#64 ”anthropologic SONAR”
「......はーい、全エレベーター爆破完了♪」
エレベーターの機械室で少女が楽しげに言った。
「......落ち着け、【サクラ】。まだ奴が死んだと決まったわけじゃない」
【コブラ】がいたって冷静な声でそう言った。
「いやいや、これで無傷はあり得ないから。ランダムに催涙ガスも入れておいたし、死にかけにはなってる」
「だが奴は能力でエレベーターを動かしたぞ?それも含めて予測していたからこそ爆弾の設置に踏み切ったんだ。まだ奴が何かを隠し持ってる可能性は否定できない」
「え?外部とつながってる?ないない。まあ爆発続きで思考がそこまで追いつかなかったかもしれないけど、ちゃんと”最後の砦”<<アブソリュート・プレシピース>>が使えないようにしておいたし。それに通信機や盗聴器、それから盗聴電波妨害器も全部叩き潰しておいたから、まずないね」
「......そうか」
「せっかくならグロリアが死ぬところちゃんと見届けたかったけど、降りる手段がないねー。ねえ、【コブラ】。誰か飛べる人っていたっけ?催涙ガス入れたのが何番かは覚えてるから、そこを避けていけば大丈夫だし。1人飛べさえすればいいんだけど」
「我々の中にか?しかし......飛べる者はまれだからな。おそらく今いる連中の中では......」
「残念だったなァクソ野郎ども。安心しろォ、下に降りる前に、安らかに死なせてやる」
13番エレベーターの入口がひん曲がり、その声とともに1人、上ってきた。
「うわぁ、降りる前に上ってきちゃった」
「何だお前かァ、爆破の実行犯ってのはァ。回りくどいことしやがって」
「処理肆課潰すことぐらいしかできない臆病者に、そんなこと言われる筋合いはないね」
「ほォ」
一瞬だった。
暗闇にほとばしる青い光線は、その場にいた誰しもに見えた。しかし一瞬であるあまり、誰もがそれをただの幻覚だと考えた。―――ただ一人を、除いて。
「ひっ......ひや............ああああああああ!!!!!!!!」
直後、その空間に【サクラ】の絶叫が響き渡った。
張本人の【サクラ】でさえ、しばらく自分の右腕が消し飛ばされた感覚を理解できなかった。
「ずいぶン耳障りだなァ。一発で逝かせた方がよかったかァ?」
「......おい」
「あ?」
「どういうことだよ。どうして、真っ先に【サクラ】を......!!」
「ん?......ああ何だ、そういうことかァ。お前ら、もしや一番か弱いその【サクラ】って奴を狙ったとか、そンな風に思ってンじゃねェだろォなァ?」
「お前............!!」
「安心しろォ」
セントラピスラズリがすっ、と、【コブラ】に近づいて、そっとささやきかけた。
「楽にしてやるのは、全員だよ」
「てめえっ......!!」
【コブラ】が携帯ナイフを取り出して巨大化、普通の刀のサイズにして構えた。だがその挙動さえあまりに遅い。構えたころにはもう刀の届かない位置にセントラピスラズリはいた。
「そンなたった一人殺すためだけに、わざわざ同じ日にやってくるとでも思ってンのかァ?そのリスクが高けェことぐらい、馬鹿でも分かるだろォが。全員殺さねェと、話になンねェだろォよ。......ああ、違ったなァ、『殺す』じゃねェ、『壊す』だったなァ」
「貴様......”トッケン”にケンカ売った奴がどうなるか、思い知れ......!!」
全速力でセントラピスラズリに向かって斬りかかる。
セントラピスラズリは、
刀をしまった。
「(しまった......どういう、つもりだ......?)」
頭は確かにそう考えたが、それに体はついていけなかった。そのままセントラピスラズリの脳天向かって斬り伏せることは、
できなかった。
気づいた時には【コブラ】は頭を握り潰すほどの力でつかまれ速度を打ち消され、腹を刺し通すほどの威力で蹴られ、軽々と10メートルほど弾き飛ばされた。床を転がり、壁に衝突してすぐに、その蹴られ大きなあざのできた腹を思い切り踏みにじられた。
「あがっ............!!!!」
「お前確かさっき、『思い知れ』......とか何とか、言ってたよなァ?どういうことか、説明してもらおうじゃねェか」
「ぐっ......がっ......!!!!」
【コブラ】が辛うじて懐に手を入れ、何か小さな機械を取り出し、迷わずボタンを押した。
「............。」
周りに変化はなかった。
「......何だァ?爆弾じゃねェのか。ここで一気にこのフロア吹っ飛ばすってンなら、形勢逆転もあり得ただろうに」
「どう......かな。我々は......勝利を、諦めた......ためしは、ないぞ」
「ったく、往生際の悪りィクソ野郎だな」
「があっっ......!!!!」
セントラピスラズリが【コブラ】の腹をさらに強く踏みつけた。腹からは血がにじみ出てさえいた。
「......どうする?お前だって安らかに死にてェだろォ?」
蒼く輝く刀が、【コブラ】に突き出された。
「生憎死んだ奴をどうこうするような趣味はねェからな」
「......いや、死ぬのは、......俺だけじゃない、お前もだ、お前も一緒に......!!!!」
少し静寂が訪れた。そして、
「......ああ。『それ』かァ」
セントラピスラズリが、顔を上げた。
「south-south-east, 3.358km, 250km/h, linear......<<Eins>>」
もごもごと何かをつぶやき、1次関数型の軌道を、セントラピスラズリが放った。
方向は、建物の外。突如セントラピスラズリが起こした行動に、その場にいた”トッケン”のメンツは目を疑ったが、ほどなくその意味を解することになる。
ズドドドオオオォォォォッッッ......!!!!
外で、すさまじい爆音がした。
「......命中だァ」
さらにセントラピスラズリは何も唱えることなく、先ほどと同じ蒼い閃光で自らの身体の前に壁を作った。そして、
ドゴオオオンンッッ!!
何か大きな物体が機密省の建物の壁を突き破り、セントラピスラズリ向かって突っ込んできた。張られた光る壁に激突し、ずるずると滑り落ちる。
【コブラ】はそれを見るなり、声にならない声を、上げた、そしてつぶやいた。
「【バレル】......!!!!」
「ほォ。まさか何十kmも離れた場所にいる仲間を呼んで、猛スピードで出撃させるボタンだったとはなァ。あとは適当に時間をごまかして、体当たり......小賢しい策を考えるもンだァ」
「何故......!?」
「あ?......そういやァ、忘れてたなァ。能力だ。名前は”見通されし敵意”(アンソロポロジック・ソナー)。仕組みは簡単、半径5km圏内にさえ入っちまえば向かってくるネズミ共の速度を時速で小数点以下1ケタ、距離を小数点以下3ケタ、方角を16方位、あとはどんな軌道描いて向かって来てンのか、関数近似できるって代物だァ」
「そんな能力......常識を超え......」
「ああ、そうだろうなァ。ぶっ飛んでる。だからこそだな、お前ら”トッケン”はドイツもコイツも、厄介な能力持ちで、機密省有数の武力集団だって話じゃねェか。しかも本業は”転生”の研究でガキのナリした天才までいやがる。並の奴じゃァ手も足も出ねェよなァ、そりゃァ」
「何故、......我々を、このような......」
「あ?お前、耳ついてンのかァ?まだ耳はもいでねェンだがなァ。......お前らは普段から、いったい何をチマチマやってンだァ?」
「............」
「”転生”だよなァ。それしかねェよなァ?まァこれは元凶には知ってもらってねェと困る話だが、”転生”措置を受けた奴の末路は悲惨でしかねェ。この緑の目を見てみろよ。これもお前らがしでかした『悪行』の一つだよなァ?」
セントラピスラズリが目を【コブラ】の方へ向けた。
その目は、真緑だった。【バレル】が突っ込んできた衝撃で明かりが砕け、真っ暗となっていたその廊下でも、どこからか光が差しているのか、不気味に深い、緑を示していた。
「......それだけの、理由で、......我々を、殺しに来たのか?」
「オイ」
急にセントラピスラズリが動いた。
ズブシュッッ。
「があああああぁぁぁっっっっ!!!!」
【コブラ】の足が、刀で貫かれていた。
「......今、なンつった?それ『だけ』の理由?なるほどなァ、つまりやる側はそれぐらいの認識で、他人の人生狂わせて遊んでたわけだァ」
「相手は、冥界の存在自体を脅かすような、犯罪をやってるんだ。......次の生で苦しんで、身をもって分かるぐらいが、ちょうどいいでしょ」
【サクラ】が【コブラ】の言葉を継いだ。
「......ここはガキの出る幕じゃねェぞ?」
刀は【コブラ】の足に突き刺さったまま、やっとのことで立ち上がった【サクラ】の方へまっすぐ、軌道が飛んでいった。
「そんなので、小柄で素早い”ガキ”に勝てると思ってるの?」
「......一撃で仕留められて、楽に逝くのは嫌だってのかァ?もっと苦しんで苦しんで、血反吐まみれになって死にてェと、そういうことだよなァ?」
「......え」
「<<Gauss>>」
【サクラ】が言葉を挟むすきをも与えなかった。
発射準備の整った無数の細かい光線は、全て【サクラ】の方へ向けられた。最初の一撃をかわしたばかりの【サクラ】に、容赦なく叩き込まれる。
それら全てを身体で受け取ってしまった【サクラ】はスーパーボールのごとく床を何バウンドかし、通路の端まで弾き飛ばされた。
そちらの方などろくに見遣ることもなく、セントラピスラズリがまた【コブラ】に語りかけた。
「ああ......せっかくだから、お前の”仲間”が死んでいくところをたっぷり見せてやるとするかァ。あまりにも愉快で、さぞかし心が躍ることだろォなァ......!!」
セントラピスラズリが【コブラ】の足から刀を引き抜く。
「あああぁぁああっっっ」
悲痛な声も届かず、再び軌道の形成にかかる。【コブラ】が檻のようなものですっぽり囲まれた。
「おい!!......ここから、だっ......出せっっ!!!!」
「おおっと?まずいなァそりゃァ。檻と言えどそいつは刀の軌道を空間に固定させたものに過ぎねェ。触れれば手は斬れ、壊そうと体当たりでもすりゃァ自分の身体の方が木っ端みじんになっちまう。『まだ』死にたくねェなら、大人しくすンのが身のためだぜェ。......さァ、始めるかァ」
「噓、だっ......やめろ、こっ......殺すなら、俺を先にっ......!!!!」
「死ぬ覚悟もねェくせに中途半端なことぬかすな、クソ野郎が」
顔をしかめ、セントラピスラズリが2重に檻を作る。先ほどのものより内側に、より【コブラ】の可動範囲が狭くなるように。
「だいたいお前らのようなことをやるような輩は、自分が殺されるなんてことはまさか、とか、夢にも思ってねェンだよ。知ってるかァ?大人になればなるほど、大事な事が抜けてくンだよなァ......生憎グズグズしてる暇はねェンだ、手短に終わらせてやる」
再び無数の光線―――否、それはもはや銃弾がセントラピスラズリの周囲に現れては、その場にいた”トッケン”のメンツに降り注いだ。その全てがそれぞれ意志を持っているかのように、対象外の者を避けて、後ろに回り込むようにして当たってゆく。いざという時の防護用に改造されている外套も意味をなさず、次々に命中してゆく。
「さて......そろそろその【バレル】とかいう奴も死砂化するし、みんなまとめて仲良く、ご臨終といきますかァ......!!」
「......そうはさせないのが”トッケン”の仕事よ。”戦場に咲く花”(ホープ・イン・アイス)!」
「”氷漬けの生き地獄”(ワールド・オブ・ブリザード)!!」
「”冷酷なる雪の精”(ブリザーデーション)!!」
「【フブキ】!【ヒムロ】!【ツララ】!!」
見計らったかのように3人が陰から飛び出し、それぞれの能力を発動しセントラピスラズリに迫った。
”戦場に咲く花”で床からひとりでに草花が伸びてセントラピスラズリの動きを拘束し、”氷漬けの生き地獄”で直接本体に叩き込んで傷を負わせ、”冷酷なる雪の精”で前2つの能力を補助し、万一攻撃をかわされても拘束はできる。これらを一度に実行すれば、セントラピスラズリも敵わない
はずだった。
セントラピスラズリは右腕を大きくかかげていた。外から入る光に照らされ、刀がより一層不気味に輝く。
「......『知っている』。<<Kreis>>」
その3つの能力は、セントラピスラズリのたった一言で全て打ち消された。無慈悲に草花を刈り、地面から生えた氷の棘を砕き、その先にあったはずの拘束も拒まれた。セントラピスラズリの周囲に広がった円形の軌道1つだけで、そこまでのことが起こった。
「......まさかそンなに氷系の奴らばかり集まっているとはなァ。出るタイミングをもう少し考えた方がよかったなァ」
間髪入れず「<<Sinus>>」とセントラピスラズリがつぶやいた。Sinuskurve、すなわちドイツ語でサインカーブ。その名にふさわしく波打つような軌道がセントラピスラズリの周りへ広がる。【ツララ】だけは奇跡的にかわしたが、【フブキ】【ヒムロ】の2人は気づききれず、まともに食らって吹っ飛ばされ、まもなく砂と化した。【バレル】もその後を追うように完全に砂と化し、何度も攻撃を受けている【サクラ】も、その若さだけでなんとか生きながらえていているだけで、身動きもとれず今すぐに砂と化してもおかしくない状態だった。
そして笑みを浮かべ、ただ1人ケガで済んでいる【コブラ】の方を、セントラピスラズリは向いた。彼はもはや目の前で起きていることに頭が追いつかず、呆然としていた。
「残念ながらお前は生かしておかなきゃならねェ、しっかりした証人になってもらうためだ。機密省の武装集団とか聞いてはいたが、案の定大したことはなかったなァ。能力使ってあのザマじゃァ知れてるよなァ?生憎単調作業は嫌いなんだ、すぐに飽きちまうからなァ。解放してやる、感謝しろォ」
それだけ言ってから、セントラピスラズリは先ほど【バレル】が突っ込んできたところから外へ出て、空を飛んですぐに闇へと紛れてしまった。ほどなく【コブラ】の周りにあった2重の檻がなくなり、そこには仲間たちの砂と、【コブラ】ただ1人が残された。
「......はは、は」
彼の口から洩れたのは、
「......はは」
乾いた笑いだった。
ズバババババッッ......!!
それは【コブラ】の意志によるものではなかった。
刀―――大小さまざまな刀が、彼の身体から”生えた”。
それらは全て、悠々と出ていったセントラピスラズリの方角を向いていた。
そのことを認識した頃には、彼の口はもう動いていた。
「......”連携強化”(アディショナル・コネクト)」
セントラピスラズリが先ほどそうしたのと同じように、無数の刀が標的目がけてまっすぐに飛んで行った。すでに瀕死の【サクラ】も、ケガはないが伏せっていた【ツララ】も、その異様な光景を目の当たりにしていた。
「あれが......”連携強化”......!!」
冥界ではすでに禁止され、所持者のいないはずのその能力の威力を目の前にして、みな呆気にとられていた。
しかしその刀たちが空を切る音は途中で止まり、そして再びその音が近づいてきた。
「おい............!!!!」
【ツララ】がそう言ったのが、その場に響いた最後の声になった。
シュッ、ババッ......シュンッ。
放たれた刀が【コブラ】を含めた3人に突き刺さり、ほどなく砂と化した。




