#57 一人の王族
貯水槽に流されてしまったシェドが、そこで見たものとは......?
そこは、大きな大きな貯水槽だった。シェドにも分かった。テレビで見かけた覚えがわずかながらあり、それと照らし合わせて、そう考えた。
上の方を照らすといくつも大きな穴が開いており、自分もどうやらそこから落ちてきたようだった。つまり、戻りたくても戻れない。
次にシェドは、下を見た。自分が今しがた命からがら上ってきた、どこまであるのか分からないほど深い水。臭いはほぼしないので上水か、あるいは雨水の貯水槽なのだろうが、それでもここにもう一度潜って、下に何があるか探す気にはなれなかった。
上を見、下を見たとなると、最後は自分が立っている地面を歩くことだ。暗くて目印になるものがないので、ついでだと思いシェドは新たに銃を生成した。黒い現代の武器と自分の腕とが、赤く輝く光の筋で結ばれる。
『いい?アルが持っているようなこの銃は、基本的に自分が使う以外で弾数が減ることはないわ。敢えて言うなら、この銃のもともとの開発者である悪魔自身が、銃を壊すことで相手の弾数を減らせる能力を持つぐらい』
まずは足かせとなっている、自分の足に巻き付いた金属を銃撃で燃やす。それから目の前のコンクリートの壁に銃弾を撃ち込み、少し上にある出っ張りに外套をかける。絞るには骨が折れる外套を乾かせるし、大きな目印にもなるというアイデアだ。
普通なら大きく炎が広がって大惨事だが、うまくコンクリートの壁にめり込んでくれたので、ちょうどよかった。少しばかり貯水槽全体が明るくなった。その明かりを頼りに、歩き始める。同時に、再び通信のスイッチを入れた。
”......ド?どこ......るの?”
ウラナの声はより途切れ途切れになっていた。
「たぶん、貯水槽だ」
”......水槽?”
「流された」
”......この、特ち......は?”
「特ち......特徴、か?」
見渡すと、炎が出ているちょうど向かいに、何やら扉があった。そこまで歩くのにそれほど時間はかからなかったが、その前に見覚えのあるものを目にした。
手。
およそ人間が持つものではない、金属光沢ある、細い指をした手。間違いない、ドレークのものだ。
シェドはその手を、右手だけで引っ張った。
―――キュウンッ‼︎
至近距離での光線発射、金属生成。その手とシェドの右手とが、強固な金属で固められる。
もしものことを考えて、右手だけで引っ張ったのだ。今度は左手に持ち替えられた銃で撃ち抜き、その拘束を解く。
やがてボコ、ボコと泡が立ち始め、男がその深い水の中から這い上がってきた。心なしか青ざめた顔をした、ドレークだった。
「ゲホ、ゲホ、ゴボボッ......」
空気中に顔を出すなり、彼は飲んでしまっていた水を吐き出した。
シェドはいざという時に備えてそんなドレークから少し距離をとり、様子を見ていた。その量を吸い込んでよく溺れ死なずに済んだ、というほどの大量の水を吐き出し、息を整え、ドレークは掠れた声で言った。
「......ケケ、この、鉄砲水で、生き残ったとは......ケケケ」
「なんでお前がこんなとこにいるんだよ」
「おや、......ケケケ、あの鉄砲水は、私が仕掛けたとお思いですか?」
「......違うのか?」
「そもそもあれほどの大量の水を流す装置がどこにあるのか、私は知りません。......ケケケ、この地下通路の深部については、我々でもその構造を知らない者が多い。私もその一人......ケケ、無論一階層目や二階層目はさすがに把握していますが、そこから下に降りるとは思ってもいなかったもので」
「じゃあここはどこなのか、知らねーのか」
「詳しくは、知りません。......ケケケ、地下にこのような貯水槽があるのは知っていましたがね」
「そうだよ。ここはこの『旧』王国の地下にある、巨大貯水槽だよ。でも『水の層』にお客さんなんて久しぶり過ぎて、びっくりしちゃったね。緊急増水ボタン、押しちゃったよ」
シェドでも、ドレークのものでもない声がした。やがてシェドのつけた火のちょうど向かいの方から重たい扉の開く音がして、懐中電灯の明かりがやってきた。すぐにガコンッ、と音がして、貯水槽の明かりがついた。
現れたその姿にいち早く反応したのは、ドレークだった。
「グレッグ......様?」
「グレッグ?」
シェドには分からなかった。この国の事情が分かるだろうアルバを呼び出そうとしたが、ドレークの補足の方が早かった。
「Ketterasereiburg国の、第二王子......サミュエル様の、弟様ですよ、ケケケ」
「なんだドレークだったんだ。元気?」
「元気、ではありません......ケケケ、どうしてあなたが今、ここにおられるのです?王の一族は皆様国外へと亡命......」
「バカだなぁ、みんな。そんなのだから使用人もろとも皆殺しにされるんだよ。ドレークたちが生きてるのだって奇跡だよ、キセキ。亡命だって?やっぱりバカの考えつくことはいつまで経ってもバカ丸出しだね。国外に亡命したってさ、いつかは殺されるんだよ。あのクソ兄貴は脳細胞がイカれてるから分かんなかっただろうけど、世界中からにらまれるような王政でのうのうとやってきた王族が亡命して、何かいいことあると思うの?いいとこ野垂れ死にだよ。王族はお高くて見栄えのいいものしか食べられなくて、極限状態でも食べ物選ぶようなノロマだってけっこういるもんね。亡命した後の方がひどかった王族だってごまんといる。まあ正直あの皆殺し事件はクソ兄貴一人の責任だし、その時留学してた僕になんてなおさら関係ない話だけど、そのせいで一族みんな亡命する、って聞いた時には笑ったね。本気?って。そしたらみんなまじめくさった顔して、血迷い言を言うな、だってさ。どっちがだよ。毎朝下水道を脳みそにかぶせるのが日課みたいな連中と一緒にしてほしくないね。だから僕は残った。まあ地上に残ってたらそれこそ殺されるかもしれないし、地下にね」
「......物も口にせず、今までずっとここにいた、と?」
「ああ、そう、知ってる?ここって『旧』王国の水道を担ってるでしょ?今は向こうが独自の水道を作って、”東の国”の分は担当しなくなったけど、監視カメラが残ってるんだよ。”東の国”の分も、”西の国”の分もね。ほら、夢中で何かやってると、食べることを忘れたりしない?寝食を忘れる、だっけ?王族の言いなりになるとろくなことがないって学んだ民衆諸君は、やっぱり頭が悪いので今日も路上ではしたないことを繰り返します。人間って普段は無意識に自制がきくことも、誰も見てないって分かった瞬間、そのセーブが外れる。全部見てるよ、それ。そんなの見てて面白いかって思うでしょ?全然思わないよ、当たり前。面白いんじゃない。そんなちゃちいたった一つの基準でinterestingやfunnyを測らないでほしいね。滑稽なんだよ、下手なバレリーナが大して上手くもないのに、一生懸命回ってるのを眺めてる気分、分かるかなあ?こんなに呆れ笑いが止まらない実況中継の数々、一度見始めたら食事なんてバカバカしくてやってられない」
「......ケケケ」
「なんだよ何がおかしい。そんな滑稽なあられもない姿を見せてくれる一人の君に、言い返せる権利なんてないはずだけど?」
「いいえ、ケケケ......失笑にも値しない発言が多すぎて、と思いましてね」
「なんだと?」
「グレッグ様......そもそも、あなたが”ただの”第二王子でとどまり、次代の王の候補として挙げられることもなかったのはなぜか、ご存知ですか?......ケケケ、その顔ではご存知ないようですのでお教えいたしましょう。素質不足ですよ。まあかのサミュエル王子に素質があったかと問われればそれも否ですが、あなたはさらにひどい。とても一国、いやそんな性格では一家さえ任せられない。それをシャルル王は見抜かれておられた」
「なんだ?ただの兵士の分際で、そんな生意気言って......」
「残念ながら”西の国”と分類される場所に属する我々は王政の再興を目指してはいますが、あなたがた一族に期待しているとは誰も言っていないのですよ。......ケケケ、逆に申し上げましょう。こんなところに住んでいる方が可笑しい。こんな、とても人が住むとは思えないようなところに、ね」
「なあ」
ドレークは答えなかった。
「今さ、ドレークの気持ちを正直に言ってよ。はっきり言って、このままいけば僕を殺せて、脱出すればめでたしめでたしとか、思ってるでしょ?............ふざけんなよ」
急にそのグレッグ王子から、殺気が溢れ出た。すぐに反応し、ドレークが”仮想拘束光線”を出す。
だが。
「なんだそのひょろひょろ光線‼︎やっべえ、自惚れにもほどがあるだろっ‼︎」
グレッグ王子が何やら口をもごもご動かした、次の瞬間だった。
ドゴオオオォォォォッッッ‼︎‼︎‼︎
明るくなった貯水槽に映える濃い紫か、あるいはどす黒い『何か』が、グレッグ王子の方から発射され、ドレークの腹部を貫いた。貫く、という表現では足りないかもしれない。その命中範囲は、ドレークの腹部全て。さらに爆風が巻き起こり、ドレークの身体は対角まで吹っ飛ばされ、その対角にあった、シェドが起こした火はすっ、と消えた。とにかく人間業とは思えないほどの威力だった。
「しゃべりすぎだよ、ドレーク。君は昔からさ、しゃべり出すとすぐボロが出るんだから」
グレッグ王子はしばらくゴミでも見るような目でドレークの方を眺めた後、シェドの方を見た。
「なあ、そこの君。知らん顔さっきからしてるけどさ、よく見たら、アルバだよな」
気づいていた。しかも、ごく自然にアルバの名が出た。
「おかしくない?クソ兄貴はさ、血迷って使用人も親父も、まとめて皆殺しにしたんだよな?なんでそんな使用人の一人であるアルバがのこのこ生きてんの?」
「アルバは死んだよ」
「は?死んだ?腑抜けたことぬかすなよ。じゃあお前は誰なんだ」
「知りたいか」
「偉そうな口きくなよ、格下風情が」
「ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド。残念ながらお前みたいなイカれた奴に格下とか言われるような存在じゃねーよ。死神だ」
しん、と沈黙が訪れた。そしてそれを破ったのは、高らかな、狂った笑い声だった。
「アッハハハハハハハ‼︎‼︎なんだって?死神だぁ?笑わせんなよクソガキ」
「どっちがだよ。こちとらまともに生きてる自信こそねーけど生きてる年数でいうならお前みたいな救いようのない奴よりずっと上だ。少なくともクソガキとか言われて黙ってるわけにはいかねーな」
「......あぁ?んだと?お前なぁ......」
また殺気が立ち始めた。手には黒い瘴気のようなものが渦巻いている。
気づいた瞬間、シェドはその手に向かって迷うことなく撃った。容赦なく、その準備をしていた手を貫通する。
「がっ、......ああっ、あっ、あああああああぁぁぁあぁああぁあっっっっ⁉︎⁉︎⁉︎」
シェドの銃であれば手に当たれば、瞬く間に炎が全身に広がって消滅するはずだった。が、その炎はグレッグ王子の右手首で止まった。燃えるものがなくなったとばかりに、すっ、と炎が消えたのだ。
「てんめえ......舐めやがって......なんだよその銃、聞いたこともねえ......」
「どうせ死ぬなら、後に何も残らねー方がいいだろ」
「なーに殺した気になってんの?いやめでたいねえ。......マジで舐めんじゃねえぞ、オイ」
「殺す気、な。そんな偏りすぎてもはや笑うに笑えねーひん曲がった屁理屈持った奴、もう地上には出せねーんだよ。だから悪いけどこの銃をフルで使わせてもらう」
「やれるもんならやってみろよな。どうやら”幻想郷の終焉”(ミスティック・コラプション)のこと、知らないみたいだけどさ」
「......やっぱ能力持ってんのか」
シェドのつぶやきなど聞こえないとでもいうように、ドレークを吹っ飛ばした『何か』が飛んでくる。ほぼ反射でシェドが銃を撃つ。貫くように命中する。いくら『何か』であるとは言え、燃えてしまうはずだった。
「炎みたいなさ、ちゃちいものに頼ってないでもっと本気でやればあっ⁉︎⁉︎」
その言葉に呼応するがごとく、銃弾ごと包み込み、その『何か』はまっすぐシェドの方へ向かってきた。
「も、燃えない......‼︎」
”仮想拘束光線”でさえ圧倒したシェドの銃が、太刀打ちできない。そのままもう一発を撃つ余裕がないまま、シェドの身体に『何か』は直撃した。
不思議なのは、直撃しても、あたかも宇宙空間にいるかのように、全くもって音がしなかったことだが、身体は放物線を描いて対角まで吹き飛ばされた。
「なあアルバ君?アールバくんさぁ〜」
吹き飛ばされたシェドの方へ歩み寄りながら、グレッグ王子は言った。貯水槽の壁に反射して、その狂気に満ちた声が強調される。
「なんでさぁ、死神とかいう奴とグルになっちゃってんの?死神ってさあ、死に際に迎えにくるとかいうさ、厄介者じゃないの?」
「お前......今、なんつった」
「死神は黙っててくれるう?」
再び飛んでくる『何か』。対角に飛ばされていたシェドは、すぐ近くに落ちていた自分の外套を掴み、身体の前に広げた。
ゴオオォオォッッッ‼︎
バリバリバリッッ‼︎
ドゴゴゴゴォォッッッッ‼︎‼︎
シェドは、その『何か』を受けなかった。
外套は衝撃で少し膨らみ、シェドの方へ押し寄せてきたが、跳ね返した。
跳ね返せば当然その先に待っているのは、グレッグ王子の身体である。避けきる時間はなく、その胴を直撃した。
「グオブオォッッッ............‼︎⁉︎」
吹き飛ばされる空間の余裕がないグレッグ王子はそのままコンクリートの壁に激突、その勢いのまま床に叩きつけられた。
砕けたコンクリート片で背中を押さえられ、起き上がれないグレッグ王子に、今度はシェドが歩み寄った。その『何か』を出す左手を踏んで、シェドが言葉を発した。
「俺からしたら、何でお前みたいな奴に能力があるのか不思議だよ。二重の意味でな」
「なあ......こんなので、勝った気になってない?」
「......勝てるって思ってなきゃ、こんな隙は見せてない」
ドオォッッ‼︎
目の前にいるグレッグ王子に向かって銃弾が放たれた。グレッグ王子がわずかに身体を動かしてかわそうとするが、あまりに遅い。そのきらびやかな衣装の上を滑るように銃弾が通り、まもなく着火する。
「あああああああぁあぁああぁあぁぁぁああっっっっっっ」
強烈な温度に絶叫する時間さえまともに与えられない。普通の火であれば焼け残るような装飾品まで灰と化した。
「............。」
今度はシェドと、倒れたドレークのみになって、沈黙が訪れた。
はずだった。
シュウウウウゥゥゥッッ............‼︎
ガス漏れのような音がした。
そして、あの黒い瘴気に見える『何か』が目の前に現れた。
「............⁉︎」
やがてその『何か』は人の形をなし、身につけていた装飾品も含めて全て元どおりの形で、グレッグ王子の姿となった。
「すっげえ!あの炎はさすがに死んだと思ったけど、やっぱり僕すごい‼︎」
グレッグ王子は無傷で、完全に元の姿に戻って立っていた。
「お前......どういう仕組みで......」
「それを言うなら君の銃こそだよ?空気抵抗を大幅に増幅させて、発火できる温度にまで持って行ってるとも言えないその銃。ほんと『能力』っていうのはふざけてるね」
「回転は速くても空回りばっかしてるようなお前の頭で、探りを入れられるほどヤなことはねーな」
「なあ死神さ。さっきから一国の王子に向かって生意気ほざきすぎじゃない?」
「俺がお前のこと頭悪いって言えるぐらいだから仕方ねーだろ。それにお前のおかげじゃねえ。お前は何にも役立ってねえよ」
今度はグレッグ王子が言い返すことはなかったが、黙ったまま『何か』を手の周りに発生させた。外套で跳ね返せるということが分かったので、構える。しかし放った方向は違った。その『何か』はまっすぐ、貯水槽の天井にある明かりの方へ飛んでゆく。ガシャンンンッッ!!!!と音がし、照明が砕け散り、再びそこは暗転した。
「どこだ......!!」
懐中電灯もなければ起こした火もない。だからと言って銃弾を撃ち込んで火を起こせばシェドの場所がバレて、どこから『何か』が発射されるかどうかも分からない。
緊張が走る。音を出しても勘付かれると思い、唾をのむ音にも気を配る。すると、
ギ。
何かが軋む音がした。その音は近くもなく、また遠くもなかった。
「扉......?」
コンクリートで囲まれたこの空間で、そんな軋む音がするとすれば、それぐらいしか思いつかなかった。油断は一切できない。足音さえ立てないよう気を配りつつ、音のした方へ近寄る。外套も前に構え、例の『何か』を反射できるようにしながら。
果たしてそこには扉があった。重い金属製のものだった。少し動かしてみると確かに、先程と同じような音がした。
一瞬シェドは、その先に入るのをためらった。だがグレッグ王子を倒す、地上に出さないようにするという目的とともに、それよりも大事かもしれない目的が頭をよぎる。
―――自分がここから脱出しないでどうする。
ここにいても、とても何かが起こって地上に行けるとは思えない。そう判断して、扉の先へと足を踏み入れた。




