#55 幕開け
「宣戦布告......」
レイナとミュールを見送った一行は、ウラナとレイナが前の日にいた部屋にいったん集まっていた。そこへ別の部屋でメイリアから治療を受けつつ待機していたシャルロッテが、その知らせを持ってきたのだ。
「予想通りと言えば、予想通りね」
「あちら側が理由として主に挙げているのは、逃亡した女王の奪還だ。......が、」
「レイナはとっくに国外へ逃げたわ。こちらとしては、まったく争う価値のない理由になるわね」
「だが連合国軍としては、宣戦布告の理由が一つなくなったところで、停戦状態にすぐに持って行くわけにはいかない。おそらくまた、人をさらうことが繰り返される」
「じゃあ応じるってことでいいのね」
「現にあちらは宣戦布告を行なってきたが、それはあくまで形式に則った、というアピールにすぎない。一部ではすでに”東の国”に侵入しようと攻めてきた兵もいる。それらはトゥールーズ小隊に任せているが」
「1小隊だけで大丈夫なの?」
「我が中隊の先鋒を見くびってもらっては困るな。彼らなくして我々の勝利はなかった。並の兵程度なら、全滅を見届けて帰還するだろう」
「あんたの中隊ってのはめちゃくちゃね......」
「それはたった一人で、かつレイナを擁護しつつグラーツを撃破して切り抜けた化け物のセリフではないな。......そうだ、思い出したうちに言っておこう。連合国軍から通達が来た。それによると私は二階級特進で中将になるそうだ。それに伴い、ウラナたちも連合国軍の一員として階級が与えられる。確か、......ウラナが少将、他3人、名前を聞いていなかったな、ここでは大雑把に呼ばせてもらうが......3人は大尉だ。そこで、だ。ウラナに小隊を率いてもらおうと、思うのだが」
「......へえ。あんたの下に入るのね」
「不満か?」
「いいえ、面白そうね。喜んで」
ウラナは本当に面白いと思っているように、笑みを浮かべた。
「リンツ中隊所属、アマリリス小隊......ってことね」
「普段ウラナ、としか呼んでいないだけに新鮮だな」
「別に今すぐウラナ・クローバーにしてもいいのよ?」
「......それはどういう意味だ」
「ご想像にお任せします......って、分かるでしょ、一つしかないわよ」
「俺を忘れてないか、俺を!しかもこんな時に......」
「うっさいわねシェド、あんたも普段からレイナとよろしくやってんでしょうが」
「ぐっ......」
「あれ、意外とあっさり引き下がるのね」
「ウラナと口で争って勝ち目はない気がした」
「それはそれで、口が立つだけって言われてるみたいで嫌ね」
「......続きを話していいか?」
シャルロッテのその言葉で、しん、とその場は静まり返った。
「どうぞ、お願いします」
「......これが、この国の大まかな地図だ」
べろん、とシャルロッテが地図を広げた。”東の国”も”西の国”も一緒だった、旧王国時代のものだ。
シャルロッテが隣にいたメイリアに手を出すと、「はいは〜い」と言って、ボールペンを手渡した。それを受け取ると、大きなドーム状の建物をそれで指した。しかしそれ、すなわち王宮を避けるようにざっ、と線を引いた。
「この王宮を含んだ側が”東の国”、もう片方が”西の国”だという理解で問題ない。この国の都市は非常に単純だ。”東の国”側から見れば、まず1つ都市があり、それを受け止めるような形をした都市があり、さらにその外側にもう一つ都市がある。だから”西の国”を攻略しようと思えば、正面から攻めていくほかない。そういうことだ」
「え?他の国から回り込みはできねーのか?」
「できないから言っているんだ。国境付近には厳重に壁がある。電気柵を埋め込んだ、な。国の外側には強固な壁、内側には何重にも張り巡らされた電気柵。これで国の内部では好きなことをやり放題、そして脱走は一切できないという仕組みだ」
「ますます悪いやつらの集団に聞こえてきたな......それに正面突破しかないって......」
「加えて”西の国”を支援する国も中にはある。例えば貿易の面で、この国が王国となった方が黒字になる、などだ。連合国軍の敵は”西の国”だけではない。Ketterasereiburgという国をめぐって世界が割れる、ちょうど世界大戦のようなものだ」
「......要はあっちが攻撃できないうちに、さっさと3都市の制圧すればいいんでしょ?」
「端的に言えば、そうなるが......」
「もちろん人間の戦争だから、そんなにうまいこといかないのは分かってるわよ。しかも相手は死神の能力使いこなしてるバケモノ。トップが”連携強化”(アディショナル・コネクト)の使い手だし、部下だって幹部ぐらいなら何かは持ってるはず」
「待てよ。ウラナお前、そんなケガで行くつもりかよ?」
「こんな銃弾数発のかすり傷なんか、ケガのうちに入らないわよ。あたしとガーネットがあった方が、さっさと片付くでしょうが......あたたっ」
「ほら見ろ。そんなのでどうやって......」
「これぐらいで弱音は、吐いてらんないでしょ......」
「.........やめろ」
それまでずっと黙って流れを見守っていたエニセイが、口を開いた。
「......お前は、万全じゃない状態で戦ったことがあるのか?それで勝ったことは?すでによく、嫌というほど分かっているかもしれないが、もう一度言っておく。これは悪魔との戦争とは毛色が違う。人間はいとも簡単に死ぬ生き物だ。今俺たちはその人間と同じ扱いなんだ。お前が強いということはよく分かっている。だから、それだけに......お前が苦しむところを、見たくないんだ」
今関係のない人がウラナを見れば、いたって元気だと見えるだろう。だが実はそうではない。めちゃくちゃな方向に撃たれた弾のいくつかに当たり、ケガをしている。にもかかわらず、ウラナは十分戦える状態だと思っている。......そこがレイナと違うところだ。レイナなら自分が苦しい、本当は戦うことなんてできないと自分の状態を冷静に分析した上で、それを押し殺して平静を装う。かたやウラナは、戦うことができないと考える基準がそもそも違う。
「............。」
ウラナはしばらく黙った。ベッドの上に座った彼女は、じっとエニセイの方を見ていた。
「お前はゆっくり休んでいてくれ。俺とシェド、それから霜晶で行く。万全の状態にする方が先だ」
「............了解」
彼らはそれぞれに準備を整え、王宮に沿うような道を通り、”西の国”の最東端の都市、Konigknie(王の膝)に入った。
* * *
「......最東端の都市、Konigknieは、王宮を抱える都市らしく、世界有数の城郭都市だ。攻める場所としては最初になるが、地理的に言えば一番難関だろう。しかし一見、地上はむしろのどかな風景が広がっている。問題は、地下だ。地上には国境と同様に高くそびえ立つ電気柵しかない代わりに、地下はあたかも鉱山のごとく複雑な構造をしている。ウラナのように飛べるとかでない限り、地下の迷宮を攻略するのは必至だ」
「じゃあシャルロッテ、だっけ?お前はなんで抜けてこれたんだ?」
「口の利き方に気をつけろ」
「シェドは敬語苦手だから許してあげて。それにそんなのでぐちぐち言ってたら連携なんてとれないわよ」
「......そうか。敬語を使われないのに、どうも慣れないんだ」
「俺でもシャルロッテより全然年上なんじゃないか?」
「そんなの言ったらほとんどの死神がそうよ。だけどあたしたちじゃどっからどう見ても若いしね。多めに見積もっても20代、シェドなら下手したら10代って思われるかも」
「階級が下だと、どうも不自然だというか......だがウラナの言うことももっともだし......」
「とにかくそういうことでとやかく言うのは戦局が落ち着いてからにしなさい。じゃないとキリがないから」
「分かった。......それでだ、私は”ガーネット”の力を借りてここまで来た。だが当然”西の国”にいたこともあるから地下のルートは分かる。ただ感覚的なもので、他人に伝えるのは難しい。それにこの国が東西に分裂した時に”東の国”側が王宮までの道をセメントで埋め固めてしまっている。だから”西の国”側がわざわざ森を伐採し、”東の国”への道を作ったわけだが」
「でも結局、”西の国”の奥の方に行こうと思えばその地下ルートを通んなきゃいけないんだよな?」
「そういうことだ」
......緑。
王宮に沿って行く道は向こうの兵士と鉢合わせする心配がない代わりに、長らく使っていない、というかそもそも人が通る用ではないのか狭く険しく、草木が生い茂っていた。おまけにその草木は肌に触れれば鋭く切れるものや、バラのごとくトゲに覆われたものなど、危険なものばかりだった。
幸いシェド、エニセイ、霜晶は全員足ほどまである外套を着ていたので(諸事情により、ということで連合国軍の服装はしなくてよいことになった。死神だからというのもあるし、この外套でも「目立ちにくい」という本来の目的は満たされているとシャルロッテが判断したからだ)、それらの草木のせいでケガをすることはなかった。
そしてその道を抜けた先は、緑。草原地帯にでも来たかのような光景がそこに広がっていた。家もまばらにしかなく、ある家では水車が回っていた。その風景を切り取るかのように、かつそののどかさの全てを否定するかのごとく、禍々しい電気柵はあった。
「......あれだ」
エニセイがそう言って指さした先には、草原地帯に馴染む岩があった。だが、ただの岩でしかない。
「あの岩がどうしたんだよ?」
「地下への入口だ。確かに分かりづらいが、階段のようなものが見えた」
「シャルロッテさんの言う通り、厄介であることを物語っていますね......」
「ほうほう、ようやく来ましたねえ、ケケケケケ」
特徴的な耳につく笑い方をする男が、3人の目の前に現れた。
「俺たちは忙しいんだよ!そこをどけ‼︎」
「そういうわけにはいきませんねえ。”例の女”でないことが残念でなりませんが、こうなれば大人しく電気柵で死んでもらいますよ、ケケケケケ‼︎‼︎」
その言葉を合図に、たくさんの兵士がその岩の中から現れた。エニセイの言ったことは本当だったらしい。数十人の兵士は3人のもとにいっせいに襲いかかってくる。
「シェド!お前はばらけて、あれを使え!多数相手なら有利になれるはずだ!霜晶は俺といろ!いいな⁉︎」
エニセイがそう言ったと同時にシェドは兵士の合間を縫って離れ、隙をうかがって銃を作り出した。
「......‼︎」
そこまで来て、流れ作業のように引き金にかけていた手が、止まった。
......こいつらに向かって、撃ってもいいのか?
別に進んでためらいたいわけではない。ためらえば次の瞬間死んでいるかもしれない、という可能性は充分分かっている。だがシェドの手がすぐに引き金を引くことは、できなかった。
これは戦争だ。冥界からやむを得ないものであれば、死神禁忌の対象にならないよう尽力する、との連絡は受けている。それでも手は動かなかった。頭では分かっているのに。
「撃てええええぇぇぇっっっっ‼︎‼︎‼︎」
ーーードンッッッ‼︎
一瞬だった。
その一発が出るまでに、シェドの頭を経由することはなかった。その言葉の意味を反射的に理解したのは彼の手。それまで「撃つこともやむを得ない」と理解していた頭が、理解に数瞬を要した。
銃弾の射出される速度は相当のものだ。まして至近距離で撃たれたのなら、その威力はより増す。最も手前にいた兵士に正確に向けられていた銃口から発射され、その肩を貫いた。猛烈な風に襲われたようにその兵士が倒れ、身体を包み込むような炎が巻き起こる。瞬く間にその炎は近くにいた兵士に”飛び火”し、シェドの目の前にいた兵士は消え去った。
「............‼︎⁉︎」
それはあまりに目を引く光景だった。不気味な笑い方をするリーダー格の男がシェドの方を見て、驚愕を顔に浮かべた。その間にもエニセイの叫びで踏ん切りのついたシェドは何発か撃ち込み、次々に大量の兵士はいなくなっていた。
「こりゃヤバいやつですね、ケケ‼︎‼︎」
さらに森の中にある国境で押し勝ったのか、連合国軍の兵士らしい集団が駆けつけてきたのを見て、その男は周りに残っている兵士に呼びかけ、洞窟のあるらしい岩の中へ飛び込んでいった。
「待て‼︎」
それを見てシェドもそちらへ向かおうとした。
「シェド!これを持ってろ!」
再びエニセイの声がして、何かが飛んできた。銃を持っていない左手で受け取る。プラスチックのケースの中に、蝶の卵ほどの大きさのオレンジ色の球がいくつか収まっていた。
シェドが何のためかと尋ねようとエニセイを見た。
「それで俺たちやウラナたちと通信できる!ヘッドホンよりかは簡素だがそれで充分だ!」
エニセイのその言葉で足りたか、シェドはそのケースを開いた。するとひとりでにその球は浮かび上がり、本当に蝶の形になってシェドの髪の毛にくっついた。またちらっとエニセイの方をうかがうとうなずいていたので、それを合図にシェドも岩の中へ飛び込んだ。
「待ってろ......!」




