースにはなってるけど、もうベースとはかけ離れてるわ。あの能力は使える機能が限られてるスターターセット。あたしのは使用者に合わせて次々機能の開発ができる。土俵がもう違う、一緒にされるのは虫酸が走る」
「......どうやらあなた、1人で、来たみたいね」
「まあね。あたしの戦い方の特性上、他の人がいたら邪魔になるから」
「その邪魔は、すぐ後ろにいるわ」
ウラナはその時、Konigknieを目の前にして立っていた。つまり後ろから敵が近づくのを察知しようと思えば、音で判断するしかなかった。自分の振り回すガーネットの音が間近にある中で、それを聞き分けるのはウラナでも厳しい。想像以上にガーネットの出す音は大きいのだ。
そしてアーリアが言った通り、ぞろぞろと兵士がやって来て、あっと言う間にウラナを取り囲んだ。みなそれぞれの武器を持っていた。毒ガス、拳銃、手榴弾、近接攻撃向きのものから遠隔攻撃向けまで、あらゆる武器を持った兵士。
「彼らは、近衛軍の精鋭。『わざわざ』あなたの前に姿を現しているのはこれだけ。ほとんど動かずに戦うあなたを遠くでずっと狙ってる狙撃手もぞろぞろ。集中砲火を受ければ、それこそあなたの遺体はどうなってしまうでしょうね?」
「......へえ。説明ご苦労様。『囲』」
ウラナが囲んだのは、近くにいる近衛軍の者たちの武器。体力消費を抑えるため、細長い結界を大量に用いた。
「そこまでおとなしく死ぬのが嫌?そういうことなら別に止めはしないけど、どんなに苦しんでも知らないわよ」
続けて『囲』が使われた。対象はその場にいたアーリア全体、近衛軍全体、狙撃手が構えているだろう近くの建物の屋上全て。先ほどまでとは打って変わって、体力消費を度外視した、ウラナだからできる使い方だった。
「......残念ながらこの『囲』の結界は爆破した瞬間中身が木っ端みじんになるようなもんじゃない。まあ水素爆発よりはマシでしょうけど、あちこち破損して、失血死で苦しんで苦しんで死ぬ。あたしもそんなのホントは見たくないんだけど、そっちの死に方がお望みなら、仕方ないわよね?」
「......分かった。じゃあ、せっかく居合わせたんだし、......一緒に、来てもらうわよ」
アーリアも〈囲〉を使用し、ウラナを囲もうとした。
囲もうと、しただけに終わった。
「なに?そのくだらないマネは。いい加減にして欲しいわね」
ごく自然な流れでウラナはしゃがみ、アーリアの張った結界を逃れた。
「あいにくあたしはそんなに優しくない。少なくとも13人も簡単に一瞬で殺せるような奴を、おとなしく弱らせて捕虜にするような優しさは、あたしにはかけらもない。当たった相手が悪かったと思って、せいぜい苦しむことね」
ウラナはそう言って飛び上がり、各々に対して使った結界を解除した。ウラナの言葉の意味を解せなかったかまたウラナに向かって武器を構えたが、ウラナは顔色ひとつ変えることなく、また結界を張った。その範囲は、Lerbdesrindenの中心部全体。
やがてウラナが巻き込まれない場所まで飛んだ後、
「......『破』」
”西の国”が首都に設定した街は、爆撃を受けたかのごとく燃え盛り、辺りは更地と化したという。
* * *
「リンツ中将‼︎」
「......どうした?」
新王宮が爆破され、ウラナとアーリアの戦闘が行われていた頃、自らの予定通りシャルロッテは前線防衛と進撃のため戦っていた。グルノーブル小隊、ボルドー小隊、サンテティエンヌ小隊の3隊を率いて、十分破竹の進撃と言える勝利を収めていた。百戦錬磨の上官に世界各地で功のあるので名高い小隊。そこに参謀兵の男が息を切らしてやって来たのだ。
「リンツ中将の今率いておられるうち、1小隊を、Schneeholle(雪地獄)に割いていただきたいのです」
「......それは、大隊長を経由しているのか?」
「いえ、違います」
「......‼︎」
シャルロッテは中隊長で数々の小隊を管轄してそれなりの権限を持っているが、口頭で言って配下の者を動かせるほどではない。リンツ中隊ほどの大規模な兵力をもってすれば、反逆が容易くなってしまう。そのため大隊長を経由して、許可が下りてはじめて兵を動かせる。つまり大隊長を抜いての要請ということは、謀反を促しているかあるいは、
「緊急か?」
「そうです。早急にということです」
「通信はつながるか」
「もちろんです。レンヌ小隊長です」
シャルロッテが男からトランシーバーを受け取った。
「......いいか、なるべく冷静に、最小限の情報を伝えろ」
「くっ、空襲っ‼︎」
「空襲?」
「そうですっ、Konigkissenには見向きせず、それより東の都市を爆撃しつつこちらに向かって来てるんですっ‼︎レーダーによればその数おびただしく、私たちだけではとてもっ......‼︎」
「......了解した。サンテティエンヌ小隊をそちらに送る。あとは、......彼らにも無理を言おうか」
通信を切り、サンテティエンヌ小隊の隊長に伝えた。
「Konigkissenで休んでもらっているシェド、エニセイ両君の協力を仰げ」
「おうよ了解した!レンヌ小隊長にあと数時間で着くと言ってもらいたいな!」




