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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter8.Ketterasereiburg 編(混沌)
68/233

#60 兄妹の違い

避難する民衆に紛れ、Ketterasereiburg国を脱出したレイナとミュールはその頃......?

”......間もなく、シャルル・ド・ゴール空港前です。到着は23番線、右側の扉が開きます。パリ=シャルル・ド・ゴール空港をご利用の方は、ご降車ください。降りられまして右手にあります階段が国内線、左手にございます階段が国際線への連絡通路となっております。なお現在、ホームの改装工事中のため列車とホームとの間が少し広くなっております。お降りの際はお気をつけ下さい”





 列車内にそのアナウンスが響き、ゴトゴトと列車が揺れだした。

 もちろんフランスの空港、それもロンドンのヒースロー空港に次ぐヨーロッパ第2の大空港とあって、そこに着く列車の案内も多言語だった。英語、フランス語やKetterasereiburg国で主に使われるドイツ語をはじめ、10ヶ国語ほどの自動放送がしばらく流れる。

 そんな列車の中に、ミュールとレイナは隣どうしで座っていた。ちなみにレイナはその10ヶ国語のほとんどを理解し、ミュールも英語、ドイツ語、イタリア語ぐらいで同じ放送だということを確認していた。


「国際線は、左の階段よね?」

「そうだよ。現世にあんまり来たことがないから、こういうとこの仕組み、よく分かんないんだけど」


 実はミュールが現世に長期滞在したのは、学校の卒業旅行と、その後の大学滞在の2回だけだ。他にも一応何度か現世に行ったことはあるが、いずれも勉強が目的ではないので冥界における『現世視察』の定義からは外れてしまう。それに「行った」2回も場所が限定的だ。




 レイナたちが乗ってきたのは、主にKetterasereiburg国から避難してきた一般市民を運ぶ列車だ。だからフランス国内に親戚やら頼る人がいる人、それから単にフランスに行く人は国内線の方へ流れていったが、ほとんどは国際線を利用するようだった。その人の波にのまれつつ、レイナとミュールは連絡通路を進んでゆく。


「みんな、どこに行くんだろうね」

「それは人それぞれよ。もしかしたら特に行くあてはなくて、席があんまり埋まってなくて、安いやつ、って選ぶ人もいるかもしれないし」

「私たちは日本だけど、どの空港?確かいろいろあるよね?」

「ええ。有名なのだと成田と羽田、それから関空、あとはセントレアがそうかな」

「ロルくんはどこにいるって?」


 列車の中で、レイナは彼女の弟、ロルに連絡を取っていた。ロルは日本にいて、医者をやっている。現世では主に外科を専門にしている。


「基本的には東京だって。時々出張があって他のところにいたりするけど、ほとんど大阪。ただ、善処はするって。だからまあ、東京にいてくれるってことよね、きっと」

「......そういえば、ロルくんって産婦人科医なの?」

「いいえ、違うわ。確か外科のはず」

「......大丈夫なの?」

「まあ幸い吐き気がひどいだけで、そのほかは大丈夫だから。ロルの家にいさせてもらうだけで十分」


 死神とはいえ、特に未練死神はもともと人間だった過去がある。だから妊娠期間が驚くほど短いとか、そんなことはない。あくまで現世の人間たちの中に紛れていても目立った違いが出ないようになっている。それにもしそうでなくても、現世に出てくる段階で補正がかかって、人間と同じになっている。


「じゃあ、成田か羽田ってところだね」

「そうね、なるべく早くくる便に乗りましょう」



 少し整備が遅れたということで、夜9時ごろの便に乗ることになった。Ketterasereiburg国、”東の国”の中心都市・Konigkissen(ケーニヒキッセン)を出てから、およそ半日が経とうとしていた。そこからフライト時間はほぼ13時間、日本に着くのは現地時間で次の日の夕方6時ごろ。列車の中で1回食事をとったが、晩ごはんに相当する分は食べておらず、お腹が空いていた。


「何か体に優しいの、買ってくるね」

「そこまで気を遣わなくても大丈夫よ。食欲もあんまりないし、私はここで休んでるから、ミュールは好きなもの食べてきて」

「食欲なくても、ちょっとは食べたほうがいいよ?」

 言い返しはさせないとばかり、それを言い残してミュールは行ってしまった。



* * *



......小生はここを出る。


どうして?


......冥界は、小生の考え方では受け入れられないようだ。


考え方?


......そうだ。まあ少なくとも、レインシュタイン家に迷惑をかけることはない。もう勘当されたと聞いたからな。


どこに行くの?


......それは言えないな。こういう革命は、人に言う性質のものではないからな。



 当時幼かったレイナには、誰の口からも彼女の兄であるフェルマーのことが語られることはなかった。本人の考え方がどうであれ、冥界を恐怖で震え上がらせた、その事実は揺るぎようがない。冥界でも名誉あるレインシュタイン家から名前を消され、そもそも語る必要すらないと、判断されたのかもしれない。レイナをすこぶる可愛がった祖父のギミックでさえ、レイナが「お兄ちゃん」と口にした途端、口をつぐんで場の雰囲気が凍った。


 だがフェルマーは冥界での最後の殺人ーーーすなわち、冥界の門番殺害の直前にレインシュタイン家を訪れた。そしてレイナただ1人が、彼を目撃した。

 その当時はよく分からずに聞き返していた。小さい頃の記憶はあまり覚えていないものだが、この出来事は鮮明に覚えている。


 なんだかよく分からない。分からないが、何か、ふとフェルマーのことを思い出して、もやもやする。自分の兄がそんな恐ろしい計画の指導者だなんて、と思うからか。だが顔さえあまり見たことがないのに、兄だと言えるほど身近なものなのか。血のつながりがあれば考えることが似るというが、それで済まされるのか。......今自分は「冥界最大の頭脳」などと評されているが、それはただ、考え方がフェルマーと逆方向のベクトルなだけなのではないか。


「兄さん......」


 会話調では、ほとんど口に出さない言葉だ。それが、口をついて出てくる。

 分かっているのだ。冥界でさえ危険と判断され、その時点での所持者ははく奪措置がとられた、”連携強化”(アディショナル・コネクト)という能力。能力を得れば多くが自己崩壊したり、精神的、肉体的に激しく消耗して、寿命が大幅に縮む現世の人間に、わざわざそんな危険極まりない能力を植えつける「大閣下」など、フェルマーぐらいしか考えられない。いずれそのフェルマーと、対峙しなければならないことも。


「はい、私が今日から、あなたのお兄ちゃんですよー?」



 気がつくと、ミュールが戻ってきていた。手にはカップ麺を持っている。


「はい、これ。おなかに優しいリゾット、探してきたよ」

「そんな、わざわざ......」

「ダメだよ。レイナがお腹すいてないから、って食べないのは。レイナがよくても、赤ちゃんがよくない」


 そう言ってミュールはまたレイナの隣に座り、ずずずっ、とカップ麺をすすりはじめた。

 いったいどこで買ってきたのか、和風な香りのする、きのこのリゾットだった。レイナにまったく食欲がなかったのは本当だが、これならこってりしてなくて食べられそう、と思えるほどおいしそうだった。ミュールがスプーンも渡してくれていたので、一口すくい、口に運ぶ。


「おいしい......」

「でしょ?ちょっと国内線の方まで行っちゃったけど、日本のコンビニがあったの。それで、気分悪くても食べられそうで、レイナが好きそうなの選んできた」

「ありがとう......」

「いえいえ」



 レイナが少しでも気分よく過ごせるように、それからレイナに何かあればすぐに対応できるように、2人ともビジネスクラスのチケットをとっていた(さすがにファーストクラスは高すぎた)。レイナもちゃんと食べ終わって、しばらく待合室で休憩していると搭乗が始まった。搭乗してから離陸まではだいぶ時間があるものだが、その間にレイナは少し椅子を倒して、すやすやと眠ってしまっていた。


 午後9時7分、フランス・パリ=シャルル・ド・ゴール空港発、日本・成田国際空港行き。


 ミュールやレイナをはじめ、Ketterasereiburg国からの多くの避難民が乗る便の一つは、無事に離陸した。




 離陸してシートベルトを外してもよい許可が出たが、ミュールは外すことなく、パソコンを立ち上げた。

 実は現世視察に行く死神には、「レポートを作成する」仕事がある。レポートというと学生のようだが、要は現世でやったことやあったことをまとめるものだ。そしてこれはあくまで「仕事」というのにとどまり、「義務」ではない。特に過去何度も死神が訪れている国であれば、同じ国についてのレポートが何枚も積み重なるし、第一同時期に同じ国に違う死神が、お互いの存在を知ることなく過ごしている場合もある。

 だが今回に限っては、ミュールはレポートを作る必要があると思っていた。現世で何が起きて、死神がどう動いたのか。今が旧王国崩壊以来の混乱期なのだ。

 画面とにらめっこして、しばらくして眠たくなれば素直に寝るつもりでいた。......が。


「............?」


 彼女の目の端に、ちらちらと何かが映った。特に何も考えずそちらを向くと、1人の少女がちょこんと座り、足をぶらぶらさせていた。


「(ビジネスクラスに、あんな女の子が......?)」


 普通ならこんな小さい子がこんな時間に1人でどうしたのかな、と少し不思議に思うくらいだったが、ビジネスクラスにいることでそれが「けっこう不思議」に変わっていた。

 不思議なのはそれだけではなかった。その女の子は腰につけた小さな巾着袋のようなものの中から、大きな段ボール箱を引っ張り出してきた。小銭入れほどの小さな袋から、である。



―――こんなぐらいの小さな袋から、でっかい本を出してきたんだ。

―――どんな手を使っても、たぶんあれは無理だと思う。

―――それは、”連携強化”(アディショナル・コネクト)だよ。

―――小さな女の子だった。



「”連携強化”......‼︎」


 目の前にいる少女と、その特徴はきれいに一致した。何から何まで。

 ミュールがその言葉を、口にしてしまった。大部分は飛行機が飛ぶゴォーッ......という音にかき消されたが、すぐ近くにいる少女には、十分届くものだった。


 その少女が、ミュールの方を振り返る。彼女は、ミュールの方ににっこりと、笑顔を向けた。

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