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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter8.Ketterasereiburg 編(混沌)

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#58 ”mystic collapsion”

貯水槽にあった扉の先に、あったものとは......?

 そこは、不気味な空間だった。

 先ほどドレークと戦ったあのじめじめしたところとは、全く違う不気味さだった。まず幅が狭い。もともと人が通るということが想定されていないのか、シェドが横歩きでようやく行けるほどだった。

 次に気づいた大きな特徴は、全くもって地面が濡れていなかったこと。それどころか乾燥が保たれるようにと、あちこちに換気設備が取り付けられ、ごうごうと音を立てて動いていた。

 その道をしばらく進むと、また重たい扉があり、おそるおそる音を立てないよう開けた。



ヴヴヴヴヴヴッッッ......‼︎



 それは、何かの機械音に聞こえた。農業で言うなら耕運機が動く音、漁業で言うなら船のバッテリーの稼動音、その音が少し大きければ、ラジオのノイズにも聞こえた。それが、その部屋全体に響く。

 こつ、こつ、と歩くたびに音がする。どれだけ足を忍ばせてもそれは消せない。その足場は人一人が通れるほど、つまり先ほどの道より少し広いぐらいしかなく、よく目を凝らすと足場の下にはクモの巣のごとく何かのケーブルが張り巡らされていた。それは暗闇でも目立つようにか、鮮やかな黄色だったので、それを目で追って足場を進んでゆく。

 やがてその分かれたケーブルがあるものは天井を突き抜け、またあるものは天井に当たる直前で天井に這う形になっていた。いずれにせよ、地上につながっているのだろう。そのまま進んだ先には、また開けた扉と同じような扉がそびえていた。


ギ。


 それは、シェドが触ったことによって起こった音ではなかった。ドアノブにかけようとしていた手を離し、数歩後ずさる。



ゴオオォオォッッッ......‼︎



 おぞましい、だが聞き慣れた音だった。銀行の金庫を思わせるほど頑丈なその扉が、豆腐を相手にしているかのごとくほろほろ、と崩れ、あの男の姿が見えた。


「あれえ?確かに扉のすぐ近くに気配がしたんだけどな。さすがに扉一枚挟んだんじゃ、僕の能力でも無理か」

「今度はちゃんと逃げずに向かってきたな」

「また偉そうなこと言っちゃう?この至近距離じゃ、アルバくん、君の負けは見えているんだけどね」

「頭悪いのが見て取れるその口、塞いでやる。せいぜいその足りねー頭で死に様でも考えてろ」


 その言葉で空気は変わった。


「アッッハハハハハハ‼︎‼︎‼︎」


 聞く耳が哀れだと言いたくなるほど不快な笑い声とともに、例の『何か』がまっすぐ向かってきた。対してシェドがすればいいのは、外套を広げ、その『何か』の前に構える、ただそれだけだ。


ズゴゴゴゴゴゴォォォッッッ‼︎‼︎


 跳ね飛ばされたのは、シェドの方だった。


「(なんで............⁉︎)」


 足場を外れ、ケーブルの這う床に叩き落とされた。外套を挟んでいたので、これでも威力はマシになったと言えた。


「今さ、外套構えとけばさっきはね返せたから、今度もうまくいくとか思ってたでしょ?甘いなあ、勘弁してよ。もうちょっと趣向っていうのを凝らさなきゃ。......ああ、そうそう。そのケーブル、電気ケーブルなんだ。この国全域分の電気を発電して、このうじゃうじゃしたケーブルで各地に送ってる。さっき君が歩いてたのは、点検のための足場。電気会社の点検員っていうプロでさえ、そこに降りることは想定されてない。で、君みたいな素人がもしそこに降りちゃって、さらにケーブル傷つけて、不幸なことに上の階で水漏れ、水が流れ込んできたら、どうなるかなあ?」


 そう言う間に、グレッグ王子は『何か』を天井に放ち、天井に穴を開けた。どっとではないが、しかしちょろちょろと、少しずつ水が滴り落ちてくる。

 そこまで言われれば嫌でも分かる。このまま行けば感電死だ。軋むように痛む身体を起こし、そこでとっさに思いついたことを実行する。


「”最後の砦”<<アブソリュート・プレシピース>>‼︎」


 本来は未練死神全員に与えられた自己防御用の能力である。通常の能力に比べ体力は激しく消耗するが、能力由来の攻撃を一切通さない壁を作ることができるものだ。外見は完全にコンクリートで、ちょうどその天井と同じ色、空いた穴を埋めた。


「へえ......なんだ、それなりな能力持ってるんじゃん。......まあ、僕に敵うはずはないけど」


 埋めた穴も含めて、グレッグ王子は天井全てを『何か』で覆った。

 一部だけ”最後の砦”で覆われた天井がその攻撃を受ければどうなるか。先ほど天井に穴を開けたことから考えれば容易(たやす)い。”最後の砦”で覆った場所以外は全て天井が溶けるようになくなり、滝のような水が降ってくる。シェドはその前に何とか足場までよじ登ることができたが、みるみるうちに足場の下は水没し、危険な状態になった。


「さーって、と」


 自らが『何か』となって銃弾から巻き起こった炎から逃れたように、再びグレッグ王子は『何か』のもやもやに姿を変え、一気にシェドの目と鼻の先まで詰め寄った。


「ねえ、興味はない?さっきドレークはさ、人一人や二人入るぐらいの距離を開けて、”幻想郷の終焉”(ミスティック・コラプション)を受けたよね。それでもけっこうな痛手だったみたいだけど。......でももし、こうやってぶつかるほど近くから放つとどうなると思う?」

「......‼︎」

「まあ、分かるよね。アルバってさ、そんなに頭悪くなかったでしょ?でも分かりますから大丈夫ですって、済ませるわけにいかないこともあるんだ。ほら、結果が分かりきった実験でも、レポート書かなきゃいけないのと同じ。......実は分かりきりすぎて、僕もまだ試したことがないんだよね。せっかくだ、今後の参考資料に、させてもらうよ」


 目と鼻の先、どころではない。グレッグ王子の手はほぼシェドの腹部に接しており、そこにみるみる『何か』が集まり、その色はますます黒く染まってゆく。

 ここで放物線を描いて飛ばされれば、水に突っ込むだけでは済まない。連続的にケーブルを破壊され、待つのは感電死だと、さっきから分かっている。だがなす術もない。”幻想郷の終焉”が遠隔攻撃の特性を活かした能力である以上、例えばグレッグ王子を蹴飛ばして距離をとったとしても、その意味がない。銃を使っても、確かに効きはするが総じて致命的にはならないのは、先ほど確認済み。


「せめて......っ‼︎‼︎」


 それは分かっているが、何もしないよりマシだ。ずぶ濡れになった重たい外套は背後に放って、銃を構える。


「おいおい、何そんな貧弱な武器構えちゃってんの?さっき学習したこと、もう忘れたの?......いや、学習してないって見方もあるかな。まあいいよ。どちみち君に待つのは感電死か失血死だ。無様だねえ、だけど吐き気がして同情する気にはならないね。だから」



サ・ヨ・ウ・ナ・ラ。



ゴゴゴオオォオォッッッ‼︎‼︎‼︎

 


 視界は、黒く包まれた。



* * *



「......何なのこれ、全然つながんないじゃない。総務省の総力を挙げて開発、とか言ってたけど。確かに超コンパクト、変形後は女の子も嬉しいかわいい蝶型、っていうのは褒められるけどね。地下とまともに通信できないんじゃ、機能はぼちぼち止まりね」


 ウラナがこの役立たず、というような目でコンパクト通信機を眺めた。


「でも地下空間が開発されてるのって、一番手前のKonigknie(ケーニヒクニー)だけじゃなかったかしらん?ねえリンツ大佐?」

「そうだな。だからそれだけ持ち運びが楽で地上での通信は完全にカバーしているというなら、これからは非常に役立つことになる」

「それでももうちょっと地下に対応してほしかったわ」

「それに”西の国”だ。私は確かにあちらにいさせられていたが、機密事項の全てを知り得たかというと、とてもそんなことはない。だから地下についての情報も詳しいところまでは分からないが、地下空間にだけ妨害電波を張り巡らせている可能性もある。もしそうなら、どれだけ通信機の性能を上げても無駄と言わざるを得ない」

「あーっ、邪魔くさいわね、ホントにあたしが行っちゃダメなの?戦うだけじゃなくて、このガーネットで一発ドカーン!ってやるのもダメなの?」

「......ウラナの場合、それがどれくらいの『ドカーン!』なのか、聞いておかなきゃいけないわよねん」


 その言葉に、自我を持つウラナの刀も反応した。


”それは是非我も聞いておきたいな。お前は体力の使い方が下手だ。使うところは間違っていないが、投入する量に我の方まで心配になる”

「別に大したことないわよ。通信が通らないんだったらそれなりに深いところにいるはず、だから上から一階層や二階層、『(スクエア)』で吹っ飛ばすだけ」


「............。」

「......えっと、ウラナ?それはね、無茶苦茶って、言うのよん?」

”その量の体力を一度につぎ込まれる我の身にもなれ”


「あーっもう揃いも揃って‼︎じゃあこうやってずっとゴロゴロしてろって言うの?シェドと通信できないからどんな状況か分かんないのよ?最悪とんでもないことに巻き込まれて死ぬかもだし」



「「”その勢いで吹っ飛ばしても死ぬだろう⁉︎⁉︎”」」



* * *



 シェドが銃撃で雑魚兵を蹴散らし、また地道に削り続けたことで、Konigknieの地上では、すでに戦いは収束に向かっていた。電気柵と分厚く、高くそびえる壁で隔てられているので、戦況が把握されていないのかもしれない。


「大丈夫か、霜晶」

「ええ、一応。あの能力さえ使わなければ、人並み程度には温存できますから」

「あともう少しだ、このまま行くぞ」

「了解」


 エニセイに能力はなく、また霜晶も体力を大幅に消費する最終手段としての能力しか持っていないため、体力を温存する方向で、現世の武器を使い戦っていた。ただ霜晶の方にあまり敵が行かないよう、悪魔の中でも強いとされた風樹を相手に勝利した経験のあるエニセイがなるべく多くの兵士を相手取り、霜晶をかばう形をとっていた。


 やがてその任務は終わり、これ以上残党がいないことをよく確認して、二人ともその場に座り込んだ。


「............。」

「......あとは、地下空間、ですか」

「そうだな。シェドが無事帰ってくることを、祈るだけだ」


 その時だった。


ドドドドオォォォオオッッッッ‼︎‼︎



 地響きがして、エニセイたちのいる地面も、大きく揺れた。さらに、


ドドドオォォォォォッッッンン‼︎‼︎


 少しだけ間を置いて、同じような地響きと、地面の揺れが起こった。


「何だ......?」

「この下からというのは、間違いなさそうですが......」


 霜晶も警戒して辺りを見回す。


「今の爆発が、地下で起こったというのか?」

「......どうしましょうか」

「だからといって地下には行けない。......拠点まで戻るぞ」

「私は、ここに残ろうと思うのですが」

「シェドを待つということか?」

「そうです」

「それなら俺が残る。お前の方が怪我を負っている、先に治療を受けるべきはお前だ」

「......お願いしていいのですか」

「当たり前だ」

「......ありがとうございます」

「いや、礼はいい。それよりここから、一人で戻れるか」

「その心配はありません」

「そうか」


 その言葉の最後まで聞き届けてから、霜晶は”東の国”の方までゆっくり歩き始めた。エニセイは洞窟の入り口の前に座り、その後ろ姿を眺めていた。



* * *



 ()は、男の身体を突き抜けるに飽き足らず、その先にある壁をも破壊し、電気系統司るその空間に視界を遮断するほどの煙を巻き起こした。

 破壊された壁はおびただしい数の破片を生み出し、ケーブルの浸かる水に次々に入り、刃物のごとく鋭利なその角が水底のケーブルを傷つけ、漏電を始めた。

 かつて王国の全ての電力をまかなっていたこの地下空間と、その量の電気を運搬するケーブル。今は”西の国”の家庭用電気のためと、兵器開発用に大量に消費されるだけとなったが、それでもやはり相当の量がそこを流れている。おそらく今水中へ転落すれば、溺死の前に感電死が待っているであろう。

 そして其を生み出した能力者が来る際に扉を融かしたことが幸いし、比較的早期に換気され、視界は晴れた。


 一際大きな攻撃を前に、動けていなかった男が目を開けたのは、そんな頃だった。


「............?」


 足場は幸い無事で、男は立ったままでいた。

 一方の男は超至近距離で能力を喰らい、足場の横にある柵や手すり、さらには床に身体の随所をぶち当てつつ、何回転もして背後の方へ突き飛ばされ、仰向けに倒れていた。


「なん......で......?」

「......ぐぅっ......が、はっ......」

 

 吹き飛ばされた男の装飾品は、転がっていった軌跡に散らばっていた。


「ど、......どう、して、......こう、なって......」



 ”幻想郷の終焉”を至近距離で受けたのは、グレッグ王子の方であった。シェドには当たらず、反射が起こったのだ。


「て、てめえ......どういう、能力で......」


 シェドに再び”最後の砦”を使う余裕はなかった。天井に使った分の解除をしていなかったせいで新たな壁の生成に大きく制限がかかっていた上、あれだけ莫大なエネルギーを受け止め、跳ね返すだけの壁を作れたとしても、体力の消費が激しく、最悪シェド自身がこの地下空間を出られなくなる可能性もあった。

 にもかかわらず、シェドはその”幻想郷の終焉”を跳ね返した。

 なぜ跳ね返せたのか。その疑問に、跳ね返したシェド自身も初めは答えられなかった。だが、


―――ドレークには当たった。

―――乾かしていた外套は跳ね返した。

―――危機感をもってずっと前に構えていた外套には当たった。

―――シェドの身体には当たらず、一切を跳ね返した。


 考える。その4つの状況が、どう違うのか。外套ありという同じ条件下で、何が起こっていたのか。体力が消耗しかけて、思考も鈍る中で、考える。


「............‼︎‼︎」


 そして、一つの可能性に、たどり着いた。


「な、なあ......どういうことだよ......ふざけんなよ......‼︎‼︎」


 ブワッッ‼︎と、漆黒に塗れた殺気が溢れる。右手に再び『何か』が集まり、発射の準備が整ってゆく。


「......教えてやる」

「......あ?平民が生意気(ナマ)言って......」

「お前の攻撃はもう、通らねーよ」

「この期に及んで負け惜しみかああっっ⁉︎」




「温度だよ。......お前の攻撃は、人間の体温以上の温度を持つものに、効かねーんだ」

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