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現世【うつしよ】の鎮魂歌  作者: 奈良ひさぎ
Chapter8.Ketterasereiburg 編(混沌)
62/233

#54 それぞれの決意

 ”東の国”で起きたとある事件(シェドたち事情を知っている身からすれば、それがウラナとレイナが連れ去られたものだとすぐに分かるが)のせいで民衆に多少混乱が起こっているということで、安全が確認されるまで車内で過ごし、1、2時間遅れてシェドは再び”東の国”の地面を踏んだ。安全確認にそれだけの時間をとってもなお、駅周辺はたくさんの人でごった返していた。


「とりあえず、霜晶とエニセイのところまで戻るぞ」


 ミュールが人ごみに紛れて迷子になったり、ケガをしないよう、少々強引に手を引いてくぐりぬけてゆく。


「うわっ、ちょっアルくん、腕がっ!腕抜けるっ!」

「ん?そういや死神って、腕抜けたらどうなるんだ?」

「普通に脱臼だよ!普通の人間と同じ扱いなんだよ?血は出るし骨は折れるし!」

「そうか、分かった」


 シェドはむやみに手を引くのをやめ、ミュールに速度を合わせた。


「「............ふう」」


 何とか人の波を抜けた先には、見慣れた顔が2つあった。


「シェド!!......と、ミュール?」

「はーい!」

「なぜミュールさんまで?」

「レイナを助けるんだって言って聞かないから、俺にはどうしようもないって思って連れて来た」

「一度葬儀死神の国へ行かれたのですか?」

「いや、こいつが勝手に抜け出して来たらしい」

「えへへ」

「......誰も褒めてないからな?」

「遼条の目をくぐり抜けるとは......それに、ここは危険です。来ない方がいいと、言ったはずですが......」

「でも打開のメドは立った。たぶんもう、ガーネットの転送作業は始まってるはずだ」

「うまくいったのですか」

「ああ、大丈夫だ」

「わざわざ、お疲れ様でした。活動拠点まで戻りましょう、そこでどうぞお休みください」



 ”東の国”は、人でごった返している。......というのは、駅前だけの話で、そのほかの場所に特に人が群がっている様子はなかった。ただ、


「人、少なすぎねーか......?」

「連合国軍が、避難準備命令を発令したのです。今回の事件を受けて、これ以上の被害を防ぐ最終手段に踏み切ったのです。呑気に店を構えている場合ではありません。最低限の荷物を準備しているか、あるいはすでに終えて列車に乗ろうとしている、というところでしょう。駅周辺にあれだけ人が集まっていたのは、そのためです」

「だからなんだね、ここの駅で終点にしてたのは」

「効率よく避難する民衆を運ぶため、ですね。ですが、私たちまでここを後にするわけにはいきません。少なくともあの方たちを待つ必要があります」


 決して攻撃を受けているわけではない。建物は一つも被害を受けていない。ただ、人がいないことが、明らかに非常時であることを知らせていた。


「エニセイさんとも話していたのですが、私たちにはこの状況を見守ることしかできません。むやみに手を出せば、まだ逃げ切っていない民衆を標的にされる可能性があります。それは避けなければいけません」


 活動拠点に着いたあとは、本当にただひたすら、何もしなかった。何もできなかったと言う方が、誤解がないかもしれない。昼も夜も、それは変わらなかった。

 幸い使われていない部屋もいくつかあり、突然やってきたミュールのためのベッドも用意できた。

 ミュールは両親が交通事故で亡くなって以来一人で寝ることができなくなったらしい。そこで連れて来たシェドが同じ部屋にベッドを2つ置き、寝ることになった。


「一緒の部屋なら、大丈夫。けど、くっついて寝るのはダメなんだよ」

「......俺が男だからか?襲う可能性があると思って?」

「逆だよ」

「逆?」

「私が寝てると、隣にいる人の首を絞めちゃうんだよ。先輩なら慣れてるからともかく、アルくんにそんな迷惑、かけるわけにはいかないから」

「なあ、それって......一緒に寝てくれる人に失礼って言うんじゃないか?」

「私だってやめたいよ。でも、どうやったらやめられるのか分かんないし、第一やりたくってやってるわけじゃないもん」


 何が、どうなってるんだろうね......と、そらでミュールがつぶやいた。

 つぶやいても、シェドの方から反応はなかった。ミュールが少しおとなしくしてみると、しん、と聞こえてきそうなくらい、辺りが静まり返った。もう人があまりいないのもあるのかもしれない。

 寝る前に沈黙が長く続くのも、ミュールには我慢できなかった。


「ねえ、アルくん」


 返事は返ってこなかった。


「私、さ。......レイナを連れて、この国を出るんだよ。レイナは時間を止める能力があるから、ここにいた方がいいって、そう思うでしょ?だけど、違うんだよ。レイナは確かに時間を止められるけど、逆に言えば止めることしかできないんだよ。ウラナちゃんみたいに、直接敵をねじ伏せられるわけじゃない。それにレイナはおそらく、人間どうしが争うのは見てられない。もちろん、アルくんとか私とか、身の回りの人が死ぬことも。耐えられないのなんてみんな同じだけど、レイナは別の理由があるんじゃないかって」


 やはりシェドの方から反応はなかった。

 ごそごそと身体を動かし、シェドの方を見る。すやすやと静かに寝息を立て、シェドは寝ていた。


「レイナと同じタイプ、か......」


 よくレイナはイベントの前夜ほど寝るタイプだ、と言っていた。似た者同士、なのかもしれない。

 やっぱりさみしさは変わらなかったので、小型音楽プレーヤーをかばんから引っ張り出し、クラシックを聞きはじめる。どうしても一人で寝なければいけない時は、そうやってクラシックを聞けば不思議と落ち着いて、うとうとできた。


頑張るよ、私は。頑張る、よ......


 落ち着いてもやっぱりミュールの頭の中には、その言葉が反芻(はんすう)され、響いていた。



 次の朝。

 部屋の窓は南にあり、朝の日差しが嫌というほど差し込む。それで彼女は目を覚ました。


「むんっ......プリ、ン......」


 起き抜けだろうが彼女のプリンに対する欲求は通常運転だ。さすがに朝からプリンで済ませるほど強者ではないが(今はこれといってプリンが欠乏しているわけではないので、それで済んでいるのだ)、意識の底で本能でプリンを求めるのがミュールである。

 いつものことだが流しっぱなしのクラシックを止めて、もぞもぞと起き上がると、シェドの姿はなかった。


「......アルくん?」


 もちろん返事は返ってこない。


「アルくん!!」


 ぶかぶかのパジャマ、あちこちはねた髪の毛をそのままに部屋を出て、他の部屋を探す。

............いない。それどころか、エニセイや霜晶の姿までなかった。


「みんな!!」


 誰もいないことは承知で、窓の外を見る。オレンジ色の光がまぶしいだけで、何もない。


ごーん。


 少し遠くの方で、鐘が鳴る音がした。


「鐘......?」


 いくらなんでもおかしい。こんな朝方に鐘を鳴らすなんて。部屋に戻り、時計を見る。6時。今のは、6時の鐘だ。


「......おかしい」


 そこでようやく、ミュールは机の方に目を移す。紙切れがあった。起きたばかりの時は、気づかなかった。


―――やっぱり、お前には無理だって思う。今ミュールにできることがあるかないかどっちかって言えば、たぶんない気がする。せっかくだし、たくさん寝ててほしい。


「そんなっ......!!」


 自分がここに来た意味は?

 無力でも何かしらできることはあるはずだと、一生懸命シェドに言い張った意味は?

何があるか分からない地に踏み込むことのリスクすら顧みず、やってきた意味は?


「ぜんぶ、......ぜんぶ、ないっていうの?」


 その書き置きを見て、ようやく悟った。今は”夕方の”6時なんだと。昨日の晩ごはんのスープが少し苦かったのは、睡眠薬を盛られたせいだったのかと。


「私だって......私、だってっ!!」


 気づけばミュールは、そばにあった金属光沢ある武器をひっつかみ、外に飛び出していた。......その扱い方さえ知らずに。

 無我夢中で走る。体力がないことさえ、視野にはなかった。ただ一番目立って見える建物ーーー王宮を目印に足を動かす。

 その王宮が目の前に現れたら、今度はうっそうとした森に目を向け、そこに拓かれた道をひた走る。その途中には男がいた。彼のがっしりとした腕に掴まれ制止されるが、もはやミュールにその程度で思いとどまる余裕はなかった。


―――自分だけでも、できること。



「......あらあら。放っておくと飛び出してくるかもしれないから引き止めてくれ、っていうのが、現実になっちゃったわねん」

「どいてっ!」

「その武器に、意味はないわよん?」

「どいてったらっ!!」

「......その銃には、弾は入ってないわ」

「なっ、何をっ......」

「今なら、まだ引き返せるわよん。あなた自身が危ない目に遭いたくないのなら、ここで落ち着いて、とどまることねん」


―――落ち着いて。


 それは、無我夢中だった彼女のどこかに、引っかかった。

 やっぱり、だったのだ。やっぱり、自分は落ち着けていなかった。


―――落ち着きなさい。


 それはことの大小に関わらず、彼女がたくさん言われてきた言葉。

 そして、ようやくその意味が、噛みしめられた気がした。


「.........ううっ......っ」


 ミュールは少しずつ嗚咽(おえつ)を漏らし、少しずつ、身体を前にいる人の身体に預けた。

 見た目は高校生、しかし軍服の上から白衣を羽織るその女性は、静かにそれを受け止めていた。




 再びミュールが目を覚ますと、一番に見えたのは明るい天井だった。


「お目覚め、かしらん」


 自分を止めた女の人が、すぐ隣でちょこん、と腰掛けていた。


「心配、だったんでしょう。取り残された、って。あの子も、そんなわざわざ誤解を生むようなこと、しなけりゃよかったのにねん」


 シェド、エニセイ、霜晶の3人は確かにあの時、ミュールの近くにはいなかった。だがみんな、ミュールを置いて行くつもりでそうしたのではなかった。民衆のうち力に自信のある有志の人を集め、”東の国”最奥部の地、Schneeholle(雪地獄)にある大量の武器を封印し、”西の国”がそこまで攻め込んできてもその武器を使わせはしないという意思表示と、その武器を積極的に使って被害を拡大するような真似はしないという決意を表明する計画に参加していた。つまり、3人とも中心都市・Konigkissenを離れていたということだ。


「ちょうど5時間ほどだけ眠れるように、睡眠薬を投与したからねん。どう?落ち着けた、かしらん?」

「.........大丈夫、です。ごめんなさい......」

「謝ることないのよん。あなたが規模の大小はともかくこうなることは、あの子たちは気づいてたみたいだからねん。むしろあの時、ちゃんと話を聞いてくれて、助かったわ」


 ところで、とその女性は言った。


「そう言えば、自己紹介がまだだったわねん。私はメイリア・ストラスブール軍医中佐。連合国軍って言って、分かるかしらん?確かに言えるのは、あなたたちの仲間だってことよん」

「軍医......」

「そうよん。ちょっとおかしい科学者みたいに見えるかもしれないけど、これでも医者。(......ちょっとおかしいのは、年齢かしらん)......ところで、いいお知らせがあるわよん。来てみる?」

「え?はい」


 ミュールはそのメイリアという女性についていく。よく病院の待合室は薄暗かったりするが、そんな比ではない、何か化けて出てくるんじゃないか、というぐらいの真っ暗さだった。

 そんな長く続く廊下の途中で、メイリアは立ち止まった。


「ここよん」


 ドアを開ける。


「お待たせウラナ、お客さんよん」



* * *



「「............ミュール?」」

「レイナ!ウラナちゃん!」

「どうしてここに?」

「そっちこそ!2人ともどうして?」

「見ての通りよ。ちょっと痛手は負ったけど、何とか逃げ出して来た」

「ミュール?おとなしく葬儀死神の国にいなさいって言ったでしょ?プリンなくなってもいいの?」

「レイナはここにいちゃダメだよ!その方が、頭の中で優先されたんだよ!レイナを連れてここから出るんだって!」

「ミュール......」


「そういうことなのねん。それなら私も賛成よん。レイナ、だっけ?簡単に分かる検査をするから、こちらに来てくれる?」


 レイナは気分も優れないということで寝転んでいたが、ウラナは与えられたベッドに腰掛けているだけだった。その隣にミュールはちょこんと座り、様子を見守る。

 5分ほどして、2人が戻って来た。


「完璧よん。どう考えてもいるわ、赤ちゃんが」

「ホントに!?」

「まだ外から見て分かるレベルじゃないけどねん」

「それなら、やっぱりここは......」

「危険だし、赤ちゃんにも影響が出るかもしれない。医者の私からも、早いうちに安全な場所に行くことをおすすめするわ」

「......ロル」

「ん?」

「ロルが、日本にいるの。本業は外科医だけど、一応......」

「分かった、レイナの弟のロルくんだね。ロルくんを頼れば」

「明日ならまだ避難する人たちを運ぶ列車が出るはず。それに紛れて、二人はひとまずこの国を出るといいわよん」

「エニセイさんたちは?」

「別件で今ここにはいないよ」

「じゃあ呼び戻したいところだけど、あっちの新王宮に通信機、置いてきちゃったからなあ......」

「それは私の分があるから大丈夫。取りに行かなきゃだけど」

「それにウラナ、派手に王宮破壊してきたでしょう?きっとその時の衝撃で使い物にならなくなってるわ」

「そうかもね......じゃあミュール、お願い」


 言うや否や、ミュールは部屋を出ていった。


 医者に太鼓判を押され、安静にするよう言われたレイナは、再びベッドに寝転んだ。


「......ねえ、ウラナは、ここに残るの?」

「あたしまで逃げ出してどうすんの。逃げるのはレイナと、それからミュールだけ。それ以上になると怪しまれるかもしれないし」

「卑怯だって、思わない?敵前逃亡、みたいじゃない?」

「何を言うかと思えば。あんたには逃げてしかるべきな、ちゃんとした理由があるでしょうが。仮病使う小学生みたいなこと言ってんじゃないわよ」

「.........ふふふっ」

「何?」

「ううん。ウラナがいつも通りだな、よかったって」

「そう?」

「心配しなくていいね」

「むしろあんたは自分の身体を気遣いなさい」

「うん。......死んだり、しないでね」

「.........分かってる」



* * *



 ミュールからの連絡を受けて急きょ男3人は、朝の10時ごろに戻ってきた。


「レイナ、赤ちゃんがいるって......」

「うん、本当。だから、ミュールと一緒に日本まで行くよ」

「それはもちろん賛成だけど......」

「アルと離れるのはつらいよ。だけど、私は日本で、自分のやるべきことを頑張る。だからアルも、ここで頑張って」

「......ああ」


 10時32分Konigkissen発、フランス・パリ=シャルル・ド・ルゴール国際空港駅行き。


 レイナとミュールを乗せたその列車は、ウラナ、シェド、エニセイ、霜晶の4人が見送る前で走り出した。


 そのおよそ1時間半後のことだった。

 ”西の国”の最高指導部から、”東の国”の執行部、および連合国軍総司令部に対し、攻撃を予告する旨が伝えられた。

 

世に言う、宣戦布告ーーー

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